決意/episode61
城戸教会を訪れたことで秋葉の魔導教会は全て捜索し終えたことになる。
となると僕たち野良の魔女は行動方針を変え、協議する必要がある。どこを探すかではなく……どうやって高石教会を攻め陥とすかだ。
愛梨彩がみんなをリビングへと招集する。僕にブルーム、桐生さん。そして遅れて緋色とフィーラが現れた。
遅れて入ってきた二人の異変に気付く。いつもと変わらない様子で談笑しながらリビングに入ってきたのだ。
——あれ……? 落ちこんでたんじゃなかったのか?
「こんなすぐに召集をかけて悪かったわね……って謝ろうと思ってたけど、その様子だともう大丈夫そうね」
緋色は朝飯の時間になっても降りてこなかったから、不貞腐れているのかと思っていた。けどフィーラが緋色を外へ連れ出したおかげか、まるでなにごともなかったかのように満面の笑みを浮かべていた。
緋色も落ちこんだりする普通の男子高校生な部分があるのかと思ったが……立ち直りは尋常じゃないくらい早かったのだろう。流石のタフさだと感心している自分がいた。
「当然!」
と緋色を真似るようにサムズアップをフィーラが見せる。緋色も同様に親指を立てていた。
「早速本題に入らせてもらうわ。城戸教会を調査したことで残る教会は高石教会だけになった。賢者の石があるのもおそらく高石教会。ここまではまあ、概ね予想通りね」
「高石教会は本拠地であるわけだし……当たり前といえば当たり前なのだわ」
「じゃあどうしてあいつらすぐ使わねーんだよ? ずっと手元にあったわけなんだろ?」
緋色の疑問は僕も気になっていた。彼らはどうして賢者の石を使わないのか。使わない……いや使えない理由でもあるのだろうか?
「邪魔者である私たちを完全に排して、安全を確保してから使おうとしていた……と私は考えていたわ。学園の霊脈を使って願いを叶えるにしても時間がかかるから。その間、彼らは無防備を晒すわけだし。けど違ったみたいね」
「違った?」
「教会の動き、どう考えても矛盾してるでしょ? 安全を確保したいなら私たちやアヤメを殺しにかかればいいのだわ。拠点を襲うなり、各個撃破するなりね。だけど、あいつらは私たちが存在することを容認している。まるで泳がせているみたいに」
僕の問いに答えたのは愛梨彩ではなくフィーラだった。
確かにずっと妙だと思っていた。アヤメが一般人を襲わなくなったことでアザレアは彼女を処理することをやめた。この前の戦闘だって桐生さんを奪いにきたというより戦闘をしにきたって感じだった。いや、まさか——
「あいつら……戦いを誘発させるのが目的なのか?」
「相変わらず妙なところで察しがいいわね、太刀川くん。私もその結論に至ったわ」
「私もそうなんじゃないかって思ってたのだわ。きっと、賢者の石は完成していない」
「フィーラの言う通りだろうね。この争奪戦は賢者の石に力を蓄え、完成させるために仕組まれたと考えられる。おそらく戦いで使った
——賢者の石が完成していない。
僕たちはそれを完成させるために利用されてたって言うのか。
落ちこむよりもなぜか納得している自分がいた。エゴで集まった人間たちが自身のエゴを体現する装置を作る。野良も教会もその一部に過ぎないのかもしれない。
「やけに詳しいわね、ブルーム」
「まあ……私はもともと教会側の人間だったからね。内情を知って嫌気が差して離反したんだよ」突然の告白にその場が静まり返る。「おや……? みんなあまり驚きはしないんだね」
だが、一人として驚いた顔を見せているものはいなかった。僕もその告白がスッと腑に落ちていた一人だった。
「そんな大仰な仮面をしていればそうだろうって想定はつくのだわ」
「もとがどうであれ、今は野良なんだろ? 関係ねーよ、過去なんて。人間は変われるんだから。な?」
緋色の最後の問いはブルームに向けたものではなく、彼の相棒に向けて言ったものだった。「その通り!」と意気揚々にフィーラが答える。
「賢者の石の完成に利用されてたのは癪に障るけど……私たちも完成した賢者の石が欲しい以上、教会とは正面衝突するしかないわね」
「私は賢者の石にもう興味はないけど、やることは変わらないのだわ。教会もアヤメも……誇り高き魔女として打ち倒すだけ」
みんなが同じ目標を持って動こうとしていた。賢者の石を奪い、教会の思い通りにさせない。決戦はいよいよ目前に迫っていた。
「おそらく争奪戦を長期にわたって続ければ賢者の石が完成する。そうなればアザレアは世界改変を行い、手がつけられなくなる。なるべく早く高石教会を攻略する必要があるね」
「戦わなきゃ教会は倒せないジレンマ……か。状況は石を所持している教会が有利だから、最短で倒す方法を考えなきゃなのだわ」
「最終決戦に向けて作戦を煮詰める必要があるわね」
そうして魔女三人は議論を白熱させ始めた。こうなるともともと普通の高校生だった僕らは見守るしかない。
ふと、ずっと喋っていない桐生さんが気になった。彼女も巻きこまれた側の人間だからあまり具体的な話には参加できなかったのだろう。
「桐生さん、ごめん。もう少しだけ僕たちにつき合って。もうすぐ全てに決着がつく。教会を倒して賢者の石を手に入れれば、もう怖いものもなくなるはずだから」
「そう……かもね」
うつむき、目を逸らしたまま彼女が答える。
なぜだろう。その言葉はとても歯切れが悪く聞こえた。
*
その日の夜。妙な違和感を覚えて目を覚ました。自分が寝ている上に誰かがいる。
寝ぼけ眼をこすり、暗闇を見る。そこにいたのは見慣れぬ女の子……いや素顔の彼女をこの時初めて見たんだ。
「桐生……さん?」
メガネを外した桐生さんが四つん這いで僕に覆い被さるように迫っていた。
彼女の顔が間近まで近づく。普段とは違う妖艶な面立ちは暗がりの中でもはっきりとわかった。白くきめ細やかな素肌に、潤うように艶やかな唇。彼女にも魔術式の恩恵があるんだと痛感させられる。
ただどうして夜更けにこんなことをしているのか、僕の部屋にいるのかがわからない。眠気で思考がクリアにならない。
「ごめんね。驚かせちゃったよね」
「え、あ……うん」
「けどこうでもしないと太刀川くんは私のこと見てくれないから」
——「見てくれない」。
ずっと自分なりに気をかけているつもりだった。なるべくみんなと衝突しないように立ち回っているつもりだった。けど……僕は見ていないと、桐生さんは言う。
「私、ずっと太刀川くんのこと好きだったんだよ? ずっと遠くから見てて、憧れてた。私と同じはずなのに違うものを持っているあなたが私には輝いて見えたんだ」
僕のことが好きだった——と、目の前で突然愛の言葉を告げられた。
一体なにが起きているのかわからない。夢でも見ているのか。いや、夢ならどうして愛梨彩が出てこない? 僕の夢はいつも彼女を刺し殺す夢だったじゃないか。
桐生さんは僕に構わず想いの丈を綴り続ける。
「太刀川くんとこうやって近くで話せたの本当に楽しかった。アングラな話もオタクな話も……私のファンだって言ってくれたことも全部。それだけで魔女になってよかったかもって思えたくらいに」
「僕も……楽しかったよ。桐生さんと話すの」
不意に彼女の顔が耳元へと近づく。体と体が密着し、柔らかな感触が全身を包んでいく。まるで一方的に抱き締められているかのように。
「私、太刀川くんにならなにされてもいいよ。ねぇ太刀川くん、私じゃダメ? 私と一緒になろう?」
「それは……」
——「一緒になろう」。甘く、蠱惑的な囁きが耳朶を打つ。密着した相手の胸へと伝えんばかりの勢いで心臓が早鐘を打つ。
「私と交わろう、太刀川くん? 九条さんとの繋がりなんて絶ってさ、私と契約を交わしてよ。私ならあなたと直接繋がって強くすることができる。私は九条さんのように太刀川くんのことを冷たく扱ったりしないよ?」
頭から頰にかけて彼女の指がなめらかに滑っていく。愛おしく……狂おしいと言わんばかりに愛撫が続く。
「あなたが欲しいものならなんでもあげる。力も与えるし、欲望だって満たしてあげる。なんでも尽くす。私の全部、捧げてあげる。だから私のスレイヴに——私だけのものになって。私だけを守って。太刀川くん、私……あなたなしじゃ生きていけない」
蕩かすような甘言が脳内を駆け巡り、艶然とした響きが神経をスパークさせる。
力が欲しい。
——当然だ。ソーマやアインに勝てるだけの力が欲しい。みすぼらしい自分とは決別したい。
自分の欲望を満たしたい。
——当然だ。自分の欲望を叶えてやりたい。桐生さんに従えば自分の欲望を叶えるショートカットができるかもしれない。
僕なしじゃ生きていけないなんて……これ以上の褒め言葉があるだろうか。僕は彼女に必要とされているんだ。
彼女を受け入れたい自分がいる。だけど——
「それはできない。僕は……愛梨彩のスレイヴだから。なにがあっても愛梨彩と一緒に戦うって決めたし、桐生さんだけを守ることは……できない」
僕は彼女をそっと突き放した。
桐生さんは優しいし、話していて楽しい人だ。趣味も合うし、きっと僕との相性は悪くないんだろう。つき合って、尽くしてもらって……なんていうのは正直夢がある話だと思う。
——けどそうじゃないんだ。僕が求めるものは。
力が欲しいのは大切なものを守るためだ。叶えたい欲望はみんなと笑い合える未来だ。そこを履き違えるわけにはいかない。
なにより僕にとっての相棒は愛梨彩だ。そして僕は愛梨彩が好きなんだ。
桐生さんと違って愛梨彩とは共通の趣味なんてないし、気難しい性格で相手をするのはかなりの気力を要する。素の性格は意地悪でいたずらっぽく、本当になんでこんな女の子が好きなんだろうって思う時だって稀にある。
けど、それでも彼女が好きだ。やや面倒臭い性格含めて好きなんだ。理屈なんかじゃなく……そばにいてあげたいと思う。彼女がありのままを晒せる居場所になってあげたいんだ。
だから彼女を裏切るようなマネは絶対にできない。誰彼は守れなくても彼女だけは絶対に守る……僕はそんな局地的ヒーローなんだ。自分はその意思を折らずに貫くと決めたから。君の告白を……受け入れるわけにはいかない。
「そっか……そうだよね。私、なにやってるんだろ」
「桐生さん?」
上体だけを起こし、僕の足の上にへたりこんだ彼女の顔を覗き見る。うつむいていて表情ははっきりとは見えないけど……やはりつらい思いをさせてしまっただろうか。
「いいの。太刀川くんの気持ち、知ってたから。ただ言っておきたかっただけ」
「あ、うん。気持ちに応えられなくてごめん」
「うん。じゃあね、太刀川くん」
部屋を出る彼女の背中を黙って見送った。
「じゃあね」。その言葉がひどく耳の内にこびりついて離れなかった。まるでお別れの挨拶かのようだった。
けれど、それを掻き消すようにまどろみが僕を襲う。ことの重大さに気づいたのは翌日の朝、起きた時だった。
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