悪の力をもって悪を討て/episode65


 *interlude*


 夜中に物音が聞こえて、私は目を覚ました。部屋の外へと出て気配を探る。


 ——二人の気配がない。


 嫌な予感が背筋を駆け巡った。

 するとその時、近くの扉が開き仮面の魔女が現れる。


「君も気づいたかい? どうやらあの二人……断りもいれずに出ていってしまったみたいだ」

「あの……バカ二人! ムツキの離反で負い目感じて、自分たちだけで解決しようとしてるわけ!?」

「そのようだね」


 ここにいない二人の代わりに廊下の壁に苛立ちをぶつける。あの二人は負い目を感じやすいという意味ではすごく性格が似てる。ナーバスになりやすいというか自責の念に駆られやすいというか……だからこそお互いを止められなかったってわけね。


「ヒイロを起こしてすぐに支度するのだわ。ブルームは先にいって場所を探って。多分そう遠くにはいってないと思うから」

「了解した。わかり次第連絡しよう」


 そう言ってブルームが瞬時に姿を消す。

 私は部屋へと戻り、身支度を済ませる。ローブを羽織り、ケースを巻く。触媒の杖はもう必要ない。なくてもヒイロとはしっかりとリンクしてるってわかったから。

 そうして私はヒイロを叩き起こし、夜の街を駆けていく。先に出ていったブルームの連絡によると場所は学校のグラウンドのようだ。ここからなら丘を駆け下りてすぐの場所だ。


「ブルーム!」


 慌てて校門へと駆けつけるとそこにはすでに戦闘をしているブルームの姿があった。相手は——アヤメとキリエか!


「すまない。私一人ではアヤメの包囲網を突破できなかった」


 それもそのはずだ。校門から校庭へと繋がる道にはおびただしい数のゴーレムと木製の人形が並んでいる。ここを絶対に通さないと言わんばかりに。


「なにが起きてんだよ……?」

「桐生睦月と九条愛梨彩の戦闘ですよ」


 傀儡たちの中から一体の鎧武者が前に躍り出る。ヒイロの疑問に答えたのはキリエだった。


「アヤメはそれを観て楽しんでるってことね」

「その通りでありんす、フィーラさん。味方同士で殺し合う……これほど観応えのある戦はないでありんしょう?」


 近くに作られていた木製の物見櫓から紫の髪の魔女が降り立った。目は細く笑い、表情は喜びを湛えている。


「観るためだけにわざわざ足を運んできて……相変わらず悪趣味なのだわ」

「ふふふ……それだけではありんせんよ? わっちはぬしさんを待っていた。ここにきんしたということは戦う気力がありんしょう? むしろそっちが本命でありんす」


 なるほど……ここで邪魔をすれば私と戦えると考えたわけね。どんなに折れていても仲間のピンチを私が見過ごすわけがない。コテンパンにやられて力を欲し、心を濁したままでも私はくると考えた。


「ブルーム……いって。私がアヤメの相手をすればこの道はきっと通れる。あなたはアリサとレイをお願い」

「了解した」


 それだけ言うとブルームは駆け出し、傀儡たちを薙ぎ払っていく。抵抗はなく、あっさりと倒れていく姿を見るにわざと通したのだろう。私たちの勝負に邪魔者は必要ないと態度が示していた。


「さあ、見せてくんなまし? ぬしさんが得た力を!」

「どうするんだよ、フィーラ? あいつに勝つ方法……あんのか?」


 いささか不安げにヒイロが尋ねてくる。

 確かにアーサソールのまま戦えばこの前の二の舞になる。けど……私だって無策で立ち上がったわけじゃない。私にだって封印してきた力の一つや二つくらいあるのだわ。


「大丈夫、ヒイロ。ぶっつけ本番になるけど……策はある。私を信じて」

「お前がそう言うならなにも疑わねーよ」


 ヒイロが髪をくしゃくしゃにするように私の頭を撫でる。見上げると彼は満面の笑みを浮かべていた。


 ——大丈夫。私たちの意思はもう折れない。どんな力を使ってもきっと正しさを貫ける。


 前に出たヒイロの背中にそっと手を添える。あの日の覚悟を胸に……滾らせる。


「北欧で悪名高き気まぐれなる神よ。の者にその武具を与え、この世界を笑いで満たせ! 」


 ずっと……この力を使うのが嫌だった。巨人ベルセルクから派生したこの魔法を使うのは自分の罪に囚われ続けるような気がしたから。故に一回は封じ、新たに私たちに見合うアーサソールを作ったのだ。

 けどその認識は間違いだった。相棒とならどんな力だって使いこなせるんだ。どっちかが道を踏み外してもどっちかが引き戻す。私たち二人は支え合ってこの場に立っているんだ。だから私は今、禁忌の力の封を解く!


「悪の力をもって悪を討て! 『昇華魔法:狡知の悪神エボリューション・リスティヒ・ロキ』!!」


 赤黒いオーラが彼を包みこみ、周囲へ暴風を撒き散らす。

 中から現れたのは赤のローブとつばの広いとんがり帽子を被った魔導師。アーサソールに比べると見すぼらしい見た目だが、纏っている魔力は比べ物にならない。全く別質の闇の魔力だ。


「ふふふ……はははははは!! そう、それを待っていたでありんす!」


 普段はくつくつと笑うアヤメが声を上げて笑っていた。それもそのはずだろう。この姿こそ姿なのだから。彼女はきっと私が悪に堕ちたと思って歓喜している。


「待ってた……ね。確かにこれは悪名高きロキの力なのだわ。でも残念だけど私、心まで悪に染まったつもりはないのだわ」

「あら、そうなのでありんすか?」

「そもそも力にいいも悪いもない。善になるか悪になるか……それは使い方次第よ。だから私たちは正しい心で悪神の力をも制御してみせる!!」


 今ならわかる。力は使う人次第なんだって。だったら私は誇り高い私を保てばいい。真の誇りを持った私はもう二度と道を間違えたりなんかしないはずだ。


「どっちでもいいでありんす! 新たな力を得たぬしさんと戦えれば、それで!!」


 猛るアヤメの咆哮とともにキリエが動く! 手には岩の戦鎚——『武甕槌たけみかづち』形態だ。


「あなたたちの新しい力……見せていただきます!」

「いくわよ、ヒイロ! 招来!『ミョルニル』!」

「よっしゃ! いくぜ!」


 ロキの近くで極小の異空間へのゲートが開く。その虚無から飛び出してきた戦鎚を装備するロキ。そう——アーサソールの時と全く同質の武器だ。


「戦鎚を装備したところで! その見すぼらしい姿では——」

「それはどうかしら? 招来!『メギンギョルズ』!」

「うぉりゃぁぁぁ!!」

「なに!?」


 力の帯を装備したロキはあっさりとキリエを吹き飛ばす。たちまち彼女は並ぶ観衆ゴーレムたちの中へと消えていった。


「昇華魔法を応用して武器魔法のマネごと……でありんすか」

「その通りなのだわ。これは数々の武具をロキが作らせた逸話に由来する昇華魔法。北欧神話における武器、道具ならなんでも虚無から呼び出せる!」


 『昇華魔法:狡知の悪神エボリューション・リスティヒ・ロキ』を作ること自体は容易だった。私の近くに丁度いい見本がいたから。

 そしてそんな彼の力を私なりに模倣したのがこのリスティヒ・ロキだ。あくまで逸話を元にしただけで真にロキの力ではないけど、ロキが作った武具以外も使えるが故に汎用性は高い魔法に仕上がった。

 初実戦だから今回は私が武器の選定をサポートしなきゃだけど……これならアヤメがどんな手段に出ても対処できる。


「けどその姿では全力は出せないでありんしょう? 『なんびとも 寄せつけぬ岩 馬車となれ』!」

「それはどうかしら!? 招来!『スヴェル』!!」

「よっしゃ! こい!」


 私はどこからともなく大盾を呼び寄せ、ヒイロに装備させる。エセソールハンマーが目前に迫る。だが次の瞬間——


「くっ……! 自分の攻撃が相殺された!?」


 ——キリエの攻撃を受け止めたロキの姿がそこに。


 盾は一瞬で砕け、ノックバックはしてしまったがヒイロへのダメージは深刻じゃない。メギンギョルズとの重ねがけが効いた!


「ヒイロ、チャンス!」

「おらぁ! もらったぜ!」


 そのままカウンターを叩きこむようにミョルニルを振るう。しかしこの展開を予想していたのか、間一髪のところで避けられ、戦鎚は虚空を掠めた。


「これではまるで……」

「まるでいつかとは逆だな。今回はお前らが矛で、俺たちが盾ってわけだ。この力の使い方もなんとなくわかってきたぜ!」


 両スレイヴが睨み合う。戦闘は仕切り直しになったが、余裕があるのはこちら側。ヒイロの調子のいい声音がなによりの証拠だ。


「これで私たちの力はよくわかったでしょう? あなたが私の力を模倣できるように私だってほかの力を模倣できる……いえ、あなた以上の数を模倣してみせる! さあ、どっちが魔法の応用が上手いか……勝負なのだわ!」


 キリエの背後にいる女に声高らかに宣言してみせる。アヤメは苦虫を噛み潰していた。あなたが技量で私のプライドを折ろうとするのなら、それを上回ればいいだけのこと!


「く……小癪なマネを! 『石つぶて 鏃のごとく 撃ち放て』!」


 アヤメが魔本を開き、浮遊する石塊を展開する。——連弾魔法での援護射撃。


「フィーラ、撃ち落とす矢だ! 」

「任せるのだわ! 招来! 『ミストルテイン』! 」


 彼女が戦闘に加わったということは余裕がなくなってきたということだ。今なら畳み掛けられる!

 イメージするのは神殺しのヤドリギ。刹那、虚空から現れた無数の鏃が石つぶてをことごとく砕く。

 その内の一発がアヤメの頰を掠め、傷をつけた。糸目がカッと見開き、こちらを睥睨する。


「よくも! 綾芽様の顔に傷をつけるとは……! 万死に値する!」


 怒りを沸騰させたたのはアヤメ本人ではなく、従者の方だった。猪のような直線的な動きでヒイロへと迫ってくる。


「らしくねーじゃん。頭に血が上ってさ! しばらく大人しくしてろってーの!」


 ヒイロはすっと目標を指差す。その動きに呼応するようにキリエとアヤメの周囲に虚空が現れ、鎖が飛び出す。


「しまった……!」


 手と足を八方から縛り上げ、両者の動きを完全にホールドした。

 あれは——グレイプニルだ。

 なんとなくで出したのか……それとも狡知であるロキの力の恩恵で状況把握能力が高まっているのか。どちらにしろヒイロがロキを使いこなし始めているのは確かだ。


「とどめだ! フィーラ、剣あるよな?」


 キリエは鎖を破るのに手間取っている。決めるなら今だ。とっておきの魔法をお見舞いしてあげるのだわ!


「ええ、当然! 招来! 『レーヴァテイン』! 必殺技の名前は——」

「皆まで言うな! わかってる!!」


 炎を纏った剣を装備したロキが振り向かずに、強く言った。


 ——わかってる。


 そうか。相棒は全てをんだ。なら私から言うことはなにもない。彼を信じるだけだ。


「我が友の力を模倣せし魔剣よ。その一撃で終末をもたらせ」


 刻々と炎の剣は緋く、緋く……その勢いを強めていく。そして刀身は櫓の高さをも超え、一筋の光線となる。


「全てを焼き尽くせ!『全壊焦土——ストライク・レーヴァテイン』!!」


 ロキが構えた剣を両手で振り下ろす!

 炎の衝撃波は地面を焼け焦がし、無言の観衆と化していたゴーレムたちを容赦なく消し炭へと変えていく。


「やった! ……って喜びたいところだけど」


 遅れて爆煙が上がる。アヤメもキリエも姿は見えない。ただ自分の直感が告げていた。あの女はこれだけでやれられる魔女じゃない、と。

 やがて爆煙が晴れる。そこにはアヤメと変身を解除したキリエの姿が。


「まさか鎖で縛られるとは……夢にも思わなかったでありんす。でも、これはこれで乙でありんした」

 アヤメの周囲には大量の灰燼が堆積していた。どんなに手と魔本が使えなくても、傀儡は操れる。瞬時に壁として難を逃れたってことね。


「減らず口ね! けど、これで状況は私たちが有利。観念するのだわ!」

「あらあら。わっちに対して熱くなってくれるのは嬉しいでありんす。けど……いいんでありんすか? お仲間同士の戦い、どうやら決着がついたようでありんすよ?」


 アヤメは不敵な笑みを浮かべていた。『武甕槌たけみかづち』を打ち破り、顔に傷までつけたのに……彼女は笑っていたのだ。

 だとしたら……よほど彼女にとって面白いことが起きたということだ。彼女にとって面白いことは私たちにとっての最悪。胸騒ぎが止まらない。

 それだけ言うとアヤメは巨大なゴーレムを召喚する。巨人の手に乗ったアヤメとキリエはこの場を後にしようとしていた。


「待ちやがれ!」

「待って、ヒイロ! 今はアヤメよりもレイとアリサの方よ!」

「それも……そうだな」


 駆け出そうとしたヒイロの足が止まる。今は……見逃すしかない。この場でアヤメに執着したら本末転倒だ。私たちの目的は仲間を救うことなんだから。

 土の巨人はゆっくりと歩み寄ってくる。その横を通り過ぎるように私とヒイロはグラウンドへと駆けていく。

 通り過ぎる寸前、宿敵と目が合った。


 ——今回は討ち逃したけど次は絶対に仕留めてみせる。


 そんな思いの丈をこめて彼女を睨みつける。返ってきたのは穏やかな笑み。「楽しみにしているでありんす」と言う言葉が嫌でも頭に響いてくる。

 すれ違う私とアヤメ。私の視界にもう彼女はいない。

 今回は万全じゃなく、私が戦闘に参加できなかった。次会った時は対策を立てられているかもしれない。

 けど、それでいい。ロキの力をマネるならマネればいい。そうなっても私は負けない。それ以上の力を得て、アヤメという降りかかる火の粉をことごとく払い退けるだけなんだから。

 それが誇り高き強者としての私の役目。


 *interlude out*

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