激白・踊らされた魔女/episode87

 魔力の暴発に巻きこまれ、ソーマと俺は互いに吹き飛ばされる。こちらはローブのおかげで軽傷だ。


 ——だがもっと大事なものが粉々に破壊されていた。


 あたり一面に破片が転がっている。そう……俺たちを取り囲んでいた氷壁の欠片。


「太刀川くん!!」


 さっきまで結界の外にいた愛梨彩の声がはっきりと聞こえた。身を引き換えにしてでもアザレアとの合流を選んだわけか。


「お兄ちゃん!」


 同時に入り口付近から別の声が聞こえた。咲久来もこっちに合流してきたようだ。


「お前の狙いはこれだったのか」


 満身創痍になりながらもソーマはなお立ち上がるが、返答はなかった。ただ主人の方を見るだけ。追い詰められているはずなのに、その横顔は心なしか不敵に笑っているように見えた。


「もういいでしょう、茶番劇は」

「茶番劇……ですって?」

「ああ、そうだ。全部茶番だよ。賢者の石完成のためのね」


 くつくつと笑いながらソーマが愛梨彩を凝視する。それはまるで獲物を前にした蛇だ。

 賢者の石を完成させるために教会が俺たちを利用していたのは理解している。不完全な石を完全にする儀式がこの争奪戦だと。だからやつらは拠点を攻めにくることはほとんどせず、俺たちを必要以上に追い詰めなかった。

 それはわかっている。わかっているんだ。俺たちだって理解した上で戦っている。賢者の石を欲しているのは一緒だから。賢者の石がなければ愛梨彩の願いは叶わない。

 けど……なんだ? この底知れぬ恐怖は。俺の正体を明かしたあの時と同じだ。——聞いちゃいけない。


「それ以上言うな!!」


 俺は再び双剣を手に取り、ソーマへと向かっていく。しかしすんでのところで手が届かない。アザレアの魔法による斥力か……!


「アザレア様、私からよろしいですか?」

「いや、よい。野良の魔女の今までの功労を称え、私自らが真実を伝えよう」


 ソーマは壇上の魔女に一礼する。すぐ近くにいるのにやつを斬り取ばせない。斥力は強まり、下がらざるを得なくなる。

 全てを弾く見えない壁。悔しいことになにもできない。ただアザレアの言葉を待つしかなかった。


「賢者の石が完成したということをハワードから聞きつけて、そなたたちは争奪戦という殺し合いに身を投じた。そうであるな?」


 全員が口を噤んでいた。ただ沈黙だけが流れていく。アザレアも「言わずもがな……ということか。よい、話を進めよう」とわかった上で確認しただけだった。


「使用者の願いを叶える白紙の魔術式——そなたたちはそう聞いているな? 勝ち残った魔女にその使用権が与えられると」

「ああ、そうだ! だから俺たちは戦った。愛梨彩の願いを叶えるために! あんたたちの野望を阻止するために!」

「そうかそうか。だが……あれは嘘だ。賢者の石などというものはのだ」

「なん……ですって……?」


 アザレアの口から語られた衝撃の真実。

 たまらず振り返り、愛梨彩を見やった。顔面が蒼白している……まずい! あいつらの狙いは彼女の心を揺さぶることだ!


「それこそ嘘だろ!! 現に賢者の石は目の前に——」

「これは所詮賢者の石の紛い物だ。本物の賢者の石の作成技術はとうの昔に失われている」


 いきり立って反駁しようと試みるが、アザレアの言葉に阻まれる。その言動は確固たるものであり、揺らぎがない。ただただ事実をつらつらと述べているだけ。


「君たちもよく知っているだろう? 魔晶石のことは」

「まさか……」

「これは私が開発を主導したものでね。いわば魔晶石の発展型だ。使い切りではない永久機関。周囲の魔力を吸収し、持ち主に還元する……いわばただの炉心だ」


 魔晶石——ソーマが俺に与えた魔力の源だ。この石は賢者の石ではなく、魔晶石と同じただの動力機関であるのなら……。俺たちが一番欲していた機能が欠損している紛い物だ。

 ソーマの語りはなおも続く。耳を塞ぎたい。今すぐあいつの口に剣を突き立ててやりたい気分だった。


「ただ初期起動するまでにいくらか魔力を食らわせないといけなくてね。君たちにはその手伝いをしてもらったというわけだ。戦いで霧散した魔力を食らうなら霊脈の中心がいい。だから賢者の石……もといこの紛い物の石はずっとこの学校にあったんだよ。灯台下暗しだったろう?」


 ほかの教会は攻略できても、唯一高石教会だけは陥落できなかった。それこそが最大のブラフだったって言うのか。防備を厚くすることで、大事に保管されているだろうという読みに誘導させた。一番近いところにあることを知らせないために。

 この学校で魔力の探知が鈍くなるのもそのせいだろう。霊脈の近くだからと俺たちは考えていたが、こんな近くに魔力炉心があれば自ずとそちらに気を取られるに決まっている。


「私……そんなもののためにお兄ちゃんを……お兄ちゃんと殺し合いをしてたの? 野良だけじゃなく教会の魔女たちすら騙してたってこと?」


 声を震わせながら咲久来が問う。

 教会も野良も関係ない。この争奪戦に参加した者全員が騙されていた。真実を知っていたのは目の前の二人だけ。


「そこな裏切り者のような輩が現れる可能性があったのでな。なにより錬金術師協会が完成したと言えば、魔女たちは否応なく信じるであろう?」

「出来レース……だったって言うのかよ」


 ずっとあいつらの手のひらの上だったということか。俺が愛梨彩を助けて死んだことも、野良の魔女に手を貸して教会の野望を阻止しようとしたことも……全部あいつらにとっては些事だったと言うのか。

 戦闘が活発化すればするほど、あいつらの計画は円滑に進む。俺たちの成長も絆を築いてきた時間も全部……あいつらの計画の糧になっていた。


「けどそんなものになんの意味があるんだよ!?」


 意味がわからなかった。そこまでして、みんなを騙してまで紛い物の賢者の石を作る理由がわからない。だってあれはただの動力機関だ。


「意味ならあるよ、黎。彼女は自分専用の永久機関を手に入れるだけで、世界を変えられる」

「空間……魔法」


 愛梨彩が呻くように呟いた。導き出された答えは——アザレアの魔術式。

 アザレアの魔術式は空間に力を働かせる魔法だ。攻撃魔法として使われる重力、斥力、浮力……どれも空間の力量をしなければ起こり得ない。


「ほう。やはり知っていたのか、未来の魔女。そなたがいた時間軸の私は世界改変の魔法を成功させたようだな」

「それじゃあ……その賢者の石は……私の願いは……」

「そうだ。私だけの……私の魔術式と一体となることで初めて機能する賢者の石だ! そなたたちが手に入れても無用の長物よ! 願いは叶わぬ!」


 アザレアが両手で仰ぎ、声高らかに宣言する。俺たちがやってきたことは全部無駄だったと、否定するように。


 ——「賢者の石は奪う価値のないものだ。命が惜しかったら……幸せでいたいのなら退け。後悔する前にな」


 あの日の父の言葉が頭の中で反響する。そうか……このことを言おうとしていたのか。

 やつだけがあの紛い物を使っても願いを叶えられる。空白の魔術式という機能のない贋作でもいいんだ。その機能はすでに……が持っているのだから。

 なぜ長い間彼女が姿を見せなかったのか? その答えが改変の術式を組むためだったと考えれば辻褄は合う。アザレアはずっとここで虎視眈々と計画を進めていたんだ。


「愛梨彩!?」


 視界の隅で愛梨彩が膝から崩れ落ちるのが見えた。顔色からは生気が失われている。心底から絶望していた。


「さあ、どうする野良の魔女? 太刀川黎!? 求めていたものは紛い物! 君たちの信念は崩壊した!」


 視界の外から嘲るように笑うソーマの声が響いてくる。苛立ちと憎悪で拳を握る力が強まっていく。


 ——「教会の野望は私の願いの障害になるし、願いを叶えられるのは勝者のみ。そういう意味では教会の野望を打ち砕くことと私の勝利は同義だけど……でもそれはあくまでついでよ。私の願いは変わらない。目的は魔術式の放棄。それだけは……忘れないで」


 俺の願いも緋色やフィーラ、ブルームの願いも賢者の石がなくても果たせるものだ。

 ただ唯一彼女だけは違う。愛梨彩だけは本物の賢者の石でないと願いが叶えられない。彼女が魔術式を放棄することは……永遠に叶わない。


「ソーマぁぁぁぁ!!」


 彼女の頰を伝う一雫。それを見た瞬間、沸き立つ怒りが頂点を突破した。俺は再び剣を取り、ソーマへと立ち向かう。


「はっ! 九条愛梨彩が使い物にならない以上、今の君では私は倒せんよ!!」


 剣が届くと思った刹那、それは虚空を斬り裂いた。アザレアが呟いた『傲慢の加速プライド・プロパルジョン』というスペル……瞬間移動の魔法だ。


「クソ! クソ! クソ! なんでこんなことを平然とできるんだ! お前たちは!」

「猛り、怒り狂え! 逆境でその力を見せてみろ!」


 アザレアの援護を受けたソーマは止まらない。双剣のおかげで以前より捌けるようになったが、防戦一方には変わりない。

 こんな展開にならないように氷の結界内で一対一で勝負してたのに! 討ち漏らして……挙げ句の果てには賢者の石の真実を知った相棒は絶望してしまった。なんという失態だ!


「賢者の石が完成した今、そなたたちは用済みだ。容赦なくやらせてもらう。『嫉妬の羽ばたきエンヴィー・フローテイション』!」


 周囲に散らばっていた氷結界の欠片が浮き上がる。そして、『強欲への拒絶グリード・リパルション』によってそれらは氷弾の掃射へと変貌を遂げる。


 ——避けられない。


 『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』を出したとしても、次の瞬間ソーマに背後を取られるのが目に見えている。『二つの破壊炎刃ツイン・バスター・ソニック』でも隙が出る。絶体絶命の窮地。


「やむを得ないか! 魔札発射カード・ファイア! 『焔星』!!」


 目の前に迫る氷の鏃が瞬く間に炎に飲まれ蒸発する。傍目で背後を見る。そこにいたのは——弓を構えて魔弾を放ち続けるブルームの姿だった。

 咲久来からカードを渡されたわけではない。あれはクロススラッシャーのタンクから直接撃ち出されている。


「なに!? お前……まさか!?」

「咲久来! 黎! 君たちは愛梨彩を連れて離脱しろ! 殿しんがりは私が務める!!」


 それだけ言うとブルームは弓のまま魔弾を乱れ撃つ。炎、水、土、鋼、風……あらゆる属性の魔法を全てさらけ出していた。

 冷静さを取り戻した俺は言われるがまま、咲久来とともに愛梨彩を担ぎ上げこの場から離れていく。

 言いたいこと、聞きたいことは色々ある。けど、今は愛梨彩だ。こんな状態の愛梨彩じゃ戦えない。いや戦うどころの問題じゃない。生きることすら……!

 一刻も早く彼女のケアをしなきゃだ。頼む、愛梨彩! 絶望しないでくれ!

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