矛盾/episode41


 *interlude*


 岩の牢獄の中で、二体のスレイヴが静かに睨み合っている。

 一体は緋い稲妻を纏った戦神——私の相棒であるヒイロ。もう一方は堅牢な岩の鎧に身を包んだアヤメの従者キリエ。

 どちらも魔力によって身体強化された一般人だ。つまりこの戦いの勝敗はどちらの魔法ウィッチクラフトが優れているかで決まる。


「いくぜ! 先手必勝だ、この野郎!!」


 先に動いたのはヒイロだ。戦鎚を手に、猛突進していく。

 相手の属性は岩……守りが得意なタイプだ。対するこちらは攻め型。この展開はお互いに得意な戦い方を選んだ結果だろう。

 ミョルニルとキリエの拳がぶつかり合う。いくらアーサソールの戦鎚とはいえ、簡単に鎧を破壊できないか。なら——


「加勢するのだわ!! 『雷刀八線』!!」


 不幸中の幸い、岩の結界のおかげでアインの邪魔は入らない。今なら遠慮なく遠距離魔法が使える!


「そうはいきんせん。『石つぶて 鏃のごとく 撃ち放て』」


 雷光と石の弾丸が相殺されていく。スレイヴへの攻撃は阻まれる……必然的に前衛と前衛、後衛と後衛の戦いを強いられることになる。


「ならお望み通りあなたから倒してあげるのだわ!! 『雷神一体』!」


 私は雷を纏ってアヤメへと向かう。どんなに多彩な魔法を使えても格闘戦なら私の方が上手のはず。この距離なら私の間合いよ!!


「させません!!」


 高速で飛来してくる石塊。アヤメの魔法じゃない……キリエだ。


 ——どうして!? キリエはヒイロが。


 鎧を見ると小手が剥離している。アーサソールを吹き飛ばしてから守りにきたのね。

 私の飛び蹴りはキリエの腕にヒットしたが……全く効いてない。完全にガードされ、鎧を毀すことすら叶わない。


「この程度の攻撃……!!」


 キリエが邪魔な羽虫を追い払うように裏拳のカウンターを見舞う。抵抗するすべは……ない。


「こんのぉ!!」

「フィーラ!!」


 だが私の体は岩の壁に打ちつけられることなく、しっかりと腕で受け止められていた。腕の主はほかでもない彼。


「ありがとう、ヒイロ」

「どういたしまして。怪我はねぇな?」

「もちろん! こんな攻撃でくたばってたまるもんですか」


 お互いに距離が離れた。戦いは仕切り直しか。

 前衛と前衛、後衛と後衛の魔術戦のセオリー通りの戦いになるかと思っていたが……相手にはそのつもりがないらしい。

 お互いにお互いの防衛、フォローに回る鉄壁の布陣。アヤメとキリエの間には強固な信頼関係があるようだ。

 けど……信頼なら私たちだって負けない。


「ヒイロ、必殺技でいくわよ。ありったけの魔力をあなたに回す」

「おうよ!」


 岩の鉄壁を砕くなら——必殺技しかない。私たちの必殺技ならそれができる。紛い物の『昇華』に負けるわけがない。


「いくわよ……『轟音疾駆』——」


 祈るように両手を合わせ、パスを拡張する。魔札スペルカードでは傷一つつけることができなくても……攻撃に特化した私の魔法ウィッチクラフトを使えば!

 放出された赤い稲妻が戦車と幻獣に姿を変える。この突撃は収束した雷の暴力。さあ、耐えられるものなら耐えてみなさい!


「——『ソールハンマー』!!」


 戦車を駆る緋色の戦神はまっすぐに岩の鎧騎士に向かって吶喊する。スピードとパワーを兼ね備えた一撃。確実に仕留める!


「これは避けらりんせんねぇ。『風通さぬ 岩の城壁 そびえ立て』」


 アーサソールの進路に幾層にも重ねられた岩の城壁が現れる。


「岩の壁ごときで!! 私の戦神は止まらないのだわ!!」


 ここまでは予想通り。その程度の壁ではヒイロを止めるには足りない。戦車は止まることなく、障子の壁を貫ぬくように進んでいく。


「もらったぜ!!」


 振りかざされる戦鎚。間違いなくキリエにヒットした。

 けれど——破壊できたのはいつの間にか装備していた岩の盾。ダメージには至らない。


「攻撃はもうおしまいですか?」

「効いてねぇ!? くそっ!」


 必殺技直後の隙を突かれたヒイロは蹴り飛ばされる。なんとかガードは間に合ったが……後方へと退き、距離を離されてしまった。


「フィーラ、もう一発だ! 一回でダメでも二回なら!! ありったけの魔力くれ!!」

「わかった!」


 彼に言われるがままもう一度魔力を送りこみ、ソールハンマーを発動させる。


「いっくぜぇ!!」

「何度やっても同じです!」


 しかし——ソールハンマーは一発目と同様岩の壁と盾に阻まれ、攻撃が通らない。

 ヒイロが私のもとへと跳び退いてくる。また仕切り直し。けど……私たちの行動は無意味じゃない。


「ぬしさんの力はその程度でありんすか? 残念でありんすねぇ」


 悠然と佇むアヤメは笑顔で私を煽る。二発とも完全に防ぎ、余裕綽々だと思っているらしい。


「哀れなのはあなたの方なのだわ。鎧、毀れてるわよ?」

「な!?」


 キリエの驚きの声とともに腕部の装甲が剥がれ落ちていく。どんなに表面に傷がなくても、ソールハンマーの衝撃は殺せない。ヒイロの一撃はわずかだが、確実に鎧の内部に届いていた。

 今の攻防で両方ともにダメージが入った。力は拮抗している。


「こういうの『矛盾』って言うのでしょう? 私は最強の矛。そしてあなたは最強の盾。果たしてどちらが真に強いのか? 答えはのだわ。どう? 気が済むまで戦ってみる?」


 この戦い……先に魔力が尽きた魔女、体力が尽きたスレイヴが負ける。魔女とスレイヴ、誰が真っ先にバテるかの根比べというわけだ。

 アヤメは顔を手で覆い、身震いをしていた。そして——くつくつと笑い出す。


「あはは……あはははははははは!! ようよう……ようよう見つけたでありんす。私を愉しませてくれる……この上ない好敵手を!!」


 ルビーのような瞳が私とヒイロを捕捉していた。どうやら彼女は喜びに打ちひしがれていたらしい。


「ぬしさんを倒せんのはわっちのみ。わっちを倒せんのはぬしさんのみ……わっちらは矛と盾の関係。交わり合う運命さだめ。ああ、昂りんす! 楽しい! 楽しいでありんすねぇ、フィーラさん?」


 正直アヤメのことは理解できない。自分の快楽のためなら手段は選ばない。関係ない人間をたくさん巻きこむことも厭わない。そんな強者としてのプライドの欠片もないこいつを……私は許せない。

 けど……たった一点だけ、理解してしまったことがある。私もこの戦いで熱くなっている、燃えている——真剣勝負が楽しいものだと理解してしまっている。


「楽しい……か。悲しいことね……私も結局は魔女なのね」


 常に勝ちに拘るオーデンバリの魔女の血。戦って……戦って、勝つことを至高とする理念。私にはまだそれが残っているようだ。悔しいくらいにそれだけは同情できてしまう。


「なにしゅんとしてるんだよ。今のお前はあいつとは違うだろ?」

「ヒイロ……」

「あいつはただ人を殺すことに燃えているだけだ。んで、俺たちは正しいことをするために燃えてる。全然違うだろ。あいつの言葉に乗せられるな」


 そうだ、私は名誉ある魔女になるんだ。弱者を虐げることなく、庇護する強者——誇り高き魔女に。私が燃えるのはアヤメを倒すため。戦いが楽しいからじゃない。

 心は熱く、頭はクールに。また自分を見失うな。今、大事なことはなに?

 脳裏に電流が走る。


「ヒイロ……最後の一発なのだわ。私を戦車に乗せて思いっきり壁をぶち破って」


 ヒイロの目が点になっていた。だがすぐに納得した表情を見せる。彼は私の言葉の違和感を察したらしい。


「全速力で駆け抜けるわよ。——『轟音疾駆』」


 三度目の閃光。光は戦車へと変身し、私はそれに飛び乗った。これで準備は万全だ。


「いくぜぇ……『ソールハンマー』!!」


 私とヒイロを乗せた戦車がキリエ目掛けて突撃する——ように見せたのはフェイントだ。本命はこの領域を取り囲む防壁。


「まさか……! 自分たちとの勝負を投げるのですか!?」

「その通り! 勝負はお預けなのだわ!」


 アヤメは確かに許せない魔女だ。でも倒すのは今じゃない。私の仕事はアリサとレイと……ブルームが帰ってくるまで時間を稼ぐことだった。そして、それはもう果たされた。

 必殺技を放つ前、近づいてくる気配があった。私はすぐに直感した。アリサたちが戻ってきたんだと。


「乗って、三人とも! 全力でこの教会から離脱するのだわ!」

「助かったわ、フィーラ」


 壁の外で三人と合流する。まだゴーレムが何体かいたが、私たちの周囲のやつはソールハンマーで外壁と一緒に消し飛ばした。あとは逃げるのみ。


「待ちなんし! 逃げるでありんすか……!!」


 アヤメが空を走る戦車を見上げるように睨んでいた。歯噛みまでして……相当ご立腹なようだ。


「日本のことわざでもあるでしょう? 『逃げるが勝ち』ってね! 今日の私の目的はあなたと戦うことじゃなかったのよ。バイバーイ!」


 私は煽るように真下に手を振った。これで任務完了だ。

 一安心し、腰を下ろす。ふと、相棒と目が合った。ヒイロはニッカリと笑っていた。

 もしあそこで勝負に固執していたら……私はまた取り返しのつかないことをしていたかもしれない。


「また助けられちゃったな」


 灰色の空を見ながら、独り言ちる。

 相棒が引き止めてくれたから、私は私を見失わずに済んだ。私はもう過去の自分ではないのだと、戦いに固執する自分ではないのだと、納得させることができた。

 今は戦いなんかよりももっと大事なものがある。大切な仲間、友達、相棒。みんなかけがえのない人たち。私の力はこの人たちと一緒に正しいことのために使う。

 だからこそ本心から湧いてくる想いがある。


「みんな……無事でよかったのだわ」


 *interlude out*

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