黒騎士ともう一人の相棒と私の決意/episode70
話は昨日まで遡る。
「ナイジェルに昇華魔法を使うのだわ。けど……そうしたら多分、ナイジェルの体はもう保たない」
最初にこの策を説明された時、言葉を失った。盲点だったからというのもあったけど……なによりナイジェルの体を引き換えに昇華魔法という切り札の発動を覚悟しなければいけなかったから。
「昇華魔法と復元魔法の力を受ければ絶大な力が出るのは『
「だがそれはレイスの体に大きな負担を伴うわけか。特に長年レイスとして活動してきたナイジェルはもう肉体の限界寸前……やれば消滅してしまうということかい?」
「その通りなのだわ、ブルーム」
もう彼が亡くなってから随分な時間が経つ。今までずっとだましだましでナイジェルの体を維持してきた。
それが限界なのは……わかっていた。もうすぐ復元するよりも早く体が朽ちていくのだと。私の力ではもう維持できないところまできている。そんな状態で一気に魔力を浴びれば……きっと肉体の消滅は免れないだろう。
「本当はレイスじゃない私のコロウかオロチでやろうと思ったけど……彼らはまだ完治してないのよ。なにより動物のスレイヴは主人との意思疎通ができているのが前提だから、彼らじゃアリサのスレイヴとしてはきっと機能しない。レイを助けたいって想いや意思がリンクしないと充分な力を発揮しないのだわ。だから……だから——」
「だからナイジェルである必要がある。私の意思に呼応する彼ならそれができる。そういうことよね、フィーラ?」
フィーラは無言で、苦しげに頷いた。彼女が私を気遣ってくれているのはよくわかる。言葉を選んで話していることも。
私は選択しなければならない。太刀川くんの命かナイジェルの命……そのどちらかを。
どっちも私にとっては大切な家族だ。選べるわけがない。太刀川くんのためにナイジェルの命を平気で投げ出せるほど冷酷に割り切れない。
けれど……彼は私に吠えるのだ。その音にどれだけの意味がこめられているかはわからない。「助けにいこう」なのか「ほっとけないだろ、あの後輩スレイヴ?」なのか「自分は充分過ぎるほど生きたよ」なのか。
ああ、でも……やっぱり意思疎通しているんだ、私たち。だって正確に翻訳はできなくてもあなたが迷わず「彼を助けにいこう!」と言っているのはわかるもの。
「ごめんなさい……いつも私のわがままにつき合わせて。……ごめんなさい、ナイジェル」
私はそっと彼の体を抱く。レイスでも……確かに温もりを感じた。それは確固たる意思があることの証に思えた。
また止めどなく、涙が流れてしまう。もう彼と会えなくなるかもしれない。この柔らかな毛の手触りを感じれるのは今だけかもしれない。
「ナイジェルと私の意思は……決まったわ。その案に一縷の望みを賭ける」
「本当に……いいの、アリサ? もう……ナイジェルとは会えなくなるのに?」
「いいも悪いもないわ。ずっと先延ばしにしてた別れの瞬間が……ついにきたってだけよ。ならせめて……彼の望む別れ方を選んであげるのが……主人としての務めでしょう?」
私の涙を拭うようにナイジェルが頰を舐める。彼の意思は変わらない。私の心をわかっているから……彼は命が燃え尽きる最後の瞬間まで忠誠を誓うのだ。
ならば迷いはない。私はあなたの決断を尊重する。私たちの確固たる意思を貫いてみせる。
——そして今、私と彼は最後の一歩を踏み出した。もう一人の相棒を取り戻すために。
「いくわよ、ナイジェル。全力でやつを倒して。そして……相棒を、私たちの家族を連れ戻す!!」
黒毛の獣人は呼応するように礼拝堂内に雄叫びを反響させる。今の私とナイジェルの意思は一つ。絶対に負けない!
「黒騎士がくるのだわ! ヒイロ!」
「おう!!」
アーサソールの戦鎚と剣が再び鍔迫り合う。力は互角。なら!
「今よ、ナイジェル! この隙に!」
ライカンスロープがしなやかに跳躍する。そのまま落下速度を利用した痛烈な蹴りで横槍を入れる。黒騎士は反応できず、ノックバックしていく。
「流石にあの外装硬いのだわ」
「どうするよ? ゴリ押しでいくか?」
フィーラとアーサソールの力でも破れない外装。必要なのはそれを砕く——絶対的な一撃。
「私とナイジェルであれの動きを止めるわ! 二人はロキの準備をお願い!」
「わかったのだわ!」
「護衛は任せたわ、ナイジェル。私が突撃するわ!」
ナイジェルの咆哮とともに私は駆け出し、前へと躍り出た。鎧騎士も応戦するために跳んで距離を詰める。剣戟が……間近へと迫ってくる。
だが——届くことはない。そこには私を庇うように剣を受け止めるライカンスロープの姿が。
「流石は私のスレイヴね。『
纏うのは水ではなく氷の『オーラ』。私は黒騎士の剥き出しの関節目掛けて蹴りを見舞う。
「どんなに強固な鎧でも懐に入ればあなたの動きを鈍くすることはできる!!」
流れるように殴りに移り、腹部に二連撃を叩きこむ。打撃を受けた箇所がたちまち氷塊で覆われていく。
鎧騎士はよろめき、体勢を崩す。その刹那を相棒は見逃さなかった。痛烈な一打を見舞まわれた黒騎士が吹き飛んでいく。
「追い討ちをかけるわ! ナイジェル、私に合わせて! 『|細氷の大嵐《スノーダスト・テンペスト・アタック』!」
連弾魔法と同時にライカンスロープが口から氷の魔弾を放つ。局所的な雹の嵐が黒騎士に断続的に襲いかかっていた。
私は追撃をかけるようにさらに一枚のカードを放る。
「よっしゃ! これで——」
「いえ、まだなのだわ! 黒騎士は止まってない!」
黒騎士は全てを鎧で受け止めながら、前へ前へと歩みを進めていた。マントという障害こそなくなったが、これではロキの必殺の一撃を避けられる可能性がある。
けどね——
「あなたの諦めの悪さは織りこみ済みよ」
瞬時に私は指を鳴らす。鎧騎士が完全に静止した。そう——連弾魔法の中に『
「今よ、フィーラ!!」
「任せるのだわ! 『
勝代くんは雷神から一転、道化のような魔術師の姿へと変貌する。纏う魔力は禍々しく、彼の追い求めるヒーローの姿とはほど遠い。
「一撃で仕留めてやるぜ、パクリ野郎!『全壊焦土——ストライク・レーヴァテイン』!!」
振り下ろされる獄炎の剣。霧散した氷が靄となって礼拝堂内に舞い上がる。
「やった?」
完全に動きを捕らえていた。例え致命傷にならなかったとしてもあの鎧は無事で済むはずがない。毀れた鎧なら遠距離攻撃でも圧倒できる。
しかし——彼は靄の中から姿を現した。
「クソ! ダメか! なら、もう一撃!」
「待って、ヒイロ。なんか様子が変」
こちらへと一歩、また一歩と歩み寄るたびに騎士の外装の一部がこぼれ落ちていく。間違いなくあれは死に体だ。けど、フィーラの言う通り様子がおかしい。
——まるで中に誰かが入っているかのよう。
壊れた鎧だけが一人歩きするわけがない。ソーマの言う魔装機兵がマシンであるなら、鎧が崩壊したら動けないはずだ。なのにあれは動いている。
そして最後の外装——兜が砕け散る。私の背筋に悪寒が伝った。黒の鎧騎士の正体が……露わになる。
「太刀川……くん?」
そこにいたのは取り返したくて、取り返したくて仕方なかった私の相棒。私は……唯一無二の相棒と戦わされていたんだ。
「嘘だろ……おい」
「どういうこと、ソーマ! あなたは確かに装甲・機械タイプの新たな魔道具……レイのデータを参考に調整、プログラムしたって言っていたのだわ!!」
フィーラが無言の観衆と化していたソーマたちに問いかける。奥の壇上に佇む男は確かに笑みを浮かべていた。
「おや、プログラムしたなんて一言も言っていないが? 君たちの早とちりだろうに。私は魔装機兵の外装を太刀川黎用に調整しただけだよ。彼と同じ動きをするのも、同じ剣術を使うのも……そいつが太刀川黎本人だからに決まっているじゃないか!」
「これがあなたが約束したレイとの再会ってわけ。最低最悪の再会よ。外道はどこまでいっても外道なのだわ……!」
ソーマはフィーラの言葉を意に介さなかった。隣の睦月は押し殺すように笑っていた。あなたたちはこうなるとわかった上で……ずっと静観を決めこんでいたってわけ。
「太刀川くん! 太刀川くんなのよね!? 私よ! 助けにきたの!」
私はおもむろに彼へと歩み寄る。本当は駆け寄って今すぐにでも彼に飛びつきたかった。
「うぅ……私の名前は……太刀川黎。お前のような女は……知らない! お前は……お前ら野良の魔女は私の敵だ!!」
彼は……私の知っている太刀川黎じゃなかった。私を拒むように後ずさっていく。
「『私』ってなによ。私の知ってる太刀川くんはそんなこと言わない……! 本物の太刀川くんは——」
そこまで言ってハッと気づく。私は続く言葉を飲みこまざるを得なかった。
——「お兄ちゃんは『俺』なんて言わない! 私が知っているお兄ちゃんは争うことも剣を振るうこともできないの! 今のあなたは太刀川黎じゃない! 太刀川黎の姿をした偽物よ!」
私はあの時の咲久来と同じ言葉を言っていた。だとしたら……考えられる答えは一つだ。
「まさか……あなたは……あなたは本来の人格を消されて、書き換えられていたって言うの……? 」
「ははははははっ! ようやく気づいたか、九条愛梨彩。その通り! 彼の記憶は偽りだったんだよ。死ぬ前から……君のスレイヴになる前からね!! 彼は教会によって幼少の頃の記憶を抹消されていたのさ」
ようやく合点がいった。
——なぜ彼が戦闘時のみ『俺』という一人称に変わるのか。
そうか……それがあなたの本来の人格だったのね。
「紹介しよう。彼は秋葉魔導七氏族の一つ、太刀川家の正統後継者。太刀川黎だ」
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