最終決戦/episode100
城門を守る番兵が夥しくひしめきあっている。十指では到底足りないし、ここにいる全ての人間の指の数を足しても届かないだろう。
「思った以上に数が多いのだわ……突破するのは難しいかしら?」
大剣を構える虎顔の魔装機兵。それを見たフィーラがぼやいた。予想外の配備数で、改めて綾芽の傀儡魔法の恐ろしさを思い知った。
「ここは私が受け持つよ。けど、進路を開くには少し時間がかかるかもしれない」
一対一なら負け知らずであろうブルームでも、流石にこの数は荷が重いようだ。珍しく彼女が自信なさげに答えた。
「だったら全員で——」
「待ってましたわよ、野良の魔女のみなさん!」
俺の提案が別の声によって掻き消される。この高慢で不遜な言葉づかい——知っている。
魔女の影が俺たちと魔装機兵のちょうど真ん中に降り、立ちはだかる。上品に緩やかな曲線を描く茶色の髪と見慣れぬ黒のローブが風になびく。
「百合音!? なんで!?」
現れたのは争奪戦から降りたはずの魔女、大河百合音であった。
「ふふ! いいリアクションですわ。きた甲斐があったというもの!」
驚きを隠せない愛梨彩のリアクションに百合音はご満悦であった。喜色を湛えて、口角を緩めている。まるで彼女のリアクションまで計算の内だと言わんばかりに。
「なんであんたがここにいるんだ? 争奪戦から降りるって俺と約束したはずだろ」
思わずぶっきらぼうに言葉が漏れる。
百合音はこの戦いに心底からうんざりしていた。ソーマに命を奪われ、体をいいように弄ばれ、一時期は自我すらも奪われていた。
彼女の言葉に嘘偽りはなかったはず。わざわざ舞い戻ってきた理由はなんなのか……到底わからなかった。
「ええ、教えてあげましょう! つまり……こういうことですわ!!」
百合音が瞬時に身を翻す。それと同時に放たれたのは一枚の
「な……!」
「へぇ、これは頼もしい味方の登場だね」
まさかここにきて野良に増援がくるなんで夢にも思わなかった。ブルームが笑みをこぼすのも頷ける。
しかし攻撃を受けた機械兵たちも黙ってはいない。ゆっくりと隊列を前に進め始めた。
「
「案外律儀だったのね。太刀川くんの判断は正しかったってところかしら?」
「どうかな? もしかしたらお兄ちゃんに助けられて惚れちゃったとかかもしれないよ?」
ブルームの一言で百合音の耳が茹で蛸のように真っ赤になる。まさか……図星なのか。
「ち、違いますわ!! ただ借りを返したかっただけです! 他意はありません!」
「はいはい。けど諦めた方がいいと思うよ? だって私のお兄ちゃんは筋金入りの一途だからね。決めたことは死んでも曲げないから。死んでもね」
「知っていますとも。だからこそ感化されてしまったのでしょうね」
なおも迫りくる鎧の軍勢。だが、そんなこと気にせんとばかりに
こちらが気恥ずかしくなる内容ばかりで、まさに公開処刑。しかし同時にこの調子の二人なら進路を開いてくれるとも確信した。
「ともかく。先を急ぐのでしょう? ここは
「いこうぜ黎、九条。俺たちには戦うべき相手がいる」
緋色の言葉に俺と愛梨彩は頷く。
ここは信じて任せよう。この先には親父と綾芽と貴利江……そしてハワードがいる。ここで足止めされるわけにはいかない。俺たちは戦うべき相手と決着をつけるんだ!
「じゃ、私たちで進路を作るとしますか。私についてこれるかな?」
「上等ですわ! 争奪戦から離れていた間なにもしていなかったと思ったら大間違いでしてよ!?」
「——『
「『
一瞬で二人の魔女がその場から消える。それは間違いなく
「今なのだわ! 通り抜けるわよ!」
フィーラのかけ声と同時に一気に駆け抜ける。周囲の魔装機兵たちは目にも止まらぬスピードで薙ぎ倒されていく。大丈夫、百合音とブルームならこんな機械人形ごときに負けはしない。
城門を抜け、内庭へと出る。そこで待っていたのは紫の髪を束ねた和装の麗人。
「フィーラさん、待っていたでありんす。ようやくきんしたねぇ」
二宮綾芽が蠱惑的な笑みを浮かべて佇んでいた。
城門と同様、ここにも取り巻くように白の魔装機兵がいる。そして彼女の傍らには
「お前……貴利江だな。そうかよ、お前も決戦仕様ってわけか。カッコいいじゃねぇか、チクショー」
「この鎧——魔装機兵『朱雀』こそ自分の本当の姿。量産型『白虎』とも
『朱雀』という
この短期間で専用機が仕上がるわけがない。「本当の姿」と言っていることからもハワードと組んだ時から貴利江に与えられることになっていたのだろう。岩の鎧はそれの再現に過ぎなかったということか。
「こいつの目的は私とヒイロなのだわ。それ以外は眼中にない」
「フィーラの言う通りだぜ。ここで決着つけなきゃ漢が廃るしな! 心配しないで先にいけ!」
フィーラと綾芽、緋色と貴利江の因縁。どうやら敵も同じ想いのようだ。二人は俺と愛梨彩には目もくれず、宿敵だけを捉えていた。今この場は彼らだけの世界だ。
「いきましょう、太刀川くん。私たちには私たちの、彼らには彼らのやるべきことがある」
「ああ、そうだね」
であるなら、この場に残るのは無粋というもの。エールの一つでも送って先を急ごう。
「二人とも……必ず勝てよ」
「誰に言ってるのよ! 私の相棒が誰だか知ってるでしょう?」
「『勝ちに代わるヒーロー』に負けはねぇよ!」
緋色とフィーラが笑顔で揃ってサムズアップを見せる。
大事な勝負前に必ず言う緋色の口癖……その言葉を聞けただけで安心できる。俺と愛梨彩は目を合わせて頷き合い、再び歩を進める。
なんの抵抗もなく内庭を素通りし、目指すは王の間だ。しかしその前には広間を抜ける必要がある。俺の予想通りならそこには衛士がいる。俺が倒すべき相手がいるはずなんだ。
「待っていたぞ、黎」
「父さん……」
特徴的な黒の長髪に、貼りつけたようなにやけ顔。見ているだけで毒突きたくなる。
俺は静かに
「やっぱり相手はお前かぁ。そうだよなぁ」
「そうだよ。あんたの相手は俺だ! あんたの間違いを正すのが息子である俺の役目だ!」
言葉こそ滾っているが、頭の中はしんと静かだ。大丈夫、冷静に状況を見れている。ここで俺が父と戦えば、残るはハワードのみだ。
「いって、愛梨彩。ハワードが求めているのは君だけだ。ここは安全に通れる……そうだよな?」
今や邪魔者は俺一人だ。その俺がここに残る選択をすれば、愛梨彩を無事ハワードのもとへ送り届けられる。彼女は彼女の役目を全うできる。
「まあそうだわな。魔女さん殺して魔術式を喪失させたら、ウチの大将はカンカンだろうし。九条愛梨彩が一人でいくならこちらにとっては願ったり叶ったりだ」
「……わかった。先をいくわ」
反論の一つせず、愛梨彩は受け入れてくれた。これが状況の最適解であることは彼女もよく理解していたのだろう。
「太刀川くん」
この場を後にしようと一歩踏みこんだ足がはたと止まる。ゆっくりと振り返った愛梨彩は俺を見据えていた。なにも言わずに続く言葉を待つ。
「……三度目はないから」
その言葉を聞いてなぜだかふっと口角が緩んでしまう。
なんとわかりづらい激励だろう。二度も死んだ俺への皮肉にすら聞こえる。けど死線を越えてきた相棒だから、その言葉の本当の意味はわかるよ。
——死なないで、太刀川くん。
「大丈夫だよ、愛梨彩。こんなやつすぐに倒して、追いつくから」
緋色やフィーラを真似るように親指を立てる。
その言葉を聞いて安堵したのか、愛梨彩は振り返らずに駆けていく。俺はたった一つの嘘を抱えて彼女の背中を見送る。
——ごめん、愛梨彩。俺はこの戦いの果てで君を殺さない。
けれど今だけは同じ想いだと信じている。ハワードを止めたいという気持ちは同じだと信じているから……君を先へと送る。
話をするのは……全てが終わってからだ。
「随分な言われようだなぁ。カッコつけちゃってよ。まあ息子がそれだけ成長したってことかねぇ」
愛梨彩がいなくなるのを確認した親父がしみじみと口にする。だが言葉とは裏腹に大剣を構えている。試合う準備はできていると態度が告げていた。
俺を裏切り、教会を裏切り、逆賊に加担したこの男の所業は許せない。理由がどうあれ、俺はあんたの選択は間違っていると思う。
——間違っていると思ったら否定する。
相棒だろうと肉親だろうと……いや相棒だからこそ肉親だからこそだ。親しい相手にこそ全力で衝突するんだ。ありったけの想いをぶつける。そう決めたんだ。
「これから嫌というほど教えてやるよ! 俺の成長っぷりをな!!」
成長の果てに見つけた主張を通すために戦うさ。俺は『
「俺は俺の大切なものを守るために戦う! それが俺の選んだ道だから!」
自分がやることは今も昔も変わらない。ただ一人の大切な人を守るために。
迷わずいけ! 全力でぶつかれ! 自分の想いを剣に乗せて、先へと進むんだ!
愛梨彩とともに笑い合える未来へ!!
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