ラフメイカー・ラブメイカー・トラブルメイカー/episode54

 結局……答えは出なかった。男の僕に乙女心が理解できていれば、モテモテな学生生活ができたわけで……それができてれば恋愛関連で苦労はしてないわけだ。

 フィーラに聞こうとも思ったが、さっきはぐらかされたわけだし。うーん、やきもきする

 とりあえずは自分に今できることをするべきだろう。まずは桐生さんだ。昼食、夕食どちらもまともに食べられていない彼女が心配だった。


「桐生さん」


 朝と同じようにノックをし、部屋の主に声をかける。


「太刀川くん? なにか……私に用事?」

「あ、うん。家にあるお菓子持ってきたんだ。これなら食べられるんじゃないかと思って。入ってもいいかな?」

「……うん」


 許可を得た僕は肘でノブを倒し、肩で扉を押し開ける。


「そんな大量のお菓子……どうしたの?」

「前にパジャマパーティした時があって……その時にあまってたやつなんだ。どうせみんな食べないだろうし、それなら桐生さんに渡した方がいいかなって」


 あからさまに大量に買いこんでいたとは思ったが、まさかこんなにあるとは思わなかった。おかげで両手が塞がってしまって、運ぶのにも一苦労だった。

 手近なところにあった机にどさりとお菓子の山を乗せる。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 そこで会話が途切れてしまう。とりあえず渡すものは渡した。ここで立ち去ることもできるが……彼女はずっとうつむき加減だった。気落ちしているのかもしれないと考えると、放っておけない。


「あ、早速なにか食べる? ……って言ってもポテチとチョコレートばかりだな」


 好きなものだけを延々と食べ続けるいかにもフィーラらしいチョイスでバラエティに乏しい。お煎餅とか好きじゃないのかよ。


「大丈夫。両方好きだから。とりあえず……そこのうすしおのポテトチップスもらおうかな」

「これね、はい」


 指差したものをベッドに座っている彼女に手渡した。桐生さんは早速封を開け、ポテチに手をつけた。


「うん……美味しい」

「それならよかった」

「太刀川くんも……食べる?」


 桐生さんが一枚のポテトチップスを手渡そうとしてくる。せっかくの食料を僕が奪うのはどうかと思ったが……せっかくの厚意だ。受け取っておこう。


「じゃあ一枚いただきます。あ、美味しい」

「もう一枚いる?」

「……うん」

「ずっと立ってないで座ったら?」

「そうだね」


 言われるがまま、僕は桐生さんの隣に腰掛ける。ポテチを再び一枚口に含む。しょっぱ過ぎず、うす過ぎずのちょうどいい塩梅の塩味が口に広がる。

 と座ったのはいいが、こうなるとなにか話をしなくちゃいけない気になる。朝はぎこちないままの会話で失敗した。どうせなら楽しい話題がいい。楽しい話題といえば……


「桐生さん、都市伝説詳しいんだよね?」


 そう、オカルト系の話だ。こういう時は相手と共通の趣味の話をすればいいというわけだ。


「うん、まあ」

「じゃああれとかも詳しいんでしょ、日ユ同祖論とか」

「それ、だいぶメジャーな都市伝説。渡来人の秦氏がユダヤ人だったって話でしょ」


 都市伝説の定番中の定番。いくら探り探り話そうとしたとはいえ、流石にこの話題は弱いか。彼女はオカルト系Vtuber黒乃魔孤なのだから。


「そうそう。あとは——」

「ファティマの予言知ってる?」

「知ってる知ってる。三つ目が公開されてないやつだよね」

「マンデラ効果は?」

「なにそれ知らない!」


 そうやってしばらくの間、僕らは都市伝説トークで盛り上がった。ポテチをつまみながら、話に花を咲かせている時の桐生さんの表情は楽しげなものだった。その姿はまさしく僕がファンだった黒乃魔孤そのものだった。


「太刀川くん、詳しいんだね」

「そりゃもちろん。黒乃魔孤のファンだからね! あ……ごめん、本人の前なのに」

「ううん、いいよ。むしろそう言ってくれる人、近くにいてくれて嬉しい」


 しばし会話が途切れた。

 本人はファンが近くにいてくれることは嬉しいと言っていたが、やはり恥ずかしさもあるのだろうか。僕は本物の黒乃魔孤を目の前にして舞い上がり過ぎたのかもしれない。


「太刀川くんはすごいよね。同じオタクなのにクラスの中心で色々やって。一年の体育祭もリレーのアンカーやってたもんね。正直、憧れちゃうんだ。太刀川くんみたいな人」

「ははは、それはまあ部活してるおかげかな。だから運動も苦手じゃないし、緋色っていう友達がいるから自然と釣られてクラスの真ん中の方に……みたいな」


 自分がすごいなんて思ったことは今まで一度もなかった。オタクにだって色々な人種がいるわけで、運動部に所属した結果、人並みの運動神経を得るやつだっているのだ。

 そのおかげもあって、僕はテニスよりランニングが得意になってたり、友達に恵まれたりしただけだ。本当に運がよかっただけだと思っていた。

 僕から言わせれば広く深く知識を持つ桐生さんの方がすごいし、憧れる。


「それに九条さんとも対等に話せてるし……私ちょっぴり怖いもん、九条さん」

「それは多分……慣れみたいなもんだと。言い方はキツいけど悪気はないんだって知ってるからさ」

「そうなんだ。さっきのも……そうなのかな」


 『さっきの』提案を拒否したことを言っているのだろう。冷静さを失ってはいたが……おそらく悪気はないはずだ。彼女の言い分も理解できるし。


「うん。きっと悪気はなかったと思うよ」

「太刀川くんってさ……九条さんのことどう思っているの?」


 思わぬ質問で僕の頭の中がホワイトアウトする。


 ——愛梨彩のことをどう思っているのか?


 そんなの答えは決まっている。決まってるのだが……面と向かって他人に自分の気持ちをひけらかすのは躊躇われる。悲しいことに僕も思春期男子。好きな人を公表するのは勇気がいるわけだ。

 けど一つ言えることがある。


「ずっと隣で戦ってきた大事な相棒だよ」


 誤魔化したつもりはない。確かに愛梨彩に恋している自分がいるが、今の僕は彼女の相棒なんだ。相棒としてともにいる意味の方が大きいような気がしたのだ。桐生さんにもそれを伝えたかった。

 と、面と向かって伝えたらなんか恥ずかしくなってきた。


「まあでも扱いが雑だったり、当たりが強いのはどうかと思う時もあるけどさ」


 はははと笑い、はぐらかすように僕は彼女への愚痴をこぼす。


「そっか……」


 桐生さんはそれだけ言って口を閉ざした。おもむろに部屋の時計に目を向ける。話しこんでいたらだいぶ夜が更けていたようだ。


「じゃあ、僕はこの辺で失礼させてもらうよ。もう夜も遅いし」

「ごめんね。話、つき合わせちゃって」

「全然いいよ。本物の黒乃魔孤と話せて楽しかった」

「それなら……よかった」

「じゃ、おやすみ桐生さん。また明日」


 僕は桐生さんの部屋を後にする。

 自分にできること……愛梨彩の誤解を解くことはできたはずだ。これで明日からまたみんな仲よく過ごせたらいいと心の底から思った。



 桐生さんの部屋を出ると……廊下に愛梨彩が立っていた。

 その光景を見て、なぜか冷や汗が流れ出す。まずい。さっきの桐生さんとの会話、聞かれていないよな?


 ——「太刀川くんってさ……九条さんのことどう思っているの?」


 思い起こされるのは先ほどの質問。大丈夫、嘘はついていない。なにも悪いことはしていないはず……あ、少し愚痴をこぼしてしまっていたか!


「随分と彼女に肩入れするのね」

「え、あ、いや……その僕、彼女の——黒乃魔孤のファンだったからさ。ほら、本物と直接話せる機会ってなかなかないし。はははは」


 から笑いがこみ上げてくる。とりあえず笑うしかないと思った。


「あっそ」


 冷たくあしらうように言うだけ言って、愛梨彩は自室へと向かっていく。ここで立ち止まっていたのはなにか理由があったはずだろうに。

 去りゆく背中を眺めながら彼女がここにいた理由を思案する。桐生さんに用があったのか、はたまた僕に用があったのか。そういえば今日はずっと不機嫌だな。


「まさか……嫉妬?」


 口では言いつつも頭では即座に「ないない」と否定する。相棒だから僕が心配だという気持ちはわからなくもない。

 けど、彼女が僕を異性として見ているという心当たりがない。根拠がない。だいたい愛梨彩は僕に対して当たりが強いし。


「アリサはわからないんでしょうねー。有名人の前ではしゃいじゃう感覚なんて」


 目の前の部屋の扉が開き、寝巻き姿のフィーラが現れる。どうやら僕らの会話は隣の部屋の住人に筒抜けだったようだ。


「フィーラはわかるの、そういう感覚?」

「多少はね。私だって日本のマンガの作者やアニメの著名人を前にしたら少しは興奮するのだわ。その点アリサは……世間から遠ざかって生きてきたから。憧れと好意の違いがわからないんでしょ」

「そうだよね」

「関係を断てば巻きこむことはない……なんて、本当に生真面目なんだから。もっと自分の幸せ考えなさいよ。でも……嫉妬できるようになっただけマシか」


 耳を疑った。自分が辿り着いた答えと同じだったから。だけど、それはありえないと否定した答えだ。


「いや、まっさかー」


 やっぱり信じられない。あの愛梨彩が僕のことで嫉妬している? クラスの孤高のヒロイン、高嶺の花だったあの九条愛梨彩が? こんな平凡な僕のことで?


「気づいてないの? あなた、めちゃくちゃアリサに好かれてるわよ?」

「……え? マジで?」

「アリサって多分親しい人間ほど、意地悪したくなっちゃう素直じゃないタイプなのよ。枕投げの時も、この前の食堂のミニトマトもそう。親しい人間だからこそそういうことをしても許してもらえる。ありのまま振舞っても受け入れてくれる。きっと抑圧されたいとけなさが今頃発露し始めた。そんな心を許した相手が自分から離れていく……って考えたら普通ゾッとするのだわ」


 フィーラの言葉がスッと腑に落ちた。ずっと笑顔を忘れていた魔女がありのままの自分を取り戻しつつある……まさか本当に嫉妬だったとは。

 確かに全ての辻褄が合う。彼女が桐生さんの部屋の前に訪れにきたのも、地下室であんなに取り乱したのも……全部嫉妬したから。――僕を他人に渡したくなかったから。


「やっぱり……そうだったのか。流石は親友ですね、フィーラさん」


 フィーラは「まあね」と言わんばかりのドヤ顔を見せる。


「ま、嫉妬が果たして恋愛感情によるものなのか友情から生じたものなのか……はたまた家族愛に近いものなのかはわからないけどね。たまにいるでしょ? 自分の友達がほかの友達と仲良くしてるだけで嫉妬する人間って」


 交友関係が狭い人間ほど自分の周りの人を大事にする。けど大事だと思っていた人にはほかにも大事な人がたくさんいて……自分はその内の一人に過ぎないんだと痛感する。


 ——心を開いた人間が離れて、ほかの人のところにいくのが嫌だ。想定すらしたくない。私の繋がりを壊さないで。


 そんな愛梨彩の心の叫びの現れがあの行動だったのかもしれない。


「それも……そうだね」


 恋愛感情としてではなく、交友関係の中の一人として……そっちの方がよっぽどありえそうだ。僕の肩があからさまにがっくりと落ちた。


「でも、これだけは間違いなく言えるのだわ。レイはアリサにとってかけがえのない人よ。自分の殻に閉じこもった魔女が唯一心を開いた普通の人間があなた。きっと親友の私よりもあなたの方がアリサの心に寄り添ってる」


 心の底から溢れ出た彼女の笑顔を初めて見た時のことを思い出す。


 ——嬉しかった。自分に心を開いてくれたのだと思った。


 それからずっと愛梨彩は僕のことを頼りにしてくれて、真の意味で相棒になった。楽しい時もつらい時もずっと二人一緒だった。

 きっとフィーラの言葉は正しい。今一番彼女を支えているのはほかでもない僕なんだ。


「アリサの弱みの一つくらい握っているんじゃない?」


 フィーラがいたずらな笑みを浮かべる。いいこと言うなーと思ったらすぐこれだ。本当にフィーラと緋色の会話は締まらないよなぁ。


「心当たりは……あります」


 けど、まあ弱みの一つくらいは知っている。——泣きながら「どこにでもいかないで」って僕に言ってきたこと。


「教えて」

「守秘義務です」


 喋ったら殺されるから絶対嫌だ。なにより二人だけの秘密が一つくらいあったっていいじゃないか。


「とにかくあんまりアリサを悲しませないでね。じゃないと私がタコ殴りにするのだわ」

「わぁ、すごい痛そう」


 僕は棒読みで返答する。フィーラの拳なんてもうそれは殺しにきてるようなもんだ。


「約束するよ。絶対に愛梨彩を悲しませたりしない。僕にとっても愛梨彩はかけがえのない人だから」


 そうだ、僕はあの日誓ったんだ。「彼女のそばから離れない」って。


 ——なら答えは一つだ。ほかの選択肢なんてありえない。


「その顔を見て安心したのだわ。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 フィーラは静かに自室へと戻っていった。廊下に取り残された僕は一人、決意を新たにする。


 あの悪夢は未だに僕に襲いかかってくる。


 魔力という見えない繋がりだけど……それを切ったら後戻りできないかもしれない。絶対、正夢にするもんか。

 彼女の立場になって考えて初めて理解した。繋がりが消える恐怖、取り残される悲しみ。それが嫌なのは僕だって同じだ。

 絶対離れたりするもんか。僕はずっと、契約するより前もから君のスレイヴなんだから。

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