俺はお前に、私はお前に。/episode29


 七月一五日。数日間の合宿を経て、僕らは高石教会へときた。広い敷地に、教会とは思えない現代的な建物。あの時と変わらない。

 今回の目的は攻略戦ではない。あくまでサラサを倒すことだ。そのことはハワードにも伝えてある。だから、サラサが万全じゃないギリギリのタイミングで襲撃しにきたのだ。


「まさか徒党を組むとはな。いやはや野良の魔女は目的のためなら手段を選ばないのか?」


 嫌味な男の声が戦場に鳴りはためく。

 正面の入り口を守るように教会の魔女と魔術師ウィザードが横並びになっている。咲久来、アイン、ソーマ、サラサ、百合音……その後ろに死霊と合成魔獣が少数だが並んでいる。どうやらあちらも総力戦がお望みらしい。


「友達と一緒にいることのどこがおかしいのかしら? その言葉そっくりそのままお返しするのだわ!」


 ソーマに反論したのはほかでもないフィーラだった。そうだ、僕らが共に戦う理由は『友達だから』で充分なんだ。


「ふん、まあいいだろう。この戦いが君たち野良との最後の戦いになるのだからな」

「そうね……私たちが教会を倒して勝つんだから! いくわよ、ヒイロ!!」

「おう! 待ってたぜ!!」

「『昇華魔法:緋閃の雷神エボリューション・アーサソール』!!」


 昇華した緋色がそのまま敵の左翼側に突進していく。同時にフィーラは『雷神一体』を纏い、わき目も振らずに百合音へと向かっていく。


「手はず通りこっちは私たちに任せるのだわ!!」

「なら私は右翼側の相手だね」

「二人相手だけど……大丈夫なのか?」

「なに、心配は無用だ。こんなシチュエーションは前にもあったからね。二対一くらいどうということはないよ」


 それだけ言うとブルームは瞬時にアインたちのもとへと跳んでいった。


「残ったのは君たちか……なら!」


 剣を手に取ったソーマがこちらへと駆けてくる。狙いは……愛梨彩か!


「どこいこうとしてんだよ。お前の相手は俺だ!!」瞬時に魔札スペルカードを手に取り、ソーマと衝突する。「いけ、愛梨彩!」


 無言で頷いた愛梨彩は激しくぶつかり合う俺たちの横を通り過ぎていく。これで作戦通りの布陣になった。


「私と君はやはり切っても切れない因縁があるようだな。魔女の騎士同士惹かれるものがあるのかな?」

「あるかよ。勝手に惹かれてろよ」


 剣と剣が火花を散らし続けていた。均衡した力による攻防。埒が明かないと判断したのか、お互いに距離を取り合う。


「面白い。ならば君の願いを私の願いで叩き潰してやろう」


 ソーマが展開されたカードを手に取り、剣にスキャンさせる。短く、『フリーズ』という電子音が鳴り響く。


 ——ここまでは予想通り。


 やつは俺の武器が『折れない意思の剣カレト・バスタード』だと思いこんでいる。ならばあとはタイミング次第だ。魔力を纏うのが早過ぎれば攻撃の前に勘づかれる。遅ければ競り負ける。

 ソーマとの距離は目視で五メートルほど……だが、彼は一気に距離を詰めるように飛びかかってきた!


「今なら! 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード注力開始アクティブ・スタート!!」


 眠れる剣が目を覚ます。剣を覆うように青黒い燐光が溢れ出す!


「魔力を纏った剣だと!?」


 ソーマの剣から溢れ出る冷気は炎を帯びた剣ストライク・バスタードには届かない。そのまま剣の性能に身を任せ、斬り払う!

 ソーマは地面に剣を突き刺し、吹き飛ばされる勢いを殺す。決定打には至らなかったが、今なら俺が有利だ!


「このまま仕留める!」

「甘く見られたものだな! 『光線乱射フォトン・ガトリング——アルタイル』!」


 体勢を崩しながらもソーマは魔札スペルカードを放ち、迎撃してくる。迫りくる光線の雨あられ。だが……この程度の魔法なら!


「『進みゆく意思の刃ソニック・ストライク』!!』


 剣をその場で横一文字に思いきり振り抜き、衝撃波を起こす。剣圧は揺らめく刃となり、飛来する光線を全て消失させた。


「なに……!?」


 勢いそのまま、刃はソーマの体に直撃する。衝突と同時に爆風が起き、戦場の砂が舞い上がった。


「やったか……?」


 五回までしか使えない貴重な『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』。一回消費したが、有効打にはなったはずだ。


「『光線狙撃フォトン・スナイプ——アンタレス』!」


 宙を舞う砂塵を吹き飛ばすかのように、中から一筋の光が直進してくる。俺は難なくそれを叩き斬る。どうやらやつの息の根は止まっていないらしい。


「やっぱ……しぶといな、あんた」

「ははははは!! 面白い……面白いぞ、太刀川黎!」


 砂煙が晴れた時、ボロボロのローブ姿で跪いたソーマがそこにいた。


「この短期間でよくここまで強くなった。主人を想う意思の力……流石だと言っておこう」

「そりゃどうも」

「だが、いや……だからこそ私はお前を倒さなければならない。自分の正しさを証明するために」


 全身にダメージがいき渡っているはずなのにソーマの脚にはしっかりと力が入っていた。まるでここで倒れるわけにはいかないと言わんばかりの……不屈の闘志。


「どうしてそこまでする!? お前は関係ない人を巻きこんで心が痛まないのか!?」


 わけがわからなかった。この男はなんでそこまでして立ち上がるのか。魔女優位の世界にするのがそんなに大事なのか。俺にはわからない。——この男を駆り立てるものはなんだ?


「当たり前だろう!? 私は愛する人の幸せのために戦っているのだからな!」

「な!?」


 薄々気づいてはいた。主に忠実なのはただ単に慕っているだけではないのだろうと。きっと情愛があるのだろうと。だから——俺と同じ。


「お前と私は同じだ。最愛の人の幸せのために戦っている。違いはその過程で世界を滅ぼすか世界を救うかの差でしかない。私たちの差なんて微々たるものだ」

「そんなことない……世界を滅ぼさなきゃ救えないなんておかしい。ほかにも救う方法があるかもしれないだろ!」

「ない!」


 ソーマは敢然と言い切ってみせた。その顔には鬼気迫る影が宿り、有無を言わせない威圧感がある。生半可な覚悟ではないと表情が物語っている。


「五〇〇年だ……五〇〇年の間魔女として生き、人生を棒に振った。そんな人間がちょっとやそっとの希望で救われると思うか? 費やされた時間を取り戻せると思うか? 悠久の時を生きた人間を救う方法なんて世界を滅ぼし、世界を書き換える以外にあるわけないだろう!?」


 五〇〇年……そんな長い間生き地獄を見てきた人間を救おうとしているのか、こいつは。

 少しだけ……ほんの少しだけ同情している自分がいた。だって


 ——好きならなんとしても助けたいに決まっているじゃないか。


 その相手が久遠の時を生きる魔女ならなおさらだ。世界は魔女を助けなかった。そんな世界ならなくなってしまえばいいと。彼女が救われる世界にしようと。


「確かに……あんたの言う通りかもしれない。俺たちに差なんてないのかもしれない。俺も……あんたも主人を救いたいって願ってる」


 もし俺が同じ状況にいたら、ソーマと同じことをしていたのかもしれない。なり振り構わず、救う手段に縋るかもしれない。

 痛いくらい……ソーマの感情が俺の胸の内に流れこんでくる。俺たちは同類なのか。やろうとしていることに大差なんてなかったのか。でも……


「でも……だからこそ——」

「そうだ……それでいい。だからこそ——」

「俺はお前にだけは負けられない!」

「私はお前にだけは負けられない!」


 同類だからこそお前の手段を認めるわけにはいかない。俺は自分のためにも主人のためにも……より潔い願いの方が勝つのだと証明しなくてはならない。


「こい、太刀川黎!」


 『オーラ』の電子音が鳴り響き、ソーマの剣が黄白色の光を纏う。お互いに同じ力、主人を救いたいという同じ想い……違うのは世界への絶望か希望か。


「俺は負けない! お前を越えて愛梨彩の未来を掴むんだ!」


 お互いに剣を構え、正面に向かって全力で跳躍する。剣と剣が再び交じり合い、至近距離で迫り合う。


「私だって……負けるわけにはいかないのだ!!」


 瞬時にソーマが片手を離し、展開しているカードを手に取る。前回と同じ戦法。至近距離射撃の対策は……もうできている! 何回も何回も特訓して対策してきた!


「その手は食らわない! 『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!!」


 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』が鍔迫り合いした状態のまま青黒い炎を放出する。そのまま剣を思いっきり振り抜き、ゼロ距離で剣圧を発生させる。炎の刃がソーマの体ごと剣を押し返した!


「くっ……! そうくるか! だが……! 『光線乱射フォトン・ガトリング——アルタイル』!」


 しかし剣圧はダメージに至らない。ソーマはノックバックしながら、手に取った魔札スペルカードを放る。飛来してくるのは……光線の連弾!


「『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!!」


 そんな牽制は食らわない! 掴んだカードを地面に叩きつけ、巨大な盾を地面から出現させる。光線が衝突する音だけが、壁に響く。


「その程度の盾など……叩き斬る!!」

「もらったぁ!!」

「なに!?」


 ソーマが盾を壊しに向かった時、俺はすでに盾の裏にいなかった。俺が立っていたのは——盾の上。

 上からの攻撃なら流石のお前も太刀打ちできまい!! 振り下ろした剣がソーマの剣と斬り結ぶ!


「『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』、注力最大フル・アクティブ! うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 全身全霊を剣に注ぎこみ、ソーマの剣を圧倒していく。剣は徐々に下がっていき、肩近くまで辿り着く。もう少しで——


「私にも……意地が……あるのだぁぁぁぁぁ!!」

 もう少しで押し勝てる——そう思った矢先だった。ソーマが俺と同じようにゼロ距離でオーラの刃を発生させたのは。


「俺の技……!?」


 刃の勢いが殺せない!? 俺はそのまま背後に出現したままの『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』へと背中を打ちつけ、その場で座りこんでしまう。


「形勢逆転……だな!」

「っうぐ!」

「お前に……! お前のような青臭いガキに! なにがわかる! アザレア様の……! なにが!」


 おもむろに近づいてきたソーマが俺の右手を踏む。そして何度も何度も……手を機能させないように執拗に踏み潰す。

 だけど……この剣だけは……この意思だけは手放せない。何度踏まれても何度潰えたとしても……俺の意思を消すわけにはいかない。俺が貫きたい意思は今もこの手の中にあるんだと抵抗するように。


「もう反撃もできまい? これで……終わらせてやる!」


 突き刺すように両手で逆手持ちした剣が迫ってくる。殺意を持った確実な一撃がすぐそこに迫っていた。


「まだだ……」


 ——諦めない。俺は絶望しない。


 そう代弁するかのように俺は左手で『の剣』を手に取っていた。突如現れた剣はすぐそばにいたソーマの横腹を貫き、抉る。


「お前……まだ!」


 退くようにソーマは距離を取る。一瞬だけ現れた『折れない意思の剣カレト・バスタード』はそのまま霧散した。

 咄嗟に避けられ致命傷に至らなかったが、とどめの一撃を刺し損ねたのは相手も同じだ。


「まだだ……まだ終わらないよ。俺の意思に……限界なんてない。諦めない限りどこまでも際限なく進むんだ」


 重い体に精一杯力をこめ、立ち上がる。再び『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』を両手で握る。何度だって踏ん張ってやる。この意思が消えるその時まで……何度だって。


「どうしてそこまでする!? お前がそこまで九条愛梨彩に義理立てする理由なんてないだろう!?」


 そう言うソーマの顔は確かに慄いていた。どこからそんな気力が湧くのか心底疑問だったらしい。

 けどそれはおかしい。お前だってわかっているんだ。わかっていてわからないフリをしているんだ。


「同類のお前が……俺の気持ち、わからないのかよ」


 今ならわかる。お前は可能性を閉ざされて絶望した俺なんだ。世界を滅ぼすことでしか救う方法を見出せなかったんだ。


「まさか……」

「決まってるだろ。愛梨彩のことが好きだから……ほかに理由なんていらない」


 好きな人のため、愛している人のためなら何度だって立ち上がれる。なあ、お前だってそうだろう?


 ——大好きな女の子ありさに希望をもたらす。


 それが俺の願い。なら従者スレイヴである俺が絶望している暇なんてない。絶望している人間が誰かの希望になんてなれるわけがない。俺はどんな絶望の中、最悪の手段を提示されても「それでも」と言い続ける。立ち向かい続ける。


 だから——俺はお前にならない。


「認めるものかぁ!!」


 逆上したようにソーマが吶喊してくる。俺はその場で動かず、静かにその時を待つ。剣は真っ正面に、相手を見据えるように構える。

 距離……三、二、一メートル。


「私の勝ちだ!!」


 間合いに入ったソーマが剣を振り下ろす!

 俺は肩を突き出すように上体の重心をずらし、すんでのところで剣戟を躱す。お互いの体が重なり合う距離にあった。

 そして——『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』は胴を打つようにソーマの腹部へと据え置かれていた。


「俺の……勝ちだ。……『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』」


 耳元でつぶやくように自身の勝ちを宣言し、俺は剣を振り抜いた。刹那、剣戟はくろい炎の刃となりソーマを吹き飛ばす。

 遠く彼方で建物の一部が抉れているのが見てとれた。これで……ソーマは無力化した。俺は……俺の役割をしっかり果たした。


「愛梨彩……今いくから」


 足取りは重いが、まだ戦闘は続いている。俺は一人、好きな子のもとへと足を向ける。ソーマを否定した以上、俺はここで立ち止まれない。

 

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