最後の希望/episode15

 *interlude*


 ブルームの予想通り、建物の外にも死霊たちははびこっていた。しかもアインの合成魔獣というおまけつきだ。


「こんなに伏兵を用意していたなんて……手厚い歓迎ね」


 建物を取り囲むように展開された教会の魔女の手先たち。スケルトンにキメラにケルベロスもどき……これらの相手はフィーラのスレイヴが務めてくれている。

 魔女の方はフィーラがサラサを、ブルームがアインの相手をしている。

 となると私が戦わなければいけない相手は——


「もう逃げられないわよ、九条愛梨彩!」


 背後に迫る魔女の従者スレイヴ。八神咲久来だ。


「あいにくだけどあなたと遊んでいる時間はないの」

「コケにして! その涼しげな顔が気に入らないのよ! 魔札発射カード・ファイア! 『黒水』!」


 咲久来が感情任せに弾丸を放つ。水と水の撃ち合いがご所望なのだろうけど、まともにつき合う必要はない。


「よく言われるけど……生まれつきなのよ。『凍てつく弾丸ブリザード・バレット』!」

「氷魔法!?」


 とっておきの新作魔札スペルカードを咲久来に投げ放つ。水弾はたちまち凍結し、無力化された。私はさらにカードを投げ放ち追撃する。


魔札発射カード・ファイア! 『焔星えんせい』!」

「残念。それは水魔法よ」

「しまっ——きゃあ!」


 『水の螺旋矢アロー・オブ・スパイラル』が発射された焔を射抜き、咲久来に直撃する。二つの属性を得た今の私なら咲久来は容易に完封できる。あとはアインと合流させなければいい話だ。ここで切り札を切らせてもらうわ。


「その場でおとなしくしていることね。『瞬間氷晶ダイヤモンド・ダスト』」


 ドローしたカードを倒れた咲久来に向かって投げる。彼女の周囲が霧で覆われたのを確認し、指を鳴らす。刹那、大気の水粒は氷に変わっていた。これで咲久来の動きは封じた。


 問題は——誰に加勢するかだ。


 相性を考えればアインの方だろう。咲久来のバックアップがなくなった今なら不利にはならないはずだ。なによりせっかく凍らせた咲久来を溶かされてしまっては面倒だ。

 だが状況を見ると、苦戦しているのはフィーラの方だ。どうも合成魔獣よりも死霊の方が圧倒的に数が多く、スレイヴの援護があっても攻めあぐねているようだ。

 私は迷わずフィーラのもとへと駆けていった。窮地を救わないで友達だなんて名乗れない。


「状況は?」


 フィーラに向かっていく土塊を魔法で撃ち落とし、尋ねる。


「強がりたいところだけど……全然ダメね。まず攻撃が届かない。指揮者の攻撃を防ぎながらレイスを捌くので手一杯よ」


 指揮者——サラサは緩やかだが的確な一撃を与えてくるように感じた。手が回らなくなった隙をついて、殺す。姿こそ晒しているが、やっていることはスナイパーのようだった。


「あら? お仲間ですか。少々厄介ですね」

「私が後衛に回る。フィーラはその間に近づいてサラサ——あの魔女を叩いて」

「命令されるのは癪に障るのだけど……現状はそれが最適解なのだわ。じゃ、援護よろしく!」


 それだけ言うと、フィーラは『雷神一体』を纏って死霊群を蹴り飛ばしていく。

「背中は任せて! 『乱れ狂う嵐の棘ソーン・テンペスト』!」

 走るフィーラに何人たりとも近づけさせない。水の機関銃は着実に死霊群を粉々にしていく。サラサと相対するまでの距離は目視で二メートル。このまま突破できれば勝てるかもしれない。


「もらったのだわ!」


 フィーラの脚がサラサに届く——かに思われた次の瞬間、それは突然現れた。


「どうしてあなたが!? まさか……!」


 サラサの窮地に飛んできたのは——大河百合音だった。彼女はフィーラの攻撃を体で防ぐと、勢いよく飛ばされる。


「隙ありです。『土塊の子守唄クロッド・ララバイ』」

「ぐわっ……!」


 詠唱された魔法がフィーラの体へと直撃する。押し戻す勢いは凄まじく、彼女は私の足元近くで転がり落ちた。


「大丈夫、フィーラ?」

「ローブのおかげでなんとか……けどあのバカ魔女……死んだはずなのに」


 吹き飛ばされた百合音はよろよろと緩慢な動きでサラサへと寄っていく。死んだはずの彼女が動ける理由は一つしかない。


「……『魔女に隷属せし死霊騎士スレイヴ・レイス』!」

「ええ、あなた風に言うとそうですね。ただ彼女の場合、自我は残っていませんけど」


 私は唇を噛み締めた。私の術と似て非なる術ではあるが、大差はない。死んだ直後の人間——特に魔術師や魔女を死霊として使役するのは同じだ。敵にするとここまで厄介な術だったとは……今になって初めて実感した。


「さあ、私の死霊たち! なぶり殺しにしてあげなさい!」


 百合音を先頭に、再び死霊群がぞろぞろと歩み出す。


「二人とも! ここは作戦を変えるべきだ!」


 ブルームとフィーラのスレイヴが戻ってくる。一時的にだが、アインや魔獣の攻撃を振り払ったらしい。


「仮面さんの言う通りね。『電光雷球でんこうらいきゅう』で防御を整えるわ」


 フィーラは四方にカードを放ち、攻撃を阻む雷球を展開する。いざという時は『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』を展開することもできる。しばらくはこれで凌ぐしかない。


「正直、万事休すね」


 弱音を吐いたのはフィーラだった。強がる素振りを見せないということは、彼女の残りカードは心もとないのだろう。


「乗り切るには駒が足りないな。ただの死霊群に百合音が加わったのは大きい。魔法を使い出したら手がつけられなくなるぞ」

「わかってる……! けど!」


 この状況を切り抜ける手段が思いつかない。数では圧倒的不利。


 ——こんな状況で……なんで助けにこないのよ! 太刀川くん!


 いない相手に八つ当たりしたくなった。その時だった。


「状況は!? って、いててて」


 本当に太刀川くんが戻ってきたのは。今まで姿を消していたものが、ふらりと現れたようだった。

 喜ぶのもつかの間、彼はボロボロだった。だらりと手を下げ、力なく跪いている。


「太刀川くん……! あなた体が!」


 私は慌てて彼のもとへと駆け寄る。


「ごめん、ちょっと無理したわ」

「待ってて、今『復元』を——」

「残念だけどその暇はないのだわ」


 手を患部に宛てがおうとしたその時、フィーラが言葉で私を制した。思わず「え?」と言葉が漏れる。


「そろそろ私の魔札スペルカードが尽きそうなのよ……私の障壁が保つのもあとわずか。今ここでアリサを回復役に回すと形勢逆転されかねない。回復させられる時間はないに等しいのだわ」


 私の読みは当たっていた。フィーラはカードを一度に複数枚使う戦術を取るため、長期戦に向かない。

 ならどうしたらよいのか? フィーラが抜けた穴を埋めるために手負いの太刀川くんを前に出し、私にそのフォローをしろと?


「大丈夫、愛梨彩。これでもあと一振りくらいはできるから」

「一振りってそれでは戦力として——」そこまで言って言葉を飲んだ。「まさかあなたを使う気なの?」

「愛梨彩のケースにはまだ入ってるんだろ? 『魔刃剣』のカード」


 彼のデッキに入れなかった武器魔法——『魔刃剣』。確かにあの魔札スペルカードを最大出力で使えば、この窮地を乗り切れるかもしれない。

 けど使うことができたとしても、その直後に昏睡する。主人としてそんな危険な賭けには出られない。次起きるのは一週間後か、一ヶ月後か。それすら定かではない。

 かといって魔女が使えばどうなるか?

 おそらくセーフティーがかかり、太刀川くんのように長大な刃は発生できないだろう。あれは元々魔力ゼロだった人間が、自身の魔力のありったけを注ぐことでできる芸当だ。最初からコントロールする術を身につけていた魔女たちには真似できない。

 雷球がバチバチと音を立てている。こうしている間にも魔獣と死霊は迫ってきている。

 太刀川くんはなにも言わずに私の目をただじっと見ている。私は決断しなければならない。でも。


「でもあれはあなたの魔力量では使えない! 」


 ——「あなたは私にとって大事な戦力で……背中を預けられる唯一のパートナーなの。そんなあなたに今眠られたら私は困るのよ」


 そう言えば彼は諦めてくれるだろうか。いや、彼は私の気持ちより私の安全を優先する。そんなあなただから私は許可できない。


「それならとっておきの秘策があると思うけど?」


 割って話し始めたのはブルームだった。彼女は静かにフィーラを見やる。


「なるほどね。仮面の魔女は目ざといのだわ」

「まさか……昇華魔法を?」


 気づいた私は問い返さずにはいられなかった。

 フィーラの魔術式はスレイヴを強くするものだ。理論上なら太刀川くんに使うことができ、彼の魔力上限の限界突破も可能だろう。魔力上限が突破できれば、稼働時間が増える。長大な刃を放出し続けても、魔力が尽きる前に敵を一掃すれば太刀川くんに負荷はかからないはずだ。


「確かに私の昇華魔法ならレイのスペックを引き上げることができる。ただ……」

「ただ?」

「人間に対して使うのは初めてだから詠唱に時間がかかるのだわ。敵の足止めをしつつ、私とレイを守れる?」


 相棒を瀕死にして、素早く撤退するか。時間はかかるが、誰一人の犠牲も出さない確実な方法で敵を殲滅するか。

 どちらにもリスクはある。でも、その二択を問うのはあまりに愚問だ。答えなんて決まっている。


「術の発動まで二人は私が守るわ。私はあなたたちを信じる」


 たった一人の私の友達と何度も一緒に死線を越えてきた相棒。信じないわけがない。この二人とならどんな窮地だって乗り越えられる。そんな気がした。


「外の敵の足止めは私が引き受けよう。あと、君のスレイヴたちも借りていくよ」


 フィーラは無言で頷く。


「スリーカウントで次の作戦を開始する。いくよ。三、二、一……!」


 ブルームと神獣たちが飛び出したと同時に私は『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』を発生させる。ここからが私の正念場だ。どんな攻撃も通さないと、胸に誓う。


「必ず……守ってみせる。私は、私の大切なものを失わせない……!」


 *interlude out*

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