Traitor No.6/episode64
校門を抜け、夜の学校という異質な空間へと立ち入る。明かりが全て落とされた校舎は薄気味悪く、空気は淀んでいるように感じた。
第一グラウンドは校舎の目の前にある。校門から続く道を歩いていけば、じきに着くだろう。
グラウンドの手前で僕は歩みを止めた。
「先に僕が一人でいく。愛梨彩はひとまず待機していて」
「……そうね。わかったわ。気をつけてね」
相棒はすんなりということを聞いてくれた。ここにいればすぐに異変に気づけると判断したのだろう。
僕は一度首肯し、再び足を進める。
月明かりが照らす校庭に一人の少女が佇んでいた。
メガネはかけておらず、深緑に変色した髪色がやけに際立って見えた。ぼーっとしているのかこちらにはまだ気づいていない。
「桐生さん」
歩み寄りながら声をかけると彼女がこちらを向いた。その表情は嬉しさとは違う、憂いを帯びたものに見えた。
「太刀川くん……きてくれたんだね」
「もちろん。仲間だから」
「仲間……ね」
桐生さんは顔を背け、うつむいた。
彼女の真意はわからない。けど……どう問えばいいのかわからず、重い口が開けられなかった。
「私、魔導教会に所属しようと思ってる」
先に静寂を破ったのは桐生さんの方だった。
その告白を聞いた自分は……全く驚嘆していなかった。「やっぱりそうだったんだ」と予期していた自分が心の隅にいたからだろう。
ただどうしても理由が知りたかった。どうして教会を選んだのか。野良陣営のなにがダメだったのか。それとも——僕が彼女の気持ちを受け止めなかったのが原因なのか。
「どうして……? あいつらは悪い組織で——」
「それは一般人にとって……でしょ? 私、もう一般人じゃないよ。魔女なんだよ。だったら守ってもらえる方がいい」
僕の言葉を遮るように彼女は答える。
悪い組織なことは承知の上。彼女にとってはなによりも身の安全が大事だったわけか。
「僕だって君を守る! 守ってみせるから!」
「それは結局仲間としてでしょ。わかってるよ。太刀川くんの一番が九条さんなことくらい。でも私、それじゃ満足できない」
——「一番が九条さんなことくらい」。
野良陣営でともに過ごしていた中で、彼女は見抜いていたんだ。僕の『守る』という言葉の中に優先順位があることを。
悔しいけど……反論ができない。その通りだ。僕にとっての一番は愛梨彩で、どんな状況でも愛梨彩を優先してしまうだろう。僕は誰も彼もを守れるヒーローなんかじゃないから。
「いるんでしょう! 姿を見せてよ、九条さん」
声を荒げて桐生さんが叫んだ。障害物のないグラウンドに声が透り、やがて彼女が姿を現わす。
「桐生さん……私はあなたと話をしにきたの。悪いのは太刀川くんじゃない。そうでしょう?」
「わかってるならこなきゃいいじゃん。私、あなたを呼んだ覚えない。あなたは私にとって邪魔なの。それでもきたってことは……太刀川くんを譲れないからでしょ?」
憎悪混じりの厳烈な目線が愛梨彩を射抜き、彼女は閉口してしまう。
「ははは……やっぱりそうだよね。やっぱり太刀川くんの隣にはいつも九条さんがいるんだ。どんなに太刀川くんのそばにいれてもあなたがいるんじゃ意味がない。幸せは……自分で掴みとるしかないんだ」
うつむいた桐生さんは自嘲するように乾いた笑い声を発する。
再び彼女が顔を上げた時、その顔には一点の曇りもなかった。それはまさしく——決意の影が表情に宿っていた。
「出たよ……私の答え。私、欲しいものは全部奪う。全部……全部。奪われるだけの自分はもうやめたんだ。今度は私が奪ってやる。私は奪うための力を手にしたんだから!!」
宣誓がグラウンドに轟き響く。同時に放られる一枚の
見たことのない
「桐生さ——」
「邪魔しないでもらえます? せっかく睦月が答えを決めたんですから」
凛然とした声が僕を阻む。現れたのは百合の花のような白のローブを纏った一人の——魔女。
「……大河百合音」
そこに立っていたのは僕と同じレイスだった。そう、もう死んだ人間。なのに彼女はここにいる。だとしたら理由は一つだ。
「死霊魔法……彼女に使ったのね」
急ぎ、跳んできた愛梨彩が僕の隣でそう口にした。
劣化した桐生さんの魔術式でも一人分くらいは賄えた。一人分の死霊しか使役できなくても、もともと魔女である百合音を与えれば十二分に力を発揮できる……教会の考えはそんなところだろう。
「お久しぶりですわね、野良のお二人。と言っても
「あなた、体を教会に回収されていたのね。教会側についたのを尋ねるのは……愚問かしら」
「仕方ないでしょう? あのいけ好かない男に殺されて……目が覚めたらレイスの体で、教会の
百合音が言葉を吐いて捨てる。
こいつは自分と違うんだと改めて理解する。この世に存在するために仕方なく戦っている。死人でありながら揺るぎない意思を持って戦う自分とは違う。
「誰の許可を得てベラベラ喋っているの? また死体に戻すよ」桐生さんが百合音に睨みを利かせながら言葉を継ぐ。「ああ、紹介するね。この死体、私のスレイヴ。ほら、スレイヴらしく私に大人しく従って」
百合音の背筋が一瞬迫り上がる。唇を噛み締め、苦悶の表情を浮かべていた。プライドの高い彼女にとってはよほどの屈辱なのだろう。
「くっ……! 背に腹は変えられないですわね……ご命令を、我が主人」
百合音はかしずき、従う素振りを見せる。しかし、目は桐生さんを睥睨していた。
「それでいいよ。じゃあ倒そうか、私たちの邪魔者を」
「太刀川くん、構えて! あんなスレイヴがいるということは……彼女は本気で私たちを殺しにきてる!」
もう……僕の言葉は彼女に届かないのか? どうしてこうなってしまったのか?
「戦うしかないのか……」
神経が危険を察知し、呼応するように
やむにやまれぬ後悔が胸の内に巣食う。けど戦うしかない。敵対する以上、彼女を無力化するしかない。
僕ら以外誰もいないグラウンドで……望まぬ戦いが今、始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます