決戦/episode13


「ここが高石教会よ」

「ここが敵の本拠地……」


 目の前にはおよそ教会とは思えない建物がある。外観はいわゆる現代の建築物だ。だが、ここが高石教会で間違いないらしい。

 先を歩いていく愛梨彩の後を追う。ブルームは先に向かっていたから、すでにこの先にいるのだろう。

 愛梨彩が突き当たりに現れた大きな扉を開ける。そこは紛れもなく礼拝堂だった。外観と同じように現代風にアレンジされてはいるが、八神教会と比べるとはるかに大きい礼拝堂だ。登壇できるスペースやモニターなどもあり、多目的ホールとしての側面もあるようだ。


「やあ、二人とも」


 手前の長椅子に座っていたブルームが気さくに声をかけてくる。


「見たところ教会の魔女はまだいないようだけど」

「役者が揃っていないんだろう。今いるのは私とそこの彼女だけだよ」


 ブルームが反対側の椅子の方へ手を差し伸べる。見ると、見覚えのある銀髪の少女が座っていた。傍らに狼を従え、彼女が持っている杖には大蛇が巻きついている。


「フィーラ……やっぱり生きていたのね」

「おかげさまで。とだけ言っておくのだわ」


 フィーラは見向きもせずにそれだけ言い放つと、口を閉ざした。愛梨彩もそれ以上なにかを聞くことはなかった。しばらくの間静寂が流れていく。

 愛梨彩とともにブルームの前の長椅子へと腰をかける。

 現在ここにいる野良の魔女は愛梨彩、ブルーム、そしてフィーラの三人だ。同行しているスレイヴは僕とフィーラのしもべの二体。いるのはよく見知ったメンツだ。


「野良の魔女はこれだけなのか……?」


 と独り言ちたその時だった。再び扉が開き、新たな魔女が現れる。


「ごきげんよう、野良の魔女のみなさん」


 優雅な佇まいをした女性が一人、カツカツとヒールを鳴らして入ってくる。僕たちは誰一人として彼女に対してリアクションを取らない。いや呆れて物も言えなかったのだろう。


わたくしは大河百合音。みなさんと同じ野良の魔女です。以後お見知り置きを」


 それは場違いという言葉がぴったりと合う魔女だった。容姿を端的に表すとしたら「ふわりと巻かれた茶色の髪が特徴的なお嬢様」だ。小綺麗なワンピース姿で、ローブは羽織っていない。魔女というにはあまりに俗世間に染まりきっている。口調は丁寧で品よく感じるが、どこか小馬鹿にしているようにも聞こえる。


「みなさん、お名前をお伺いしてもよろしくて?」


 百合音は空気を読まずにズケズケと会話のイニシアチブを握っていく。各々が名前だけを名乗っていく。僕もそれに倣って「太刀川黎です」とだけ伝えた。どうせ伝えたところで僕のことなんて知らないはずだ。


「ごめんなさい。わたくし、みなさんの名前を全く存じていなくて」


 KYな魔女は「ふふふ」と笑っている。嫌味を言っているつもりなのだろう。だがどう考えてもそれは嫌味ではなく、自身の浅学を示しているだけだ。愛梨彩や僕はともかく、北欧一の魔女のフィーラと時間魔法の家系として噂が流れているブルームは有名なはずだ。彼女らを知らないなんてありえるのだろうか?


「特にそこのスレイヴの男は全くオーラを感じないですね。そんなのがスレイヴだなんて……争奪戦に勝つ気があるのですか?」


 この女……好き勝手言わせておけば! 僕にオーラがないのはともかく愛梨彩を愚弄するとは。

 啖呵でも切ってやろうかと一歩踏み出そうとしたが、愛梨彩に手で制された。百合音に聞こえないように小声で「あんなのまともに取り合わないで」と言われてしまったら、従うしかない。

 再び沈黙が流れる。一通りの相手に対してマウントを取れたのがご満悦なのか、百合音が話しかけてくることももうなかった。


 そしてついにその時がやってくる。——魔導教会側の魔女が入ってきた。


 礼拝堂の奥の入り口が開き、一同は壇上へと向かっていく。白髪の男を先頭にサラサ、アイン、咲久来が続いて入ってくる。リーダーはあの白い髪の男のようだ。


「ようこそ、高石教会へ。私が現在秋葉を監督しているソーマ・M・ホイットフィールドです。野良の魔女のみなさん、どうぞよろしく」


 ソーマと名乗った男が演説台の上で微笑んでいる。邪気はないように感じるが、腹の底が見えない。なにより男が教会を取り仕切っていることに違和感を感じる。ワーロックなのだろうか?


「あなたのことなんて存じ上げませんわ。そんなことより、本題に入ってくださる?」


 席を立ち、煽るように百合音が言い寄る。大胆不敵というより無知だから恐れを抱いてないのだろう。ほかの魔女は様子を伺っているのか、言葉を発さない。百合音とソーマの会話が進んでいく。


「これはこれは。失礼しました。では早速本題へと移りましょうか。今日は魔導教会の目的について知っていただきたく思い、お集まりいただきました」

「目的?」

「はい。おそらくあなた方野良の魔女は私たちの目的を知らずに反旗を翻しているのでしょう。ですからこの場を借りて理解していただきたいのです。そして、是非魔導教会に加わっていただきたい。あなたたちが実に優秀な魔女だということはすでに把握しております。その魔力、魔法……ぜひ魔導教会で生かしていただきたい」


 なるほど。石田神社での戦闘時、どうも動きがおかしいと思ったらスカウトのためだったわけか。必要な人材かを見定めるために遊ばせていたということだろう。そうするだけの余裕が彼らにはあるようだ。


「魔導教会の宿願がわたくしと同じだったら……考えて差し上げますわ」

「私たちが賢者の石にかける願いは『全ての魔女の救済』です」

「魔女の……救済?」


 ソーマの言葉を聞いて声を上げたのは、他でもない愛梨彩だった。彼女の願いは『魔術式の呪いからの解放』なのだから。

 『全ての魔女の救済』——魔女というレッテルによって苦しめられた人たちから魔術式を取り上げ、普通の人間に戻す。彼らの『救う』の意味がそうだとしたら、僕たちが魔導教会に楯突く理由はなくなる。愛梨彩だってできることならこの世の魔術式全てを根絶したいはずだ。


「救済は人それぞれでしょう? 一体なにをもって救済とするのですか?」


 百合音の言うことは最もだ。僕たちが聞かなければいけないのはそこだ。


「古来より魔女は虐げられて生きてきました。『人と違う』。ただそれだけの理由で。魔導教会はそんな魔女たちを守るための組織です。ですが守るにも限度がある。魔女狩り、魔女裁判は様々なところで起きた。教会は魔女を守ることができず、多くの同胞を死なせてしまいました。そして、いつしか考えるようになったのです。『悪いのは魔女の方か?』と。その答えはきっと違う。間違っているのは世界の方だ」

「なにが言いたいのかしら? 」

「我々は世界の改変を望む。魔女が魔女として自由に生きられる世界。虐げられることのない世界。それこそが我々にとってのユートピアにほかならないのですから」

「なん……だって」


 続く言葉が出ない。ただただ驚きを隠せなかった。世界を変える? 賢者の石にはそんな力があるのか?

 おそらく万能の魔術式はその程度のことなら造作もなくできるのだろう。

 だが、そんな魔女優位な世界となったら、一般人はどうなる? 魔術式のない僕たちは? それはただ虐げる者と虐げられる者が入れ替わっただけではないか?

 ふと、横に座っている愛梨彩を見やる。無言で俯いている彼女の表情はとても苦しそうに見えた。


「もちろん、改変された世界の中であなたは人間として生きていますよ。『太刀川黎』くん?」


 不意に自分に話題を振られ、顔を上げる。なぜこの場で僕の名前が上がるのか見当がつかない。僕を懐柔することに意味でもあるのだろうか?


「なんで僕にそれを言う? 僕はただのスレイヴだ」

「教会では努めて働いたものに褒賞を与えることになっていましてね。世界の改変の折に八神くんの願いも聞き届けようかと」


 壇上に立っている咲久来を見る。その目は確かに僕を捉えていた。咲久来の覚悟はわかる。けど、それを受け入れたら僕はなんのために死んだのかわからなくなる。


「さっきも言った通り、僕はスレイヴだ。その答えはうちの主人に聞いてくれ」

「ではどうですか、野良の魔女の皆さん? 魔導教会に所属する気になりましたか? 私たちはあなた方の幸せを確約いたしますよ」

「片腹痛いですわ」


 ソーマの問いかけに真っ先に答えたのはやはり百合音だった。


「魔女の救済? そんなもの誰が望むのですか? 魔女は不老不死なのですよ。守る、虐げられないようにするなんて自力でできますわ。わざわざ加担する理由がありません」


 この魔女はきっと世間と密接に関わって生きてきたのだろう。愛梨彩のように関わりを遠ざけ、隠遁とした生活をしてきていたのならそんな言葉は出ないはずだ。虐げられたことがない人間の理屈だ。


わたくしの望みは永遠の富! 魔女には永遠の命がある以上、次に望むものはそれしかないでしょう? 当然教会の考えには乗りませんわ!」


 ホール内に令嬢の高笑いが鳴り響く。私利私欲にまみれた笑い声は薄汚く、耳にたこができそうだった。


 ——魔女はみんな私利私欲で動いている。全員エゴイストだ。


 わかってはいたが、こんなやつと自分の主人を一緒にしたくはなかった。優しく笑ってくれるブルームとも違う。名声を欲したフィーラにだって誰かを思いやる気持ちがあった。

 こいつは魔女の中でも傲慢不遜でどうしようもないくらい心ないやつだ。こんなやつとは——


「そうですか。ならここで——死んでくれ」


 一瞬のできごとだった。それはまさしく光の速さだった。

 ホールの中心に身動きのしない屍が倒れている。さっきまで傲慢の体現者だった魔女——百合音に違いなかった。

 百合音は一撃で胸を貫かれている。ソーマが用いた属性は『光線』。つまり『光魔法』だ。油断していたとはいえ、一撃で的確に射抜く技術は相当な手練れである証だ。


「全く……野良の魔女を集めろと言ったが、あんな底辺のドブ魔女を呼ぶ必要はなかっただろうに。余計な仕事をしてしまった」


 ソーマは壇上で静かに屍を罵倒した。


「なんで……なんで殺したんだよ」

「なんですか?」

「なんで殺したんだって聞いてんだよ! お前ら魔女を守るんじゃないのかよ!」


 大河百合音という魔女はいけ好かない魔女だった。だから「こんなやつとは組めない。同盟を結びにきた意味はなかった」って思った。

 でも、殺す必要があったのか? 魔女を守る組織であるはずなのに。たった数分話し合いをしただけで、いらないものだと断じたって言うのか。


「守るにも限度があり、そして規律が必要なんですよ。だから教会に刃向かう魔女は一人残らず抹殺する。これはその証です」


 ソーマは一切感情を挟まず、淡々と喋り続ける。どうやら教会の独善的な考えにはついていけそうにない。


「今回の争奪戦ではすでに四人の魔女を狩っています。全く……野良の魔女というのは困った連中だ。大義もなく、自らの飢えを満たすことに必死なのですから。さて、あなた方はどうでしょう? これでもまだ私利私欲のために戦いますか?」


 壇上からゆっくりと降り立つ白いローブの男。彼はすでに臨戦態勢のようだ。返答次第では再び、光の矢が放たれるだろう。『俺』の警戒心が強まっていく。


「残念、私はパス」席から立ち、ソーマの問いに声を上げたのはフィーラだった。「このバカな魔女は本当に愚か者だと思うけど、教会に与しないという考えは私も同様なのだわ。そこの仮面の魔女はどうなの? アリサに与しているようだけど?」

「ふっ。私もその条件は飲めないな。そもそも私は賢者の石にも魔女の救済にも興味はなくてね」


 ブルームが肩を竦めてみせる。この二人は思った通りだった。目的にブレがない。


「アリサは?」

「私は……」


 フィーラの問いに、愛梨彩は言い淀んでいる。一番迷っていたのは間違いなく彼女だった。

 魔女が『普通』に生きていける世界。魔術式をなくす必要なんかない。むしろ魔術式があることの方が普通なのだから。

 教会の願いは自分だけでなく全ての魔女が救われる。その言葉に揺れ動くものがあるのかもしれない。


 でも——俺の信じる愛梨彩はきっとそうじゃない。


「俺は愛梨彩に従う。君の望みのために剣を取る」


 俺は約束した。愛梨彩の望みを叶えるために戦うのだと。正義のためなんかじゃなく、自分の守りたいもののために、自分の意思エゴのために戦うのだと。俺は君の味方だ。だって俺の信じた魔女はどこまでも真っ直ぐな魔女だって知っているから。


「あなたの救いは私にとっての救いじゃない。私が欲しいのは魔女が虐げられない世界なんかじゃない。私が望むのは魔女なんていない世界! あなたの理想の中で私の魔術式はなくならない。私は永遠に生き続けるなんてうんざりなのよ! だからあなたの考えには……乗らない!」


 愛梨彩は強く言い切った。そうだ。俺は君のその言葉を待っていた!


「そうですか……ならば、野良の魔女たちよ! 最後の一人になるまで! 終わらない争奪戦を繰り広げようではないか! 現在秋葉に集まった魔女は教会、野良合わせて六人。その全てを倒して賢者の石を奪ってみせろ! これからが真の争奪戦の始まりである!」


 ソーマの掛け声と同時に無数の武装した死霊たちが湧いて出てくる。サラサのレイス……どうやら最初から始末する気満々だったらしい。

 剣を手に取る。俺たちはわかり合えない。決定的な溝がそこにあった。野良と魔導教会……譲れぬ願い同士の戦いだ。


 ——これが本当の意味での争奪戦の始まり。


「負けられない。この想いだけは譲れない!」


 開戦の火蓋は切って落とされた。愛梨彩。ブルーム。フィーラ。アイン。サラサ。ソーマ。最後に残る魔女は……一体誰だ?

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