その刃は燎原の如く/episode40

「ブルーム!!」


 礼拝堂の扉を蹴破り、勢いそのまま敵に向かって突撃する。『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』と『オーラ』を纏ったソーマの剣が火花を散らしてぶつかり合う。


「チッ……! 仕留め損なったか!」


 だがソーマはすぐさま離れていく。目一杯振るった剣は空を切り裂くだけだった。


「大丈夫か、ブルーム?」


 距離を取ったソーマを睨みつつ、横目で彼女を見る。マントはズタズタに裂かれていた。なにより肩で息をしていて、疲弊の色が見て取れた。ソーマの高速の剣戟を……ひたすら耐えていたのか。


「すまない、黎。私の力だけでは倒せ……なかった」


 言葉尻は弱々しく、ブルームはそのまま跪いてしまう。


「死に体だな! 今、楽にさせてやろう!」

「愛梨彩は回復を! 俺が時間を稼ぐ!」

「わかったわ!」


 ソーマが激突する勢いで迫ってくる。だが——狙いはきっと俺じゃない。


「そこだ!」


 瞬時に身を翻し、背後に剣を振るう! 振り下ろされたソーマの剣と『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』が交差する。


「クッ……! 読まれたか!」


 再び、彼の気配がなくなる。それはまるで攻撃の瞬間にだけ実体化する幻霊のようだった。

 この隙に愛梨彩がブルームに駆け寄り、『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』を展開する。これでこっちの魔女は狙えなくなったはずだ。


「一つ……問いたい」


 不意にアザレアが言葉を発した。それは戦闘とは全く関係ないことを話すように聞こえた。


「なんだよ?」

「そなたたちはその仮面の魔女の正体を知っていて守っているのか?」

「正体は……知らない。けど、仲間だ。理由はそれだけで充分だ」


 出立する時に言った言葉をそっくりそのままアザレアに返す。自分の素性を隠していてもブルームの行動は全て俺たちを助けるためにしたことだった。悪意を感じたこともない。なら、守る理由は「仲間だから」以外にない。


「そう言ってくれるだけでありがたいよ。無駄なおしゃべりは教会としても不本意なんじゃないか?」

「なるほど。これ以上なにを言っても聞く耳は持たないか。よい。我々も真実を語る羽目にはなりたくないのでな」

「真実?」


 アザレアとブルームがなにを言っているかわからなかった。でも、そのやりとりはお互いに見えないなにかで牽制し合っているように感じた。


「そなたたちは生かしておけぬ……ということだ」


 アザレアが殺気を放っている。間違いない——姿を消していたソーマがくる。俺は気配を察知しようと周囲を見渡す。

 さっきの一撃は昂りやすいソーマの性格を鑑みて読むことができた。例え読まれても力で押し通そうとするタイプだ、あいつは。

 だが次は読めない。なら——


「引きずり出すだけだ!」

「ほう、私を狙いにきたか」


 通路を全速力で駆けていく。スレイヴが出てこないなら魔女を狙えばいい。


「させるか!」

「やっぱりな! 魔女の騎士なら絶対そう動くと思った!」


 立ち塞がるようにソーマが姿を現し、剣を振るう。再び剣が鍔迫り合う。

 そうだ。お前は姿を露わにせざるを得ないんだ。魔女の騎士は魔女の盾だ。俺がお前の立場だったら同じ動きをする自信がある。


「どうする? また瞬間移動するか? その隙に俺はアザレアの首を獲るぞ」

「私の首と獲るか……随分と強気だな。ならそなたの気概に応えてやろう。『暴食の抑圧グラトニー・コンプレッション』」


 魔法がくる。俺は後ろへ跳躍し、攻撃を避けようとする……が、変化が起きない。いや、読み違いをした。狙いは——愛梨彩たちの方か!

 水の障壁が圧壊していく。見えない圧力によって。


「しまった!」

「よそ見をしている暇があるのか?」


 背後に殺気。後ろにテレポートされた!?

 ソーマの剣戟は——避けられない。俺は背中を斬りつけられ、地面へと叩き落とされる。


「まだだ!」


 もらったダメージを気にしてる場合じゃない。次がくる。俺は瞬時に起き上がり、剣を構える。

 そして、今度は左から。さらに右に飛んでからの剣戟。背後、前方……四方からの剣戟を防ぐだけで精一杯になる。こんなのをずっと凌ぎ続けたのか、ブルームは。


「どうした? 防戦一方か!?」


 悔しいがなにも言い返せない。

 現れた刹那に殺気を察知して、防御。再び察知の繰り返し。どうやっても後手に回ってしまう。

 カウンターを狙おうにも動きが読めない。注力最大フル・アクティブで打ち負かそうとすればまた消える。これじゃいたちごっこだ。捉える前にこっちが疲弊する。

 術者のアザレアをどうにかすれば解決できるかもしれないが……愛梨彩に頼れる状況じゃない。彼女だってアザレアの攻撃を防ぐので精一杯だ。


「クソ……! あれを使うしかないのか」


 このまま防ぎ続けるのは困難だ。俺にそんな技量はない。次の剣戟は防げないかもしれない。

 だったら切り札をここで切るしかない。俺は展開されたカードを手に取る。この数日間で創り上げた瞬間移動対策用の魔札スペルカード


「このまま仕留めさせて——」

「やられっぱなしでいられるかよ! 『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』!!」


 俺はしゃがみこみ、地面に魔札スペルカードを叩きつける。地面から——無数の刃がせり上がる!!


「範囲魔法か!」


 眼前で、ソーマが咄嗟に刀身で防御姿勢を取っていた。この攻撃は防ぐしかない、避けるしかない。お前は地に足をつけた戦闘が基本スタイルだからな。

 そして——次にくる場所は。


「真上だろ!!」

「なんだと!?」


 地面に足場がないなら、必然的に宙空に逃げることになる。俺はこの瞬間を待っていた。


 『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』の注力最大フル・アクティブにし、思いっきり振り下ろす。

 魔力の刃がソーマを吹き飛ばす。これで……一矢報いてやった。


 けど——もう魔力が、ない。辺りに生み出された無数の刃と『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』が霧散して消える。


 『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』は俺が唯一創れた範囲攻撃魔法だ。効果は絶大だが……無数の刃を呼び出せば、自ずと膨大な魔力を消費する。

 ケースには万が一のために何枚か入っているが、このカードは実質一回限りの魔法だ。手札に最初からあったのに切るのを躊躇ったのはそのためだ。

 『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』は言うなれば諸刃の剣。使えば、最後……魔力は枯渇し、継戦できなくなる。


「見事な攻撃だ。『傲慢の加速プライド・プロパルジョン』の恩恵を受けた我が騎士を捌き切るとは」

「お褒めいただき……どうも」


 強い言葉を使ってみるが、全然強がりには聞こえなかった。息も絶え絶えだ。


「だが……もうフィナーレのようだな。褒賞として魔法をくれてやろう。『強欲への拒絶グリード・リパルション』」


 抵抗するだけの魔力は……ない。俺は目に見えない斥力によって吹き飛ばされ、壁に打ちつけられる。


「太刀川くん!」

「黎!」


 すぐそばには愛梨彩とブルームの姿が見える。かなりの距離を吹き飛ばされたらしい。


「悪い……ブルーム。助けにきたのに……へましちゃったよ」

「いや、お手柄だよ。わずかとはいえ瞬間移動の対策ができた。あとは……私に任せてくれ。選手交代だ」


 ブルームが一歩、前へと出る。体は完治しているようには見えない。そんな体を押してでも……彼女は前に出るのだ。


 ——私にも守りたいものがある。


 背中はそう語っていた。引き止めることなんてできなかった。


「どうする……つもりだ?」

魔札スペルカードの向き不向きについては知っているだろう?」

「知ってるけど……」


 魔札スペルカードの適性は言わば『創るのに向いている属性』だ。強いカードを創ろうとすれば得意属性のものになるのは自明の理。だからみんな自分の属性を極めることになる。


「まさか」


 ——それは創る時の話だ。使の話じゃない。


「君のカードを私が使う。魔女の魔力量なら連続して使うことが可能だ。『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』を使いながらアザレアの領域外へと離脱する。君たちの目的は私と生きて帰ることだろう?」

「そうね。私たちはアザレアを倒すためにきたんじゃない。仲間を助けにきた……牽制は私が行うわ」


 ブルームが俺の目をじっと見つめる。乗るしか選択肢はないようだ。


「……任せた」


 重たい体を起き上がらせ、ケースから四枚のカードを取り出す。自分のカードを使いこなせないのは不甲斐ない限りだが、今は役に立つことこそ重要だ。俺のカードが打開策になったんだと。


「『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』!! なんとしても逃げ切るんだ!」


 撒菱を投げるようにブルームがカードを放り、力強く吠える。

 俺と愛梨彩は頷き、持てる力を総動員して扉の外へと走り出す。


「このまま帰すと思うのか!」


 退路を塞ぐようにソーマが目の前へとワープしてくる。


「『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』!!」


 追い越すようにブルームが前へと躍り出、魔札スペルカードを使う。俺たちを囲むように刃の草原が現れる。


「厄介な魔法を!!」

「上は取らせない!! 『乱れ狂う嵐の棘ソーン・テンペスト』!!」


 天井に向かって水の鏃が撃ちこまれる。今まで翻弄していた側だったソーマは一転、防戦一方を強いられる。


「今だ! 前に跳べ!」


 言われるがままに跳躍し、剣の堤防を飛び越える。

 振り向くと、もうアザレアの姿は見えない。背後にいるソーマはバツの悪そうにこちらを睨んでいた。諦めきれてないようだが……瞬間移動してくる様子はない。

 それでも気は抜けない。着地し、再び全速力で駆けていく。

 今は……これでいいんだ。仲間と帰るのが一番大事なことなんだから。このまま高石教会を脱出するんだ。

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