半身喪失/episode67
相棒であり、私の片割れ。そんな太刀川くんがいなくなって一夜が明けた。大切な人のいない夜は心がざわつき、眠れない。まるで自分の一部を失ったみたいで……一晩中ぼーっとしてしまった。
朝になって襲いかかってきたのは虚無感ではなく、使命感だった。太刀川くんがいない朝を迎えて、気づいてしまったのだ。「私の日常は奪われてしまったんだ」と。
お節介やきでお人好しな彼。どんな時でもそばで私を見守ってくれた彼。そんな相棒はもういないんだ。
——どんな手を使ってでも太刀川くんを取り戻さなきゃ。
眠気と一緒に呆然としていたそれまでの自分は消えていた。思考は忙しなく回り続けている。どうやって救うか? 自分はどうすればいいか?
考えながらも体が勝手に動いていく。装備を整え、ナイジェルを起こす。ホールを横切り、勢いそのまま体が外へと飛び出そうとしていた。
「こんな朝早くからどこへいくつもりだい?」
「決まってるでしょ。高石教会よ。太刀川くんが囚われているとしたらあそこ以外にない」
「ソーマは私たちに黎との再会を約束した。きっとそれにはなにか裏がある。焦らなくても黎の身は無事なはずだ」
「敵の言葉なんて信用できない」
私は振り向かず、足を止めず、後ろにいる仮面の魔女へと返答する。
敵の本拠地がわかっているなら単純だ。そこを襲撃しにいけば彼を救える。
「待つのだわ!!」
私の腕がなにかにひっかり、歩みが止まる。振り返るとそこにいたのはフィーラだった。
「冷静になって。一人でいったところで仕方ないのだわ。作戦はどうするの? ナイジェルは戦闘用のスレイヴじゃないでしょう?」
「あなたたちはこのままでいいの!? 太刀川くんが教会に囚われているのよ!? どうしてそんな平気な顔してるのよ!!」
こうやって呑気にしている間にも太刀川くんは危険な目に遭っているかもしれないんだ。立ち止まっていられるわけがない。
「平気じゃねーっての。平気じゃねーからこそ頭冷やさなきゃだろ」
「黎を救いたいと思っているのはみんな一緒だ」
理解が追いつかない。ブルームはともかくどうして勝代くんも冷静なのよ。あなたの親友が奪われたのよ?
疑問を飲み干し、自身の行く手を妨げているものを睨みつける。フィーラは一向に離す気配がない。
腕を掴まれていると昨日のことを思い出してしまいそうだ。思い出したくないのに、脳裏に鮮明に映写される光景。
——胸から血を流して倒れていく彼の姿。
縋りつこうとした時にはもう遅かった。私のそばから彼はいなくなってしまった。
強引にでも振りほどいて睦月にとどめを刺すべきだった。自分の甘さに嫌気が差す。私のせいだ。私がなんとかしないといけない問題なんだ。なりふりなんて構っていられない。
「じゃあ命令するわ! 今すぐ出撃する準備をして!一刻も早く太刀川くんを取り戻すのよ!」
「俺はお前の部下になった覚えはねーぞ、九条」
「そんなこと今気にしてる場合じゃないでしょう!? そうよ。気にしてる場合じゃない。どんなことをしてでも太刀川くんを取り返さなきゃ」
なにをしてでも救わなきゃ。自分のそばから誰かがいなくなるのはもうたくさん。嫌だ嫌だ。例えこの手を汚してでも……私は彼を救うんだ。彼だけいればそれでいい!!
「アリサ落ち着いて」
「いっそ施設ごと攻撃すればいいわ! そうすれば太刀川くんの居場所もわかるし、賢者の石も見つかる。一石二鳥じゃない。こうなったのも全部あいつらのせいなんだから! 全部、全部奪ってやるわ。太刀川くんも賢者の石も教会という組織も、全部。教会さえいなくなれば——」
不意を突くように右頬に鋭い痛みがほとばしる。甲高い破裂音が屋敷内にこだました。
「このバカアリサ!! 自分から狂い出してどうするのよ!?」
周りが急にしんとする。なにをされたのかわからず、一瞬頭が真っ白になった。彼女にぶたれたのか、私は。
沸々と怒りにも似た感情がこみ上げてくる。太刀川くんを救おうとしている、正しいことをしようとしている私がどうして殴られなきゃならないのか。
「奪うための理由を正当化して、手段を選ばない。奪われたから度が過ぎた報復をしてもいい、先に仕掛けてきたのは相手だって……それじゃほかの魔女と変わんないのだわ! ムツキと変わらない!」
「それをあなたが言うの……? 手段を選ばず勝代くんをスレイヴにしたあなたが!」
「私だからでしょ!! 冷静さを失って狂い出すのを一番よく知っているのは私!! その衝動に突き動かされた先にあるのは後悔だけなのだわ。アリサには同じ後悔をさせたく……ない。だからお願い……落ち着いて」
フィーラは泣いていた。私を想って涙を流していた。
なぜかその光景が映画のワンシーンを見ているようで、酷く他人事に思えた。
けどそんな冷めた目線になったからこそ思う。
——私はなにをしようとしていたのだろう。
友達を泣かせたくて動いていたわけじゃない。友達を泣かせてまですることってなんだろう。大切なものを失った直後にさらに大切なものを失おうとしていたのか。
それまで感じなかった右頬の痛みがじんわりと広がっていく。
「ごめんなさい……私、取り乱していたわね」
私はうつむき、頭を下げた。太刀川くんのことを大切に思っているのは私だけじゃない。そしてそんな彼らも私にとってかけがえのない存在だ。
彼らを蔑ろにして、信用もせずに独断専行するなんて……よほど気が動転していたようね、私。
「わかればいいんだ。捕縛するという強行手段を取らずに済んだのはなによりだ」
「物騒だな、おい。そんなこと考えてたのかよ。まあ……なんだ。全員で助けにいこうぜ。そこのナイジェルも一緒にさ」
「そうよ。私たちは友達だし、仲間なのだわ。こういう時こそ力を合わせなきゃでしょ?」
しばし返す言葉に戸惑う。あんなに酷い言葉を投げつけたのに、ブルームも勝代くんもフィーラも変わらず私の仲間でいてくれた。私は本当に人に恵まれた。
ならば思っていたことを吐露することが彼らへのせめてもの謝罪になるのかもしれない。私の素をさらけ出すことが信頼の証になるはず。
深く息を吸い、言葉を紡ぐ。
「朝を迎えた時……当たり前にいた人がいなくなっていたのが怖かった。もう二度としない経験だと思ったのに……またこんな感情になりたくなくて人を遠ざけてきたのに。でも……でも、それでも私にとって太刀川くんは大切で……かけがえのない存在で……なんとかしなきゃって。もう失いたくなかった。そしたら体が止まらなくなってたの」
言葉を選びながら、詰まりながら思いの丈を語る。
一度目は魔術師であった父が死んだ時。二度目は狂いかけた母を救うために魔術式を継承した時だ。私にとっての家族が……いなくなった時に感じた末恐ろしさだった。
唯一死に別れてもそばにいたナイジェルだけが私の救い。彼と一緒にいれば寂しくなんかない。だから三度目はこないと……思っていた。けどきてしまった。
気がついた時には熱い雫が頰を癒すように撫でていた。ああ、私は本当に彼のことが好きだったんだな。私にとって太刀川くんは父と母と同じくらい大切な存在なんだと痛いくらい感じた。
収縮するように胸がきゅうっと締まっていく。もう涙は流さないって決めたのに……誰にも弱いところ寂しがりなところは見せないって決めたのに。涙が止めどなく溢れ出す。
「相変わらず泣き虫ね、アリサは」
「あなたがそれを言う?」
「ふふ、おかしいわね。どっちも泣いてるのだわ」
私たちは泣きながら笑い合っていた。弱くてもいいんだ。寂しがりでもいいんだ。「仲間」がそばにいれば、それは悪いように働かないから。
「けどどうする?黎という主戦力が欠けた以上、こちらが不利だ。戦力の補填がしたいところだね」
ブルームが早速本題へと移す。涙は未だに止まらないが、目を逸らすわけにはいかない。私にとって一番の仲間が窮地に陥っているんだ。
「大丈夫。私に考えがあるのだわ。なるべく使わないのがベストだけど……いざという時の策はある」
「策って……なにかしら?」
「この子よ」
フィーラが見つめている先にいたのは
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