開幕・黒の鎧騎士と命燃やす者/episode68

 翌日の夜。準備を整えた私たち四人は高石教会へとやってきた。睡眠もちゃんとした。食事もしっかりとった。状態は万全。

 私の傍らにはナイジェルがいる。視線と視線が重なり合う。大丈夫。どんなことが起きようと、私はあなたの決断を尊重するわ。


「どうやら衛士がいるようだ」


 ブルームの視線の先にいたのは——アインと咲久来。

 そう……あなたはこの状況だからこそ退けないのね。望む形とは違っているのかもしれないけど……ようやく教会側が太刀川くんの身を確保することができたんだから。


「ここは私に任せてくれ。彼らには少し用事もあるしね。君たちは施設内へ」


 私は無言で頷き、駆けていく。意外にも妨害はなく、あっさりとアインと咲久来を横切ることができた。


 ——誘われている?


 胸がざわめき出す。嫌な予感がした。けど、今は進むしかない。罠だろうとなんだろうとここに太刀川くんがいる以上、私たちは引き下がれない。

 奥の礼拝堂の扉を開ける。そこにいたのは予想もしない人物——いやモノだった。

 現れたのは黒い甲冑の騎士。歪な形をした兜に目が惹かれる。捻れ曲がった左右のツノに真一文字に入ったフェイススリット。差し色としてあしらわれた金装飾はやけに眩しい。裏地が赤い黒のマントはローブ代わりの魔弾避けか。

 黒の騎士が自分の身の丈近くある剣を両手で構える。やはりここの防人はのようだ。


「誰だか知らないけど……どいてもらうのだわ!! ヒイロ!! 厄介そうな鎧を最大火力で砕くわよ!!」

「おう!!」

「『昇華魔法:緋閃の雷神エボリューション・アーサソール』!!」


 そばにいた勝代くんが変身を遂げ、すぐさま仕掛けに出る。


「待ってフィーラ!」


 しかし、時すでに遅し。アーサソールは黒騎士の剣と戦鎚を交えていた。さっき以上に胸が早鐘を打つ。


 ——私の体がなにかを感じている……?


 違和感の正体はわからない。それでもなぜかこの得体の知れないなにかと戦ってはいけない気がした。

 黒騎士は戦鎚と打ち合い、鍔迫り合う。フィーラの援護射撃は意にも介さず、全て鎧とマントで受けている。


「どうしたの、愛梨彩!? こいつを倒さないと先に進めないのだわ!!」

「わかってる! ……けど!!」


 展開された魔札スペルカードが掴めず、躊躇う。背筋を駆け巡る悪寒。この騎士は……普通じゃない。


「クソっ! こいつつえーぞ!?」


 黒騎士の剣戟でアーサソールがノックバックした。その一瞬を彼は逃さない。剣から魔力の刃が噴出する。あれはまさか——


「『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!? 勝代くん、防いで!!」


 黒騎士は剣を横一文字に振り抜き、魔力の刃を放つ。刃はアーサソールと衝突し、爆風が巻き起こる。


「あぶね……ってかなんだよ、この鎧野郎!?」


 流石は頑丈なアーサソールだ。なにごともなかったかのように無傷だった。

「次がくるのだわ!! 『雷刀八線らいとうはっせん』!」


 黒騎士は剣を滅多斬りするように振るい続ける。幾重にも重なった剣圧が雷の魔弾と衝突していき、爆煙を上げる。

 追撃は……こない。爆煙が晴れ、剣から煙を放出させている黒騎士の姿が露わとなる。


「オーバーヒート? あれ、機械なのだわ」


 『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』は剣に纏わせた魔力を剣圧として振るう技だ。太刀川くん固有の技というわけではない。現にソーマも同じ技が使えた。フィーラの言う通り、それを機械で再現したとなれば辻褄が合う。


「どっちみちチャンスってことだろ!!ミョルニルでその鎧、砕いてやるぜ!」


 好機とばかりにアーサソールが突撃する。黒騎士は瞬時に剣を構え直し、戦鎚と再び鍔迫り合う。

 だがなかなか守りを崩せず、睨み合いが続く。次に仕掛けてきたのは——黒騎士の方だった。

 騎士の剣が再び青黒い『オーラ』に包まれる。あれは——注力最大フル・アクティブ

 黒騎士はそのまま剣を目一杯振り抜く。だが、次の攻撃を予想していたのか、間一髪のところで勝代くんは飛び退いた。


「俺のダチの技ばっかりパクりやがって!! 少しは自分の技使えってーの!!」


 再度飛び出した勝代くんは体重を乗せて戦鎚を振りかぶる。何度も何度もぶつかり合い、弾き合う剣と戦鎚。


「これならどうだ!!」


 迫り合いの最中、アーサソールの空いている左手から雷が発する。


 ——この光景……まさか!?


 デジャブ——私はこの光景を知っている。見ている。経験している。

 黒い騎士は次に身を突き出し、マントで雷撃を弾く。そして戦鎚を受け流し、アーサソールの体勢を崩しにかかり……とどめの一撃を振りかぶる。そうなれば負けるのは——アーサソールだ。


「ダメ!! 退いて、勝代くん!!」

「え!? おわっ!? 突っこんでくるのかよ、おい!!」


 私の言葉を信じた勝代くんは咄嗟に横へと飛び退いた。なんとか最悪の事態を回避できたようだ。


「おい、九条……これ、どういうことだよ?」


 黒騎士を睨みながら、勝代くんが尋ねてくる。考えられる可能性はいくつかある。けど、これは——


「やあ、野良の魔女の諸君。魔装機兵まそうきへいとの戦い、楽しんでいただけているかな?」


 私たちが勘づくタイミングを見計らったように、奥の壇上からソーマが現れる。その後ろには睦月と百合音の姿がある。アザレアは……やはりいない。


「魔装機兵……ですって?」

「ああ、そうだ。錬金術師協会とともに開発した装甲・機械タイプの新たな魔道具だ。こいつはそのプロトタイプ——いわば零号機でね。ある男のデータを参考に調整している」


 ソーマが私の問いに答える。その姿はまるで自社製品のプロパカンダをするかのように仰々しい。


「なるほど……どうりで見たことある動きをすると思ったのだわ。あの魔装機兵ってやつにレイの行動パターンをプログラムしてるのね」


 『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』に注力最大フル・アクティブ。あれは『オーラ』の力による再現だ。ほかの魔術師もマネできる。

 だが……行動パターンは違う。なにかしらの細工がされていなければ彼と同じ動きはしない。私が戦闘を躊躇ってしまった原因はこれか。


「今、量産化を検討しているところなんだ。だが、まだテストが必要でね。君たちには是非、運用テストの手助けをしてもらいたいのだ」

「ふざけたこと抜かしてんじゃないわよ!! レイを返してちょうだい!!」

「そーだそーだ!! こっちは親友奪われるし、パクり野郎は現れるしでむしゃくしゃしてるところなんだよ!」


 ソーマは嘲るように笑みを浮かべるだけだった。わかっていながらとぼけられるのは腹が立つ。


「そいつを倒せば全てわかるさ。やれ、プロトゼロ。遠慮はいらない」


 呼応するように黒騎士が距離を詰めてくる。私が魔弾を放って援護するだけじゃあの鎧は砕けない。この鎧騎士とは本気で戦わないと……全身全霊で戦わないといけない。

 私たちはそれをよく知っている。相手はあの太刀川黎と同質の存在なのだから。だがカラクリがわかればこっちだって遠慮しないで済む。

 ならば私は——決意する。相棒をじっと見やる。視線と視線が交じり合い、お互いの気持ちが通じていることを再確認した。


「フィーラ……お願い。例の魔法を。ここであいつを倒さないと太刀川くんのもとへはたどり着けない」

「あなたと彼がそれを望むなら……止めないのだわ」


 フィーラがナイジェルへと手をかざす。彼女の手に重ねるように私も手をかざす。

 この魔法が起動すれば最期がくる。けど……それは私も彼も承知の上だ。後悔はしない……私の身勝手に最後までつき合うと決意してくれた彼の意思を無下にはしたくないから。


「死の淵から蘇りし我が眷属よ。我が盟友の力を借り、真の姿を現したまえ」

「我が盟友から託されし眷属よ。この力は最初にして最後の秘技。汝、その命を最期の瞬間まで燃やし尽くしたまえ。……『昇華魔法エボリューション——』」

「『——命燃やす人狼ライカンスロープ』!!」


 私とフィーラの詠唱がナイジェルの力へと変わっていく。纏う魔力は銀と黒。私とフィーラの色であり、彼の色。


 ——魔力の嵐が晴れる。


 中から現れたのは黒と銀の体毛で覆われた人型の獣。体格が変わり、より精悍な顔つきになったが、彼は紛れもなく私のスレイヴ——ナイジェルだった。

 ライカンスロープの咆哮が礼拝堂内に鳴りはためく。それは「友を助けるのだ」という確かな意思の表れだった。


 *interlude out*

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