0→1/episode101

 双剣と炎の大剣が火花を散らせてぶつかり合う。防いでは攻撃し、攻撃しては防いで……拮抗した戦いが続く。

 八神教会で剣を交えた時と同じだ。俺の攻撃は決定打に欠ける。このまま続ければいつか致命的なダメージを受けかねない。これが決戦である以上、父が手を抜くわけがない。


「なら全力でぶっ倒すだけだ! 『ただ一人を守るための剣翼セイブ・ザ・ワン』!!」


 背中から現れる剣の片翼。俺は遠ざかりながら翼をはためかせ、『解き放つ意思の羽剣フェザー・バスタード・ショット』を炸裂させる。


「おお!? なんだ、そりゃ!? お前の武器魔法はなんでもありか!」


 親父が素っ頓狂な声を上げるが目は笑っていない。飛来する刃の弾丸を風を纏った大剣で振り払っていく。動きに無駄がない。


「遠距離攻撃はダメか! なら……接近戦で!!」

「お前の考えなんざ見え見えなんだよ、黎!!」


 身を翻し、突撃を試みる。しかし阻むように目の前に剣の壁が現れる。いや……壁じゃない。これはだ。


「『同じ想いを守るための剣翼セイム・ザ・ワン』……なんてな」


 俺とは逆の位置——ちょうど鏡写しになるように親父の背中から剣の大翼が生えていた。


「腕の魔術式を起動させてマネたのか……」

「なんだよ、切り札パクられたってのに随分と冷静じゃないか」


 切り札が通用しないとわかって、冷静でいられるもんか。

 俺と父の魔法のルーツは同じだ。故にソーマとは違い、正真正銘同じ力でぶつかり合うことになる。俺は戦法であの父を上回らなくちゃいけない。


 ——できるか? いや、やるしかない!


「信念を持たないあんたに……負けるもんかよ!!」

「そこまで息巻くなら見せてみろ! お前の信念とやらをなぁ!!」


 自身を鼓舞し、再度吶喊する。対する親父も全力でこちらへと向かってくる。広間の中央で俺たちは激突し、辺り一面に衝撃波が広がっていく。


注力最大フル・アクティブ!!」

「うぉ!?」


 双剣にありったけの魔力をこめ、大剣を弾いた! 俺はすかさず『解き放つ意思の羽剣フェザー・バスタード・ショット』を放つ。


「まだまだぁ!!」


 瞬時に体勢を立て直した父は先ほどと同じように振るった剣圧で羽の鏃を弾いていく。そして俺と同様に『解き放つ意思の羽剣フェザー・バスタード・ショット』を放った。


「同じ技なら!! 『二つの破壊炎刃ツイン・バスター・ソニック』!!」


 両手の剣を振るい、炎の刃を飛ばして羽を迎撃する。爆煙が広間を覆った……今だ!


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺は全速力で爆煙内へと突入する。加速した翼は煙を切り、父の姿を目視で捉えた。このまま一気に壁際へと押しつける!!


「ほぉ……ここまでの魔力放出ができるようになるとは。流石は太刀川の人間だな。お前に才能はあったってことか」


 嘲るような皮肉が広間にこだまする。攻撃が読まれていた。親父も煙の中で加速していたんだ。


「魔力がないからって理由で見放したあんたが言うことかよ!!」

「それだけの理由でお前の記憶を消したと思っているのか?」

「なに!?」

「親の心子知らずとはこのことだな!」


 親父が剣に纏った暴風を解き放った。拮抗した鍔迫り合いが崩れる!


 ——まずい……このままでは俺が壁に押しやられる!


「クソ!」


 なんとか翼で制動をかける。けれどそれも束の間。大剣を振りかぶる親父の姿が目に映る。俺は反射的に自身を翼で覆った。


「『補助付加:消去アディショナル・スペル:イレイズ』」

「そんな……!」


 起動詠唱スペルが響いた直後、剣の翼はいとも容易くもがれてしまう。空を飛ぶ力を失えば、ただ地へと堕ちるしかなかった。

 広間の床に転げ落ち、俺はそのまま倒れ伏す。


「もう観念したらどうだ?」

「うっ……!」


 展開していた魔札スペルカードを手に取ろうとした瞬間、上から圧力がかかった。親父の足がローブの外に露わとなった右腕を封じていた。

 ダメだ……まだ諦めるわけにはいかない。こんなところで親父に負けて、ハワードに愛梨彩を渡すわけにはいかないんだ。


「こんなところで終われるか……俺はまだちゃんと言えてないんだ。愛梨彩に想いの丈を伝えるまで……諦めるもんか」


 嘘を抱いたまま見送った彼女の背中。それを最後にしたくはなかった。自分の想いをちゃんと伝えて、愛梨彩を救う。そんなハッピーエンドが叶うまで足掻き続けるんだ……!

 俺は反対の手を伸ばし、カードを掴もうと藻掻く。


「お前なぁ。はぁ……これだけはしたくなかったんだが……」


 左腕に鈍く、痛みが広がっていく。沸騰するような体温の中に冷たい感触が入ってくる違和感。溢れ出る血の濁流。


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 大剣が容赦なく俺の左腕を刎ね飛ばしていた。身を焼くような痛みに耐えられず、絶叫が迸る。


「これでお得意の双剣は使えなくなった。その体じゃもう戦闘は無理だろ。ハワードが九条の魔術式を継承するまで大人しくしてるんだな。俺もお前を殺したいわけじゃない」


 親父は足を退かし、踵を返す。俺にもう用はないと言うように、王の間へと続く扉を目指していた。

 あそこには愛梨彩がいる。このままやつをいかせたら俺たちの負けだ。死ねないと悟った彼女はハワードに魔術式を渡してしまうかもしれない。

 それだけは止めなきゃ……俺には君を救う手段があるんだ。絶望から君を救えるんだ。


 ——絶望的な状況。『それでも』俺は諦められないんだよ!!


「双剣が得意……なに勘違いしてんだよ」


 俺は残された片腕を床に突き、体を起こす。すでに魔力も体力も限界に近い。でも立てる。なんたって俺の十八番はだ。


「どうして立つかねぇ……そんな状況でも使える魔法があるのかよ?」

「ああ! とっておきがな!!」


 自分の胸に魔札スペルカードを押し当てる。背中から再び誓いの証セイブ・ザ・ワンが姿を現す。そして……翼に全魔力を集中させる。

 現出せよ。魔剣のごとき黒き翼。


「馬鹿な!? どうして一つの魔札スペルカードにそこまでの力が宿せる!?」

「どんなに俺の魔法と同じことができてもこの技だけはマネできないだろ……? この技は魔力がなかった俺だからこそできる技なんだから」


 訓練を積んだ魔女や魔術師は魔力を安定放出させて使うことが身に染みついている。だが、俺は違う。借り物の魔力、紛い物の力。つけ焼き刃の訓練しかせず、実戦で力を磨いたエセ魔術師だ。


「そうか……お前に魔力の扱い方を教えたことなかったもんな」


 魔力がなかった俺は限界値なんてわからなかった。あの日、手に取った魔刃剣に全力を注いでしまったのもそのためだ。

 コントロールするすべを身につけてからもずっと俺は剣に全力を、ありったけの想いをこめてきた。それがゼロかイチしかわからなかった俺だけの強みだったから。ならば……これが俺の得意技だろう!

 剣の翼は天井に届くほどの魔力を纏い、黒く揺らめく。

 いくら『同じ想いを守るための剣翼セイム・ザ・ワン』でも使用者のリミッターが外れていなければマネできまい!


「魔力のなかったお前がここまで成長するとは……可能性ってのはわからないもんだなぁ」

「ああ、そうさ! ゼロだからって諦めたりはしない。最初はゼロだったとしても足掻き続けることで可能性を広げられるんだから!」


 この技は俺の生き様の具現だ。何度打ちのめされても、何度絶望が襲いかかろうと『それでも』と言い続けた折れない意思そのものだ。


「それがお前が成長し、たどり着いた答えか」

「ああ! 俺の成長の証。受けてもらうぞ、父さん!! 『折れない意思よ、際限なく舞い上がれスカイ・イズ・ザ・リミット』!!」


 魔力を纏った翼が抵抗なく、振り下ろされる。父は……ただ受け止めることしかしなかった。俺の可能性を信じるように。


「父さん……!!」


 巻き起こった爆風と砂煙をかき分け、俺は父のもとへと足を進めていた。最後までわからなかった。父さんがなにを想っていたのか。どうして最後の一撃を受けたのか。


「なんだ、お前……ものすごく強くなってるじゃんか。父さん嬉しいぞ」


 横たわる父に寄り添う。満身創痍なはずなのに、顔は喜色を湛えていた。


「なんなんだよ、あんた!! 息子である俺を洗脳したくせに、今は成長を喜んでさ!! 家族のはずなのに……全く父さんの心が……読めないよ」

「馬鹿野郎……読まれないように取り繕ってたんだよ」

「え……?」


 ずっとなにかを隠しているとは思っていた。それがまさかだったなんて。父さんは……理由があってハワードに加担していたのか。


「魔力のないお前に魔術師としての価値はない。だが俺はな、同時に安心したんだ。お前が魔術の世界と関わらず普通の世界で生きていけることに」

「今さらなに言ってんだよ……そんなの嘘だろ。あんたが……俺の幸せのためにしたことだったなんて」


 まだ心が受け止めきれなかった。口では父を否定してしまう。嘘偽りない言葉だって……わかるはずなのに。


「親っていうのはよくわからない生き物でな。息子に自分の希望を押しつけようとしていたのに、別の幸せの道を見つけたらついそっちに目が眩んじまう。まあどっちにしてもお前は俺にとって期待の息子だったんだよ。魔術の世界で生きようが、普通の世界で生きようがお前が幸せならそれでよかった」

「じゃあ、なんで太刀川から魔女を……」

「同じだよ、黎。俺は巨悪に立ち向かって世界を救えるような人間じゃない。けど俺なりに自分の大切なものだけは守ろうと思ったんだ。太刀川家は魔術の世界と無関係になることはできない。価値がなくなれば没落した武之内のように見放され、潰される。価値のない家ほど切り捨てられるんだ」


 廃寺になった善空寺を思い出す。誰もいない空虚な荒れた地。あれは潰されたあとだった。

 廃れたとしても魔術師の血筋であることに変わりはない。教会に所属している人間の中で一番不必要だったのは魔法の知識をかじっている一般人に違いなかった。

 魔法という神秘を秘匿したい魔導教会からしたらグレーゾーンの人間はいらない。切り捨てられても仕方ないということなのか。


「だからこそ権威を取り戻し、家族の安全を……ひいては一族の安全を保証する。そのためには……どうしても太刀川から魔女を輩出する必要があったんだ」

「ハワードに味方したのも……」

「俺が焦った結果だな。ハワードが新たな体制を築けば太刀川は功労者として地位を得る。魔女を輩出するよりもそっちの方が手取り早く一族を守れるだろ? どっちにしろお前や家族の幸せを守れるならそれでいいって……思ってたんだけどな」


 全ては俺のため、家族のため。

 今の太刀川家は父が教会に恭順を示したことで、かろうじて首の皮一枚繋がっている状態だったんだ。

 けどそんな状況がいつまで続くかわからない。期待の息子は魔力ゼロ。だからこそ父は焦った。自分が教会にいられる内に魔女を輩出しなければと。権威を取り戻すにはなりふり構っていられないと。

 全ては不器用な彼なりに守るべきものを守ろうとした結果だった。


「だからって……だからって息子に刃向けてたら本末転倒だろ!?」

「そうだよなぁ。父さんが間違ってた。いつの間にか……目的を履き違えてたんだなぁ」

「気づくの遅いんだよ……!!」

「遅いよなぁ。お前の可能性の輝きを見た時にやっとそのことに気づいたんだから。俺は絶望や失意に負けて、足掻くことをやめてたんだって」


 父さんは嬉しそうにはにかんでいた。自分の行いを悔いるよりも、可能性に気づけたことを喜んでいたんだ。


「それが……最後の一撃を受けた理由」

「あの時、答えが決まった。今のお前なら大丈夫だって。しっかり成長を……可能性を見させてもらったからな」


 短剣を呼び出し、父は自らの腕に突きつけた。俺が失ったのと同じ左腕。太刀川の魔術式が宿っている方の腕だ。


「こいつをやる。本当は継承してやりたいが、生憎移植しただけの俺には継承権がなくてな。なにより——」

「なにより魔力のない俺じゃ継承できない。そうだろ?」

「よく知ってるじゃないか」


 移植した部位は自身の魔力と紐づけなければ、継承することはできない。切り離したパーツをもう一度、回路として組み直す必要があるからだ。だから借り物の魔力を使う俺は継承できない。


「けど……いいの? 俺がもらって」

「こんな死際にいいも悪いもあるかよ。それに継承できるかどうかが全てじゃない。お前の可能性を信じ、太刀川の正統後継者と認める。本来現れることがなかった太刀川の魔女としてな」

「俺が……太刀川の魔女」


 存在しないはずの太刀川の魔女。その力を俺が受け継ぐ。継承ではなく……想いと可能性を託された者として。


「大丈夫だ、お前は胸を張れ。今のお前なら任せられるって俺が認めたんだからな」


 そう言うと父は有無を言わせず、俺の左腕に自らの左腕を宛てがった。内から熱い魔力を感じ、それが体へと馴染んでいく。

 感覚を確かめるように左手に目を落とす。これが……太刀川の魔術式。


「存在しなかったはずの魔女の力を持つ騎士。ゼロの魔女騎士ウィッチナイト……だな」

「ゼロの……魔女騎士ウィッチナイト


 存在しない、なにもない——ゼロ。昔はなにもない自分が嫌だったけど、今は違う。


「ないからこそ欲する。ゼロだからこそイチという可能性を探し続ける。ゼロは進み始めるためのスタートの数字。そうだろ?」

「ああ! ゼロだけど……いやゼロだからこそ諦めたくないんだ!」


 ゼロは絶望の数字なんかじゃない。ないからこそ足掻き、泥まみれになりながらも必死で手に入れようとする。今をよりよくしようと創造する、始まりの数なんだ。


「いってこい、黎。俺はお前の可能性を信じることにしたからさ。ああ、息子の成長を見れるのは……いいもんだな」


 父が静かに目を閉ざす。寝顔に似た穏やかな表情。俺に託して、思い残すことはなくなったのだろう。


「……いってきます!!」


 涙は浮かべず、宣誓するように快活に叫ぶ。

 想いは受け取った。俺はどんなに絶望が待っていても諦めずに進み続けるんだ。父さんが与えてくれた称号——可能性を切り開く、ゼロの魔女騎士として。

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