‪ゼロでも戦う理由‬/episode56

 さらに数日が過ぎ、桐生さんの特訓は終了した。これで襲撃する準備は万全となったわけだ。


「前回の襲撃時になぜかアザレアはこなかった。さらにその前の学園での襲撃もきたのはなぜかアインとサクラだった。このことからアザレアはなんらかの理由で動けないのは明白なのだわ」


 僕たちはいつものように地下室で作戦会議をしていた。

 しかし……空気はあまりよろしくない。あの一件以来、愛梨彩と桐生さんの関係はぎこちなかった。会話は必要最低限のものだけ。挨拶も交わすかどうか怪しいくらいだった。

 僕もなんとかしようと思った。けどその度に胸に刺さった「太刀川くんは女の子の気持ち、わかってないよ」という言葉が深く食いこみ、躊躇ってしまったのだ。

 どうすることもできなかった。手をこまねいて見ていることしかできなかった。


「アザレアが動かないとなると、未調査の城戸教会を調べるチャンスってわけだね。黎……聞いているかい?」

「え、あ、うん。ちゃんと聞いているよ、ブルーム。城戸教会の調査だろ?」


 どうやら少しばかり上の空だったらしい。今は考えても仕方ない。僕らにとって重要なのは賢者の石の在り処を突き止めることなんだから。


「アヤメの動きが気になるけど……そこは私とヒイロで対処する」

「おう、任せておけ」


 フィーラと緋色はいつも通りで、相変わらず自信に満ちていた。なにも変わらない二人が今は心強く感じる。


「私と太刀川くんとブルームが教会か城戸の屋敷へ赴けば数は合うわね」


 会敵する可能性があるのはソーマ、アイン、咲久来だ。綾芽がきても数は互角。互角ならいくらでもやりようはある。

 と、ここで気になったことが一つ。


「というか屋敷って?」


 愛梨彩は「城戸の屋敷」と言っていた。今まで屋敷に赴くことなんてなかったから、妙に気になってしまった。


「基本的に各教会は魔術師の家系が管理、守護しているんだ。八神教会には八神咲久来とその父がいたように、ほかの教会にも本来なら城戸、泉、高石の家系の魔術師がいるはずだった。この教会の管理家系のことは秋葉魔導七氏族なんて呼ばれているね」

「だけど七氏族の大半は魔術師としての血筋が絶えてしまっているのよ。七氏族は守護する力を失い……今はただの管理者に成り下がったってわけね。善空寺の武之内家みたいに没落して、施設を手放している家系もいるくらいだし」


 ブルームと愛梨彩の説明でなんとなく話が見えてきた。秋葉の魔導教会の管理家系はほとんど廃れて力を失ってしまった。だけど——


「城戸の家系には未だに魔術師がいるわけか」

「そういうこと。まあ、魔女を伴わない魔術師が争奪戦に関わってくることはないでしょうけど……教会の施設に変わりないから念には念を入れて調べようってことね」


 一通りの説明を終えた愛梨彩は黒板へと向かい、六人の名前を書いていく。いよいよ作戦の概要説明だ。


「まずは私たち五人で教会の方へ向かいましょう。ソーマたちが迎え撃つとしたら教会を戦場に選ぶでしょうから。その後は——」

「隙を見て二手に分かれるって感じね。まあ、さっきも言った通り足止め役なら私とヒイロが適当でしょ。任せるのだわ」

「おう! 乱戦だろうが上等だぜ!」


 緋色が自信満々に、拳をあげながら自身の腕を叩いてみせる。

 黒板の緋色とフィーラの名前の横に『足止め班』と任務が書かれる。


「私は状況を見て、臨機応変に動こう。教会組が不利ならそちらに残る」

「そうね。判断はブルームに任せるわ。だとしたら……城戸の屋敷へ向かうのは私と太刀川くんって考えておきましょうか」

「了解」


 ブルームは『遊撃班』、僕と愛梨彩は『調査班』となった。

 各々役割分担はこれで決まった。残るは……桐生さんだ。

 ほんの少しだけ、背筋に悪寒が走った。あれ以来まともな話ができていない二人。説明する役割は愛梨彩なわけだから……果たしてなんと彼女に告げるのか。急に胃が痛くなってきた。


「桐生さんは留守をお願い。万が一襲撃があっても、屋敷には結界が張られているから簡単に侵入はされないはずよ。だけど完璧な防備じゃないから、襲撃されたらすぐに連絡して。急いで戻るから、それまでなんとか耐え凌いでちょうだい。それくらいはできるわね?」


 桐生さんは無言でしっかりと頷いた。それを見て愛梨彩は桐生さんの名前の横に『防衛班』と役割を記した。

 その様子を見て安堵している自分がいた。愛梨彩の内にはわだかまりはないようだ。あとはきっかけさえあれば二人の仲もよくなるだろう。


「作戦の開始は今夜よ。それまで各々英気を養っておいてちょうだい」



 僕は部屋に戻り、ベットの上でカードデッキを眺めた。


「僕の……欠陥か」


 レイスとなったことで力を得た。けど、その力は本物の魔術師には遠く及ばない。

 原因はわかっている。魔札スペルカードの作成技術が向上しても、それを使うだけの魔力量が足りてないのだ。

 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』も『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』も強力な魔法だ。けれど、どんなに強い魔法を持っていても使いこなせないんじゃ……その力の真価を引き出せないんじゃ意味がない。


 持久戦では勝ち目のないエセ魔術師……それが今の僕だ。


 魔力量を増やす方法はある。桐生さんの死霊魔法の恩恵を受けることだ。だけど僕は力よりも想いを大切にすると決めたんだ。この選択を曲げるつもりはない。ならば今自分にできることで創意工夫するしかない。

 今の僕が使いこなせる魔法はせいぜいBランク程度。Bランクの魔法を新しく生み出しても……Aランク魔法である『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』の下位互換になるだけだ。創っても役に立たない魔法になるのが目に見える。


「できるのは……足りないカードの補充くらいか」


 僕はケースから白紙ブランクのカードを引き抜き力をこめる。

 そんな折だった。部屋にノックの音が鳴りはためいたのは。

 慌てて注力をやめ、ドアを開ける。そこにいたのは……桐生さんだった。


「話……あるの。いいかな?」

「あ、うん」


 無下に断る理由がなかった僕は彼女を招き入れる。あれ以来どう接していいかわからなかったが……桐生さんからきてくれたのは好都合だ。もしかしたら愛梨彩と和解させるきっかけになるかもしれないし。


「太刀川くんも……教会襲撃しにいくんだよね?」


 僕のベットに腰を下ろして、桐生さんが尋ねる。僕はそれを呆然と立ったまま聞く。話の内容は僕の予想していたこととは違った。


「まあね。相棒だけいかせるわけにもいかないし。それじゃスレイヴとして本末転倒でしょ?」

「この前初めて戦闘経験してわかったの。これは本当に命のやり取りなんだ。殻が壊れたら本当に死ぬかもしれないんだって。その時、私死にたくないって思った。どうしてこんなことに巻きこまれなきゃいけないのかわかんなかった」

「そうだよね、普通。怖いし、死にたくないと感じるよね。だから桐生さんはここで待っていれば——」

「どうして……どうしてそんなこと言えるの!? 太刀川くんだって普通の人間なんだよ? そこまでして戦う必要なんてない。この前の戦闘だってギリギリだったじゃん!」


 僕の言葉は桐生さんの口からとめどなく溢れる想いに遮られてしまう。


「僕にも叶えたい願いがあるんだ」

「それって生き返ることでしょ? なら私の死霊魔法を使えばできることじゃん。わざわざ太刀川くんが傷つきにいく理由なんてないよ!! 魔導教会のことなんてほかの魔女に……できる人に任せればいいんだよ!」


 桐生さんが詰問するようにまくし立ててくる。

 僕も彼女と同じ普通の人間だ。ただの高校生で、巻きこまれた側の人間だ。一般人がここまで魔女の世界に立ち入る必要性はない。生き返る方法があるならそれに頼って逃げ出してしまえばいい。


「お願い太刀川くん。私と逃げて。もうこんなこと続ける必要なんてないよ。逃げて逃げて……どこか安全なところを見つけて二人で暮らせば——」


 けど、だけど——


「ごめん、それじゃダメなんだ」


 僕はきっぱりと言い放つ。桐生さんの厚意は嬉しいけど、それはできない。

 だってただ生き返るだけじゃ……意味ないんだ。僕だけが普通に戻って、なにごともなかったようにのほほんと高校生として暮らすことはできないんだ。


「どうして……? 私、わかんないよ。傷つく意味がわかんないよ」

「守りたい人が、人たちがいるんだ。そしていつか……ここのみんなと幸せに笑える日を迎える。それが僕の願い。だからそのためならいくら傷ついても平気なんだ、僕は」


 最初の頃の僕だったら生き返れればそれでよかったのかもしれない。けど、今の僕の願いは——違う。

 魔導教会を倒して、みんなが笑って暮らせるような平和な世界を作る。そして……愛梨彩を普通の人間に戻す。逃げ出したらなに一つ叶わないんだ。


「そう……なんだ。太刀川くん強いんだね……私と違って」


 桐生さんは憂いのような表情を湛えていた。僕はその顔色の真意を察することができず、押し黙るしかなかった。


「ごめん、準備中に邪魔して。私、部屋戻るね」

「あ、うん」

「気をつけてね。それじゃ」


 打って変わって彼女は笑みを見せ、部屋を後にした。

 桐生さんがいなくなり、部屋には僕一人。自然と先ほどの会話が脳裏を過る。


 ——「どうして……どうしてそんなこと言えるの!? 太刀川くんだって普通の人間なんだよ? そこまでして戦う必要なんてない。この前の戦闘だってギリギリだったじゃん!」


 桐生さんの言葉が今になって突き刺さってくる。

 僕は弱い、普通の高校生だ。魔力もゼロ。たまたま力を得て魔術師のマネごとができるようになっただけの人間だ。

 僕が戦わなくてもフィーラ、ブルームと愛梨彩……魔女の三人は上手く立ち回れるかもしれない。緋色だってフィーラとの息ぴったりのコンビネーションという強い武器を持っている。仲間はみんな強いやつばかりで、僕だけ特別なものはゼロない

 それでも——


「今さらこの生き方は変えられないんだ。愛梨彩を守るために戦うと決めたあの日から……それは変わらないんだ。それが僕の貫き通したい、折れない意思だから」


 例え微力だろうと、エセ魔術師だろうと僕は戦う。「弱いから」っていうのは戦わない理由にならない。弱くても運が悪くても……譲れないものがある時には戦わなきゃ。

 だから今できる最善を尽くすんだ。僕は再び白紙のカードへと向かっていた。

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