君が選択する未来/episode69
*interlude(side:Bloom)*
断ち切れぬ因果というものがこの世には存在するのかもしれないと思った。
目の前に立ちはだかるのはアインと……八神咲久来。幾度となく刃を交わした相手であり、切っても切れぬ因縁の相手。
——それもそうか。
と、内心で自嘲する。むしろこの二人を止めるための私なのだから。
私は戦う前に一つの問いを投げかける。
「八神咲久来。君はこの状況をよしとしているのか?」
「なにが言いたいわけ?」
「太刀川黎が桐生睦月のものになってもいいのかと聞いているんだ」
「そんなの……」
咲久来が躊躇うように口ごもった。そうだ、「そんなの……いいわけがない」。君ならきっとそう答える。
「君も気づいているはずだ。彼らは太刀川黎を魔術の世界から遠ざけるつもりなんてない! 普通の生活に戻すつもりなんてないのだと!」
「それは……! けど……!お兄ちゃんを遠ざけるためには仕方ないことじゃない! 野良にいるよりはるかにマシよ!!」
「それであの女に黎を所有させるのを黙認するっていうのか、自分の願いすら捻じ曲げて。呆れたね。もう少し意固地だったと思っていたんだが……私の記憶違いだったようだ」
「いつもいつも!! 知ったような口を!!」
「知っているさ。君がするべきことは教会に与することではない! 君がするべきことは彼の心の叫びに耳を傾けることだ!! それが太刀川黎を慕う本来の八神咲久来のはずだ!!」
刹那、『焼却式——ディガンマ』が迫ってくる。私はすんでのところで飛び退き、それを躱す。
「なにを話しているかと思えば野良への勧誘か。その魔女に耳を貸すな、咲久来」
「……はい」
アインは着地を狩るように追撃の手をやめる気配がない。手に持った複数のカードから業火が乱れ撃たれる。
私は
「あなたはやはりそういう生き方しかできないのか! 異端であるが故に体制側に与する生き方しか!」
「そうだ。この世界で魔女は普通に生きてなどいけない。我が身を守るためにはこうする以外に道はない。私はそうすることしかできない」
「ならばこそだ。私はあなたを……君たちを止めてみせる」
合成された特大の火球を叩き伏せる。体はまだ形をしっかり保っている。まだ限界じゃない——いける。
「今回ばかりは少し本気を出させてもらうよ。頑固者たちにはきっちりお灸を据えてやらないとね」
腰のケースから
「一気に仕留めさせてもらうよ!」
私は一瞬で距離を縮める。しかし——
「そうはさせない!」
同じように『アクセル』で対抗してきた咲久来が銃剣で私と斬り結ぶ。魔力を帯びた刀身——『オーラ』か。
「その程度の補助魔法は魔術師の常套手段だろう!!」
クロススラッシャーのグリップ部のトリガーを引き、タンクの
「『オーラ』の刃!?」
「場数が違うんだよね! こっちはさ!!」
そのまま力任せにクロススラッシャーを振るい、咲久来を弾き飛ばす。決定打にはならなかったが、退けられれば充分だ。
「前衛に集中し過ぎだな。『焼却式——ディガンマ』」
「おっと、そう見えるかい?」
瞬時、私は左手で剣の柄頭を引っ張る。それを合図に剣脊から両刃が離れ、勢いよく開かれる。姿は剣から一変し、弓の形へ。これこそがこの武器の名がクロススラッシャーたる所以だ。
「……あの時の砲撃技か」
「燦然と輝け!! 『シューティング・ソニック』!!」
私は跳び退き、火球から距離を取りながら引っ張った柄頭を離す。それは正しく弓から矢を放つ動作に違いなかった。纏っていた『オーラ』が一筋の閃光に収束し、火球の芯を射抜く。
「流石に術者までは射貫けないか」
消せたのは火球のみ。アイン、咲久来ともに依然として健在だ。私は剣形態に戻ったクロススラッシャーのトリガーを再度引き、『オーラ』を装填する。
「砲撃戦ができたところで! アインさん!!」
「ああ」
咲久来が銃を構え、アインの横に並ぶ。今度は二人で後衛か。だが——その戦法を知らない私じゃない。
「させないさ。『シャッフル』!」
放たれた一枚のカードがアインの展開された手札へと突き刺さる。展開していた
「なん……だと」
「あなたの手札はいつも砲撃偏重だからね。全て変えさせてもらった」
『シャッフル』はその名の通り、相手の手札を入れ替える補助魔法だ。ドローを主とした戦い方やバランス構成のデッキタイプには意味をなさないカードだが、彼のような一度に大量の手札を使うタイプにはピンポイントに突き刺さるカードというわけさ。
アインが
「くっ……! やむを得ないか。『剣式——ヘータ』」
アインはドローすることなく、炎の剣で接近する私と応戦しようとする。
銃を構えているが、咲久来からの砲撃はない。この距離では誤射しかねないからね。
「そろそろ幕引きといこうか!」
剣を交える直前で真上へと跳躍し、アインを跳び越える。宙空へと逃げた私を撃ち落とさんばかりに魔弾が迫るが、身をひねって斬り払う。私の勢いは止まらない。
「もらったよ!」
アインの背後を取った。身を翻し、剣を振っても力は入らないだろう! 私は両手でクロススラッシャーを振るう。
アインは剣戟の勢いを殺せずに吹き飛ばされ、教会の壁へと激突していった。これで残るは一人だ。
「よくもアインさんを……!
「おっとそうはさせない」私は再度剣の柄頭を引っ張る。「『ホールド』」
弓に切り替わったクロススラッシャーから拘束弾が放たれる。光弾は鎖状に変化し、咲久来の体を縛り上げるように巻きついていく。
これで衛士の排除は済んだ。これだけ力の差を見せたのだ。咲久来も少しは懲りてくれるといいのだが。
「なんで! なんでいつもいつもあなたは邪魔ばっかりするの!?」
「邪魔か……今の君の目に私はそう映っているんだね」
「だってそうでしょ!? お兄ちゃんは魔導教会にいる方が幸せなのに! 幸せだったのに……!」
この場を離れようとした私の足が止まる。咲久来はこんな状況でも、吠えることをやめなかった。本当に直情的で主観的な意見だ。この期に及んでなお、自分は正しいと思っているのか。
「人は生まれた血筋に縛られてしまう……生まれた家の呪縛からは逃れられない。それは確かだよ。何年、何十年経ってもその呪いは根底に残り続ける。私の中にも君の中にも同じ呪いがあるし、彼も血の呪縛からは逃れられないのかもしれない」
「それがわかっているならなんで!? 生まれ育った家に縛られて生きるのは悪いことなの!? 」
自分の行いは間違っているのか。親の期待や家名に囚われて生きるのは間違いなのか。兄に自分と同じものを強要するのは間違いだったのか。いやそんなはずはない。
——想い全てをぶつけるような憎悪と問答の眼差し。
私も何度も自問自答した。自分の行いが正しいのかと。正しいことじゃないのかもしれないと思ったこともあるけれど……それでもきっと後悔はしていない。
「君は一度でも自分で選択したのかい? 争奪戦に参加しようと決めた時、なぜ君は教会側を選んだ?」
最後の最後にだった。最後に私は自分で自分の生き方を決めた。自分で決めた選択に後悔なんてあるものか。
「え……?」
「血筋に従うのは悪いことじゃない。親の想いに応える素晴らしい行為でもある。けどね……君には君の人生がある。黎には黎の人生がある。彼は選択したんだ。自分の人生は九条愛梨彩を守るためにあるんだと。その選択を否定できるのは君じゃないし、彼の家族でもない。もし否定できるとしたら黎自身だ」
誰かの選択を否定する権利なんてない。人生の選択は誰かに左右されるものなんかじゃないんだ。だから……それに気づいた私は黎の想いを受け入れる選択をするんだ。
「君の行為はお節介なんだよ」
「お節介……?」
「まあ今さら君のお節介が治るとは思わないよ。今この瞬間だってお節介で動いてるわけだしね」
咲久来は閉口したままだった。「お節介」という自身を客観的に表す言葉に戸惑っているようだ。私は言葉を継ぐ。
「ずっとお兄ちゃんの世話を焼いてきたわけだろう? 朝起こしたり、身だしなみの注意をしたり……不出来な兄を想う一心でさ。けどどうせ同じお節介なら黎の気持ちを汲んだお節介の方がいいんじゃないかな。今の君がしていることは本当に黎のためになることかい?」
——誰のために戦っていたのか。
咲久来に言葉のナイフを突きつける。これが私なりのお節介だ。厳しい現実を教えるのがここにいる私の役目だ。
「私は……私が戦ってたのは……自分のため?」
「さあ、どうだろう? 答えは次会った時に聞かせてくれ、君の選択を。それまではじっくり考えるといい。おそらく……この争奪戦はもうすぐ終わる」
咲久来の戦意喪失を確認した私は鎖を解き、再び足を進める。
ふと自分の手に目を落とす。わずかだが、指の先が蒸発するようにチリチリとしている。この仮面を脱ぐ時はもう間近に迫っているのかもしれない。
「それじゃあね、咲久来。君の未来はまだ決まってない。きっと変えられる……いや変わる。だから君は自由に生きればいいよ。血筋なんて関係なく、本心に素直にね。私はそれに気づくのが遅過ぎたから」
きっと私は歩みを進めるだろう、大切な人の想いを汲み取りながら。
それが果たされたなら……私が今さらこんなところに現れた意味もあったのだろう。
私は歩みを進める。自分の大切な人の想いを救うために。
黎が望んだ場所が愛梨彩の隣だというのなら、私はそのためにこの命を使おう。彼がいるべき場所はこんなしみったれた教会なんかじゃないんだから。
*interlude out*
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