学祭前夜/episode76
桐生さんから届いた犯行声明。それは学園祭を襲撃するというものだった。
愛梨彩曰く「大量殺戮に走ろうとするなんて……もう睦月は止められないわね」ということだった。
それを聞いて僕も覚悟が決まった。彼女を止めるには倒すしかないんだって。自分の甘さで何度も死ぬわけにはいかない。次会った時は……腹をくくる。
「って、いてっ!」
ちょうどその時、運んでいたものに頭をぶつけた。学園祭の出し物——魔女の屋敷に使う木製パネルだ。
僕らは再び成石学園へと赴いていた。学園祭そのものを中止させようとも考えたが、僕らが桐生さんの犯行予告について学校側に報告してもまともに取り合ってもらえないだろうという結論に至った。人避けの結界も大勢の人が集まるところでは効果がない。
なら学園に最初からいて、守ればいい。期間は一〇月六日と七日の二日間。そして念には念を入れ、前日準備の今日も登校したというわけだ。
「おいおい太刀川。前見ろよな」
一緒に運んでいた一乗寺が笑いながら僕を茶化す。「悪い悪い」と謝り、前方を見る。どうやら階段でパネル運びの行列ができてしまったらしい。だから登っている途中で上側を持つ一乗寺が急停止したわけか。
「また家の都合でこられなかったのか、学校」
「うん……まあね。あ、もしかして『学園祭だけちゃっかり参加するのかよ』って皮肉?」
「違う違う。純粋な疑問だって。むしろ学園祭にきてくれてただけで嬉しいよ」
一乗寺は心底安堵しているような笑みを見せる。皮肉など微塵もなく、本心から出た言葉だったらしい。
「せっかくの祭だからな。みんないるのが一番だろ? 本宮もそう言ってたし」
「そっか。そうだよな」
「それにちゃっかりしてるやつは準備日すっぽかして当日だけしかこないだろ?」
「ははは。それ言えてる」
気づくと二人で目笑していた。それと同時に渋滞の列が動き出し、また会話が途切れる。
前日準備は面倒かもしれないけど、こうしてクラスメイトと協力し合ってなにかするのは悪い気はしない。魔女の騎士として戦うようになってからなおさらそう思う。
できることならこのままなにごとも起こらないで欲しい。この学校のみんなには学園祭を楽しんでもらいたい。中止に踏み切れなかったのはそういう理由もあった。
しばらくして教室にたどり着く。中ではクラスメイト全員が慌ただしく仕事をしていた。美術班に衣装班……それと衣装を着せられてる脅かし役の見知った面々。
「お、きたきた。太刀川くん! こっちきて」
井上さんが呼ぶということは……僕も衣装班のおもちゃにされる時がきたようだ。
用意されていたものは魔女の騎士の鎧。それを衣装班に手伝ってもらいながら着ていく。
「おお、流石に似合うな」
同じように騎士の鎧を着用した男子生徒が声をかけてきた。兜のバイザーを上げ、中から緋色が現れる。
「流石って……」
鎧を着ると少し前に敵対していたことを考えてしまう。記憶はないが、いささか後ろめたさは残っている。褒められてもあまりいい気はしなかった。
そんなに似合っているのだろうかと、自分の体へと目を落とす。
鎧はスポンジシートによる簡素な作りで、重さは感じず動きやすい。見た目は作りとは異なり光沢感のあるシルバーに、縁のハゲやウェザリング処理までされていてなかなか凝った作りだ。暗がりでこんな姿を見たら本物と見間違えるかもしれない。
「鎧魔法……ありなのだわ。次は鎧の昇華を……」
「『
白銀の衣装とツバの広いとんがり帽子を纏ったフィーラが現れる。その後ろには色違いの衣装を纏った愛梨彩が。二人とも箒を持った魔女のようだ。
「ボケっとしてないで。言うことがあるでしょう?」
不意にフィーラに小突かれた。言うこととはなにかと思案しながら、愛梨彩を見やる。
彼女が着ていたのはオフショルダーの黒のワンピースだった。制服とは異なり肩の露出が増えたが、反対に足の露出はロングスカートで隠されていた。これはこれで……趣がある。
こういう時に言う言葉は……
「よく似合ってるよ、愛梨彩。うん、可愛い」
やはり直球の感想だろう。なにより違う姿の彼女を見れたのは純粋に嬉しいし。
「あ、ありがとう……」
途端、愛梨彩は帽子を目深に被ってしまう。あれ? 言うこと間違えただろうか?
確認するようにフィーラを見ると彼女の顔は喜色を湛えていた。あながち間違いではなかったようだ。
すると今度はフィーラの視線が緋色へと向く。
「どう、ヒイロ? 似合ってる?」
髪をなびかせ、モデルのようにポーズを決めるフィーラ。しかし緋色は「おう! 似合ってるぜ!」とにっかり笑いながらサムズアップする。悪気は……ないんだろうなぁ。
「それだけ!? もっとほかに言うことないの!?」
「似合ってるぜ!」
「ヒイロに期待した私がバカだったのだわ……」
フィーラががっくりと肩を落とす。ああ、そうか。彼女も「可愛い」って言われたかったのか。どうやら彼女も彼女で乙女な部分があるらしい。
と、まあこのデコボココンビは置いといて。
「そういえば変わった様子とかなかった?」
男子がパネル運びをしていた間も女子は教室にいた。こちらで変わった様子とかはなかっただろうか。
「特にないわね。前日から入念な仕掛けを学校に施しているような様子もないし。まあ、そういう魔術を使うタイプじゃないから当然といえば当然だけど」
「外で見張ってるブルームからも連絡はないのだわ。やっぱり狙いは学校外の人もくる明日か明後日ね。そこで魔法を使って一気に……って狙いでしょう」
魔女二人は揃って問題ない旨を口にした。やはり本命は明日か明後日。学園祭を楽しむなんてことは……到底できないだろう。
「今日は様子見ってところかしら。学園祭の状況や違和感がないかを把握しておいて、明日に備えましょう」
愛梨彩の言葉に無言で頷いた。
僕らが学園にいるのはみんなを守るためだ。クラスのシフトに入ることにしたのは桐生さんが教室にくることを考えた結果だ。
けど……どうしても心の中の思春期男子な部分が妙にざわめいてしまう。
——果たして学園祭を回ることはできるのだろうか。
本来の目的を忘れるつもりなんて毛頭ないが、どうせなら愛梨彩と回りたかったな……と思ってしまう自分がいた。僕らが学園祭を楽しめるチャンスはこれが最初で最後かもしれない。そう思うとなおさら一緒に回りたいと欲が出てしまう。
欲張りな自分をかぶりを振って追い払う。今は被害が出ないように最善を尽くすしかない。
「衣装合わせはこれくらいでいいかしらね。じゃあ私たちはまた着替えるから」
二人の魔女が仕切りの奥へと消えていく。準備日だからずっと衣装でいるわけにもいかないか。となると僕もそろそろ鎧を脱いだ方がいいな。
「ちゃんばらしようぜ、黎」
こっちの考えなんていざ知らず、緋色が鞘から剣を引き抜いて構える。その姿を見て、僕も反射的に剣を引き抜いてしまう。
「いや……当日前に剣をお釈迦にしちゃダメでしょ」
だがすぐに冷静さを取り戻した。強度がない剣じゃ壊れるのが目に見えている。
「ほい! 二刀流の武蔵!」
僕らから剣を取り上げたのはクラスの出し物の監督している本宮だった。
「お前ら調子乗んなよー」
「ごめん、つい癖で」
「悪りぃ悪りぃ」
珍しく真面目な本宮を見た。きっと全力で学園祭を楽しもうとしているのが責任感として現れたのだろう。そう思うとつい僕らは平謝りしてしまう。
「ウッソー!! 冗談だよ、冗談! やっぱ祭りは調子乗ってなんぼだよなぁ!!」
「だよなー! 流石本宮だぜ!!」
本宮と緋色が肩を組みながらガハハハと笑い声を響かせる。
なんなんだ、こいつら。真面目になったりバカになったり……まるでその場のノリと勢いだけで生きてるみたいだ。というか一瞬でそっち側に戻れるお前がすごいよ、緋色。
「いやーよかったぜ、お前らがきてくれて。せっかく作ったコスも無駄にならなかったしな!」
「祭りだからみんな一緒がいい。そうでしょ?」
一乗寺が言っていた言葉をそのまま本宮に返す。その言葉を聞いて彼は満面の笑みを浮かべる。
「そういうこと! じゃ、俺は仕事戻るわ! 学園祭楽しんだらまた学校こいよー!」
本宮は二本の剣を僕に渡し、そのまま去っていく。本宮は相変わらずだった。なにも変わってなくて安心すら覚える。
「お、黎も二刀流か!?」
「いやいや僕は……」
そこまで言いかけて言葉を飲んだ。二刀流……考えたこともなかった。
「それだ……!」
舞い降りてきた閃き。魔法なら現実の理論を越えた使い方ができるはず。なんか……いける気がする!
*
準備日はなにごともなく終わった。そしてその日の夜、すぐに新たな
桐生さんとの決戦は目前だ。そのために今できることをやる。出力が上がった今なら以前と違う戦術だって選べるはずなんだ。
「できた……!」
そうしてできあがったのは一対の剣。名前をつけるなら……『
試しに振るってみると違和感なく手に馴染んだ。利き手である右手も……左手もだ。
仕組みは単純だ。右手側の剣の動きをフィードバックして、左手の剣を調整した。左手の動きが利き手の動きと同じになる——二つがシンクロするように補正をかけたわけだ。
二つの人格を持っていた僕だったからこそ、思いついた
「はあ!」
さらにそのまま振い、二本の剣から圧を飛ばす。ベースは『
「太刀川くん」
突如僕を呼ぶ声が地下室に鳴りはためいた。階段から愛梨彩が降りてくる。
「どうかした? 俺……いや僕になんか用?」
「ふふ、癖になってるわね」
「ごめん、つい」
「謝らないで。それもあなたらしいと思うし」
『俺』と言うのは自分の体に残っていた癖のようなものだった。戦闘をするとどうしても幼かった頃の自分が呼び起こされてしまうのだろう。戦闘時に人格が変わっていたわけではなかったのだ。
自分の過去が判明した今でもその癖が抜けないのはもう諦めるしかないだろう。自動車を運転する時やゲームをする時に性格が変わる人間と同じような感じである。
「それで……どうかした?
「ええ。明日のこと、確認しようと思って」
言われてみて初めて気づく。そういえばまだなにも決まっていなかった。漠然と明日は愛梨彩と見回りでもするのかなと考えていた。
「明日の午前中は私たちがホラーハウスのシフトだけど、勝代くんとフィーラには出し物の宣伝がてら外回りをしてもらうわ。私と太刀川くんはその間教室で睦月を待ち構えるって形ね」
「そうだね。シフトの間、外はブルームに任せっきりっていうのも無理だろうし」
ブルームは今日と同じく学園外から睦月の侵入を警戒する。加えて、宣伝のための外回りを緋色とフィーラに任せ二重の巡回体制にする。残る僕と愛梨彩は万が一教室を訪れる場合に備え、クラスで待機する。
「その後は各自で巡回するって形を取ろうと思うわ」
午後は持ち場を離れても問題ない。巡回を三組体制にするといった感じか。と、ここで心配ごとが一つ。
「緋色とフィーラ、大丈夫かな……二人で食い歩きとかしそうな勢いだけど」
食べることが好きなあの二人についてである。冗談めかして言ってみたが、絶対……ほぼ間違いなくあの二人は食べ歩きする。
特にフィーラは初めての日本の学園祭だ。嬉々として食い歩きを楽しむだろう。そして緋色はそれを止めずに乗っかるタイプの男だ。
「それは……ありえそうね。まあ見回りをしっかりするなら許容してもいいかもね」
意外にも愛梨彩は食い歩きを許可しようとしていた。これには思わず目が丸くなった。
あの堅物だった愛梨彩さんが……遊び心のない愛梨彩さんが食い歩きを許すとは。彼女も彼女で少しずつ考えを丸くしていたようだった。思わず僕の顔から笑みがこぼれる。
「愛梨彩が許可するなら、心配する必要ないね。それにしてもあの二人って本当に仲いいよなぁ。つき合ったりしないのかな?」
「フィーラはともかく……勝代くんはどうでしょうね。彼、かなり鈍感でしょ?」
衣装のこともそうだが、基本的に緋色は鈍い。相手の気持ちがわからないというよりは好意を向けられていることに気づかないタイプだ。好かれるよりも好きたい、追われるよりも追いたい。そんな男なのだ、彼は。
「違いないね。鈍感は身持ちが固いやつよりも厄介だし。これは前途多難かな」
僕は呆れたように肩を竦めてみせる。
緋色に好意を向けて、勝ち取った女の子なんてほぼいない。これなら要塞のような身持ちの男を攻略する方がまだマシだ。なんたって彼は戦いの席にすら着いてくれない——意識してないのだから。
「意識するきっかけでもあれば変わるのかしらね?」
「例えば……学園祭とか?」
「そうなったらちょっと面白いかも」
そう言って僕らは目笑した。なぜかフィーラと緋色の話に話題が逸れたが、これはこれで面白い話ができた気がした。恋バナ……とまではいかないが、身近な人の恋の行方について愛梨彩と話す日がこようとは。夢にも思わなかった。
「ねえ、太刀川くん。明日は……私と一緒に回ってくれる?」
「ああ、そうだね。見回りするなら主従同士でいた方がいいもんね」
不意に愛梨彩から告げられた誘いを二つ返事で引き受ける。なにを今さら。こっちは最初からその気満々である。
「えっと、そうじゃないの。学園祭のこと」
「え……? 学園祭? 僕と?」
恐る恐る自分で自分を指差す。言葉の意味を理解した途端、顔が火照り出した!
「ええ。もちろん見回りも兼ねてよ? でも見回りするなら食べ歩いて回るくらいしたっていいじゃない。どうせフィーラも勝代くんもやるだろうし。だからその……あなたさえよければなんだけど、どうかしら?」
まさか学園祭を一緒に回るお誘いだったなんて!
やること自体は巡回と大差ないのだが……意味は大きく違う。巡回という仕事の誘いではなく、学園祭をともに回るという遊びのお誘いなのである。
「もちろん! ぜひ! やったぁぁぁぁぁぁ!!」
柄にもなくガッツポーズをし、大声で雄叫びを上げる僕。これを喜ばずにいられるだろうか。いや、無理。喜ぶっきゃない!
二人で回るタイミングはないだろうと正直意気消沈していた。そもそも学園祭を楽しみにいくわけじゃないんだから仕方ないと思っていたのだ。
「そんなに喜ばれるとは思ってなかったのだけど……なんか恥ずかしいわね、こういうのって」
「それが普通だよ、きっと。正直僕も少しこそばゆいし」
「普通ね。それならそれでよかったのかも」
彼女はふっと笑みを浮かべていた。柔らかな顔つきでまるで少女のようだった。本当に……どこにでもいる女子高生の姿そのものだ。
「そういうことだから、あんまり夜更かししないでね?
「了解」
僕は敬礼を見せて、
「じゃ、おやすみなさい。また明日」
「おやすみ」
部屋を後にする愛梨彩の後ろ姿を見送る。
魔女だった彼女は着実に……一歩ずつ人間に戻っている。笑うことも楽しむことも覚えてくれた。彼女のスレイヴになって本当によかったと思う。
だけど人生の楽しさはこんなもんじゃない。もっともっと楽しいことはたくさんあるんだ。明日の学園祭はそのうちの一つだ。
「絶対……楽しませてみせるから」
まだ見ぬ世界を愛梨彩に見せる。人として彼女と一緒に喜びをわかち合う。この馬鹿げた殺し合いの先にある未来を必ず掴んでみせるんだ。
そのためにもまずは明日だ。明日をなにごともなく終える。桐生さんの凶行をなんとしても止めるんだ。
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