Sにさよなら〜この世界のたくさんのきらめきを/episode60
慌ただしく屋敷の中へと駆けこみ、中を見渡す。内装にこれといった傷や争った形跡はない。
——まさか外か?
と思った矢先、声が聞こえた。
「お帰り二人とも。睦月は無事だよ」
一階の部屋の扉が開き、中からブルームが現れる。その後ろには桐生さんの姿が。
「戦闘はなかったようだけど……ソーマは襲撃してこなかったの?」
「いや、どうもおしゃべりをしにきただけだったようだ。私がきたらすぐに帰っていったよ」
ブルームが肩を竦めてみせた。
「なるほど。私たちにしたのと同じようにまずは勧誘からってことね」
そう言って愛梨彩はふうと息を吐いた。ようやく彼女も警戒を解いたようだ。
「ともかく無事でよかった……」
桐生さんは魔導教会の組織の概要と彼らの野望について話を聞いてやり過ごした……教会の誘いには乗らなかった。そこでタイミングよくブルームがきてくれたわけか。僕はホッと胸を撫で下ろした。
「フィーラと勝代くんは? もう帰ってきているんでしょう?」
「いや……まだ帰ってきてないよ」
「え……? そう……あの二人なら心配はないのだけど」
愛梨彩の顔は曇っていた。口では心配してないと言っても、やはり気になっているようだ。
僕もあの二人がやられるとは思ってないが、僕たちより戻りが遅いのは気がかりだ。フィーラなら綾芽をテキトーにあしらって退避すると思うし。
そう思案している最中、後ろの玄関扉が開く音がした。振り向いて見ると——そこには満身創痍の緋色とフィーラが。
「緋色!」
「フィーラ!」
フィーラに肩を貸していた緋色がその場で倒れこむ。走り寄った僕と愛梨彩は間一髪のところで二人を抱きとめた。
「ごめん、アリサ。アヤメに……負けたのだわ」
「勝ちに代わるヒーローがこのザマだ……はは、笑えねーわ」
僕たちは言葉を失った。
緋色とフィーラがアヤメに負けた? あのいつも自信満々な二人が? 綾芽の力はこの数週間のうちに増したって言うのか?
我が身に起きたことのように衝撃を受け、頭が真っ白なる。
「なにをしているんだ愛梨彩、黎! 二人に早く手当を!」
ブルームの一声で我に帰った。そうだ、二人の手当をしなくちゃ。
「ここは私に任せて。一時凌ぎにしかならないけど、復元魔法を使うわ」
「わ、わかった」
僕はただ呆然とするしかなかった。
城戸教会攻略戦は終了した。得るものもあれば失うものもあった。緋色とフィーラの敗北……そして綾芽の脅威。
手放しでは喜べない状況……僕は拳を強く握り締めることしかできなかった。
*interlude*
私の目が覚めたのは翌日の昼だった。
自分の魔力とアリサの復元魔法のおかげですぐに回復していたようだ。体に痛みはなく、動かすのにも支障はない。
食欲はなかったが、遅めの朝食……もとい昼食を食べるためにダイニングへと向かう。
けど、そこに
「ねぇ、アリサ……ヒイロは? ヒイロはどうしたの?」
「彼は無事よ。アーサソールの加護のおかげであなたよりは軽症だったし、もう目を覚ましているわ。ただ——」
「ただ?」
うつむいて言い淀むアリサに言葉を促す。本当は聞きたくないけど、聞かないわけにはいかなかった。相棒の安否を知るのは魔女の務めだ。
「精神的なダメージが大きいみたい。朝、様子を見にいったんだけど……柄にもなくうなだれて、無言を決めこんでたわ。太刀川くんも『あんな緋色初めて見た』って言ってて、お手上げ。なにせ、どうして凹んでいるのか……その場にいなかった私たちには皆目見当がつかないから」
アリサの言葉を聞いて私はすぐにわかった。
——アヤメに負けたことで凹んでるんじゃない。キリエの言葉だ。
私はいてもたってもいられなくなり、昼食を取らずに二階へと戻った。
ノックもせずに部屋の扉を思いっきり開ける。ヒイロはベットの上でうずくまっていた。
「なにメソメソしてんのよ! らしくないのだわ!」
「別にメソメソしてるわけじゃねーよ。ただ……自分がやってることが正しいことなのかわからなくなっちまった」
「わからなく……か。いいわ、あなたの話を聞かせて」
私はベットの縁に座り、彼の目を見て話を聞くことに決めた。いつかとは立場がまるで逆。きっと今度は私の番なのだわ。
「あの時、一瞬……ほんの一瞬躊躇っちまった。あの女の言ってることが間違ってないと思っちまったんだ。俺は世間知らずのガキで……バカで……世界がどんなふうになっているのか、どういうふうに形作られているのか知らないからさ」
柄にもなくヒイロは訥々と言葉を紡いでいた。その様子だけでよくわかる。彼の信念がブレそうになっていることが。
「きっとあいつ——貴利江はそれを全部見てきたんだろうな。だから……なんかわかんねーけど、否定できない勢いがあったんだ」
それっきり彼は閉口してしまった。
ヒイロの言い分はよくわかる。キリエは自分の体験を話していた。あの身なりに身のこなし……きっと要人警護の仕事なんかについていたのだろう。
けど、彼女は権力者の権謀術数が渦巻く世界を間近で見てしまい絶望してしまった……この世界を、人を守る価値を見出せなくなった。
私にはそんなふうに聞こえた。あくまで推測の域を出ないけど。
「俺の親父……警察官だったんだ」
ヒイロが閉ざしていた口を再び開き、そのまま言葉を継ぐ。
「だけど子供を守って死んじまった。家族置いてあの世にいっちまったことに対して今でも色々言いたいことはあるけど……それでも親父は俺にとってヒーローだった。いつも明るく笑ってて、真っ直ぐな目をしてて、曇りがない。自分のやることにひたむきで、最高にカッコいい生き様だと思った。だから俺も親父のように誰かを守るために生きて……死んでいく。親父が死んだ日に……そう決めた」
彼のヒーローの原点。いつか聞きたいとは思っていたけど、こんな形で聞くことになるとは思わなかった。
彼は父親の生き方をなぞっていたんだ。正しい生き方を目の当たりにして正しい生き方をしようと決意したんだ。私なんかよりも……ずっと立派なものを家族から受け継いでいる。
「お前のスレイヴになることは願ってもないことだったんだ。誰かを守る力を手に入れて、世界を救う。だって俺が望んだ生き方そのものじゃんか。お前には感謝しても感謝し足りねーんだ、本当は」
「それは……うん、どういたしまして」
目を逸らし、ぎこちなく言葉を返す。
私は今でも謝罪したくてたまらない。けど……そんな話をしてから謝辞を述べるなんて卑怯だ。受け入れるしかないじゃない。自分の過ちが……結果正しいことに繋がったって。
「だけど……だからこそもう一度ちゃんと考えなきゃいけないと思った。難しいことや社会の仕組みから目を逸らさずに向き合わなきゃいけない。難しいことはわかんねーって俺は見て見ぬフリをして……ヒーローごっこするわけにはいかないんだ」
それまでとは打って変わり、ヒイロの瞳が射抜くように私を見る。彼は今、本物のヒーローになろうとしているんだ。
「なあ、教えてくれフィーラ。俺たちが守ろうとしているのって汚い世界なのか? 悪いやつだろうがなんだろうが、誰かを守ることに価値なんてないのか? 親父の死は無意味なことだったのか? 俺は世界から目を逸らして理想を追い求めていただけなのか?」
しばし私は言葉に窮した。
正直、私だってヒイロと同じだ。理想を追い求めていたといえば追い求めていたし、世界の全てを把握しているわけじゃない。ましてやキリエのようにこの世の癌を目の当たりにしたわけでもない。
けど……それでも一つだけ自信を持って言えることがある。
「世界を作っているのは一部の人間じゃない。そこにいろんな人間がいるから成立しているの。中には欲深く汚い人間がいる。我が強い分、それはとてもひどく目立って見えてしまうのだわ。けど同じくらい……潔く綺麗な人間がいると世界は光って見える。私がヒイロを見つけた時のようにね」
私はあの時はっきりと見た。暖かく光る優しさを。この世界には理由のない悪意、理不尽が溢れているけど……理由のいらない善意や温かさも同様に存在するんだって。
方法は我ながら最悪だったけど……そんな真っ直ぐな生き方ができる人間と一緒に戦いたいと思ったのは本心だ。清く真っ直ぐで正義できらめいている彼と。
「世界の光……」
「私たちが守るのはその輝き。世界をきらめかせる可能性。あなたのお父様はきっとその輝きを守ったのよ。無意味なんかじゃない。とても立派な……立派な生き方なのだわ」
あなたは私やみんなを照らしてくれるまばゆい光だ。そしてヒイロと同じような……まだ見ぬ光がきっとこの世界には散りばめられている。私たちはそんなよりよい、輝く未来を作る可能性を守るために戦うんだ。
「そっか……そうだよな。お前みたいに輝いてるやつだってこの世界にはたくさんいるもんな」
「な……!」
頰が紅潮していくのが自分でもわかった。妙に体から熱気が湧き上がってくる。
本当に……この男はサラリと、なに食わぬ顔で殺し文句を! こっちの気も知らないで!
「と、ともかく! 汚い部分だけを見て全てが汚いと思いこんでるキリエの目を覚まさせてやらなくちゃね! これだから主語の大きい人間は嫌なのだわ」
「だな」
「だいたいちょっとやそっとの汚れくらいなによ。少し汚れたくらいでお気に入りの服は捨てないでしょ? この世界にはまだまだ綺麗なところがたくさんあるのだわ。私たちの務めはそれを守ること! わかったらさっさと起きてラーメン食べにいくわよ!」
なんだかとっても真面目な話をして、普段ヒイロに対して使わない神経を使った気分。らしくないことをしたけど……自然と悪い気はしなかった。
けどそれももう済んだことだ。ならここは私たちらしくラーメン食べて気晴らししにいくのが一番だ。あなたと出会ったあの日と同じように。
それに……屋敷の外に出て、ありふれた日常を見ればきっとわかる。私たちが守ろうとしている世界は美しくきらめいているんだって。
通りすがりの人たちのなにげない笑い声や仲睦まじい話し声。この世界で楽しげに過ごしている人間が大勢いることこそ、私たちの行動が間違っていない証拠だ。
「お前はあいつらの話を聞いてもブレねーんだなぁ。なんか心強いわ」
「だってそうやって凹ませるのが狙いでしょ? 凹む方が馬鹿らしいのだわ」
「はは……違いねーや」
「それにあなたと話して私の心の闇は吹き飛んだ。だからアヤメの思惑通りになるもんですか。さ、着替えて外出るわよ!」
私はそれだけ言ってヒイロの部屋を後にした。部屋へ戻る足取りはいつもの何倍も軽く、浮き足立っていた。
自分が彼を救う番かと思ったらいつの間にか自分が救われていた。いや……お互いにお互いの心を救ったのかな。
これで自分の罪とはさようならだ。アヤメが望む私にはきっとならない。力に溺れない。
だって……私はもう鈍く暗んでないんだと断言してくれる
この世界のたくさんのきらめきを守るために……私は正しい力の使い方であなたを越えてみせる。
*interlude out*
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