桜花乱舞/episode22


 *interlude*


 仮面の魔女と戦闘を開始してから数分が経とうとしていた。お互い決定打がないまま、戦闘が続いている。

 ブルームという魔女は私の攻撃をいなすように剣を振るうだけだった。まるで私がほかのターゲットに向かわないようにするための動き……引きつけ役を買って出たというわけか。

 銃剣と剣の打ち合いの最中、距離が生まれる。わざわざ相手の得意な間合いで戦う必要はない。お互い踏みこむことはなく、静かに睨み合う。


「なんで魔法を使わないの? あなた本当に魔女?」


 対策を考えながら、疑問を口にした。素直に答えてくれるとは思えないがどうしても腑に落ちなかった。

 ブルーム・Bという魔女は時間魔法の家系だと聞いている。現在は五代目ということもあって、魔法ウィッチクラフトの精度は高くないことも知っている。


 ——なぜこの魔女からは魔法の片鱗すら見えないのか。


 精度が低く、扱いづらい魔法だから使用しないという可能性はある。だが、大抵の魔女は戦闘時に使える魔法ウィッチクラフトを持っているものだ。

 魔法ウィッチクラフトが使えない状態で争奪戦に参加するなんてことがありえるだろうか? もしそうだとしたら愚かとしか言えない。


 ——そしてもう一つ。なぜ魔札スペルカードを使わないのか。


 アインさんが始めてブルームと相対した時、彼女は炎属性の魔法を使用したと報告している。彼女の魔法ウィッチクラフトが時間魔法と仮定すれば、炎の魔法は魔札スペルカードによるものだろう。

 しかし、今戦っている彼女の攻撃は剣戟のみだ。ケースを所持していないことからも魔札スペルカードを使う気配がないのは明らかだ。

 考えれば考えるほど魔女かどうか疑いたくなる。これでは少し力量のある生身の人間を相手にしているようなものだ。


「私はどうも魔法が得意じゃなくてね」


 自嘲するように彼女が言った。そう言われてしまうと納得せざるを得ない。嘘をついている可能性もあるが、「魔法が得意じゃない」とうそぶいてまで自分の行動を縛る理由が皆目見当がつかない。魔札スペルカードを使えば圧倒できるだろうに。


「そんな人が継承者だなんて、ブルームの名も大したことないのね」

「そう決めつけるのは早計だと思うけど?」


 せっかく相手の魔札スペルカードを封殺する補助魔法を加味した戦法を身につけたのに、相手が魔法を使わないんじゃ意味がない。対魔術師・魔女戦のセオリーが全く役に立たない。

 こうなれば手数で攻めるしかない。魔力で身体強化されている魔女とはいえ、反応速度には限界があるはず。魔法が使えない相手なら魔法で制圧してしまえばいい。


「魔法を使わないあなたなんかに……!」


 私は銃を乱射しながら、接近していく。

 こんな相手に手こずっている場合じゃない。こいつを倒して、私は九条愛梨彩を倒しにいくんだ。


「全く。その攻撃は私には通じないというのに」


 ブルームが剣で魔法を叩き伏せていく。やはり、正面から魔弾を放っても彼女には届かない。——なら!

 私はブルームに最接近するすんでのところで空中へと跳ぶ。宙で身を捻らせ反転。真上はもらった!


魔札発射カード・ファイア! 『焔星』!」

「そうきたか」


 魔弾を放った時、相手はすでにいなかった。同じように彼女も前方へとジャンプしていたのだ。

 私は獲物を仕留めきれずに地に足をつける。


「動きはいいが、相手が接近戦を得意とする魔女だということを忘れてもらっては困るな」


 宙を舞っている魔女が身を翻す勢いを利用してクナイを放ってくる。


「くっ……!」


 ローブでは物理攻撃を防げない。私は仕方なく、弾丸を放ってクナイを撃ち落とす。


「やはり思い切りがいいな。魔力の残量は充分かい?」


 魔女は優雅に地に足をつける。煽り文句といい、振る舞いといい、まだまだ余裕ということか。つくづく癇に障る魔女だ。


「あなたの狙いは持久戦ってわけね」

「その通り。無益な殺生は避けたい主義でね」


 どうりで積極的に攻撃してこないわけだ。

 魔術師ウィザードは無尽蔵に魔力が溢れる魔女と違って、魔力に限りがある。つまり継戦能力は低い。魔女は本気で戦わなくても、相手の魔術師ウィザードが先に疲弊するのを待てばいいわけだ。クナイを放ったのも、無駄弾を撃たせて魔力の消耗を早めるためか。


「だったら速攻で勝負を決めにいかせてもらう!」


 相手の思惑がわかった以上、ここで時間をかけるわけにはいかない。本当は九条愛梨彩と戦うまで切り札を切りたくはなかったけど、出し惜しみして勝てる相手じゃない。

 私は目の前に展開された魔札スペルカードを二枚手に取る。カードは瞬時に溶けるように消え、肉体に力を宿す。

 私は再び魔女に向かって駆け出す。


「懲りないやつだな、君は。全く、嫌気がさしそうだよ」

「私はあなたを倒す! 今! ここで!!」


 『アクセル』で加速した私はブルームの正面で止まらず、回りこんでいく。


「背後を取ったところで……なに?」


 行動を先読みした彼女が背面に剣を振るう。だが、そこに私はいない。私は今、あなたを取り囲んでいるのだから!


「『アクセル』に『トリック』……なるほど、分身か。そういう手もあったね」


 どんなに接近戦が得意でも所詮あなたは一人。魔弾の集中砲火をあなたは捌き切れない!


「これで終わりよ! 『交錯する魔弾群クロス・ファイア』!!」


 周囲を飛び回りながら、炎の魔弾を連射する。魔弾は四方八方から押し寄せ、業火となって魔女を飲みこんでいく。


 ——やったの?


 爆心地から跳び退き、様子を伺う。目の前には勢いよく爆煙が広がっている。魔女の姿は見えない。銃を構えたまま、煙が晴れるのを待とうとした——が。


「今のは少しヒヤヒヤしたよ。けどね!」

「な——!」


 硝煙をかき消すように一陣の旋風が横切る。刹那、私の手から銃が離れていく。弾き飛ばされた!?

 振り向くと後ろにブルームがいる。即座に身を持ち直し、手札の氷の『ホールド』のカードを放る。だが魔札スペルカードは軽々と避けられ虚空を射抜いた。


「まだ!!『障壁式——サン』!」


 すかさず私は炎の障壁を張る。悪足掻きだということはわかっている。でも、ここで負けるわけにはいかないの! 私はあなたを倒して九条愛梨彩を倒しにいくんだ!!

 ブルームの一太刀が迫ってくる。障壁は——無残にも粉々に粉砕された。喉元には剣が突きつけられている。

 私の……負けだ。


「勝負あり、だね。まあ相性最悪の相手によく立ち回った方だとは思うよ」

「バカにして……!」


 ブルームを睨みつける。言いようのない悔しさが胸に渦巻く。本気で戦った私が、お遊び半分で戦っているような魔女に負けた。悔しくないわけがない。


「君はいささか直情的過ぎる。戦闘にもそれがよく現れている。一つのことに固執して、俯瞰してものごとが見えていないんだ」

「あなたに……なにがわかるのよ」

「わかるさ」


 仮面の奥底で魔女の目は確かに微笑んでいた。その笑みを見るとなぜか魔女の言葉に説得力があるように思えてしまう。


「悪いことは言わない。頭を冷やすんだね。君だって黎と敵対するのは本意じゃないはずだろう?」

「それは——! けど! あの女だけは!」

「許せない……か。若いね。本心に真っ直ぐで。でも、それじゃ九条愛梨彩には勝てないよ。魔術師としても一人の女性としても……永遠にね」


 私は拳を握りしめずにはいられなかった。その事実を突きつけられるのが本当に悔しかった。けど、この魔女に言われたら認めるしかない。


「じゃあ……私はどうすればいいの」


 悔しさを必死に押し殺し、言葉を紡ぐ。ようやく出た声はか細く、ぎこちないものだった。


「人を許せる人間になることだね。器が大きい人ほど真に強い人間だ。次会った時に君がそういう人間になっていることを祈るよ」


 私が戦意喪失しているとわかったからか、仮面の魔女は剣を下ろした。そして、まるでなにごともなかったかのようにその場を去っていく。

 一人、住宅街に取り残される。

 ブルームには敵わないなと思った。あの強さは全てを受け止めたが故の強さなのだろう。


「許せるわけ……ないじゃん」


 だけど、私はあんなふうにはなれない。誰かを許して受け止めることなんてできない。大切な人を奪った相手ならなおさらだ。


「どうしたら許せるか……わからないよ」


 謝って欲しいのか。

 お兄ちゃんを返してもらえば気が済むのか。

 九条愛梨彩という存在がいなくなれば満足か。

 自分で自分がわからなくなりそうだった。


 ——「それじゃ九条愛梨彩には勝てないよ。魔術師としても一人の女性としても……永遠にね」


 仮面の魔女の言葉が脳裏に焼きついてしまった。断言されたのが悔しくてたまらない。でもその言葉を鵜呑みになんてできない。私はどう頑張っても受け止めきれない人間だから。


「そんなの認めない……! 私は絶対に九条愛梨彩を倒すんだ」


 なにが正しいのか、なにが答えなのかはわからない。今は気が済むまでぶつかるしかない。答えはきっと九条愛梨彩との戦いの中にあるはずだ。

 もっと強くなってみせる。九条愛梨彩にもブルームにも負けないくらい、強く。そして、私が間違っていなかったことを証明してみせる。


 *interlude out*

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