勝利に代わる緋色の槍/episode103
*interlude*
「『全壊焦土——ストライク・レーヴァテイン』!!」
戦いが開始してから数十分。『
「隙ありです!!」
「させないのだわ!! 『
加えて縦横無尽に空を飛び回り、爆撃機のように魔弾を放つキリエの『朱雀』がいる。茶色に近い、暗い血のような赤い機体色。ヒイロへの皮肉といったところだろうか。
量産機を殲滅するロキのカバーを私が行い、キリエを相手することでなんとか凌いでいるが……
「このままじゃ埒が明かない……これは正直キツいのだわ」
「奇遇だな。俺もそう思ったわ」
私たちは背中を合わせて包囲網を見渡す。おおよそで見積もってもまだ五〇機以上いる。『全壊焦土——ストライク・レーヴァテイン』一回で一〇機倒せたとしても五回も行わなければならない。割りに合わない戦法だ。
「じゃあ、あれをやるしかないわね」
「だな! 特訓の成果、見せてやろーじゃねぇか!」
「詠唱に入るのだわ! その間、攻撃は全部迎撃して! できるわよね?」
「当たり前だろ? 誰に言ってんだよ」
ヒイロが前面へと躍り出、ミストルテインを一斉掃射する。同時に私も周囲に雷球の
あとは詠唱のみ。深く息を吸いこみ、吐き出す。大事なものを失ってでも勝つ覚悟は……決まった。
「偉大で崇高なる北欧の主神よ。
そっと彼の背中に手を宛てがう。
これが最後にして最高の昇華魔法だ。ヒイロを想い、ヒイロのために編み上げたとっておき。この体を引き換えにしてでもあいつらだけは倒す!!
「勝利はすでにここにあり! 『
「そうはさせません!!」
雷球と鏃の弾幕を潜り抜け、『白虎』の軍勢と『朱雀』が襲いかかる。ヒイロを変身させまいと魔弾の嵐が見舞われた。
——残念。遅かったのだわ。
爆煙が晴れる。中から現れたのは……黄金の防具に身を包み、八本足の馬にまたがる軍神。勝利をもたらす神、オーディンの化身だ。
「今さら姿を変えたところで!!」
キリエは新たな昇華魔法に物怖じせず、突撃を試みる。
「それはどうかしらね? ヒイロ!」
「おう!!」
軍神が旗を掲げるように朱槍を天高く突き上げる。
刹那、オーディンを取り巻くように甲冑の騎士たちが出現した! 鎧の軍勢と
「てやぁ!!」
槍を掲げたオーディンが跳ね飛び、宙を舞う『朱雀』と交錯する。二人は激突の応酬を繰り返しながら戦場を城外へと移す。
「これは……召喚魔法でありんすか?」
そんな中、驚きの声を上げたのはほかでもないアヤメであった。どうやら彼女はこの魔法の正体に気づいたらしい。
「その通りなのだわ。これは衰退したはずの召喚魔法の再現」
「けど、これはありえないでありんす! ぬしさんの魔法は昇華のはず!」
「ありえないって……ありえないことを——奇跡を起こすのが私たち魔女でしょう?」
驚きを隠せないアヤメを一蹴する。
膨大な力を消費するがゆえに召喚魔法は廃れ、代わりにスレイヴをベースに神霊の力を再現する昇華魔法が台頭した。
いわばより効率のよい方へとシフトしたのだ。その歴史を彼女も知っているから、私の魔術式ではできないと思ったのだろう。
けれど実際は昇華も召喚も力の根源は同じなのだ。強き者をこの世界に顕現させるという点においてね。
「こんな無茶をすればぬしさんの魔術式は——」
「魔術式が
エインヘリヤルもオーディンがまたがるスレイプニルもベースなしにゼロから生み出したものだ。この魔法はヒイロを昇華させつつ、召喚も行う究極の昇華魔法に違いない。
違いないのだが……使いこなすには暴走覚悟で私の魔力をフル動員するしかなかった。廃れた魔法である以上、欠点は依然として残ったままだからだ。
ベースのある昇華魔法とは違い、ゼロからイチを生み出し、使役し続けるには膨大な魔力が必要となる。人間を二人昇華するよりもはるかに多くの魔力が。
「これが最後。なら景気よく派手にやっても問題なし!! さあ、思う存分試合いましょ? あなたの望みを叶えてあげるのだわ!!」
そう、この戦いが最後。ならば出し惜しみする必要はない! 後先は考えない!
最後にアリサと決着をつけられないのは残念だけど……大丈夫。生きてれば戦うことなんていつだってできるもんね。
私の使命はアヤメを倒すことだ。そのためなら、暴走させて一時的に魔法が使えなくなることだって厭わない。
「嬉しい……嬉しいでありんすねぇ!! 捨て身の全力で。それもわっちの土俵で戦ってくれるなんて!」
「散々私の技マネした仕返しよ! 慣れないことだろうが、当然のように勝ってやるんだから!!」
「ならわっちも全身全霊で魔装機兵を使役しんしょう!」
アヤメが放つ魔力が強まり、魔装機兵が活性化する。あの昂りよう……私と同じく魔術式を
「いくのだわ! エインヘリヤルたち!!」
「迎え撃ちなんし!」
指揮者の号令とともに兵たちが勝鬨を上げる。それは決闘ではなく合戦であった。前線でぶつかり合うことはせず、どちらが将として強いかを決める戦い。
軍を率いて実戦をするのは初めてだけど、負けるわけにはいかない!
「中央から切り崩すつもりね! そうはさせるものですか!!」
アヤメは魔装機兵を矢印のような形に展開していた。守りより攻めに特化した正面突破を狙う陣形だ。
私は相手の進行を阻害するように壁のようにエインヘリヤルを動かす。
「くっ……! そう簡単に陥ちてはくれんせんね!」
「当たり前なのだわ!! あなたには負けない!」
アヤメは明らかに私を殺しにきている。だが、こちらの狙いは相手の戦力を削ぐことだ。魔装機兵を一体一体確実に消滅させて……一対一の決着に持ちこむ。短期決戦にはさせない!!
エインヘリヤルが徐々に魔装機兵を減らしていくが、勢いを止めきれずに倒されてしまう者もいる。私の目論み通り、勝負は拮抗していた。
「ふふっ! 視野が狭まっているでありんすよ?」
「なんですって!?」
突如、頭上から空爆が行われる。キリエの『朱雀』が炎の爪でエインヘリヤルをなぎ払っていく。わざわざこのために呼び戻したの!?
「これで終いでありんす」
「させるかよ!!」
魔装機兵を踏み潰し、敵陣の中央にオーディンが飛来する。そのまま一気に大将首を穿ちにかかる!
「目を離したと思ったら大間違いです!」
しかしすぐさま主のもとへとんぼ返りしてきた『朱雀』が槍をいなす。あと一歩のところで詰めない! オーディンは後退せざるを得なかった。
「大丈夫か、フィーラ?」
「私は平気なのだわ。ありがとうヒイロ」
互いの主戦力が動くことなく睨み合っていた。
キリエの急襲で大打撃を受けたが、それは相手も同じだ。肉を切らせて骨を断つ。オーディンから目を離したことで魔装機兵の数は減っていた。そして……最後のエインヘリヤルと魔装機兵が倒れる。
残されたのは二組の主従。予想よりも早い展開だったが、それでも敵の雑兵を減らすことはできた。
「ぬしさんの狙い通りでありんすね? わっちの攻撃を防ぎ切ってくれて嬉しいでありんす」
アヤメが煽るように余裕の笑みを見せてくる。その一言で理解してしまうのは彼女との因縁が長く続いたせいだろうか。彼女もこの状況を切望していたんだ。
「そうね。やっぱりタッグマッチしなきゃ意味ないものね」
ここから先の戦いは将としての戦いではない。魔女としての戦いだ。どちらが魔法を使うのに長けているかを決める本気勝負。
喉を締めつけ呼吸を奪うような倦んだ空気。先に動くのは……
「あなたを倒します! 今日ここで!!」
キリエだ。不死鳥の化身が翼をはためかせて迫ってくる!
「倒されるかよ!! 俺は勝つって決まってんだ!!」
「援護するのだわ! 『
「『石つぶて 鏃のごとく 撃ち放て』!」
私の援護はキリエに届くことなく打ち消されてしまう。『朱雀』は腕から猛禽の如く炎の爪を吹き出し、オーディンの神槍と斬り結ぶ。
「これで!!」
『朱雀』の反対側の爪が弾丸のように射出される。あれは鎧武者の小手の剥離と同じ技だ。この間合いでは避けられない。
「こんなのダメージのうちに入らねぇんだよ!!」
「なんですって!?」
オーディンは意にも介さず、その攻撃を平然と受けた。金の鎧には傷一つついていない。そのまま槍を振り抜き、『朱雀』を遠ざける。
「まだです! これしきのことで!!」
退避しつつもキリエは炎の弾丸を放ち続ける。オーディンはノーガードで突進をやめない。
両者の戦いは互角。勝敗が決まる要因になるとしたらそれは魔女の力量差だ。なんとしても相手の一歩先をいかなければならない。
静かにアヤメを見やる。彼女の手が魔本のページをめくろうとしていた。
「させなのだわ!! 『電光石火』!」
この一瞬を見逃すわけにはいかない! 私は即座にカードをドローし放り投げる。
「くっ……! 直接魔本を!」
魔本特有の発動ラグ。それは一七文字という短いスペルでも、ページをめくって必ず詠唱をしなくてはならないことだ。
私は放った
「やっぱり私の戦いはこうじゃないと!」
「まさか!? させないでありんす! 『石つぶて 鏃のごとく 撃ち放て』!」
遅れて私を追うように石の矢が放たれる。しかし撃ち落とすことはしない。攻撃は全てローブで受け、致命傷になる顔面のみを最低限の回避行動で流す。
頬に石が擦り、血が吹き出る。構うもんか!
オーディンと鍔迫り合う、『朱雀』を捉えた。ヒイロに釘づけになっている今なら横槍を入れられる。ドローしたカードは当然——『雷神一体』。
「サンダー・ドリル・キックなのだわ!! この野郎!!」
「馬鹿な!? この迫合いに突っこんでくるなんて!」
言葉で驚きはするが、キリエの動きは早かった。ただちに迫合いをやめ、迫りくる私を爪で弾く。必殺の蹴りは命中せず不発し、地を転がる。
——これでいい。隙はできた!
「もらったぜ!」
キリエは続けて槍撃をいなそうとするが、間に合わない。朱の鎧騎士は神槍によって突き飛ばされ、城壁へ打ちつけられる。鎧を砕くまでには至らなかったが、チャンスだ。
「今よ、ヒイロ!! とどめを刺して!」
「貴利江さん!? ……やらせないでありんす! 『風通さぬ 岩の城壁 そびえ立て』!」
キリエを身を挺して守るようにアヤメが前へと躍り出る。立ち塞がる岩の盾。昔の私たちはあの壁を破壊することで精一杯だった。
「あの頃の私たちとは違う!! いっけぇ、ヒイロ!」
「わかってるっての。準備は……万全だぜ」
私の意図を読んでいたのか、スレイプニルがどっしりと地に足を突いていた。騎馬の上でオーディンが槍を構える。
最強の盾か必勝の槍か。いや……勝つのは私たち!! 壁ごと消し飛ばせ!!
「これは勝利に代わる緋色の槍! その手に栄光を掴んで見せなさい!」
「ああ!! 『必殺必中——グロリアス・グングニル』!!」
それは決して射損なうことのない必勝の槍の名前。まさに勝ちに代わるヒーローの彼にふさわしい武器だ。
槍は一条の閃光となり一枚、二枚、三枚と立ち塞がる試練の壁をぶち抜く。そして最後の目標を刺し穿った。『朱雀』の鎧が……砕け散る。
ようやく一つの因縁に決着がついた。巻き起こる爆煙は我らが勝利の証。
「ようやく終わったね……ヒイロ」
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