魔術式を継承したのは誰か?/episode42

 ブルームが完全に復活したのはそれから五日後だった。

 撤退する時に魔力を消耗したために、復帰が遅れたということらしい。

 ともあれ全員無事で帰ってこれたのは嬉しかった。一人として欠けることなく……僕たちはここにいる。


 だが、依然として問題は残っている。

 綾芽とアザレア——どちらも強力な魔女だ。僕たちは彼女らを倒し、賢者の石を手にしなければならない。


 今日は復帰したブルームがアザレアと戦った時に気づいたことを報告することになっていた。リビングに先に集まっていた僕たち四人はすでにソファーに腰掛けていた。


「待たせたね。早速報告させていただこうか」


 遅れて部屋に入ってきたブルーム。彼女は座らず、立ったまま話をするようだった。


「結論から言おう。彼女の魔法は空間を自分の思い通りに歪める魔法だ。だが……歪める範囲には限界がある」

「限界?」

「ああ、そうだ。撤退時にソーマが瞬間移動で追ってこなくなったタイミングがあっただろう?」


 彼女に言われて思い出す。確かに礼拝堂を出てから彼は瞬間移動をすることをやめた。


「彼女は……アザレアはしか空間を歪められない」

「断言するのね」


 愛梨彩の言葉にブルームが頷いた。

 追わなくなったのは『これ以上は無意味だと判断したから』とも考えられるが……あの時のソーマは諦めていなかった。となると『効果範囲外だったから』と考えるのが自然ということか。


「彼女の眼、見たことあるだろう?」

「オッドアイ……だったわね」


 愛梨彩と僕が初めて彼女と対峙した時、その目ははっきりと僕らを捉えていた。だから今でも鮮明に思い出せる。彼女の眼は蒼と碧のオッドアイで、瞳には刻印のようなものがあった。


「彼女の魔術式は眼と直結している。あるいは眼そのものが継承するための移植部位だったのだろう」

「移植部位……って?」


 耳慣れない言葉をおうむ返しする。思い返してみると、僕は魔術式の継承についてよく知らないことに気づいた。


「普通、魔術式の継承は心臓部へパスを繋げて刻印するの。あくまで魔力の移譲の延長。つまり外科手術を必要としないやり方ね。でもその技術が発達するより前は人体の部位ごと魔術式を移植をしていたのよ」


 愛梨彩の補足説明に思わず「へぇ」という言葉が漏れてしまう。移植と継承……魔術式の渡し方にも技術発展があったのか。だがまだまだ僕の疑問は尽きない。


「移植と継承って違うの?」

「継承はそのままの意味ね。力を渡して自分と同じ魔女にする。対する移植はそれだけでは魔女にならない。そのままだとただ人体の部位を移植しただけになる。まあこの状態でも魔力を通せば魔女同様に魔法を使えるのだけれど」

「だったらみんな移植すればよかったんじゃ……そうすれば不老不死で悩むこともないし。移植でも魔法が使えるならなおさら——」

「魔法を使ならね。けど、それじゃ意味ないのだわ。移植しただけじゃ所詮借り物の力。自分の力として研究するのが魔女の役目だから、継承しないと意味ないの」


 僕の疑問に答えたのは愛梨彩ではなく、フィーラであった。


「なるほど」


 争奪戦のような戦いを行う場合なら借り物の力でも充分かもしれないが、魔女は生涯にわたって魔術式を研究する者たちだ。借り物の状態で充分な場合の方が珍しいのだ。


「で、移植から継承するためには自分の魔力と融合させて体の一部にする必要があるのだわ。なにせ一回体から切り離してるからね。だから移植の場合は継承者が魔力を持つ者でないといけないってわけ」

「つまり移植は電源コードに繋ってない状態ってこと?」

「いい例えね、レイ。使うだけならいちいちコードを繋げたり外したりすればいい。けど魔法を生み出す装置として改造、改修するなら一部として組みこむ必要がある……って感じなのだわ」


 装置ごと移すかパーツだけを移すか……みたいな違いなのだろう。

 継承は魔力ごと移してるから誰にでも渡せる、まるごとの受け渡し。移植は一回パーツを切り離してる分、自分の魔力と再接続して自分の物にしなくちゃいけない。

 だからもう一度組み直すために魔力を持つ人間である必要がある。僕みたいな魔力を間借りしてる人間では継承できないのだろう。

 二人が丁寧に説明してくれたおかげでなんとか僕は把握できたと思う。さっきから一言も喋っていない緋色は……完全に上の空で聞いていなかったようだ。


「話を元に戻そうか」


 キリよく話を止めるようにブルームが口を挟んだ。


「魔力があったアザレアは魔術式が刻印された眼を移植し、自身の魔力と融合させて魔女になったのだろうね。移植の場合、その魔法にとって最も効果的な部位を渡すものだ。だとするとアザレアの魔法の原点は『見える空間を歪める魔法』だったと解釈できる。魔法に手を加えた今でも『視界』が能力の制約となっているのは道理が通るだろう」

「アザレアの目が届く範囲は都合のいい結界領域になる……か」


 愛梨彩がぼやくように呟き、嘆息を漏らす。そんな彼女を見たからか僕の口からも釣られてため息が出た。こんな状況嘆きたくもなるさ。


「流石は教会のボスなのだわ。目に見える範囲なら無敵ってことじゃない」


 思いっきりソファーの背に体重を預け、天井を見上げるフィーラ。お手上げ……と言っているようだ。


「目くらましすればいんじゃねーの?」


 緋色はいつも通りのマイペースっぷり。この絶望的な状況でも思い詰めることはないらしい。


「それで攻略できれば苦労しないわよ、勝代くん。仮に私が霧を張ったとして、霧は視界内にあるのよ? すぐに吹き飛ばされるのが目に見えるわ」

「眼だけに『目に見える』って?」


 緋色のくだらないギャグにより冷え切っていた部屋の空気がさらに下がり、沈黙が流れる。メンタルが強過ぎるのも考えものだな……いやむしろ尊敬すらする。


「ともかく……対策ができるまで教会に攻めこむのは控えた方がいいだろうね」

「当分は別のことをしなきゃってことか……」


 別のこと……自分で言ってみたものの思いつくものはない。強いてあげるなら魔札スペルカードの補充と増強くらいだ。

 と、そんな時に屋敷のチャイムが鳴る。僕らが手をこまねいている時に屋敷に来訪する者——間違いなく、ハワードだ。


「お客さんかい?」

「そうみたいね。もしかしたらなにかブレイクスルーになる情報が得られるかも。私と太刀川くんで迎えましょう」


 こくりと愛梨彩に頷いてみせる。


「じゃあ、報告会はお開きにしようか」


 ブルームは部屋を後にした。フィーラと緋色はその場から動くつもりがないようだ。

 ひとまずは……今できることをやるんだ。僕は客間へと足を向ける。


 

「アザレアと直接対決したそうですね」


 静寂を破り、先に話題を提供してきたのはハワードの方だった。聞きたくてうずうずしていたようにすら感じた。


「ええ……正直逃げるので精一杯だったけど」

「やはり戦力の拡充が不可欠ではないですか?」


 そう言うハワードは真剣な面差しだ。戦力補充……と言われて思いつくのはもう一人の野良の魔女。


「綾芽とは組まないわよ?」

「それは承知しております。ですから別の魔女を」

「別の魔女!? また教会が把握してない野良の魔女が争奪戦に参加しようとしているのか!?」


 声を荒げ、前のめりにテーブルへと乗り出す。

 仰天せざるを得なかった。この上まだ魔女が増えるのか。ただでさえアザレアと綾芽で手一杯なのに。


「いえ……そういうことではないのですが」

「なにか事情があるのね? 話してちょうだい」


 新しく増えた魔女なのに……未知の魔女ではない? 言ってる意味がわからない。とにかく話を聞くしかないようだ。


「八月の上旬ごろでしょうか……成石学園駅前で不審死が起きましてね。凶器は不明、殺した人間の特定すらままならない状態。教会は魔女の仕業なのではないかと睨んでいるのです」

「確かに……この街で不審死が起きれば十中八九魔女関連のものでしょうね。凶器が見当たらないのも魔法なら説明がつくし。綾芽の傀儡によるものではないの?」


 愛梨彩は表情を変えず、淡々と喋る。

 不審死なら魔女の仕業かもしれないと思うのは理解できる。だが、それは既存の魔女——綾芽がやった可能性の方が大きいだろう。


「昼時で人も多い時間だったそうです。もし綾芽の傀儡だった場合、無差別殺戮をしていたでしょう。そんな場所で傀儡が暴れれば目撃情報が上がりますし、学生ただ一人を狙って殺すとは考えられない」

「被害者は学生だったのか?」

「ええ。成石学園高校二年、友田礼央という生徒だったそうです」


 言葉を失い、全身から血の気が引いていくのがわかった。友田礼央は——僕らのクラスメイトだ。あまり印象のいいやつではなかったが……だからと言って魔女の争いに巻きこまれて殺されていいわけがない。


「どうして魔女が学生を狙うんだよ!?」


 わからない。どうして魔女が学生を狙うのかが。綾芽のような猟奇的な魔女がほかにもいるって言うのか。

 僕の憤りには誰も答えず、しばし沈黙が流れる。当然か……誰も魔女の狂気は理解できないのだから。


「実は……サラサの魔術式が継承されたようなのです」


 申し辛そうなか細い声が部屋に鳴りはためいた。サラサの魔術式が継承されていた……だって?


「なんですって!?」

「報告が遅れて申しわけありません。魔女はどんな形であれ、魔術式を残す……そのことを失念していました」

「けどサラサには特定のスレイヴはいなかったでしょう? 死体である百合音は論外だし……」


 最悪な予感がする。どんな形でも自分の魔法を後世に伝える……そう、魔術式が残れば後のことは度外視でいい。僕はそのすべをさっき知ってしまった。


「高石教会の戦闘で瀕死の重傷を負った彼女が継承するとすればそれは——」

「この街の無関係な市民ってことかよ」


 継承は……継承者の魔力の有無など関係なしに魔女にする方法だ。となれば、誰でも魔女になれる。この街にいる人間なら誰でもその可能性がある……ということか。


「その通りです。事件の被害者から推察すると、もしかしたら学生に継承された可能性があるのです。無差別に人を殺すならもう少し人気のない時間にするでしょうし」

「魔女になった学生が私怨で殺した……か」


 友田が感じのいいやつじゃなかったことを考えるとありえそうな話だった。同じ学生から恨みを買った結果殺された……と考えると辻褄は合う。


「ことのあらましはわかったわ。要するに学校でサラサの魔術式を継承した生徒を探して、仲間に加えろ……ってことかしら?」

「はい。おっしゃる通りです」


 愛梨彩は返答の代わりに息衝くだけだった。

 彼女の気苦労も理解できる。現状の打開策が身元不明の魔女の確保だなんて。しかもそいつの魔術式はサラサの——死霊魔法。放っておくわけにはいかない。

 重く閉ざされた愛梨彩の口が再び開く。


「人殺しをしている魔女を仲間に加えるのは気乗りしないけれど……サラサの魔術式が教会に渡るのはもっと面倒ね」

「学園にいる間はほかの魔女も手出しはしてこないはずです。現状を打開する最善の策だと思いますが」

「……わかったわ。どのみち教会に手は出せないし、できる対処はこれ以上教会の戦力を増やさないことでしょうね。夏休み明け——二学期の開始と同時に再び学校へいきます。それでいい?」


 彼女の言葉を聞き、ハワードは満足げな笑みを浮かべる。


「ええ、もちろんでございます。また細かな情報が揃い次第連絡しにきます」


 そうしてハワードは客間を去っていく。心なしかいつにもなく上機嫌に見えたのは……気のせいか。

 いつものように部屋に取り残されたのは僕たち二人だけ。


「学園に魔女か。嫌な予感がするな」

「あの学園は……争奪戦から避けられないのよ」


 愛梨彩が意味ありげにそう呟いた。


「どういう意味?」

「今度話すわ。さて……勉強でもしましょうか」

「え? 今から!?」


 手をこまねいている状況で、なにもできないわけだが……だからって勉強するのはどうなのか。いや、学生の本分は勉強だけれども。


「学園にいくなら学生としてでしょう? 成績が悪いから呼び出し……みたいなことになるのは嫌だから。余計なことで手間取りたくないのよ」

「すでに出席日数が……」

「……いいから! 潜入するための準備するわよ!」

「あ、はい」


 なんだかんだで彼女の勢いに押し負けてしまう僕。まあ、好きな子との勉強会といえば聞こえはいいか。

 先を歩いている愛梨彩の姿を目で追いかける。いつも着ている黒のセーラー服がやけに目立って見えた気がした。


 ——そういえば彼女はなんでわざわざ高校になんて通っていたのだろう?


 ふと、そんな疑問が浮かんだ。以前から疑問に思っていたのだが……ずっと戦い続きだったから聞く暇がなかった。

 この疑問も学校にいけば解決するのだろうか。

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