仮面ライアー/episode38
あの日以来、秋葉市内で怪奇事件が起こることはなくなった。どうやら綾芽は律儀に教会との約束を守っているらしい。
僕たちはというと……攻めあぐねていた。
自身が創った魔導教会の援軍として参上したアザレア・フィフスター。彼女の存在が規格外過ぎるのだ。
しかも使用する魔法は空間魔法。どこまでの力があるかわからないが、空間を操ることができるという時点で格が違う。
つまり——この争奪戦で最恐の難敵が彼女というわけだ。
対するもう一方の最狂の敵、綾芽。何回か交戦したおかげで相手の戦闘パターンは読めてきたが……いかんせん傀儡が厄介だ。
今までは秋葉各地に散らばっていた木偶人形とゴーレムだが……今は善空寺の防衛に回っていると僕たちは予想していた。綾芽が襲撃をやめたことにより、いき場を失った傀儡が集まるところは一つだからだ。
僕ら五人であの量を相手して、根城を攻め落とせるかどうか……住民の代わりに僕らが苦悩する羽目になったわけだ。事件に収集がついたのに、なんたる皮肉だろうか。
強敵たちへの対策会議は難航し、一週間が経過してしまった。じっとしてはいられなかったが……無策で行動もできない。
そんな折だった。珍しくブルームが僕たちに招集をかけたのは。
「どうやって調べたのかは知らないが……私をお呼びのようだ」
そう言ってブルームが自身のスマートフォンをリビングのテーブルに置く。表示されたのはメッセージのテキストだった。『一人で高石教会にこい』。そんな旨が綴られている。
「私は彼らの望みに応えようと思っている」
「罠だろ、これ」
見た瞬間、僕の口からそんな言葉が漏れた。
「私もそう思う。だからこそ君たちを連れていきたくない。今の君たちではアザレアに勝てない」
「随分とはっきりと言ってくれるわね。あなたにだって勝算はないでしょう?」
ブルームのはっきりとした物言いが物議を醸す。勝気なフィーラが黙っていられるわけがなかった。
「ないね。でも私が赴けばなにかわかることがあるかもしれない」
「あなたまで裏切る……なんてことはないでしょうね」
「おい、愛梨彩!」
言い過ぎだと思い、僕は思わず声を荒げる。だが、愛梨彩の顔は憂いを帯びていた。教会が約束を反故にしたことで疑心暗鬼になっているのは……わからなくもない。理解できる。
「まあ、アリサの言いたいこともわかるのだわ。だって私たち未だにあなたの素顔を知らないんだもの」
「まあなぁ。でも事情あるんだろ? 少なくとも俺は悪いやつだと思ってないぜ?」
フィーラと緋色にとってブルームは見ず知らずの他人。素性もわからない魔女となぜか共闘していると映るのも無理はない。彼女に親近感を持っているのは……僕だけだ。
「裏切るつもりならわざわざ君たちに明かしはしないだろう? 黙って一人で教会に向かっているはずだ」
「それもそうね。ごめんなさい、私が勘繰り過ぎたみたい」
愛梨彩が申しわけなさそうに頭を下げる。ブルームも咎めることはしなかった。
「今さら信じてくれとは言わないが……私一人が危険に身を晒すことで得られる情報もあるだろう。情報が少ない以上、補う必要がある。そういう意味ではまたとない機会だと思うよ」
ブルームはおそらくこのメンバーの中で一番強い。それはよく知っている。だから自らを危険に晒しても平気だと言いたいのだろう。
僕はなにも言えなかった。反論するにも最もな理由がない。説き伏せるための屁理屈すら思いつかない。
「わかったわ。いい土産話を期待してるから」
誰も反論することなく愛梨彩が了解してしまう。そうしてブルームが無言でリビングを出ていった。
「……追えば?」
「え?」
唐突に放たれたフィーラの言葉。あまりに予想外の言葉で目が点になる。
「納得してないんでしょ、レイ。なら気が済むまで話せばいいのだわ」
「それは……そうだけど」
「私たちにとってブルームは得体の知れない魔女だけど……あなたにとっては違うんでしょ? 全く……正体を明かせば独りで抱えこむ必要もないのにね」
ブルームの正体はわからない。それでもブルームは仲間だ。ここまで何度も助けてくれた人を……一人で危険に晒したくない。フィーラもそれを理解していたのだろう。
「ごめん、いってくる」
そう言って僕はリビングを飛び出した。まだ遠くにはいってないはずだ。走って追いかければ間に合う。
「ブルーム!」
僕の声に気づいたブルームが振り返る。
彼女は玄関ホールにいた。あと一歩遅かったら教会へと向かっていただろう。
「どうしたんだい? そんなに慌てて追いかけてきて」
「本当に、本当に……一人でいいのか?」
「ありがとう。心配は嬉しいが、私一人で大丈夫だ。一応、話し合いをしにいくだけだしね」
ブルームが笑みを浮かべる。どうしてか……彼女はよく微笑む人だった。僕がつらい時も落ちこんでる時も彼女は笑って励ましてくれた。まるで姉のような存在だった。
けど、今の笑顔は違う。本当は無理して笑ってるんじゃないかって、やせ我慢してるんじゃないかって思った。僕たちに心配をかけないようにしている……僕にはそう見えた。
「僕は、その……ブルームのこと信じてるから。素性はわからないけど、あんたはずっと一緒に戦ってくれた。それだけで充分仲間としての証明になるよ。だからもしなにかあったら……心配でさ」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「正体が明かせないのは理解してる。でも……せめて……一人でなにもかも背負いこまないで欲しい。だって僕たちは仲間だろう?」
正体なんてどうでもいい。そんなことなんてどうでもよくなるくらいの信頼が僕たちにはあるはずだ。野良のみんなは生まれも育ちもバラバラだけど、確かに絆を感じていたんだ
だから——頼って欲しい。ブルームに比べたら弱いかもしれないけど、力を合わせた僕らは強いんだから。
「仲間……か。わかったよ。君の言う通り、もしものことがあるかもしれない。万が一には備えるべきだしね」
やれやれと言うようにブルームが嘆息を漏らす。どうやら僕のわがままが通り、折れてくれたようだ。
「それじゃあ」
「三時間だ。三時間で私が戻ってこなかったらおそらく戦闘になっているだろう。その時は助けにきてくれるかい?」
「ああ! もちろんだ!」
返答を聞いたブルームは安心したように笑っていた。僕はその場で彼女の出立を祈りながら、見送る。
——僕らの仲間が、ブルームが無事で帰ってきますように。
今は信じる。そして、もしもの時は僕が助けにいく。仲間は絶対守る。それが……僕の騎士としての矜持だから。
*interlude*
私は独りで魔導教会を訪れていた。指定されたのは高石教会の礼拝堂。私だけを呼びつけるには大仰な場所だ。
「待っていたぞ、仮面の魔女よ」
礼拝堂に入ると、壇上のアザレア・フィフスターが私に向かって喋りかける。その横にはソーマを侍らせていた。
「おやおや……まさか創始者からの呼びつけだったとは。よほど重要なことのようだね」
教会側の人間は二人だけ。アインも咲久来も外で待機しているようだ。この会合の内容はどうやら極秘裏にしたいらしい。
「食えぬやつだな。ブルーム・ブロッサムを名乗るものはみなそうなのか?」
「へえ……やはり魔導教会の
「無論だとも。時間魔法の家系を見逃すわけがなかろう」
ブルーム・
「私を呼び出したのは……正体を問い質すためか」
「ああ、そうだ。そなたは何者だ? ブルーム・ブロッサムではないな?」
アザレアの目がまっすぐ私を見る。しかし、私から語る言葉はない。
「だんまりか……よい。ならばこちらから語らせていただこう」
アザレアはことのあらましを語る準備をするように一呼吸置く。黙秘しても無意味……ということらしい。
「我が騎士から経歴不明の魔女がいると聞いてな。諜報部に調べさせた。ブルーム・ブロッサム……時間魔法の家系であり、現在の継承者は五代目。まだ歴の浅い家系であるため、充分に時間魔法が行使できない。だからそなたは戦闘時に時間魔法を使わない。そういう筋書きだな?」
——筋書き。とは含蓄のある言葉だ。
ブルーム・ブロッサムは生まれて間もない家系だ。だからブルームの魔術式では実戦レベルの魔法は使えない。
「事実だけを端的に伝えよう。ブルーム・ブロッサム・フィフス——本物のブルームは今もアメリカで魔術式の研究を行っていた」
王手……をかけられてしまった。どうやら本当に全て調べ上げて、外堀を埋めてきたようだ。
私が魔法を行使しないわけ。アメリカにいる本物のブルームの存在。……残るピースは「私が本当は誰なのか?』だけのようだ。
「ブルームは賢者の石どころか秋葉の争奪戦のことも知らなかった。興味すらなかった」
「だろうね」
黙秘しても仕方ないと悟る。いや……ここまでは想定内だ。私が身分を偽っていることは遅かれ早かれ判明することだった。
「やつが参戦してこないとわかった上でそなたはブルームという仮面を被った……魔法を意図的に使用しないことでブルームという役を全うしようとした。そういうことだな?」
「その通りだとも……私はブルーム・ブロッサム・フィフスじゃない。ブルームの当主はこの戦いに絶対参加しない。だから私が代わってブルーム・ブロッサムとしてこの争奪戦に参加した」
「認めるとはな。どうりで時間魔法を使わぬ……いや使えぬわけだ」
認めざるを得ない。私はブルーム・ブロッサム・フィフスではないのだと。
彼女の言う通り、本来のブルームは今もアメリカにいる。こんな僻地での魔法大会に参加するよりも、自身の魔術式を解析した方が何倍も有益な時間になるからだ。
そして……私が仮面の魔女を演じる上で、魔法の行使は正体の露呈に繋がる。だから今までの戦いで魔術は使用しなかった。
「もう一度聞く。そなたは何者だ? なぜ他人の名前を騙る? 我々だけでなく野良の魔女まで騙してなにが目的だ?」
「教えるわけないだろう?」
私はブルームの当主ではない。紛れもない事実だ。だが判明したのは私がブルームの当主に成り代わっていることだけ。私の正体の核心にまでは至っていない。
ならば教える義理なんてないだろう?
「ふっ……強情なのも考えものだな。ここは敵地であるぞ?」
アザレアとソーマの敵意が剥き出しとなる。彼女らの目は私を敵対者として捉えていた。
ここでアザレアとソーマを相手にする……のはあまり得策ではない。魔法を無闇に使えないという制約は未だに残っている。一回でも使えば、教会の連中に私の正体を特定されてしまうだろう。
であらば——駆け引きといこうか。私はまだとっておきのカードを出していない。
「騙しているのは君たちの方だろう? 賢者の石なんて大そうなものを持ち出して。その実態は——」
「なぜそれを!? お前……まさか教会側の人間か!?」
声を荒げたのはアザレアではなく、ソーマの方だった。
驚くのも無理はない。彼らが知られたくない情報を知ったが故に、私はこの争奪戦に参加したのだから。
「まあ、そういうことになるだろうね。ともかく話はこれまでだ。私はこの賢者の石争奪戦を崩壊させることだってできるんだ。忘れないでくれよ?」
「このまま黙って返すと思うか?」
ソーマが静かに剣を抜く。
「賢者の石の秘密について知るものは生かしておけぬ。なによりいつまでも素性のわからぬ魔女がいるのは虫の居所が悪い。そなたの仮面……ここで剥いでやろう」
「やはりこうなるのか……仕方ないな」
真実を知ったものをただでは帰さない……どうやら駆け引きは失敗のようだ。
意を決して、背負っていたクロススラッシャーを抜く。状況は二対一と最悪だが……ここで死ぬつもりは毛頭ない。
屋敷を出立する直前に私を心配してくれた彼の姿が脳裏を過る。
私はみんなに嘘をつき、素性を隠している仮面の魔女。どんな理由があれ、それは否定できないことだ。疑われても仕方がないことだ。
けれど、彼は——黎はそれでも私を仲間だと信じてくれた。こんな胡散臭い私を心配してくれた。今まで積み重ねてきた時間こそが私への信頼だと……そう言ってくれたのだ
ならば私は生きて帰らなくちゃいけない。嘘を貫き通してでも守りたい、大切な仲間が帰りを待ってくれているのだから。
*interlude out*
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