不倶戴天/episode102

 *interlude*


「よくきてくれました、愛梨彩さん」


 王の間への扉を開き、ハワードと対面する。近くに護衛は見当たらない。彼は歓迎するように穏やかな笑顔を向ける。


「生憎魔術式を渡しにきたわけじゃないのよ、ハワード」


 野良の魔女としてあなたを止めにきた。信じていたあなたに裏切られたのは悔しいけど、少しは情が残っている。近しい存在でありながら、あなたの闇に気付けなかった私が引導を渡すのがせめてもの報いになるはず。


「おや、そうですか。あなたは自分が救われなくてもいいと言うんですね」

「永遠という時間を生きて、狂った魔女になりたくない。けど、だからと言ってあなたのような蝙蝠男に渡して悪用されるのはもっと嫌なの」

「あくまでこの世界の害になりたくない……そういうことですか」

「その通りよ」


 賢者の石が偽物だとわかったあの日、私は普通への憧憬も羨望も捨てた。自分は魔女だ。魔女にしかなれない。

 だから私のせいでこの世の害になる要因は排除しなくてはならない。今はその信念だけが私を突き動かす。


「では仕方ありませんね……実力行使といかせてもらいましょうか」


 部屋内に指の音が鳴り響く。それと同時に壁を破るように機械仕掛けの龍が現れる。


「魔装機兵!? けど動力は……そういうことね」

「賢者の石を駆動システムとして搭載させていただきました」


 四つ足の青龍の中から彼の声が聞こえる。どうやらあれも立派な鎧らしい。魔力のない人間でも、あの巨体の中に賢者の石という魔力リソースを積めば動かせるというわけね。


「もう一度問います。愛梨彩さん、大人しく魔術式を渡してください」

「そうはさせるものか!」


 私が答えるよりも先に別の声が応答する。声の主は天井を破り、床へと着地する。白い髪に、白のローブ——ソーマだ。


「どうしてあなたがここに!?」

「勘違いするなよ。私はただ主の敵討ちをしにきただけだ」


 ソーマは私と機械龍の間に敢然と立ちはだかっていた。どうやら引く気はないようね。


「錬金術師協会の同僚だったよしみだ。受けて立ちましょう、ソーマ・ミッチェル・ホウィットフィールド。あなたが設計した魔装機兵でアザレアに会わせてあげますよ……地獄の底でね!」

「逆賊は排除するまでのこと!!」


 機械龍と魔女の騎士が一騎討ちを開始する。ソーマは開幕から光子の翼を纏い、スピード勝負へと持ちこむ作戦だ。


「装甲ごと断ち斬る!!」


 『オーラ』という電子音が鳴り響くと同時に剣が燃え上がる。勢い任せに腕部の装甲へと振るい下ろすが、効果がない。弾かれている。


「その程度の斬撃ではねぇ!!」

「くっ! 賢者の石の魔力を『オーラ』にして纏っているのか……!」


 羽虫を払うように機械龍の腕が振るわれる。すんでのところで躱すが、ソーマの顔には余裕がない。


「私が援護するわ! その隙にあなたはコクピットを!」

「うるさい! 手出しするな! これは私の戦いだ!!」


 私の提案を聞く耳を彼は持っていなかった。完全に冷静さを欠いている。しかし、ソーマの気持ちがわからないわけではなかった。


 ——戦いは任せて、私は分析をするしかない。


 ソーマはめげず、諦めずに何度も何度も龍にぶつかっていった。離れては光線を駆使し、死角を狙うように剣撃を見舞う。

 あの青い龍の装甲は簡単に破れるものではない。ソーマの言葉から察するにあれは魔力を帯びて青く輝いているのだろう。

 となると、近づいて触れたところで『逆転再誕リバース/リ・バース』の効果が発揮されることはない。現状、正攻法での攻略は不可能ということだ。


「ちっ……! あそこでもないか!」


 吹き飛ばされ、壁に激突したソーマが独り言ちた。まるでなにか弱点を探っているようだった。

 追撃するように炎のブレスが彼を襲う。間一髪逃れるが、ローブはすでにボロボロ。次の致命傷を避けられるかどうか……


「諦めたらどうですか? 今までのあなたがそうであったようにね」

「確かにお前にはそう見えるのかもしれないな、私は。だが絶望に屈したことはあれど、諦めたことなど一度もないぞ! 私は最後までアザレア様を救うために動いていたのだから!!」


 翼が光を思わせる速さで羽ばたく。息もつけぬほどの連続攻撃が繰り出される。


「そのアザレアはもういないんですよ!! あなたが負けたせいでね!!」


 攻撃を受けても機械龍は未だに健在だ。しかし痺れを切らしたのか、龍の全身がさらに輝き出す。

 次の瞬間、全身の刺から大量の光線が発射される。荒れ狂うような無差別攻撃が降り注ぐ!

 身の危険を感じた私は『逆転再誕リバース/リ・バース』で飛来する光線をかき消す。ソーマも翼を使ってなんとか致命傷は避けているようだった。


「殺した張本人が言うことかぁぁぁぁぁ!!」

「私はあなたのような主人に忠実な人間が気に食わないんですよ!!」

「お前はその忠義に破れるんだ! 死してなおも敵を討たんとする忠義になぁ!! 『光線剣技——アルムリフ』!!」


 激昂したソーマが腹部目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。それは自身を一条の光の矢に変える吶喊。自身へのダメージを顧みず、的確に急所を刺し穿つ渾身の一撃だ。


「まさか……この短時間で!?」

「私は魔装機兵の設計者だぞ。これくらい造作もないことだ」

「ソーマぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ソーマの必殺技は決まった。だが、突き抜けるまでには至っていない。龍の前面装甲を割っただけだ。彼は今、龍の懐で無防備を晒している!


「ソーマ!!」


 たまらず私も声を上げてしまう。あんなに憎い敵だったはずなのに、「避けて」と願ってしまう自分がいた。


「はは……これで一矢報いたぞ、ハワード・オブライト・ルイスマリー」


 しかし、その願いは届かない。ソーマは龍から吐き出される炎の奔流に飲みこまれる。

 最後まで忠節を尽くした魔女の騎士の戦いが……幕を閉じた。


 *interlude out*


 傷だらけの体を押して、王の間の扉を開ける。途端、俺は目を疑った。こんな光景を想定していなかった。

 それはさながら英雄譚の一ページのようだった。光の翼を纏った魔女の騎士が鋼鉄の龍を討ち取らんとしている。龍の腹には風穴が空いており、討伐目前に見えた。

 だが、致命傷を受けても龍は怯まない。腹部に突き刺った剣を騎士もろとも吐息で吹き飛ばそうとしていた。


「ソーマ!!」


 思わず好敵手の名前を叫んでしまう。

 彼は笑っていた。喜色を浮かべるようなものではなく、満足そうな笑みだった。

 青い炎を受けたソーマが吹き飛ばされる。ローブは跡形もなく、体のあちこちに炎がつき纏っていた。


「お前……なんで!」


 駆け寄った俺は尋ねずにはいられなかった。問い詰めるように彼を抱え起こす。


「太刀川黎か……ふっ、見ればわかるだろう。仇討ちだよ。首は……取れなかったがね」

「アザレアへの忠義を果たそうとしたのか。愛梨彩! 回復を!」

「ええ!」

「君たちは……本当に甘いな」


 愛梨彩が手を宛てがい、『逆転再誕リバース/リ・バース』を発動させる。しかし息は絶えそうになったままだった。

 それでもソーマは必死に言葉を紡ごうとしていた。最期に懺悔するかのように。


「あの方は五〇〇年という長い間、狂うことなく魔導教会を治めていた。しかし……五年前のことだ。アザレア様は夢を見たと言っていた。魔女が自由に生きる世界の夢。その日からだ……彼女が変わり果てたのは」

「夢……? そんな曖昧なもののためにアザレアは新世界を作ろうとしたって言うの?」

「きっかけなんで些細なことで……充分だったんだよ。五〇〇年の間に鬱憤が積もりに積もっていたのだから……ちょっと触れただけで瓦解するのさ」


 ソーマの答えを聞いた愛梨彩は苦虫を噛み潰していた。

 どんなに正しいことをしていた人間でもふとしたきっかけで壊れ、狂ってしまう。それが魔女の抱える闇であり、恐れだ。彼女はアザレアの過去を聞いて、改めて思い知ってしまったのだろう。


「変わり果てた彼女を……私は止められなかった。生き地獄を生きた人間にはそうするだけの権利があると思ったから……納得してしまったからな。だから古くからこの秋葉で行われていた儀式……賢者の石争奪戦を利用したんだ。ほかの魔女を犠牲にしてでも愛する人の幸せを掴みたいと……思ってしまった。狂った魔女を愛するためには私自身も……狂うしかないと」


 世界と愛する人の天秤。それは主観でしか重さを測れない。

 彼の天秤は世界よりも愛する人の幸せの方が重いと示した。迷いながらも、なにをしてでも幸せを掴むのだと決意したのだろう。


「俺を倒すことにこだわってたのはやっぱりそのためだったんだな。自分の迷いを断ち切るために……俺を倒そうとした」

「君は私の鏡だった。主人を全肯定してしまう自分と主人の間違いを否定すると言った太刀川黎。世界を敵に回す選択をした私の選択が正しかったと証明できるとしたら……それしかなかった。君を下した時に初めて、私は胸を張って正しい行いをしていると言えると思ったのさ」


 最後に剣を交えた時、ソーマから悲痛な叫びが聞こえた気がした。迷いながらも主人に尽くそうとしているのだと……知った。

 彼の告白を聞いて改めて思う。やっぱり俺たちは同類だと。


「だが終わってみればこのザマだ。私は迷いを捨て切れず、狂い切れず結局……なにもできなかった。仇討ちすら叶わなかった。哀れな男だよ。なあ、太刀川黎。私は……どうするべきだったんだ?」


 ソーマが俺を仰ぎ見た。子供がわからないことを知ろうとするような純真無垢な眼差しだった。


「主人が間違いそうになったら止めるのも従者の役割だ。どんな手段でも幸せは訪れるかもしれないけど……間違った手段で掴んだ幸せは一時的なものだ。その結末は……きっと悔いが残る」


 俺は誰にこの言葉を告げていたのだろう。ソーマにか? 自分にか? ……それとも?

 ただ一つ言えるのはこれが自分の嘘偽りない覚悟だということだ。咲久来が念押ししてくれたように、悔いの残る選択はしたくない。愛する人の幸せを正しい選択をして、掴み取りたい。


「だから君は現状対して『それでも』と口にするのか。悔いを残さぬために」

「ああ。みんなが幸せになれる結末がほかにあるのなら……『それでも』と言うよ。可能性を信じて」

「そうか……目先の幸せしか見えていなかったのだな。本当にバカな男だよ、私は」


 腕の中で男は目を閉ざしていた。自分の行いを省みているのだろう。だが、その顔に憂いは微塵もなかった。


「龍の腹部……あそこがジェネレーターだ」

「え?」


 ソーマが俺を見据えながら言葉を紡いでいた。驚き、思わず問い返してしまう。


「やつの主動力は賢者の石。腹部からそれを抜き取れば勝てると言ったんだ。賢者の石の余剰魔力による装甲の硬化を打破するにはそれしかない。まあ、やつの動きを止められればの話だがね」

「はっ、上等だよ。止めてやるさ」

「不本意極まりないが……君たち野良の魔女に後を託すよ」

「ああ、任せろ」


 安堵したのか、ソーマはふっと笑みを浮かべた。そして、眠るように目を閉ざす。


「大丈夫、一命は取り止めたわ。気絶しただけ」


 愛梨彩から生きていることを確認した俺は、ソーマを部屋の隅へと担ぎこむ。

 そして……青き機械龍と対峙する。これが正真正銘最後の決戦だ。ソーマの想いも、親父の想いも……無駄にはしない。こんな馬鹿げた悲劇はここで終わらせる!

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