炎神VS雷神/episode86

 *interlude*

 

 ケルベロスもどきにキメラもどきにワーウルフもどき。アインが従える魔獣はいつもと変わり映えがなかった。ロキは難なく魔獣たちを殲滅していく。

 ただ唯一いつもと異なる点がある。それは彼のスレイヴ——サクラだ。

 一向に銃を取る気配がなかった。彼女が戦闘に加わってないからこそ、私たちは優位に立てているのだろう。


「サクラ。戦う気がないあなたを倒すつもりはないのだわ。ここから去りなさい」


 アインと対峙しつつサクラを見やる。彼女はうつむき、苦悩していた。

 学園祭での活躍は私も目の当たりにした。誰かを守るために戦う強い意思。彼女は今、岐路に立たされている。


「私は……」

「同感だな。戦えない人間は去れ。邪魔だ」


 意外にも私の意見に賛同したのは主人であるアインだった。教会の魔術師ウィザードとして奮い立たせるわけでもなく、咎めるわけでもない。棘のある口ぶりだが、まるで遠ざけようとしているみたい。


「アインさん! でも!」

「お前はお前の決断をしろ。選べる道があるのなら、私と同じ道を辿る必要はない。私はこの道しか選べなかっただけなのだから」


 無愛想な男の顔はピクリとも変わらない。けれど声音は思いやりに溢れるものであった。ありありと伝わってくる主従の絆。


「今まで私に仕えててくれたこと……感謝する」


 なにも言わずただ押し黙っていたサクラがハッと顔を上げる。その一言が殺し文句だった。


「わかりました。今までありがとうございました」


 サクラは一礼すると、すぐにこの場から離れた。向かう先はレイとアリサがいる学園のチャペルだ。


「敵ながら見事な器量なのだわ。まさかサクラの気持ちを汲むなんて」


 サクラの心は最初から決まっていたのだろう。足りなかったあと一押しをしたのは皮肉にも教会に隷属している男の言葉だった。


「私は私。咲久来は咲久来だ。道を違える日がくることくらいあるだろう?」


 無精髭の男はなに食わぬ顔で言い退ける。言葉通りドライな性格なのか、はたまたクール気取っているだけで内心は情に厚いタイプなのか。どちらにせよ、それを行動に移せるのは敬意を表さざるを得ない。


「けどいいの? スレイヴなしじゃあなたの『合成』は真価を発揮しないでしょ?」

「貴様の言う通りだ。私には魔力の素養がない。たまたまその場に居合わせたという理由だけで魔女になった哀れな男ワーロックだからな。戦術の幅が狭いことは認めよう。だが……甘く見てもらっては困るな」


 男はカードケースから一枚のカードをドローする。手札にないカードということはつまり——とっておきのカードを切るのだ。


「私とて切り札は温存している。実戦でこれを使わせたのは貴様が初めてだ、フィーラ・オーデンバリ」

「そう……やっぱり四つ目があるのね」


 アインが使える魔札スペルカードは三つ。近接格闘用の『剣式——ヘータ』。防御用の『障壁式——サン』。そして最も多用し、唯一にして最強の魔法である『焼却式——ディガンマ』。シンプルな魔札スペルカード構成でありながら、『合成』を使うことで戦術の幅を広げていた。

 そして彼の魔札スペルカードが冠する名前はどれも使だ。つまり最後の一個……切り札が残っている。


「ワーロックにはワーロックなりの戦い方がある。それを見せてやろう。『昇華式——ショー』!!」


 アインは自身の体の中に押しこむように魔札スペルカードを胸に宛てがう。やがてそれが起点となり、全身に黒炎がいき渡る。

 現れたのは……地獄の業火に身を投じた悪魔。まるでそれはスルトを顕界に呼び出したかのよう。


「身体強化……昇華魔法の使い手である私に対する皮肉ってところかしら?」

「他意はない。これが私の本領というだけだ」


 それだけ言うと男は一枚の魔札スペルカードを放る。たちまち校庭の真ん中に炎の円陣が広がり渡る。

 周りの魔獣をどうにかしないといけない以上、ヒイロを頼ることはできない。『障壁式——サン』内でタイマン勝負というわけね。


「上等よ! 受けて立つのだわ!私はフィーラ・ユグド・オーデンバリ! 北欧一の魔女! 敬意を表し、改めてあなたの名を問う!」

「アイン・アルペンハイム……しがないワーロックだ」

「いくわよ……勝負!」


 開幕と同時に『雷神一体』の魔札スペルカードを切る。日本のことわざにもあるように目には目を歯には歯を……身体強化には身体強化を!


「数で押させてもらうわ! 『雷刀八線らいとうはっせん』!!」


 私は接近しながら連弾魔法のカードを投げ放つ。現れ出た八本の雷の刃が一斉に襲いかかる。


「そうはいかん。『完全焼却式——ディガンマ』」

「『完全焼却式』!?」


 アインが放ったのはディガンマのカード一枚。『合成』を行った気配はなかった。そのはずなのに火球は通常の大きさとは比べ物にならないほど膨張していた。

 私の魔法は瞬間的に消滅していく。それはまるで太陽に食らわれた宇宙の塵のように。


「このっ!」


 咄嗟の判断で宙へと逃れ、恒星の化身を躱す。着地まで数秒の間、あの魔札スペルカード——『昇華式——ショー』について分析する。

 おそらくあれは身体強化だけではなく、魔力の供給とブーストを補助している魔法だ。身から溢れる炎と魔札スペルカードをノータイムで『合成』することで自分の魔法をより高次のものへと変貌させる。だから——『昇華式』。


「無防備を晒したな! 『完全焼却式——ディガンマ』!」

「誰が無防備ですって!! サンダー・ドリル・キックなのだわ! このぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 追い討ちをかけるように打ち上げられた火球が迫る。

 私は足に雷を集中させ、きりもみ状へと変化させる。そのまま落下の位置エネルギーを利用し、火球に風穴を開けて突き破っていく。

 業火を抜けた先に炎の魔人が見えた。このまま押し潰す!


「『大剣式——ヘータ』」


 しかし私の渾身の一撃は炎の大剣によって防がれ、弾き飛ばされてしまう。

 なんとか空中で態勢を立て直し、着地する。


「私のサンダー・ドリル・キックを返すなんて……やっぱり流石ね」


 我ながらシンプル過ぎて逆にダサいネーミングだと思うが勢いでそう叫んでしまっていた。きっとどっかのバカに感化されてしまったのだろう。


「どうだかな? 貴様とてまだまだこの程度ではないのだろう? ユグドラシルの名を冠する北欧一の魔女」


 アインは煽りながらも攻撃の手をやめなかった。長大に伸びた『剣式——ヘータ』を投げ槍のごとく投擲してくる! 速射魔法の代替か!

 私は形振り構わずアインの元へと突撃する。上体だけを軽く反らし、すんでのところで大剣を避ける。足は止めず、ただただ前へ。


「もらったのだわ!」

「甘いな」


 跳躍しながら振りかぶった拳がアインの拳と激突する。だけどここまで詰めれば私の領域だ! すぐさま攻撃を反対の手に切り替える。

 だが——届かない。アインは私の攻撃をことごとく相殺した。何度も何度も相殺され……戦いは次第に組手のようにいなし、攻撃しの応酬へと変化していく。

 近距離戦闘ということもあって、相手の顔がよく見える。彼の顔はやはり無表情で感情の起伏がない。

 だが彼は確かに歯嚙みしていた。苦痛に耐えるように。


「その魔法……まさか自分の身を削って!?」


 間違いない。あれは身体強化でありながら身を焦がす、まさに諸刃の剣だ。ローブが完全に焼け落ちれば自滅することになる。だから最後まで温存していたのね。


「それがどうした。戦いの中で敵の心配か?」

「どうして! どうしてそこまで教会に尽くすの!?」

「語らいをする暇などない! 一気にいかせてもらう!」


 終わらない拳と拳の応酬に終止符を打たんと、アインの体の炎が溢れんばかりに逆巻く。


「『全焼昇華式——ショー』」


 纏った炎を吹き飛ばさんとばかりに熱波が襲いかかってくる。この距離では……避けられない!


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 火の粉を全身に浴び、熱気が私を貪るように襲いかかる。

 吹き飛ばされた私は身悶えながら地面を転げた。火を……火を払わなければいけない。このままでは継続的にダメージを受けることになる。

 私は身に残る力を振り絞り、思いっきりローブを脱ぎ捨て敢然と立ち上がる。


「まだよ……まだまだなのだわ」

「流石だな……お互い焼け焦げてもまだ立つか」


 見るとアインの体からローブが焼け落ちていた。残骸と思しき破片が黒い羽根のように彼の周囲に舞い上がっている。

 あの一撃は限界時間バーストに達する前に炎を振り払う意味もあったようだ。満身創痍ではあるが致命傷にまでは至っていないらしい。

 幸いこちらもローブと『雷神一体』のオーラのおかげでなんとか継戦することはできる。ここから先はどっちが先に一撃を決めるかのサドンデス。私は再び構える。


「やめておけ。もう勝負はついた。これ以上は無駄な戦いだ」

「なに言ってるの!? 私はまだ負けてないのだわ!」

「そうではない。あれを見ろ」


 アインが指差していたのは真後ろの建物だった。校庭を取り囲むように建てられた校舎のさらに奥。黒く禍々しいオーラが立ちこめる学園の教会チャペルだ。


「まさか……賢者の石が起動したの」

「そういうことになるだろう。となれば我々の戦いは無意味だ。もはや魔女同士で争う意味はない」


 それだけ言うとアインは炎のサークルを解き、グラウンドを後にした。

 まさか……アリサたちが負けた? いやそんなはずはない。私は信じて彼らを送り出したんだから。

 けれど肌感覚でわかる。この瘴気は普通じゃない。アインの言うことに間違いはないのだろう。


「アリサ……レイ……ブルーム。嘘……よね?」


 私はその場で立ち尽くすことしかできなかった。


 *interlude out*

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