誇り高きW/episode104
魔力をフル動員して放った一撃——グロリアス・グングニル。
その反動は大きく、たちまちヒイロの変身が解除されてしまう。
「……やったな、フィーラ」
足を引きずるようにヒイロが歩み寄ってくる。その動きは酷く緩慢で、力が入っていなかった。嫌な予感が……脳裏を過った。
「ヒイロ……!!」
私は慌てて彼のもとへと駆け寄った。直後ヒイロの体はよろめき、吸い寄せられるように地へ崩れていく。
すんでのところで体を抱きとめた私はそのまま座りこみ、ヒイロの体を横たわらせる。ちょうど膝枕するような形だった。
「へへへ……どうよ。名前通りヒーローだったろ、俺?」
「うん! かっこよかったのだわ!」
「けどさ……なんかもうダメみたいだわ。なんか力が抜けるっていうか……意識が遠退くっていうか」
「え……? ちょっとなに言ってるの」
ヒイロの体はボロボロだった。思えば、彼はこの戦いでキリエの攻撃を全く避けなかった。捨て身のノーガード。攻めることしか考えてなかったのだ。
いくらオーディンの鎧を纏っていたとはいえ、それはベースである彼の肉体を昇華させたものに過ぎない。戦闘後に反動がきてもおかしくはない。
「九条と決着つけさせてやれなくて……わりぃな」
「バカなこと言わないでよ!! 私の心配より自分の心配をするのだわ!!」
今にも消えそうな相棒の声。
嫌だ、嫌だ。こんなことで私はあなたを失いたくない。あなたを勝利の代価にしたくない。
まだ告げられなかった言葉がたくさんあるのに。私が巻きこんだせいであなたを死なせることになるなんて……考えたくない。
「そんな近くで叫ぶなよな……小声でも聞こえるって。あと泣いてたら可愛い顔が台なしだぞ?」
ゆっくりと血の滲んだ大きな掌が私の頬に触れた。温もりはまだちゃんとあるし、軽口を叩ける気力もある。ここでなんとしても踏み止まらせなきゃ。ヒイロを遠くへ……私のそばから離しちゃダメ。
「ヒーローなら……主人公なら最後まで生き延びなさいよ! 死んでバッドエンドなんて柄じゃないでしょ!? ヒーローならハッピーエンドを掴み取りなさいよ!! 最後までヒーローを貫け、このバカヒイロー!!」
「厳しいなぁ……俺の相棒は。正論過ぎて……反論できねーし」
「それに……あなたがいなくなったら私どうしたら……いいの? 私の相棒は生涯たった一人、ヒイロだけ! ここで死んだら許さないのだわ!! どんな手を、どんな魔法を使ってもあなただけは手放さないんだから!」
つい勢いで自分の秘めたる想いを口にしてしまう。
本当はずっとあなたに憧れていた。一緒に戦うたびに強く思ったんだ。私を高みへと導いてくれるのはあなただけだと。
そして憧憬や信頼はいつしか恋心へと変わっていた。気さくな割りに鈍感で、気遣いはできても心を読むのはドヘタクソ。
そんな自然体なあなたが寄り添っていてくれたことで私も罪に囚われることなく、ありのままでいられたんだ。好きにならないわけがない。
「マジかぁ……俺の一生お前のもんなのかぁ」
「だから死ぬな、バカ! バカバカバカバカ! これから先も! ずっと! 永遠に! 私のそばいなさいよ!」
「はは……女の子からコクられちまったわ。けど……永遠は無茶振り過ぎだろ。俺……魔女じゃねーし?」
息絶え絶えとなりながらも、彼は笑っていた。私の告白を聞いて心底から喜んでいるようにすら思えた。
「まあ……それも悪くないかもな。お前と一緒に……これからも世界を救うのは……きっと、きっと楽しいだろうな。へへへ……その告白……確かに受け取った……ぜ」
ヒイロの全身から力が抜け、腕は静かに地面に落ちた。その顔は一休みするかのような安らかなもので……死に顔にはふさわしくないものだった。
「ヒイロ……? ヒイロ……!?」
どうして、どうして。これじゃ私は自分を許せないじゃない。あなたが寛大な心で許してくれたから、見捨てず私のそばにいてくれたから前に進めたのに。
思わず彼の体を強く揺さぶる。ダメ! 踏ん張って! いかないで!!
——そして聞こえてくるのは……かすかな寝息。寝息である。息してる。
私はたまらず目を見開いてしまう。溢れ落ちそうになった涙が途端に引っこんだ。
「ほんと……大げさなのだわ。私の心配返してよ」
ほっと胸を撫で下ろした私は無防備な彼の額にデコピンを見舞う。なに一つ面白い反応は返ってこず、すやすやと眠りこけていた。
そういえばここ最近ずっと夜遅くまでオーディンの製作してたもんね。気が緩んだ瞬間、疲れがどっと出てきても当然か。こんなマイペースっぷりがいかにもヒイロらしくもある。
もしくは私の告白が本当に彼の魂引き止めたのか。答えは起きた彼に聞いてみないとわからない。
彼を担ぎ、内庭の隅へと安置する。ヒイロの戦いは終わった。けど……私の戦いは終わらない。
「しぶといわね、あなたも」
「まだ……まだ終わってないでありんす」
晴れた爆煙の中から和装の魔女が現れる。着物は所々破れ落ちており、かんざしでまとめてあった髪は乱れている。彼女が気概だけで立ち上がっているのが見て取れた。
奥には鎧を砕かれ、倒れ伏したキリエがいる。必殺必中のグングニルを受けたのだ。おそらく息はない。ようは弔い合戦ね。
「いいのだわ。最期まで相手してあげる。あなたという脅威が消えるまで私の戦いは終わらない!」
「フィーラ・オーデンバリィィィィィ!!」
柄にもなく激昂したアヤメが連弾魔法のスペルを詠唱する。やはりあそこで魔本を確実に射止めるべきだった。
「『
私は同じように連弾魔法で応戦し、ことごとく石の鏃を撃ち落とす。
だがこれで終わりじゃない。手にしたのは『雷神一体』の
「さあ、今度は私の土俵で戦ってもらうのだわ!!」
「くっ! 『
彼女は咄嗟の判断で岩の鎧を自身に纏い、魔本を投げ捨てる。接近戦に応じる気になったわけね。
「そんなのつけ焼き刃よ!!」
私は雷のオーラを纏った蹴りを炸裂させ、岩の鎧を毀す。即座に反撃がくるが、動きはとても遅く見える。前衛経験の差が如実に現れていた。
そのままブロウを見舞い、ラッシュに入る。アヤメは反応できずに体をよろけさせざるを得なくなる。
「わっちが……このわっちが戦闘で押される!?」
すかさず『電光雷球』のカードをドローし、彼女の体に貼りつける。小さな雷球が爆弾のように鎧へセットされた。
仕こみは完璧。フィニッシュブロウで距離を開け、追撃の合図を口ずさむ。
「起爆!!」
岩の鎧が爆発し、アヤメはさらに遠くへと飛ばされる。
「まだ……! まだわっちの鎧は毀れてないでありんすよ!!」
アヤメは接近戦による追撃を想定していたのか、腕を揃えてガードの構えを取っていた。けれど彼女の予想とは反対に、私はその場から動いてなどいなかった。
「ここまで計算のうちなのだわ!!」
「これは!?」
「接近戦……だと思ったでしょ? 残念」
構えが無意味だと知った彼女は驚き、足がすくんでいた。それもそのはずだ。私の戦略に踊らされていたと気づいたのだから。
手にした
「くっ! まさか最初から距離を取ることが狙いだったでありんすか!?」
その通り。接近戦で、私の土俵で戦うつもりなんてはなからなかったのだわ。
『雷神一体』では防御特化の鎧を完全に砕けない。雷を一点に集中させればあるいはとも考えたが、安定性に欠ける。なら、一撃でなにもかも葬ればいい!
「恨むのなら魔本を捨てた自分を恨むのだわ! いくわよ……猛り狂え!! 『疾風雷轟』!!」
暴走した魔術式から生み出された魔力を集中させた至高の一撃。雷の氾濫はなおも立ち向かってくる鎧の魔女を飲み下す。
「ふふふ……わっちの負け……でありんすか」
断末魔はなく、満足したような穏やかな言葉が城の内庭に響き渡る。決着は……ついた。
私はおもむろにアヤメのもとへと歩んでいく。最後にどうしても言いたいことがあった。
「わっちはこれで満足したでありんす。こんな真剣勝負ができるとは……ああ、生きていた実感を得られたでありんすえ」
鎧の破片が散らばる中で彼女は仰向けに倒れていた。至るところから出血していて、息も絶えかけていた。
彼女を見下ろし、私は最後の言葉を口にする。
「アヤメ、あなたは私がライバル視してると思ってたんでしょうけど……それは間違いなのだわ」
「え……?」
「私のライバルはあなたじゃない。アリサよ。少なくとも私はこの戦いで昂っていなかった。使命感であなたを倒したのよ。今の戦いは私が望む真剣勝負とは程遠いのだわ」
それは精一杯の皮肉であり、彼女を満足させて逝かせたくないという私の意地悪だった。
「バカね、あなたは。真剣勝負がしたかったなら友達を作ればよかったのよ。友達だからこそ全力でぶつかれる。私はそう教わったのだわ。殺し合いなんてする必要は最初からなかったってこと」
あの日、相棒が教えてくれたこと。『本気でぶつかり合えるのはダチだけだ』。その言葉を彼女に伝えられるのは……きっと私しかいない。
アヤメはバカだ。大バカだ。ヒイロ以上にバカヤロウだ。
こんな魔術戦がお望みだったなら、私はいくらでも受けて立ったのに。そのために周りを巻きこんで、犠牲者を出す必要はなかった。
「そうでありんしたか……けどそれは叶わないでありんすえ。だってわっちは……魔女でありんすから。魔女に友達なんて——」
「都合のいい時だけ『自分が魔女だから』って言いわけをする時点であなたの底は見えていたのよ。魔女だって……人間なんだから。わかり合える人はきっとどこかにいる。殺し合う必要のない友とだって巡り合える。次生まれてくる時は友達を作る努力を怠らないことね」
アヤメはどこまでいっても半端者の魔女だった。人間を捨て切れないくせに、人間としての生き方もできなくて。
友達には魔女も人間も……種族も関係ないんだ。私にとってのコロウやオロチがそうだったように、この秋葉で出会ったブルーム、レイ、アリサも。そして……相棒のヒイロなんてただの高校生なのだ。
不思議な縁を結んで今の私がいる。ラーメンを食べたり、屋敷で寝食をともにして騒いだり、一緒に戦ったり。友達五人で過ごしたあらゆる思い出が私を強くしたんだ。
魔女という要因を言いわけにするのなら、それは間違いだ。少なくとも私には全力でぶつかることができる友達がいたのだから。
「もし次がありんしたら……わっちと友達になってくれんすか?」
蚊の鳴くようなか細い声でアヤメが請う。
初めてアヤメの素の姿を垣間見た気がした。『ただ遊んでくれる友達が欲しかった』という純粋な想いを感じた。
でもなぜだろう。私はたまらなくこの魔女とは馬が合わない気がするのだ。
「あなたのような友達……死んでもごめんなのだわ!」
だからつい、素っ気ない言葉を返してしまう。簡単に友達になれると思われても嫌だし。
「ふふふ、意地悪でありんすね」
結局アヤメは最期まで笑いを絶やさない魔女のまま、息を引き取った。
「……友達だと思われちゃったかな」
返ってくる言葉は当然なく、独り言。意地悪をした報いか、一生答えはわからない。
ただ……最後の笑顔だけは別格だったような気がする。くつくつと嘲笑うようなものではなく、納得したような心の底からの笑み。まるで宝物を見つけた子供だった。
私は誇り高き魔女としてアヤメを止め、死ぬ間際に間違いを気づかせることができた。それだけわかれば充分だ。
——名誉に見合う最高の魔女になる。
あの日、相棒に誓った理想の自分はここにいる。最後の最後に私の願いが叶ったんだ。
*interlude out*
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