首鼠両端/episode63
*interlude*
最後に確かめたかった。太刀川くんの優しさがどこからきてるものなのか。私だけを守ってくれるのか。そのための告白だった。
けど結局彼にとっての一番は九条さんで私じゃない。なけなしの勇気を振り絞って誘惑しても、あっけなく振られて惨めな思いをする羽目になった。
——世界も誰も……私を守ってくれない。
気づいた時にはすでに高石教会の門を叩いていた。いく当てがない私が唯一頼れる場所はここしかなかったから。
「やあ、桐生くん。きっときてくれると信じていたよ」
奥の礼拝堂らしきホールに白髪の男——ソーマは佇んでいた。彼は嬉々とした表情を浮かべ、歩み寄ってくる。
なんと言葉にしようか戸惑った。私は勢いで飛び出してきて、途方に暮れた結果教会にきただけだ。覚悟が決まったわけじゃない。
「正直まだ迷ってる。あそこに私を大切にしてくれる人はいなかった。みんな教会を倒すことしか頭にない。だから……守ってくれる方を選ぶのが賢明な判断なんだろうって、思う。でも太刀川くんと敵対するのは……やっぱり嫌だ」
考えに考えた末に出た言葉は紛れもなく自分の本心だった。怖い思いはしたくないから教会に守ってもらいたい。けど太刀川くんとは敵対したくない。どっちつかずのジレンマ。
「なるほど。君は太刀川黎を好いているのか。だから野良が捨て難く、決めかねている。そこが自分の求める居場所とはかけ離れているとしても。そうだね?」
私は無言で頷く。すると、ソーマが顎に手を宛てがいながら言葉を継いだ。
「全く……妬けるほどに厚い人望だな。そこまで彼を想っているのなら九条愛梨彩から奪えばいいじゃないか」
「え?」
——九条愛梨彩から奪う?
一瞬なにを言われたのかわからなくなった。頭の中が真っさらになる。奪うってなに?
「君の想いが叶わないのはあの女がいるからだ。邪魔者は排除すればいいだけのこと」
「私に……戦えって言うの? 九条愛梨彩を……殺せってこと?」
「そう、殺せばいい。九条愛梨彩でも太刀川黎でもどちらでも構わない。どちらにしろ彼は死体に戻るからね」
ソーマが言っていることをやっと理解した。白い脳内を黒く淀んだ感情が支配していく。
——九条愛梨彩を殺す。
考えてもみなかった。臆病でネガティブな性格の私じゃ思いつかないことだった。そんな強引な方法があったなんて。
「けど……」
そんな方法でいいのだろうか? それで太刀川くんは私のものになってくれるのだろうか? 疑問と不安は尽きなかった。
ソーマが歩み寄り、私の肩にポンと手を置いた。まるで私を安心させるかのように。
不意に彼の顔がぐっと近づく。
「殺した後に死霊魔法で操れば、彼は君の思うがままの存在になるだろう。それなら私たちとしても都合がいいし、君は身の安全と想い人を得る。一挙両得だろう?」
耳元で悪魔が囁いた。
——ああ、そうか。そうすれば彼の気持ちなんて関係ないんだ。
「それが魔導教会に所属する者としての義務? 私、守ってもらうつもりだったんだけど」
しかし、それでは本末転倒だ。私は守られに、保護されに来たのに。自ら進んで戦いに赴くなんて、今まで以上に危険が伴う。
「強要はしないさ。しかし、魔女という生き物は欲しいものは奪ってでも手に入れるものだ。君が真に魔女だと言うのなら我々は協力を惜しまない。君を守るための兵力もこちらで用意しよう」
私は彼の言葉を反芻するように押し黙った。私が本当に欲しいものはなんなのか。自分自身に問いかける。
「なに、つらいのは一瞬だ。太刀川黎を手に入れるまでのほんのひと時だけ。その刹那を乗り越えれば君の欲しいものは全て……手に入るさ」
念押しするようにソーマが言う。
正直戦いたくない気持ちは今も変わらない。けど……九条愛梨彩を倒せば彼は私の思いのまま。そう……私だけを守るナイトになるんだ。
教会にいれば外敵は野良の魔女だけ。フィーラとかいう転校生と仮面の魔女と九条愛梨彩。敵は数えるほどしかいない。
そして、私の心残りである太刀川くんが手に入ればもう怖いものはない。痛い思いもしない。一瞬の我慢だ。それさえ乗り越えれば、私を庇護してくれる理想の世界が完成する。
「最後に彼と話をさせて。その時に戦うかどうか決める」
「いいだろう。どちらの結論でも私は構わない」
私はまだ彼への未練が……想いが捨て切れない。躊躇いがある。
でもきっと、もう一度会えば答えがわかるはずだ。なにもせず、ただ守られたいだけなのか。太刀川くんのそばにいたいだけなのか。
それとも——太刀川くんを奪い、虐げられない世界で一緒に幸せに暮らしたいのか。欲しいものは全て手に入れたいのか。
私はその答えを確かめる覚悟を決める。
*interlude out*
僕たちは方針を決めかねていた。
ようやく教会と決着がつく……と思った矢先に起きた桐生さんの失踪。桐生さんの行方が杳として知れない以上、無闇に襲撃はできない。もしもブルームが予期した通り、彼女が教会側へ与したのなら劣勢になるのは僕たちの方だからだ。
しかし捜索の成果は上がらず、高石教会を攻略しようにも攻略できないままいたずらに時間だけが過ぎていく。
状況が一変したのはそれからすぐのことだった。——桐生さんからメッセージが届いたのだ。僕だけに。
『明日九月二七日の夜、二一時。学校の第一グラウンドで待っています』
内容はそれだけだった。短い文章で、意図はわからない。彼女がすでに教会に所属しているかどうかも。
けど……その文面はなんとなく「一人でこい」と言っているような気がした。僕だけに送っているということはそれが目的なのだろう。
そして——約束の日。
僕は暗黒色のローブを羽織り、ケースを腰に巻きつけて自室を出る。誰にも気づかれぬようにそっと一階のホールまで降りていく。
「あなたが無断で外出するなんてね。どこへいくつもりなのかしら?」
不意の一言で背筋が迫り上がる。一番気づかれたくなかった相手に気づかれてしまった。恐る恐る振り返る。そこには冷ややかな目線で僕を見る愛梨彩がいた。
「いやコンビニにいこうかな……と」
「もう少しマシな嘘をつきなさいよ」
「……はい。ごもっともです」
「どうせ桐生さんでしょう? あなたが単独で行動するとしたらそれしかないものね」
なにも言い返せず、無言を決めこんだ。本当に……相棒は僕のことはなんでもお見通しか。仕方なく、僕は愛梨彩に打ち明ける決意をする。
スマートフォンを開き、チャット画面を愛梨彩へ見せる。
「桐生さんからメッセージが僕だけにきた。きっと彼女は僕を呼んでる。だからいかなきゃって」
「罠ね。相棒を一人で危険なところへいかせるわけにはいかないわ」
「どうしてそう言い切るんだよ! まだ敵対したとは決まってないだろう!? 本当にただ話したいだけかもしれないじゃないか!」
冷淡に断じる彼女に感情任せに反駁する。
「何日経っても戻ってこないのがなによりの証拠でしょう?」
「それは……」
口ごもり、否定ができない。「敵になったかもしれない」と疑う自分も心の中にいたから。
話したいだけなら屋敷に戻ってくればいい。昼間の学校でもいい。冷静に分析すればするほど嫌になる自分がいた。
「差し詰め、私を連れていったら話が拗れるって考えたんでしょう? まあ、妥当な判断ね」
「だったら——」
「だからこそよ。彼女がいなくなったのは失恋のショックだけじゃない。きっと……原因は私にもある。あなたが自責の念を抱える必要はないの。もし彼女を連れ戻すなら私も彼女と話さなきゃいけない。私とのわだかまりを解消しなきゃ根本的な解決にならないと思うから」
相棒は僕の目をしっかりと見据えていた。有無を言わさない真剣さがある。なにより彼女が引き下がらない理由を聞いてしまった。
——『きっと……原因は私にもある』。
どうするのが最善の手段なのか? 僕だけいけば本当に解決する問題だったのか? 桐生さんのためになにをしてあげればいいのか?
自問自答を繰り返す。出た答えは——
「……わかった二人でいこう。二人でしっかり桐生さんと話そう」
僕は桐生さんに戻ってきて欲しいと思ってる。なら愛梨彩の言う通りだ。根本的な解決をしなきゃ意味がない。
きっと大丈夫だ。話し合えるはずだ。だって僕らは仲間じゃないか。
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