俺たち、参上!/episode23


 サラサを守るようにおびただしい数の死霊の群れが展開されている。鈍い動きで一歩、また一歩と恐怖が押し迫る。いつ見てもこの威圧感には慣れないな。

 やはりこの量をまともに相手するわけにはいかない。倒すなら一瞬の隙を突くしかない。愛梨彩と目が合う。


「短期決戦でいくわよ! 」

「了解!」


 そうくると思っていた。俺は『折れない意思の剣カレト・バスタード』を両手で強く握りしめる。


 ——狙うは死霊を封殺した直後。立て直すまでの間隙。


「『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』!!」


 雨粒のカーテンが天から降り注ぐ。サラサと百合音は飛び退いて避けるが、前面に展開された緩慢なレイスたちには直撃した。

 狙い通り。これで死体の壁が再生するまでインターバルができたはずだ。


「この隙、逃すもんか!!」


 死体の山を踏み潰し、一直線にサラサ目掛けて駆けていく。護衛は百合音のみ。近づいてしまえば俺の間合いだ!


「『模倣コピー』」


 地を這うような女の声が戦場にこだまする。次の瞬間、時間が巻き戻ったかのように雨の帳が俺に降りかかってきた。


「な、『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』!?」


 咄嗟に勢いを殺し、横に飛び退いて前転する。擦りはしたが、ローブのおかげで無傷で済んだ。


「どうですか? 私のスレイヴの力は」


 余裕のある口ぶりでサラサが尋ねてくる。ヴェールで口元こそ見えないが、間違いなく声は笑っていた。

 俺たちの先制攻撃は見事に躱されてしまった。死霊たちが続々と再生していく。


「模倣魔法……厄介な魔法ウィッチクラフトね。その魔術式を持っているだけで相手への牽制にもなるってわけ……驕りたくなるのも無理ないわ」


 愛梨彩の口ぶりは冷静だが、顔に余裕はない。相手が模倣魔法の使い手ということは同じ魔法を撃ち合うことになるからだ。

 模倣魔法はその名の通り相手の魔法を模倣し、返す魔術だ。しかし魔法ウィッチクラフトなどの高ランクのものはマネできない。言うなれば格落ちした魔法ウィッチクラフト——魔札スペルカード限定のカウンター魔法。

 復元の魔法ウィッチクラフトを持つ愛梨彩は攻撃を魔札スペルカードに頼り切っている。それを全て跳ね返されるとなると、相性は……最悪だ。

 おそらく撃ち合いは拮抗し、決定打に欠ける戦いが続くことになる。そうなると不利になるのはこちらだ。物量で押されたら勝てない。下手に魔札スペルカードを放つと悪手になる可能性もある。模倣魔法は限定的な用途故に補助魔法に格落ちした魔法ウィッチクラフトと聞いていたが……ここまで愛梨彩にとって厄介なものだったとは思わなかった。


 ——だったら百合音の相手は俺がするしかない。


 武器魔法ならマネされても使う技術が伴わなければ意味がない。経験でなら俺に一日の長があるはずだ。俺なら百合音と互角以上の戦いができる。


「俺が百合音と戦う! 愛梨彩は『封殺の永久凍土フリージング・ロック』で足止めを!」

「わかったわ!」


 直後『封殺の永久凍土フリージング・ロック』が展開され、地面が砂地から一変氷土に変わる。同時にレイスたちの足が一時的に止まる。


「なるほど。結界魔法は模倣しても無駄——ということですか」

「上書きしたけりゃすればいいさ!!」


 無力化された死霊たちを斬り裂きながら今度は百合音へと突撃する。目標まで目視で三メートルほど。模倣ができなければただの的だ!


「もらった!!」


 だが、俺の攻撃は予想もしない方法で阻まれる。


「仕方ないですね……『土塊の子守唄クロッド・ララバイ』」

「な!?」


 ——主人であるサラサが前に出てきたのだ。


 慌てて目標を土塊に変え、斬り払う。ならばこのままサラサを——


「『模倣コピー』」


 間髪入れずに土の弾丸が飛来する! まさか自分の主人の魔札スペルカードをコピーしたっていうのか!?

 この距離とスピードでは斬り払いが間に合わない。


「がはっ!」


 土塊が体に直撃し、俺は後方へと吹き飛ばされる。冷たい氷の床に体を打ちつけ、勢い止まらず転げていく。


「太刀川くん!!」


 遠くから愛梨彩の声が聞こえる。どうやら彼女とはかなり離されてしまったようだ。


「今回は特別です。あなたの相手は私がしましょう」


 俺の目の前にサラサが着地してきた。彼女の背後には愛梨彩に襲いかかる死霊群が見える。


 ——まずい。これじゃ相手が有利な展開だ。


 レイスを倒すために魔法を使えば、百合音に模倣される。百合音と撃ち合いながらレイスを捌くなんて愛梨彩には不可能だ。


「そこをどけぇ!!」


 立ち上がり、なりふり構わず駆けていく。なんとしてもサラサを突破し、愛梨彩と合流しなければ。


「あらあら。お楽しみはこれからでしょう? 『砂嵐の夢想曲トロイメライ・サンド・ストーム』」

「くそ! 『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!!」


 やむを得ず、目の前に現れた砂嵐を防壁で凌ぐ。だが、これでは相手の思うツボだ。前衛と後衛では戦い方がまるで違う。自分を守っていては先に進めない!


「あなたはレイスでしたね。術者である九条愛梨彩が死ねば、自ずとあなたも死ぬのでしょう?」


 壁の向こうからサラサの声が聞こえる。残ったレイスは全て愛梨彩の方へ向かっているようだ。付随して死ぬスレイヴより魔女の方が優先順位が高いってわけか。


「ですから主人である九条愛梨彩の方を先に始末してしまおうと思いましてね。あなたは主人の死をその目に焼きつけて絶命する。とても趣ある催しでしょう?」


 相手の煽りは止まることを知らない。ダメだ。挑発に乗って突撃すれば、ますます相手の思うツボだ。

 だが、どうする? 刻一刻とその時は近づいている。

 愛梨彩は水のオーラを纏って死霊を蹴散らしながら百合音の土塊を水弾で撃ち落としている。死霊の数は減っているが、まだまだ底が見えていない。

 このまま手をこまねいていれば彼女が死ぬ。状況を打開できるカード……砂嵐を吹き飛ばせるカードはないか? ダメだ——思いつかない。武器では範囲魔法を突破できない……!


「ほらほら。レイスの手が彼女に届きましたよ」

「愛梨彩!!」


 『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』から覗くように外を見る。

 砂嵐の向こうで、武器をなくした死霊の魔の手が愛梨彩を捉えていた。一体、また一体と捕まえる手が増える。三つ、四つ……五つ。


「やめろ……やめてくれ」


 泣き喚く子供のような情けない声が口から漏れていた。どうしようもない現実を嘆くしかなかった。


 ——このまま黙って見ていることしかできないのか……俺は。


 死線を共に越えてきた相棒を……なにもできずに見殺しにするのか。俺は愛梨彩を殺させないために剣を取ったはずなのに。

 大切な女の子をこんな形で失うのか。


「このままなぶり殺してあげましょう。野良の魔女に遠慮なんて必要ないですからね」


 サラサは目尻をつり上げ、笑みを浮かべていた。

 ダメだ。それはダメだ。なんとしても愛梨彩だけは守らなきゃ。

 俺は意を決して壁から飛び出る。砂嵐の中を突っ切るしかない。打ち壊す手段はなくても、魔法の威力を軽減するローブがあればいける。ボロボロになってでもたどり着いてみせる。


「愛梨彩ぁぁぁぁぁ!!」

「血迷いましたか……なら望み通りにしてあげましょう! 『土塊の子守唄クロッド・ララバイ』!」


 彼女は俺を救ってくれたこの世でたった一人の相棒だ。なにに変えても守らなきゃいけないんだ。絶対に守るんだ。この身に代えても彼女だけは!

 。だから——


「はあ。呆れてものも言えないのだわ。『天墜一閃』!!」


 その時、戦場に幾数もの稲妻が墜落してきた。目の前は晴れ、愛梨彩を捕縛していた死霊たちも砕かれている。戦場の真ん中に見知った二つの影が颯爽と現れる。


 ——この魔法。この口癖。心当たりは一人しかいない。


「ヒーローは遅れてやってくるって相場が決まってんだよな! これが!」


 ——それにもう一人。心強い味方が横にいる。


「私たちを差し置いて宴会だなんていい度胸してるじゃない」


 二つの影は意気揚々と声を上げる。それは言葉の通り、窮地に現れたヒーローの口上のよう。

 緋色とフィーラ……そこに立っていたのは間違いなく——『僕らの親友』だった。友達という名の最高のヒーローがそこにいた。


「さて、ここからは選手交代といきましょ。私の友達をいじめてくれた分はきっちり返させてもらうのだわ」


 そうだ……俺は一人で戦ってたんじゃない。仲間がいたんだ。窮地の時は手を取り合い、どんなに離れていても心は繋がっている。そんな信頼できる親友が俺たちにはいたんだ。

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