乱戦/episode39
「どうしてこんなところにいるのかしら?」
一人で高石教会に乗りこんだその時、背後から愛梨彩の声が聞こえた。
三時間が経過してもブルームが帰ってくる気配は……なかった。だから大急ぎで高石教会にきたのだが、どうやら彼女には筒抜けだったらしい。俺の後を追ってきたのだろう。
「理由は一つしかないだろ。ブルームを助けにいく。やっぱり罠だったんだ」
いても立ってもいられなかった。今こうしている間にもブルームは苦戦しているかもしれないのだ。焦る気持ちのせいで鼓動が早鐘を打つ。
「待って」
「いくな、って言いたいのか? 悪いけど、止めてもいくから」
「そうじゃないわ。その……私もいく。彼女は私たちの仲間だから」
愛梨彩は顔を逸らしながらそう言った。
「愛梨彩……」
「それに……疑った詫びもできないまま死なれては困るしね」
本当は愛梨彩自身も認めていたんだ。ブルームは一緒に戦ってきた仲間だって。けど、本人の前では照れ臭かったらしい。本当に素直じゃないな、この人は。
「二人がいくなら私も同行するのだわ」
「友達と仲間を放っておけるかよ」
「フィーラ……緋色も」
まるでタイミングを見計らったかのようにフィーラと緋色がやってくる。どうやら想いはみんな一緒のようだ。
「じゃあ、みんなで迎えにいこう。俺たちの仲間を!」
三人の返事が一斉にこだまする。まるで僕たちの絆の強さを表すかのように。
意を決して四人で教会の入り口へと向かう。しかし……簡単に通す気はないらしい。
「門番はやっぱりあなたたちなのね」
愛梨彩の視線の先にはアインと咲久来がいた。教会内に入れさせないと言わんばかりに敢然と立ちはだかっている。
「貴様たちを通すわけにはいかない。それが私の任務だ」
相手はすでに戦闘態勢に入っている。いつ攻撃されてもおかしくはない。
だが、ここで二人の相手をしているわけにはいかない。俺たちの目的はブルームとともに帰ることなんだから。
「いって、アリサ、レイ。ここは私とヒイロが戦うのだわ」
「おう。俺たちに任せろ。そのためにきたようなもんだしな」
無言で二人の顔を見やる。その眼差しはしっかりと相手を見据えていて、戦う覚悟が決まっていた。
「そう簡単に通すわけ——」
「いって! 早く!」
立ち塞がろうとする咲久来を牽制するように雷光が走る。
「いくわよ、太刀川くん。私たちは目的を果たしましょう」
そう言って愛梨彩が先をいく。その姿は俺よりも張り切っているように見えた。
「全員で生きて帰るんだからな。負けるなよ、二人とも」
「ふん、誰に言ってるのかしら?」
「だな。俺は勝ちに代わるヒーローだぜ?」
今は二人の自信家が頼もしく感じる。俺は二人を信じてその場を後にする。
*interlude*
アインとサクラ……こんなふうに戦うことになるとは。今まで拳を交えなかったのが不思議なくらいだ。
「最初から全力でいくわよ! 」
「おう!」
「『
杖から発生した魔法陣が瞬時にヒイロを戦神へと変身させる。戦い慣れない相手なら……持てる力を余すことなく使って圧倒すればいい。
「『昇華』か……厄介な魔法だな」
「私の
「だが、
「はい!
サクラが銃を乱射する。ヒイロが私を庇うように前に躍り出るが……弾丸は一発も彼に命中しなかった。弾丸は無造作に地面へと突き刺さっている。
「なんだ? やる気ないのか? ならこっちからいくぜ!」
ヒイロがアイン目掛けて電撃を放つ。だが——
「『合成』」
雷撃はその一言で直進をやめ、散り散りになる。まるで目標を見失ったかのように。
「畳み掛けます!」
攻撃が無力化されたのを確認したサクラが今度は正確に魔弾を放ってくる。同時にアインも火球を放つ。
「ヒイロ! ハンマーで全弾弾き返して!」
「オッケー!! 任せな!」
アインとサクラはどちらも遠距離タイプ。こちらが防戦しているうちはわざわざ近づいてはこないはずだ。その間に状況整理と対策を考えねば。
周りに埋めこまれた金属の弾丸。散り散りになった雷。……ここは雷を吸い取る領域と化したってことか。
「なるほど……避雷針ね」
「ヒライ・シン!? 誰だよ、そいつ!」
魔弾を全身全霊で弾き返しながら、ヒイロが口を動かす。
昇華魔法は合成の影響を受けないが……属性魔法は別だ。属性固有の弱点はどうしても残る。雷魔法はその性質上、金属に効果を吸収されてしまう。
だが、それは金属に向けて放った場合の話だ。相性不利がわかっていればそんな愚行はしないのだが……合成魔法には誘導の効果がある。
つまり放った雷撃は合成によって鋼の弾丸に誘導され、無力化されるという仕組みだ。ヒイロに噛み砕いて説明するとすれば——
「いい、ヒイロ。この戦い……遠距離攻撃は使えないのだわ」
「おう、そうか! え? ……ってやべーじゃんか!!」
どうやら彼もことの重大さに気づいてくれたようだ。けれど、こんな逆境で挫ける私たちじゃない。
「ふん! これくらい問題ないのだわ。雷が放てないなら、殴りにいくだけよ!」
どんな時だって諦めない。気丈に振る舞え、胸を張れ。私たちは最強コンビなんだから。
「お前のそういうところ好きだぜ」
「私が飛び出したらあなたはアインに攻めこんで。二人で同時に前に出る!」
ケースからカードをドローする。使うカードは『雷神一体』。こういう窮地に頼れるのはやっぱり近距離戦闘だ。
「おうよ! サービスダッシュなら得意だ!」
「いくわよ……ゴー!! おりゃぁぁぁぁぁ!!」
杖を投げ、なりふり構わず弾幕の中へと飛びこんでいく。迫る魔弾は拳で砕き、サクラの懐を目指す。同様にヒイロもアインへと突撃していく。
「な!? 正気なの!?」
「正気に決まっているのだわ!」
サクラまで目視で三メートル。このまま踏みこんで跳べば手が届く!
「咲久来、やつらの間合いで戦うな」
「了解!」
「この!」
振り抜いた拳は虚空を裂いた。対象はすでに目前から消えている。
探すように周囲を見渡す。見ると、アインの結界内に彼女の姿がある。補助魔法を使って距離を置いたのか。
ヒイロは炎の壁を砕くのに躍起になっていた。あの距離で二人の一斉掃射を食らうのはまずい。
「ヒイロ! 一旦下がって!!」
私の言葉とほぼ同時に炎の壁内から複数の魔弾が飛来してきた。
「あっぶねー。サンキュー、フィーラ」
「どうやら攻め方を考え直さないとね」
「だな」
私たちの目的はアインたちを倒すことではない。アリサたちが戻ってくるまでの間、こいつらを足止めすればいい。不本意ではあるが……このまま拮抗した戦いを続けるのも悪手ではない。
——だがどうやらそれは許してくれないらしい。
私たちの戦いを嘲り笑うようにやつがやってきた。
「ああ、楽しそうな戦でありんすねぇ! わっちも混ぜてくんなまし!」
戦場の空気が凍りつき、両陣営の攻撃の手が止まる。
もう一人の野良の魔女——アヤメはゴーレムの兵団を引き連れて教会にやってきた。どうやら魔女が集まってるのを嗅ぎつけて高石教会にやってきたようだ。これだからバトルジャンキーは。
岩の兵団の中に一際目立つ存在がある。岩の鎧を纏ったスレイヴ……確かキリエという名前だったかしら。
「あなたね。私の『昇華』のマネで力を得たスレイヴって」
「あら、ぬしさんが『おりじなる』でありんすか?」
「そうよ。フィーラ・ユグド・オーデンバリ。この争奪戦で最強の魔女なのだわ」
「最強……」
アヤメは反芻するように言葉を紡ぎ、紅の瞳を露わにする。彼女の瞳が私たちを獲物として捉えていた。
「ふふふ。いいでありんすね、『最強』。えらく興味がありんす」
「野良の魔女が増えたか……厄介だな」
アインは未だに立ち塞がっている。どちらも通す気はないということらしい。
「大丈夫でありんす。ぬしさんの相手はわっちの傀儡でありんすから」
「なに?」
「ぬしさんとは一回遊びんしたから……今回はお預けでありんすえ」
その言葉が号令になったのか、ゴーレムの兵団がアインとサクラの方へと向かっていく。邪魔が入るのは無粋……真剣勝負がお望みということらしい。アインとサクラがみるみるうちに押しやられていく。
「お前とは戦わなきゃいけねー気がしてたんだ。正義のヒーローとしてな」
「あら、嬉しいでありんすね。それならとっておきの舞台にしんしょう」
アヤメが魔本を開き、「『風通さぬ 岩の城壁 そびえ立て』」と魔法を行使する。次第に周囲を取り囲むように岩が生まれる。配置されていた金属の弾は押し退けられ、消えていく。そこはまるで岩のコロッセオ。
「やるぞ、フィーラ。万が一礼拝堂にいかれたりでもしたら厄介だからな」
「そうね」
私もヒイロもやる気に満ちていた。それもそのはずだ。やっとあなたを倒せる日がきたのだから。どれほど待ち望んだことか。
私とヒイロはずっとあなたが許せなかった。関係ない人を巻きこんで……自分の快楽しか考えていない。魔女の矜持を持たない、あなたを。
争奪戦に関係ない人間——ヒイロを巻きこんだ私はその罪の重さをよく理解している。この街の人はみんな平穏に暮らしていたのだ。私たち魔女さえいなければ。
魔女は紛れもなく強者だ。強者は弱者を虐げるためにいるんじゃない。弱者を庇護するためにいるんだ。
だから、弱者を踏みにじる魔女を私は許さない。強者として……絶対に。
「アヤメ、あなたは私が倒す!!」
私たちの第二ラウンドが……今、始まる。
*interlude out*
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