欠陥と限界と女の子の気持ち/episode55

 翌日、僕は桐生さんの提案を断る旨を伝えた。ほかの三人もその場にいたが、僕の意思を尊重してか反対する人間は誰一人としていなかった。


「だとしたらやっぱり桐生さんには自分の身を守るすべを教えなきゃね」


 愛梨彩の進言によりそれから数日間は特訓の日々となった。僕たちがずっと彼女を守るわけにはいかない。賢者の石が発見できてない以上、僕らが屋敷を出る機会はこの先増えることになるだろう。

 戦いに連れ出すかどうかはともかく自衛の手段を教えておくに越したことはないわけだ。桐生さん本人も特に断る気配はなく、頷いてくれた。

 魔札スペルカードの適性判断をし、デッキを組ませる。借り物の力である僕とは違って、本物の魔女である彼女は慣れるのが早かった。


 全てが滞りなく進んでいる……と思っていた。


 桐生さんの様子がおかしくなったのは五日経った日の夜だった。寝る前にトイレにいこうと廊下に出た僕は玄関ホールへと向かう彼女を見つけた。ローブは……纏っていなかった。


「桐生さん……こんな夜中にどうしたんだろ?」


 ぼーっと眺めていると彼女はそのまま外へと消えていってしまう。こんな時間に女の子一人を出歩かせるのは危険だ。

 僕は慌てて部屋に戻る。部屋着の上からローブとケースを身につけ、外へと繰り出した。


「桐生さん!」

「太刀川くん」


 ほどなくして彼女に追いついた。丘を下っていくところだった。


「そんな無防備な格好で外に出たら危ないよ? どうかした?」

「あの……お菓子が……」

「ああ……そういうことか」


 丘を下ればすぐにコンビニがある。きっとそこでお菓子を買おうと思ったのだろう。

 困った。食料がないのは死活問題だが、夜は魔女と魔術師が闊歩する時間だ。きっと桐生さんはそういう認識がまだできていなかったのだろう。

 朝まで我慢してもらうか……それとも僕が護衛としてついていけば、少しの距離くらい平気だと考えるか。

 そんな折だった――


「お前たちが自ら外に出てきてくれるとはな。見張らせていた甲斐があったよ」


 聞き覚えのある声が鳴りはためいたのは。


「ソーマ……!」


 その背後にはアインと咲久来の姿が。こんなところに教会総出かよ。


「そこの魔女を渡してもらおうか」

「誰が渡すか!」


 『俺』はカードを展開し、『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』を引き抜く。

 状況は実質三体一。


「ならば——」


 ソーマが手に取ったカードを横に向ける。まさか——


「関係ない人間まで巻きこむつもりか!?」

「構わないさ。死人に口はないからね。秘匿する手間はかからない。まあ、君が素直に引き渡してくれれば被害はゼロで済むがね」

「汚い手口を……!」


 丘の上とはいえ、民家はいくつかある。ここで戦闘すれば間違いなく被害が出る。こんなところまでわざわざ出向いてきたのは民間人を人質にするためか。


「太刀川くん……私、カード持ち歩いてる」


 後ろで桐生さんが呟くような小さな声で言った。ローブがなくても魔札スペルカードはある。サラサの忠言を今でも守っていたようだ。


「わかった。桐生さんは自分の身を守ることに集中して。この距離ならすぐに愛梨彩たちも気づくから」


 桐生さんが無言で首肯した。

 ここから先は競争だ。愛梨彩たちがくるのが先か、俺たちが負けるのが先か。絶対……持ち堪えてみせる!


「『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!!」


 やつらが仕掛けてくるより先に、四枚の魔札スペルカードを放る。カードは四方を囲むフェンスとなって現れる!


「なるほど。意地でも犠牲は出さないということか」

「そういうことだ! 桐生さん!」

「うん……! 『蝸牛の魔殻スネイル・プロテクト・シェル』!」


 僕の掛け声と同時に桐生さんを覆うように障壁が現れる。


「適性は生物系か。太刀川黎は私が相手する。今回の目的は桐生睦月の確保だ。お前たち二人はやつのガードを崩せ」

「了解」

「了解しました」


 咲久来とアインは俺を無視して、殻へと魔弾を放つ。しかし、殻に傷はついてない。これなら……いける!


「君の相手は私だ! 久しぶりに決闘と洒落こもうじゃないか!」

「アザレアの支援がないにお前なんかに……!」


 『オーラ』を纏った剣同士が激しく火花を散らす。後衛二人の攻撃はない。なら速攻でソーマを無力化して桐生さんを助けるのみだ!


「それはどうかな!? 君は周りを鑑みるあまり致命的なミスを犯した!」

「なに!?」

「この狭いフィールドでは技量こそが全てだ! レイスであるお前がどこまで戦えるか……見ものだな!」


 ソーマが剣を両手で握り、思いっきり振り抜く。こちらの体勢が崩れ、ノックバックしたのをやつは見逃さない。


「『光線狙撃フォトン・ライフル——アンタレス』!」


 魔札スペルカードによる追い討ち……しかしこちらだってその手は読んでいた。


「『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!!」


 光の弾丸と炎の刃はお互いを消滅させ、爆煙を上げる。


「もらった!」


 ソーマが爆煙を跳び越すように上から降りてくる。勢いの乗った剣戟をなんとか剣で凌ぐ。けどこのままじゃ埒が明かない!


注力最大フル・アクティブ!」


 今度はこちらが魔力をこめた渾身の一振りを見舞う!


「チッ!!」

「これでぇ!! 『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!!」


 吹き飛んだソーマに炎の刃による追撃。しかし——


「『光線狙撃フォトン・ライフル——アンタレス』!」


 再び炎の刃と光の弾が衝突する。また仕留め損ねた。

 剣戟の合間に隙を突くように放つ遠距離魔法。俺たち二人はその応酬を延々と繰り返していく。


 ——そして四度目の鍔迫り合い。剣と剣の打ち合い。


 傍目で桐生さんの方を見る。まだなんとか凌げているようだ。


「確かにお前は強くなったよ、太刀川黎。だが、お前の欠陥は依然残ったままだ。キャパシティ不足——それを解消しなければお前は高みへと到達しない。私と同じ土俵に……お前は立っていないのだよ!」

「クソっ! 最初から俺の魔力を尽きさせるのが狙いか」


 ソーマがしたり顔を浮かべている。

 俺はようやくやつの狙いに気づいた。やつは効率よく俺の魔力を消耗させる戦い方をしているんだ。

 ソーマを素早く倒して桐生さんの援護に回ろうとする俺の心理を利用して、消耗戦に持ちこんだのか。持久戦をしなきゃいけないはずなのにまんまと乗せられてしまった!

 脳裏に一抹の不安が過ぎる。


 ——やはり『魔女に隷属せし死霊騎士スレイヴ・レイス』の力だけじゃ足りないのか……?


 所詮俺の魔力は借り物の力。上限も決まっているし、強いカードを使えば消耗も早くなる。けど……今はそれでもなんとかするしかない!


 『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』が使えるのは残り一回。次に隙を突かれたらガス欠で俺が負ける。

 ソーマの剣が黄白色に輝き出す。俺の剣が押され、退けられていく。次にくる攻撃は……光線!

 俺は剣を強く握り締める。ここで『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』を使えば、完全に手詰まり。俺は——防戦一方になることを覚悟した。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「ははは! そうくるか!」


 飛来する光の矢を『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』で叩き伏せる。


「いつまで耐えられるかな! 魔術師のなり損ない……似非エセ魔術師の君に!」


 だが、光線は断続的に襲いかかってくる。一発一発、自分の体を酷使するように捌いていく。

 五発……一〇発! まだ倒れない、俺も……桐生さんも。

 自分の中の魔力の巡りが早くなっていくのがわかる。体勢はどんどん崩れていき、がむしゃらに振るうしかなくなっていく。


「この一撃は捌き切れまい! 『光線大砲フォトン・ランチャー——アルデバラン』!」


 押し迫ってくる光線の大砲。避けることも叩き斬ることもできない太い筋。

 なぜだろう……ここで負ける気がしない。


 ——大丈夫。愛梨彩はくる。


 確証なんてどこにもない。けど、俺の相棒は……俺のことをよく見ているんだ。細かいことに気がつく人なんだ。だから——


「『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』!!」


 ——俺のピンチに気づかないわけがない!


 光線は水の障壁に阻まれ、霧散していく。その中から現れたのは黒のローブをたなびかせた魔女、愛梨彩。


「太刀川くん、平気?」

「あと一分遅かったら死んでたかも」

「あなたはすでに死人でしょう? これ以上死んだら私、許さないから」

「はは……相変わらず手厳しいな。けどその通りだ。愛梨彩が許してくれないのは嫌だから……死ねないや」


 彼女の返答を聞いて変な笑いがこみ上げてきた。本当に俺の相棒は頼もしいよ。こんな時でも冗談が言えるなんてさ。

 そして同時に強く思う。


 ——やっぱり俺の相棒は愛梨彩だ。彼女しかいない。


「おっと俺たちもいるぜ」

「屋敷に攻めてこようなんていい度胸なのだわ」

「数はこちらが優位だけど……まだ戦い続けるかい、教会さん?」


 遅れて緋色、フィーラ、ブルームが到着する。これで状況は四対三だ。


「タイムオーバー……撤退せざるを得ないか。アイン、八神くん。退くぞ」

「はい」

「了解した」


 それだけ言うと三人は姿を消した。

 最後のソーマの表情……そこに悔しさは含まれていなかった。まるでこうなることまで想定していたような顔だった。


「やっぱり……あいつらまた逃げたのだわ」

「言いたいことは山ほどあるけど……とりあえず今は帰りましょう」

「そうだね」


 なんとか教会を退け、桐生さんを守ることができたが……なにか嫌な予感がした。

 現れなかったアザレアと……野良との正面衝突を避け、退いたソーマ。目的は桐生さんを連れていくことじゃなかったのか? 魔導教会はなにを企んでいる?



「どうして夜中に出歩いたりしたの!」


 仄暗いリビングに愛梨彩の怒号が木霊する。それはまるで子供を叱る母親のようで……背筋がゾッとした。


「えっと、それはだね……」

「太刀川くんは黙ってて!」

「あ、はい」


 僕は正座したまま萎縮した。どうやら愛梨彩は怒り心頭のようだ。そしてその矛先は……隣の桐生さんに向いていた。

 愛梨彩の目が桐生さんを射抜く。桐生さんはたまらず、うつむいて目を逸らした。


「お菓子……なくなっちゃったから」


 ようやく発した言葉には力がこもっていなかった。完全に怯えていた。


「あなたがまともにご飯を食べれないのはわかります。けど、だからって夜中に出ることはないでしょう? 夜は魔女たちの時間よ。出歩けば襲われるのは自明の理でしょうに」


 桐生さんは押し黙ったまま。険悪なムードが続く。この空気……耐え切れそうにない。


「一応今回は助かったわけだしさ。説教はこれくらいで——」

「あなたはどっちの味方なの! 下手したら太刀川くんがやられていたのよ!? 今はしっかり叱らせてもらうから」


 愛梨彩が有無を言わさず僕を睨みつける。「それは……面目ないです」と平謝りせざるを得なかった。

 確かに彼女の言うことは最もだ。あと一歩遅かったら僕はやられていただろう。今回は運がよかっただけだ。次に同じことが起きないように努めるためには……必要な説教というわけか。


「桐生さん、あなたは狙われているの。それをちゃんと自覚して。今後は軽率な行動は取らないように。外に出る時は誰かに伝えてからにしてちょうだい。わかったかしら?」

「……はい」


 桐生さんの返事を聞いた愛梨彩が嘆息を漏らした。言いたいことは一通り言い終えたらしい。


「今日はもう遅いから寝なさい。お菓子の方は明日私が調達しておくわ。じゃ、おやすみなさい」


 愛梨彩はスタスタと部屋を後にする。リビングに残されたのは桐生さんと僕だけ。


「ごめんね、太刀川くん。太刀川くんは私を守ってくれたのに……巻き添えで説教されて」

「いや、僕は平気だよ。こういう扱いは割と慣れてる方だし」


 隣の彼女は再びうな垂れてしまった。相当説教が堪えたようだ。愛梨彩は自分にも相手にも厳しいところがあるからなぁ……思いやりゆえの厳しさなのだろう。


「愛梨彩はほら、野良の魔女を仕切る立場だからさ。ああいう人を諌める役を買って出ただけだよ。嫌味を言っているわけじゃないんだ」


 今の僕にできることは愛梨彩のフォローをすることだった。相棒の僕にはわかる……桐生さんのためを思って言ったのだと。けどあんなキツい言い方じゃ誤解されてしまうだろうに。


「本当に……そうなのかな。九条さん、私が大事って言うより……渡したくないから責めてるって気する」


 ——「渡したくないから」。


 『桐生さんを教会に渡したくないから』という意味での発言なのだろうが、嫌が応にも別の意味に聞こえてしまう。『僕を渡したくないから』と。


 ——「嫉妬できるようになっただけマシか」。


 思い起こされるのはフィーラの言葉。

 愛梨彩が純粋に今回の件だけを叱っていたのか。はたまた嫉妬が含まれていたのか。正直……愛梨彩の気持ちは僕にはわからない。

 とにかく愛梨彩が嫉妬して僕を渡したくないなんて自惚れは一回棚に置いておく。


「そんなことないよ。本当に難儀な性格だからさ、彼女。誤解しないであげてよ」


 第一、八つ当たりするとしたらきっと僕にだ。どんなに嫉妬していても愛梨彩は桐生さんに当たるような人間じゃない。そんなありのままの姿をぶつけはしないはずだ。

 桐生さんは閉口したままだった。理解してくれた……とは思えないが、伝えたいことは伝えた。


「じゃ、もう寝よっか。早く寝ないとまた愛梨彩にお説教されそうだし」


 立ち上がり、「おやすみ」と言ってリビングを後にしようとする。僕にできることはちゃんとやった。ちゃんとやったけど——去り際に確かに聞こえてしまった。


「太刀川くんは女の子の気持ち、わかってないよ」


 部屋の扉を閉め、自室へと足を進めた。聞こえていたのに、聞こえていないフリをしてしまった。


「わかってない……か」


 重く突き刺さる言葉。じゃあ、僕は誰になんと声をかければよかったのだろうか? 僕の行動は無神経だったのかな。

 その答えを……誰も教えてはくれない。

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