決着・涙と笑顔のピリオド/episode20


 僕は友人と相対していた。ヒーローとはかけ離れた姿となった彼と。


 人当たりがよく、クラスの人気者だった彼が?

 テニス部のエースとしていつも周りへの気遣いを欠かさなかった彼が?

 誰よりもマンガのキャラに憧れ、誰よりも真っ当な生き方をしてきた彼が?


 フラッシュバックするのは親友——勝代緋色との温かな時間ばかりだ。そんな彼が……この赤褐色の狂戦士だと言うのか。

 もう温かな時間には帰れない。信じたくない。嘘だと言ってくれ。僕は呆然と巨人を見上げることしかできずにいた。


 ——なにがいけなかった? 僕はこれからどうしたらいいんだ。


 やる瀬ない気持ちと終わらない自問自答が脳裏を駆け巡る。


「太刀川くん構えて! 私は人払い用の結界を張るわ!」


 はっと我に返る。言われるがままカードを展開し、『折れない意思の剣カレト・バスタード』を手に取った。

 愛梨彩の言う通りだ。友達を正気に戻すにしても、剣を取らなきゃこっちがやられる。戦闘しながら解決策を探すんだ。


「ごめん、緋色。今だけは君に剣を向ける。君を……止めるために」


 誰に言うわけでもなく、謝辞を述べる。同時に『僕』の意識が『俺』へと切り替わった。心は未だに苦しいが、戦わなければ彼を救えない。覚悟は……決まった。


「思った通りに昇華はできなかったか……どこまでも落ちぶれたものね、私」

「今すぐ昇華を解除しろ、フィーラ!!」

「やりなさい、『ベルセルク』。アリサたちを倒して」


 フィーラがゆっくりと立ち上がる。彼女には俺の言葉が届いていない。敵意だけがオーラとなって滲んでいる。


「あんた、状況わかってんのか!? こんな人目のつくところで自分のスレイヴが暴走してるんだぞ!?」

「それでも……私はアリサを倒さなきゃ……どんなに落ちぶれても、どんな手を使っても……アリサを倒さなきゃ前に進めないのよ!!」


 呼応するようにベルセルクが咆哮し、殴りかかってくる。昇華は失敗でも、『愛梨彩を倒す』という負の意思は働いているということか!

 やはり止めるには術者であるフィーラを説得するしかない。


「もう戦う必要なんてないんだ!! どうしてわからないんだよ! 友達同士だろ!」


 宙から降り注ぐ拳の雨を跳躍して避けながら、周りを見渡す。さっきまで遊んでいた子供たちがいなくなっている。目に見える変化はないが、どうやらここはすでに結界内らしい。


「それはあなたたちの理屈! こっちには戦う理由があるのだわ! オーデンバリの魔女は負けられないのよ!」


 なにかに取り憑かれているかのようにフィーラが叫んだ。余裕も慢心も誇りもない。あるのは執念のみ。以前戦った時とはまるで違う。

 彼女に愛梨彩の言葉は届かなかったのだろうか。二人とも戦いたくないと本心では思っているはずなのに……伝わっていない。コミュニケーションとはどうしてこうも上手くいかないのか。


「だとしても関係ない緋色を巻きこむ必要はなかったはずだ!! 一般人だぞ!?」

「こうするしかなかった……こうでもしないとアリサに勝てない!」

「プライド捨ててまでやることか!」

「それは——! それでも……それでも私は!!」


 振り下ろされるベルセルクのパンチから逃れるように公園を駆けていく。だが、このまま逃げ続けるわけにもいかない。筋肉ダルマのくせに意外とスピードが早い! 追いつかれたらなすすべがない。


「太刀川くん! 彼の動きを止めて!」


 追っ手の足が止まる。振り向くと、ベルセルクに『乱れ狂う嵐の棘ソーン・テンペスト』が叩きこまれている。今ならドローしたカードで足を止められるかもしれない。


「こい、『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!!」


 手札とドローした分、合わせて四枚のカードがベルセルクの周りに展開され、囲いとなって現れる。


「今なら! 『瞬間氷晶ダイヤモンド・ダスト』!!」


 愛梨彩が魔札スペルカードを投げたのとほぼ同時だった。ベルセルクが檻を突き破ったのは!


「間に合わない!」


 指を鳴らすことは叶わず、愛梨彩の渾身の一撃が無残に消えていく。一瞬で凍らせるにしても隙がなさ過ぎる。


「俺が打ち合う! その隙に足を止めてくれ!」


 ベルセルクが俺目掛けて一直線に走ってくる。押し迫ってくる威圧感。「友達を助けたい」という強い意思がなかったら、足が竦んでいただろう。

 巨人が腕をストレートに振るう。俺は両手で持った剣でそれを迎え撃つ。目一杯振るった剣はなんとか拳を押し返す。だが、隙を作るまでには至らず、即座に逆の拳が見舞われる。


「負けてたまるか……!!」


 同じ要領で拳を打ち返す。痺れるように腕に電流が走る。カレトが折れないとはいえ、このまま打ち合っていれば俺の体が先に根を上げることになる。


「太刀川くん、跳んで!! 『封殺の永久凍土フリージング・ロック』!!」


 次の攻撃がくる刹那、愛梨彩の声が響いた。彼女の命令通り、後ろへと跳躍する。見下ろすと地面が凍っていた。


「二人とも目、覚ませ! こんなことで自分を見失うな! 今の二人は本来のお前たちじゃない! お前たちが優しい人間だって俺は知ってるから!」


 今なら声が届くかもしれない。降り立った俺はその場で巨人とフィーラに向かって叫ぶ。

 足元から腰までを氷で覆われた狂戦士は必死に足掻いている。氷に飲みこまれないようにしているのか、それとも昇華魔法に抵抗しているのかはわからない。

 だが次第に震えは大きくなり、氷を砕く勢いで暴れ回る。


「あなたに私の屈辱はわからない!! 私はオーデンバリの名を背負っている以上、勝たなきゃいけないの! 吹き飛ばしなさい、ベルセルク!!」


 ベルセルクはフィーラの悲痛な叫びに同調し、氷を払い除けた。狂戦士が俺に迫り、強烈な一打を振るってくる!


「ぐっ……!」


 剣のしのぎでガードするが、勢いは殺せない。吹き飛ばされ、俺の体は生い茂る樹木の中へと突っこんでいく。

 背中を打ちつけ、勢いが止まる。木の幹が俺の体を受け止めたようだった。

 数一〇メートル先に巨人が見える。巨人はゆっくりとこちらに向かっている。反撃する手段はない。いや、反撃なんていくらでもできただろうが、したくなかった。

 俺は信じているんだ。分厚い肉の鎧の中に勝代緋色という確固たる意思が残っていることを。俺の友達は魔法の呪縛だって跳ね返せるやつだって。


 そして——


「あんたの屈辱? わかるわけないし、否定はしないよ。負けず嫌いなら勝ちたいだろうさ」


 剣を杖のように突き、自分の体を起き上がらせる。


 ——俺はもう一人信じているのだ。


「でも、フィーラ!! あんたは思いやり溢れる魔女だった! 本当は愛梨彩を争奪戦に参加させたくなかったんだろ! それがどうして、非道な手段で愛梨彩を襲ってるんだよ!? 答えろ、フィーラ!!」


 ——フィーラ・ユグド・オーデンバリという気高き魔女のことを。


「私だって殺し合いがしたいわけじゃない……でも……勝たないと……勝たないと……私は……」


 フィーラは言い澱みながら、拳を握って震えている。彼女が戦っている理由は家名という重圧のせいだ。本心じゃない。なら言葉を届けられる。いや届けてみせる。

 もうすぐベルセルクが目前へとやってくる。俺は力なく、その場で立っているだけだった。

 それでも……俺には言いたいことがある。きっとこれが答えなんだ。


「お前ら全員! 素直になれよ!! 周りなんて関係ない! 自分の正直な気持ちで……真っ正面からぶつかっていけよ!!」


 きっかけは些細なすれ違いだったのだと思う。周りのことを考えてしまうあまり、自分の気持ちを真っ直ぐ伝えられなかったんだろう。


「私の……素直な気持ち……?」


 フィーラは一族の誇りに押し潰され、自分を見失っていた。愛梨彩はきっと、そんな彼女に自分の素直な気持ちを伝えるのを躊躇ってしまったのだろう。

 ああ見えてうちの主人はかなり繊細で、人知れないところで気を配ってしまう性格だから。俺が死んだ時、君が真新しいシャツを用意してくれていたこと……知っているんだからな。

 お互いに腹を割って話して欲しい。君たちは友達なんだから、本心で語り合えるはずだ。一歩踏み出すことを……恐れないで欲しい。

 巨人が腕を引く。このままいけば拳に潰されてしまうだろう。


「君の想いをぶつけろ! 愛梨彩!!」


 叫び、精が尽きた『僕』はその場に倒れた。


「私は……こんな形であなたと戦いたくない! 殺し合いなんてしたくない! もうやめて、フィーラ!!」


 拳は……降りかかってこない。代わりに降ってきたのは聞き覚えのある、さわやかな声。


「そうだよな。友達同士でこんなことするのは……間違ってるよな」


 残った気力を振り絞り、顔を見上げる。巨人は腕をすんでのところで止めていた。そして、見る見るうちに巨人の肉の鎧が霧散していく。

 そこにはにっかりと笑い、手を差し伸べるひいろがいた。どうやら間一髪のところで僕の想いが通じたようだ。


「こんなことじゃない……私がしたかったのはこんなことじゃない……」


 ベルセルクは『愛梨彩を倒さないと』というフィーラの感情で動いていた。緋色が解き放たれたということは、彼女が強迫観念から解放されたということだろう。


「よかった……わかってくれたんだな……」


 友の手をしっかりと掴み、立ち上がる。緋色が元に戻ってくれて本当によかった。

 安心してしまったせいか急に涙がボロボロと溢れてきた。思わず、彼を抱きしめてしまうほどに。


「おいおい、俺を救ってくれたヒーローがそんなに泣くなよな?」

「だってさぁ……!」


 ヒーロー——そんな大層なもんじゃないけど、大切な人を救えた。傷つけずに済んだ。こんな『当たり前』なことがなにより嬉しいんだ、僕は。


「ごめんなさい。レイの言う通りよ。私は家名のプレッシャーに負けて……功を焦った。本気でアリサを殺そうとした。自分を……見失っていたのだわ。殺し合いが……したかったわけじゃなかったのに」


 不意にフィーラの声が舞いこんできた。見ると、フィーラが愛梨彩に対して頭を下げていた。僕と緋色はしばし黙ってその様子を見届ける。


「気にしないで。その……私も悪かったと思うから。友達として……もっと強く言うべきだったんだと思う」


 愛梨彩がそっぽを向いたまま、呟く。本当はかなり気にしているから、顔を見られたくないのだろう。強がっているのがよくわかる。


「けど……」

「そろそろ暗くなるでしょうし……続きは私の家で……どうかしら? 勝代くんの回復もしないとでしょう? 」


 愛梨彩はなにごともなかったかのようにフィーラを屋敷に誘う。さっきまで敵意を剥き出しにしていた相手を変わらず友人と思える器量が愛梨彩にはあったのだ。

 その一言でフィーラは救われたのかもしれない。頰に熱い雫を垂らしながら、彼女は大きく首肯した。

 一部始終を見届けた僕と緋色は二人でなぜか喜んでいた。我がことのように。素直じゃない二人が仲直りできたことがそれくらい嬉しかったのだ。

 そう考えると僕たちが戦った意味はあったのかもしれない。望まぬ戦いがこんなにも悲しいことなんだって、身をもって証明した意味が。

 お人好しな緋色もきっとそう思っているのだろう。だって、被害者の筆頭である彼が一番笑顔なのだから。

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