名誉と友達とジレンマ/episode24

 *interlude*


 私は再びアリサの家にいた。

 通されたのはゲストルーム。二五年前、アリサの家に居候していた時と同じ部屋だ。家具の配置や調度品は昔と変わらない。あの頃の自分の部屋そのままだった。

 ベッドには彼——ヒイロが寝かされている。傷こそないが、昇華魔法の負担が大きかったようだ。疲労した体を休めるようにぐっすり眠っている。

 部屋の窓から夕暮れを眺める。時刻は一九時になろうとしていたが、まだ随分と明るい方なのだろう。泉教会に向かった彼らはもう到着する頃だろうか。


 ——「私はあなたが答えを出すって信じているから」


 ふと、屋敷を出ていく前のアリサの言葉がフラッシュバックした。私は黄昏ながら彼女の言葉を噛み締め、あの日のことを振り返る。

 あの時は生まれて初めての敗北で取り乱していたのだろう。優雅さや余裕なんて欠片もなかった。我ながららしくないことをした。


 ——「素直になれ」


 レイに言われるまで自分の本音が見えていなかった。私は自分の一族のことしか見ていなかったんだ。

 なんのために「名誉」を求めたのか? オーデンバリ家のためだ。家名を守るためだ。

 けど、それは親の言いつけを守っているだけだった。自分の意思ではなく、ただ言われるがままに最強を目指した。そんなしがらみのせいで私は冷静な判断ができなくなっていたのだろう。

 しがらみをなくした時に残ったもの。それが私の本音。私が本当にやりたかったこと。いや……やりたくなかったこと。


 ——友達と殺し合いをしたくなかった。


 いざ答えとして出てくると「なんだそんなことだったのか」と拍子抜けしてしまう。でも、『そんなこと』が見えていなかったのだ。

 本当に取り返しのつかないことをした。争奪戦がルール無用の戦いだからとはいえ、外道に落ちる必要はなかったはずなのに。

 今さら気づいたのは遅かっただろうか。私は友達にただ謝ることしかできない。


「私はこれからどうしたら……」


 ベッドの横の椅子に腰掛け、ぽつりと呟く。今後の身の振り方を考えずにはいられなかった。

 アリサの言う通り、同盟を組むべきなのはわかっている。教会を倒すならそれが一番効率がいい。

 だが争奪戦に参加している以上、いつかは二人で殺し合いをしなくてはならない。友達を殺したくないから賢者の石を諦めるという選択も違う気がする。

 名誉を欲したきっかけは一族から言われたからだ。オーデンバリ家が最強だと示すために戦ってきた。けど、いつしか自分自身も名誉を欲していたのだ。私の願いは紛れもなく名誉なのだ。この願いまで譲ってしまったらそれこそフィーラ・ユグド・オーデンバリの意義が失われる。


 ——私はどうするべきなんだろう。


 殺したくない。けど、願いを譲る気もない。欲を言えばどちらも選択したい。名誉と友達のジレンマ。どっちつかずの私。


「なーに悩んでるんだよ」

「わっ! あなたいつの間に起きてたの!?」


 顔を上げると、ヒイロが上体を起こしてベッドに座っていた。


「あー。なんか独り言が聞こえてさ。悩んでるんだろ? お兄さんに相談してみ?」

「だから……私の方が歳上なのだわ」

「まあ歳はどっちでもいいわ。お前魔女みたいだし」


 あっけらかんと彼が言う。その言葉を聞いて気づいた。ヒイロはもう魔女と無関係じゃないのだと。


「ごめんなさい。私が関係ないあなたを巻きこんだから……」


 一般人を巻きこむなんて三流の魔女がすることだ。普段の私なら絶対にそんなことはしない。

 けどアリサに負けるのが嫌で自分らしくない行動をした。非道な手段に打って出た。悔いても悔やみきれない。数日前の自分が憎くてたまらなかった。


「いやいや誰が謝れって言ったよ?」

「え?」


 予想もしない言葉で耳を疑った。彼はまるで巻きこまれたことを気にしていないようだった。


「だから、悩み言えって言ったんだよ。あ、それと魔女のこと洗いざらい全部話せ」


 わけがわからなかった。さっきまでボロボロだった男はケロリとした表情で、不幸なことなんてなにもなかったと言っているようだった。


「私……関係ないあなたを巻きこんだのよ?」

「おう、知ってる」

「あなたはそれを憎まないわけ?」

「憎んだって無関係な人間に戻れないだろ?」

「それはそうなのだけど……あなた自分がなにに首突っこんでるかわかってるの?」

「わかんね。だから説明してくれ」

「なにそれ」


 思わず笑ってしまい、手で口元を隠した。私と違ってこの男は思ったことを隠せないくらい愚直なのだろう。とても潔い心を持っているんだ。


 ——この人なら。


 躊躇いがないわけじゃない。できるなら今からでも無関係な人間になって欲しい。けど、彼は言うのだ。


「俺がヒーローになるって言ったろ? だから、まず最初のお仕事。お前の抱えてるもの、全部打ち明けろよ。悩んでるなら力になるぜ?」


 私のヒーローになると。初めて約束した時と違わずに。

 このどこまでもバカなお人好しを選んだのはやはり必然だったのかもしれない。そう思ったら、打ち明けないという選択肢はなくなっていた。

 私は彼に全てを打ち明けた。魔女のこと、賢者の石のこと、友達同士で殺し合いをしていたこと、そしてそのためにヒイロを利用したこと。


「なるほどなぁ。いやこれは首突っこまない方がよかったかもなぁ」

「そう……よね」

「けど、放っておくわけにもいかないな。だってその魔導教会ってやつは魔女が支配する世界を作ろうとしているわけだろ?」

「そうなのだわ。だから魔導教会を倒さなくちゃいけないってことはわかってる。でも、問題はその後。教会を倒した後、私はアリサと戦わないといけない。私だって願いは譲れない」


 「名誉」なんてもののために友達と戦うことがいかに愚かかはわかっている。けど、それが私の意思エゴだから。信念がないまま戦えば私はきっと誰にも勝てない。


「戦えばいいんじゃね? どっちか一つにする必要もないだろ」


 ヒイロが臆面もなく口にした。


「は……? あなた私の話聞いてた!?」

「おう、聞いてたぞ。九条はそのマジュツシキ? ってやつを捨てるって願いを持ってて、お前は最強になるって願いを持ってる。なにより、負けたままのお前は九条を倒さなきゃ最強になれない。負けたままが嫌だ。そうだろ?」

「そうよ! でもその名誉に固執して私は道を踏み間違えたのだわ! だから……だから、これ以上アリサと戦うのは——」

「お前は一つ勘違いしてるぞ」

「え?」


 勘違い? 勘違いとは一体なんのことだろう? 私は間違ったことを言っただろうか。

 アリサと戦えば間違いなく殺し合いに発展する。でも、それは嫌だと言った。


「友達でも譲れないものがある時はぶつかるべきだ。でも、ぶつかるならなんでもありってわけじゃない。この前みたいな恨んで、殺し合って……っていうのは間違ってる。要するに二人とも傷つかない、二人が同意の上でぶつかり合える方法を考えればいいんだよ」

「なに言ってるの……あなた?」


 言っている意味がわからない。傷つかない魔術戦? そんなことができるのか。


「だから! 『九条と喧嘩しようぜ!』ってこと。どっちが勝っても恨みっこなし。それで最後の一人を決めればいい。本気の喧嘩ができるのはダチだけだぜ?」

「本気の……喧嘩?」

「決闘って言えばいいのか? お互い合意の上で戦えば恨みもないだろ? それで勝てば名誉は得られるし、友達も死なない。一石二鳥だろ」


 決闘——そんな簡単なことでよかったのか。私はずっとアリサと決闘していたじゃないか。


「手段を選ばない殺し合いではなく……正々堂々と。私は諦めずに正々堂々彼女に勝負を挑めばよかったってこと?」

「ああ。正々堂々、何度だって挑めばいい。負けってのいうのは恥ずかしいことじゃないぞ? 次勝つための糧だ。例え何度負けたとしても、『最後に勝つのは自分だ!』っていう自信があれば惨めなことなんてなにもないだろ?」


 ずっと負けたままが嫌だった。こんな惨めな気持ちをずっと味わっていたくなかった。でも、彼はそうじゃないと言う。「最後に勝てば有言実行。ハッピーエンドだろ?」と。

 今までは強者として戦ってきた。だが、今は違う。今度は挑戦者としてアリサと戦うんだ。何度だって立ち向かえばいい。最後に勝てばいい。アリサがそうしてきたように、私も挑み続ければよかったんだ。

 勝ちを焦る必要なんてない。最後に勝つのは自分だと胸を張って生きればいい。


「そうと決まれば今日から俺がお前のスレイヴってやつだな」

「本当に……いいの?」


 恐る恐るヒイロに尋ねる。争奪戦のことを洗いざらい話したから危険だということは理解しているはずだが、尋ね返さずにはいられなかった。


「友達が——黎が困難と戦っているのに見て見ぬフリはできないだろ? それにお前のことも心配だしな」

「私?」


 思いがけない言葉で目が点になる。巻きこんだ張本人である私の心配をするなんて、とんだお人好しだ。


「そうだよ。また暴走するかもしれないだろ。だから俺がブレーキ役だ。暴走しそうになったら止めてやる。また間違ったことしそうになったら怒鳴ってやる」

「私は……名誉のために戦う。それでもいいの?」

「間違ったことしないならそれでいい。魔導教会ってやつを倒して平和を勝ち取る。そんで九条に勝って名実ともに最強になる。名誉を得る。シンプルでカッコいい道のりじゃね?」

「カッコいい……ね」


 彼の言う通りかもしれない。力ある強者が人々の平和のために立ち上がる。そして最後に終生のライバルと決着をつけ、自分の願いを叶える。まるで日本のマンガやアニメのキャラクターのような潔い生き様だ。

 きっとそれが真の意味で誇り高い魔女の姿なのだろう。名誉を得るにふさわしい魔女の生き方なのだろう。

 一族が欲したのは肩書きだけの名誉だった。でもきっと私の欲する名誉はそうじゃない。私が欲したのは誰かのために役立ったという勲章。ならば、その道をいくしかないじゃない。


「じゃ、よろしく頼むぜ、フィーラ」

「ええ! 私は私の思うように生きる。そして必ず名誉に見合う最高の魔女になってみせる!」


 私たちは手を交え、握り合う。心機一転。私たちが手始めにやることは——


「じゃあ早速仕事なのだわ、ヒイロ。私たちを信じてくれた友達のところへいきましょう」


 私たちの友達を助けることだ。私が思い描く誇り高くて強い魔女ならそうするはずだ。


「ああ! いこうぜ、相棒!!」


 私はもう間違えない。魔女として魔導教会を倒す。魔女として正しい振る舞いの先に私の目指す名誉があるはずだから。

 それまであなたとの戦いはお預け。争奪戦の最後にこの因縁にピリオドを打ちましょう、アリサ。


 *interlude out*

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