白は正義で黒は悪か?/episode14

「このままだと囲まれておしまいね。石の所在を確認する余裕は……流石になさそうね」


 目の前の死霊の大群を見て、愛梨彩が呟いた。石田神社の時もそうだったが、死霊たちを倒して術者を倒すという方法はまず無理だろう。となると、ここは撤退するしかない。


「おそらく外にもすでに死霊群が展開されているだろう。退路は私が切り開く。一緒に先陣を頼めるかな?」


 ブルームがフィーラへと尋ねる。


「しょうがないのだわ。ここで野良同士いがみ合ってもなんの得にもならないし。この中で一番突破力があるのは私のスレイヴだしね」

 フィーラが前方に杖をかざすと二つの魔法陣が現れる。昇華魔法の術式だ。

「昇華魔法——『フェンリル』! 『ヨルムンガンド』!」


 蛇と狼は魔法陣をくぐり抜ける。二体はたちまちのうちに大きくなり、神獣となって出現した。

 ブルームとフィーラのスレイヴは扉の外へと駆けていく。


「先陣は頼んだわ」


 自身のスレイヴを追って駆けていこうとするフィーラを止めるように愛梨彩が言葉をかける。信じて任せるように。


「当然! 今回だけは非力なアリサたちに力を貸してあげる。それが強者の務めですもの」

「相変わらずね。ありがとう、フィーラ。あなたと肩を並べて戦う日がくるなんて思いもしなかった」


 愛梨彩が微笑んで見せる。それはとても自然な笑顔だった。自分に向けれらたものじゃないのに、しばらく惚けてしまいそうになった。


「アリサ、あなた……催眠の魔法でもかけられたの? なんかここにいるとむず痒くなるからお先に失礼!」


 逃げるようにフィーラは礼拝堂を出ていく。残されたのは俺と愛梨彩の二人。俺たちも即座にホールから出ていこうとするが——


「九条愛梨彩! あなただけはここで仕留める!」


 いの一番に追いかけてきたのは咲久来だった。咲久来は走りながら愛梨彩に向けて土の弾丸を連射する。


「咲久来やめろ!」手に取った『折れない意思の剣カレト・バスタード』で土塊を薙ぎ払っていく。「愛梨彩、先にいけ! 殿しんがりは俺がやる!」


 彼女は無言で首肯し、その場から離れた。

 咲久来の攻撃が止んだ。愛梨彩がいない以上、闇雲に弾を放てないのだろう。


「どいてお兄ちゃん! まだ九条愛梨彩の味方をするつもりなの!?」


 攻撃こそしてこないが、依然として銃口は向けられたまま。俺もいつ攻撃がきてもいいように、剣を両手で構える。


「教会に大義なんてない! 教会がやろうとしていることは魔女と一般人の立場を逆転させるだけだ! どのみち虐げられる人間が生まれるんだよ!」

「九条愛梨彩を助けることに固執して! それが正しいことだと思ってるの!?」

「多くの人が悲劇に見舞われるよりマシだ!」


 正しいことかどうかは自分でもわからない。愛梨彩が『普通』に生きられるようにしたい——これは俺のエゴなんだから。

 それでも大勢の無辜の人々が虐げられる世界よりはいいと思った。魔女なんていない世界。愛梨彩が願う世界は誰もが『魔力』を持つことに苛まれずに暮らせる。


「それは一般人の理屈よ!」

「俺は一般人だ!」

「違うの! お兄ちゃんは——」


 突如、光線が飛来する。見ると、咲久来のすぐ後ろにソーマがいた。


「八神くん。私が彼の相手をします。君は九条愛梨彩を」

「……はい」

「咲久来!」


 通さないように道を阻もうとしたが、光線を防ぐのに手一杯だった。俺はみすみす咲久来が通ることを許してしまう。


「さあ、決闘だ。今、このホールには私と君しかいない」


 ソーマは腰に帯刀していた実体剣を抜き、剣先を向ける。鍔のない、真っ直ぐな剣には奇妙なスリットが入っている。

 周りを見渡すとサラサもアインもいない。別の扉からホールを出て、三人の魔女を追いにいったのか。


「俺は咲久来を止めたいんだけど……いかせてはくれなさそうだな」

「私を倒してから追えばいいだろう!」


 ソーマが踏みこんで迫る。得物の長さは『折れない意思の剣カレト・バスタード』と大差はない。持ち方は片手持ち。これなら迎撃できる。


「この……!」


 剣と剣はぶつかり合い、拮抗した迫り合いとなる。力はほぼ互角。


「互角なんて考えられては困るな!」


 ソーマは左手でカードを握っていた。そのカードをリーダーに読みこませるようにスリットへと通す。『フリーズ』と短く電子音が響く。


「剣が……凍る!?」


 すぐさま剣を離し、バックステップで距離を取る。

 『折れない意思の剣カレト・バスタード』が霧散して消えた。あれはカードを凍結させて使えなくする補助魔法『フリーズ』だ。強力な補助魔法ではあるが、凍結されても替えの魔札スペルカードを使えばいい。と判断したいところだが……


「無防備を晒したな!」


 再びソーマが距離を詰めてくる。


「なら、この剣だ!」

「遅い!」


 掴んだカードを射抜くようにソーマがカードを放る。剣だけでなく、投擲としても『フリーズ』を使うのか!  

 剣の切っ先が俺へと迫る!


「もらった!」

「それはどうかな!?」


 だが、ソーマの剣は見えない壁——いや剣によって阻まれた。『見えない意思の剣インビジブル・バスタード』。魔法効果を受けない『トリック』なら『フリーズ』は対策できる。


「なかなかやるな! そこまでの力がありながら野良の魔女の味方をするか!」

「当たり前だろ! 俺には叶えさせたい願いがある!俺は愛梨彩のために戦っている」

「ハハハハハ!! 君は私と同じだ! 仕える主君を救うために全てを投げ出し、尽くし続ける! ただ幸せになって欲しいと願って!」


 激しい打ち合いの最中、ソーマの高笑いがホールにこだまする。

 俺とソーマが同じ? ソーマが主人を救おうとしている? それってつまり——


「仕えるってお前まさか……スレイヴなのか!?」

「その通り! 私は魔導教会の創始者アザレア・フィフスターのスレイヴだ!」


 もう何度目の鍔迫り合いだろうか。逼迫してはいるが、ソーマは片手がフリーの状態だ。彼自身もその利点をわかっているのか、空いている左手で展開されているカードを掴む。


「この野郎……!」


 カードを放たれる前にソーマを蹴り飛ばし、距離を離す。飛ばされたソーマはそのままの状態で光線を放ってくる。なんとか光線は剣でガードできたが、再度接近された時に凌げるかどうかわからない。


「いいぞ! お前の強さは想いの強さだ。お前がそれを証明すればするほど私も俄然火がつくというもの! 似た者同士……私も想いの強さで負けられないからなぁ!」


 ゆっくりと立ち上がりながら、ソーマが語る。

 「俺とソーマが同じ」。先ほどから彼がずっと口にしている言葉。俺はこんなやつと同類なのか?——いや!


「俺とお前は違う! お前はただ主を肯定しているだけだ! 俺は愛梨彩が間違っていたら道を正す!主人が犠牲を出す決断をしたなら、従者として正すべきだ!」


 『アクセル』の電子音が鳴り響き、再びソーマが攻めこんでくる。


「貴様だって主人を救うためなら魔導教会の魔女は死んでも構わないと思っているのだろう!? 多いか少ないかの差で犠牲を語るな!」

「それは……!」


 ソーマの剣は『アクセル』によって振りの速度が上昇している。さっきとは打って変わって防戦を強いられる。


「所詮は欲望と欲望のぶつかり合いだ! 私は主人の願いを叶えたい。お前も主人の願いを叶えたい。そのために犠牲は厭わない! 私たちのなにが違う!? なぜ違う!?」


 違う!

 違う!

 違う!


 勢い任せに剣を振り、ソーマの剣速に追いついていく。俺とソーマが異なるもの——それがなにかわからぬまま、本能で否定する。

 どちらの願いも多かれ少なかれ犠牲は出る。エゴとエゴのぶつかり合いだ。そこに正義がないことはわかっている。

 それでもなぜ俺は「違う」と言い続けるのか? この男の言葉受け入れられない理由はなにか?


 ——言っていることとやっていることが滅茶苦茶なんだ、こいつは。


 魔女を守る組織だと宣いながら、逆らう魔女は平気で殺す。『世界を変える』という願いだってそうだ。それは主人の願いを叶えた時に生まれる副産物でしかない。こいつは言いわけばかりを並べている。自分を正当化することで犠牲から目を逸らそうとしているんだ。そんな言いわけばかりのやつと俺は違う!

 徐々に剣の速度がソーマを上回っていく。


「俺が救うのは世界や大多数の人間なんかじゃない! ただ一人の女の子なんだ! 誰かを救うために『世界を変える』なんて大義名分を持ち出して犠牲をよしとする、犠牲をなんとも思わないお前とは違う! 俺は言いわけなんてしない! 迷いながら……苦しみながら前に進む! お前はもっと……自分の言葉で喋りやがれえぇぇぇ!」


 俺は思いっきり剣を横一文字に振るう。剣は勢いよく弾かれ、ソーマは大きくよろめいた。

 このままこいつと戦っていては撤退できない。チャンスは今しかない。俺は『トリック』の魔札スペルカードを使用して、その場から駆け出した。

 手はもう動きそうにない。加速魔法とまともに打ち合ったせいでオーバーワークしてしまったようだ。


 走りながらソーマの問いかけについて考えた。彼の言う通り犠牲に変わりはないのかもしれない。多いか少ないかは問題じゃないのかもしれない

 それでも俺は自分が思ったことのために進む。正義を言いわけにして誰かの犠牲をよしとはしない。綺麗ごとになってしまうんだろうけど……俺はそんな割り切り方をしたくない。できることなら犠牲は少なくしたい。誰かを犠牲にしたくて戦っているわけじゃないんだから。

 そして誰かを犠牲にした罪から目を背けない。初めて教会で殺したアインの飼い犬も、アインに殺された名前もわからない魔女も、見せしめとして殺された大河百合音も……その犠牲から目を逸らさない。悩みながら、泣きながら前に進む。

 その上で「やっぱりお前と俺は違う」と否定してみせる。優柔不断、中途半端、青臭いガキ。なんとでも言ってくれ。それが俺——太刀川黎なんだから。

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