朽ちた木、咲いた花/episode30
離れた場所で戦闘を行っている愛梨彩と合流する。そこは凍土と砂地がせめぎ合う異様な空間だった。
「愛梨彩! 悪い、遅れた!」
「太刀川くん!」俺が跳んでいくと、彼女は心底安堵した顔を見せる。「どうやら作戦は成功のようね」
「ああ、ソーマは倒した。あとは……」
正面の魔女を見据える。フェイスベールで隠された顔は相変わらず読めない。だが、余裕がないことははっきりわかる。
「ええ。やりましょう、太刀川くん。サラサをここで倒して……優位を作る!」
ソーマとの戦いでかなり魔力を消耗した。『
だがそれだけで充分だ。敵は両手で数えられる程度の護衛の死霊と魔女が一人。『
「前衛は任せろ!」
俺は足に力を入れ、縮地する。そして目の前に現れた死霊どもを袈裟斬りにして葬っていく。
「くっ……二対一ですか! 『
「そうはさせない! 『
飛来する土塊と氷弾が衝突し合う。サラサの攻撃は愛梨彩がカバーしてくれる。俺はこのまま突撃するのみだ!
「まだです! 『
立ちはだかる砂塵の大竜巻。これを見ると、無力だった自分が嫌でも思い出される。
「俺はもう! あの時の俺じゃない! 『
その場で剣を大きく横薙ぎ、剣圧を発生させる。刃は砂塵に食いこむように当たり、互いに消滅させ合う。
『
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
サラサに向かって駆けていく。敵は黄土色のナイフのようなものを手に取り、接近戦に備えている。あと、三、二……一。
「なんてな」
それだけ言うと俺はフェイントをかけるように横に跳び退く。わざわざ相手と同じ土俵で戦う必要なんてない。
「相手が二人だということを忘れないでちょうだい。『
「なんですって!?」
俺の真後ろから迫っていた水の鏃がサラサの手元に直撃する。土のナイフは粉々に砕け、隙が生まれる。
「これで終わりだ!」
剣を迎え撃つ手段がない今ならサラサを仕留められる! 俺は再度彼女目掛けて跳び、渾身の力で剣を振るう!
「浅いか!」
だがサラサも足掻く。バックステップする直前に捉えることができたのは彼女の左手のみだった。斬り落とされた肉が、音を立てずに砂地に落ちる。
離れた場所でサラサが声にならない呻きを上げながら、身悶えている。双眸には憎悪の色が灯っており、油断できない。まだなにかしてくるはずだ。
「おのれおのれおのれおのれおのれ!! 野良の魔女ごときが一度ならず二度までも! この私に傷をつけるとは! 万死に値する!! 『
魔女は残された片腕でカードを放る。辺り一面を砂地が覆い、彼女の目の前に骨の塔が積み上げられる。
「死んで
口調からたおやかな雰囲気は消え、彼女の素が滲み出ていた。最後の力を振り絞るように魔女は
現れ出たのは首のない砂の化身。体長は数メートルしかないはずなのに、ひどく大きく見える。正直こんなやつ、俺では太刀打ちできない
「これは……ちょっと相手するのきついかなぁ……俺には」
——そう。俺には無理でもできるやつがほかにいる。
俺たちは一人で戦っているわけじゃない。野良がみんな一丸となって戦っているんだ。
「あとは任せた——緋色」
「救いの声に呼ばれてヒーロー参上! おお、この前の巨人じゃんか。相変わらずだな」
瞬く間に現れた緋閃の雷神。
カッコよく決め台詞を言って現れたのに緋色自体はいつも通りのほほんとしていた。
「あの時の昇華魔法の化身……ですか」
レイスが一箇所に集まった今、緋色が雑魚を相手する理由はなくなった。まだ魔獣は数体残っているようだが、それなら俺でも倒せる。
つまりポジションチェンジだ。即席だが愛梨彩と緋色に組んでもらって俺はフィーラのところへいくことになる。まさかこんなところで枕投げをした意味が出てくるとは思わなかった。
「じゃあ俺はフィーラのところに——」
そう言おうとした刹那だった。
「ああ、もう昂りを抑えきりんせん」
くるわしい声が戦場に鳴りはためいたのは。
「まさか……教会の魔女!?」
声を荒げた愛梨彩の視線の先——巨人の前に着物姿の女性が佇んでいた。
かんざしで丸くまとめられた髪は見るものを惑わせる艶やかな紫。糸目の奥でわずかに覗く瞳は鮮血のように赤い。そんな特徴が現れるのは魔術式の影響で変質した魔女しかありえない。
現れたのは見たこともない……和服の魔女。以前の高石教会での会合に呼ばれていなかったとなると……教会の魔女の可能性が高い。こんなところで教会に増援がくるとは予想していなかった。
「へえ、ぬしさんが教会の魔女でありんすか?」
謎の魔女が細い目をサラサへと向ける。一瞥しただけだが、その目はまるで弱った獲物を横取りする狡猾な狩人のものだった。
「知らない……私はこんな魔女知らない!」
そう言って怖気を振るったのは——ほかでもないサラサだった。
教会が把握していない魔女? 一体どうなっている? 野良の魔女は教会が呼び出したので全員じゃなかったのか?
疑問は尽きないが、考えている状況じゃない。俺は愛梨彩の近くに寄る。
「状況が変わったわね……下手に動かない方がいいわ」
俺は無言で頷き、剣を構えながら様子を伺う。
「名乗りが遅れんした。わっちは
戦場に咲き開いた一輪の
——この魔女、普通じゃない。
「誰が殺されるものですか! やりなさい、レクイエム! そこの魔女共々、野良の魔女を皆殺しにしなさい!」
迫りくる死の化身を退治するかのようにサラサは土の巨人に命じる。レクイエムは巨腕を振るい下ろし、足元にいる綾芽を潰そうとする!
「こなマネごとでわっちが倒せるとでも?」
巨人の攻撃なんて意に介さないかのように綾芽はその場を動かない。ただ巨人の足に手を添えるだけ。
「『土塊よ わっちのものに なりなんし』」
俳句のように五七五で
「どうしてレクイエムが……まさか!?」
驚愕するサラサを尻目に、綾芽は怪しく笑みを浮かべている。それはまるで相手を手のひらの上で転がして喜悦に浸っているかのような顔だった。
「そのまさか。わっちの魔法は『傀儡魔術』。ぬしさんの人形はわっちのもんでありす」
傀儡魔術——名前の通りなら無機物などを人形のように使役する魔法なのだろう。
つまり綾芽はサラサから土の巨人のコントロールを奪ったのか。マネごとが本家本元に勝てないのは道理が通る。
「さあ、土の人形よ。ぬしの主を殺しなんし」
綾芽の命を受け、巨人はサラサの方へと身を反転させる。守護するスレイヴもなく、迎え撃つための片腕もない。彼女はなすすべなく、巨人の手に掴み上げられてしまう。
「あがっ……! やめて……! 殺すのだけは……! うぐっ!!」
悲鳴にならない低い声を漏らしながら、許しを請うサラサ。けれど巨人は彼女の言葉に耳を傾けず、両手で緩やかに体に圧力を加えていく。きりきりと骨が軋む音と苦悶の声が響めいていく。
「ははははは!! 楽しい! 楽しいでありんす! これこそ……命のやり取り。これだから人を殺めることはやめらりんせん!」
サラサの言葉はかき消され、戦場に綾芽の高笑いだけが鳴り響いていく。その間もゆっくり……しかし確実にサラサは死へと向かっている。やがて軋む音は聞こえなくなり、彼女の顔からは生気が失われていた。
「ゆっくり……じっくり死を与えんしょう。その方がぬしさんも魔女として生きた心地を得られるでありんしょう?」
「たす……けて……」
だが、綾芽は一思いにサラサを殺すことはしない。人ではなく……まるで玩具を
「いい加減にしろ!!」
そう言って俺は駆け出していた。
巨人の足元近くまで跳んでいき、両方の腕の関節を貫通させるように渾身の『
俺はそのまま綾芽と向き合い、剣を構える。
「あら? ぬしさんもこなたの女を倒しにきたはずでありんしょう? どうしてわっちの邪魔をするんでありす?」
「そんなことは百も承知だ! けど……あんたのやり方は気に食わない!」
サラサは悪虐な魔女だった。関係ない人間を大勢殺した。助ける理由なんてないのかもしれない。
だけど……だからって悪いやつ相手ならどんなことをしても許されるわけじゃない。こんな苦しめるような殺し方はあんまりだ。しかもそれを楽しむなんて。
「魔女の息の根を止めるまで手を抜きんせん。そのためにやったんでありんすけど……まあいいでありんしょう」
糸目が見開き、紅玉が露わになる。その瞳を見た瞬間、背筋に悪寒が駆け巡る。危険を告げるように胸が早鐘を打つ。
綾芽が言葉を継ぐ。
「次はぬしさんが遊んでくれるんでありんしょう? 戦って……戦って……わっちに生きた心地を与えてくんなまし!」
それが号令だったのか、辺り一面を木でできた人形たちが取り囲んでいた。
サラサを倒し、包囲を崩したかと思えば一転。今度は謎の魔女に包囲されてしまった。だが、綾芽がこの街を闊歩することを許すわけにはいかない。
「撤退よ、太刀川くん! 勝代くんは退路を開いて!」
「お、おう!」
見ると、いつの間にか愛梨彩が俺の隣にいた。そのまま彼女は背後の緋色に下令する。
「なんでだ、愛梨彩!! こいつをこのまま生かせば!」
「撤退よ! これ以上は戦闘を続けても意味がない! 目的は達成したの!」
綾芽の顔を睨みつける。余裕を持った不敵な笑みを浮かべている。まるで「こっちは戦闘しても構わない」と煽っているようだった。
周囲の状況を確認する。流石に消耗した後でこの数を相手するわけにはいかない。一掃するにも『
サラサの姿が見えないが……いくら魔女とはいえ、あんな満身創痍な体で生き長らえるとは思えない。彼女の言う通り、目的は達成された。
「くっ……! 君の指示に従う」
それだけ言うと、俺は愛梨彩と共にその場から駆け去っていく。
サラサは倒した。教会の戦力は削ぎ落とした。けど……納得のいかない勝利だった。
謎の魔女——綾芽の登場。味方ではない野良の魔女は、おそらく第三勢力としてこれからも介入してくるのだろう。
新たな脱落者と参加者により風雲急を告げる賢者の石争奪戦。俺たちはこの先も生き残ることができるだろうか。誰一人欠けずに教会に勝つことができるだろうか。
一抹の不安が俺の胸に巣食っていた。
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