どうして僕たちは戦わなければならなかったのだろうか?/episode19
最後に向かっ たのは『常勝軒』という店だった。駅前のビルのテナントに入っているラーメン屋で、部活帰りに一番訪れた店だ。緋色と通っていた日々が懐かしく思える。
「名前の響きから験担ぎに訪れるかもしれない」というのが愛梨彩の推理だった。なんでもフィーラは日本語が達者で、漢字の意味もある程度わかるのだとか。
果たしてここにフィーラはいるのか。成石学園前の駅を通り抜け、常勝軒のある通りへと向かう。
店が目の前に見えるその時だった。見知った二つの人影が言い合いをしているのが見えたのは。
「俺? 緋色。勝代緋色。あ、わかった! お嬢ちゃんさてはナンパだな! 『私だけのヒーローになって』って感じのやつ?」
「ちが、そうじゃない!」
「いやいやお兄さんをからかうもんじゃないぜ、おませさん?」
「お兄さん!? あなたの方が年下よ!?」
「まーたご冗談を」
一人は銀色の髪をツインテールにした少女——フィーラ・オーデンバリ。
もう一人はラケットバッグを担いだ長身の青年。のらりくらりと軽口を叩いているのは間違いなく——彼だ。
「緋色!? どうしてここに!?」
久しぶりの再会でつい大きな声を出してしまった。本当は彼がここにいてもなんらおかしくないのだ。だって彼は平穏な世界で今も生きているのだから。
「黎……? 黎じゃんか! 心配したんだぞ、おい!」緋色は駆け寄ってくると、僕の肩を小突いた。「学校こなくなったからどうしたのかと思ったわ。連絡もつかないしさ。ってかあれ? なんか雰囲気変わった? 遅咲き高校デビューってか?」
「ごめん、色々あって。スマホもなくしちゃってさ」
「いやでもよかったよ。幽霊じゃないみたいだしさ。レイだけに」
久しぶりに会った友人のマシンガントークは止まらなかった。相変わらずのしょうもないギャグだが、今は別の意味で笑えない。ごめん、緋色。マジで死んでるんだ僕。
「なんであなたがフィーラといるのかしら?」
僕と緋色の会話に割って入るように愛梨彩が問う。
「え、九条じゃん。え? なに、お前らそういう関係だったの? 二人揃って学校こなくなったと思ったら、そういう? 愛の逃避行的な?」
「太刀川くん……話、まとめて。まさかこんなに話すのが面倒臭い相手だとは知らなかったわ」
「え、あ、はい」
愛梨彩は肩を竦めてため息を吐く。同じクラスだったとはいえ、話す機会がなかったから知らなかったのだろう。緋色のコミュ強ぶりは僕でも相手が疲れるんだから。
「えっとまあ、僕たちのことはそう思ってくれて構わない」
「ちょっと!」
「魔女のことなんて話せないでしょ。これが一番手取り早いんだ。実際、居候してるんだし」
声を荒げる愛梨彩に耳打ちをする。ここで余計な言いわけをするよりも緋色が興味を持つことを事実として話す方が都合がいい。彼はよくも悪くもノリに流されるタイプの人間だ。
「お前も隅に置けないなあ。こいつぅ」再び緋色が僕を小突く。「で、用があるのはあっちのお嬢ちゃん?」
「うん。僕たちはフィーラを探してたんだ。緋色は彼女の知り合いなの?」
後ろにいるフィーラは黙ってこちらを睨んでいる。
もし知り合いだったら彼はすでに争奪戦に巻きこまれたことになる。魔女とは無関係でないことになる。それだけはあってはならない。彼は一般人のままでいるべきなんだ。
「彼女とは……」閉ざしていた口が開かれる。「知り合いといえば知り合いだなぁ」
「え?」
予想の斜め上をいく回答で思わず口がポカンと開く。知り合いといえば知り合いって……なんだその曖昧模糊な回答は。
「立ち話もなんだし、場所を移動しない? あなたたちは話をするために私を探してたんでしょ?」
話の流れを断つようにフィーラが言う。確かにこんな往来のど真ん中で魔女の話をするのは気が引ける。
愛梨彩を見やると無言で頷いていた。
*interlude*
「フィーラ、私はあなたと同盟を結びたい」
率直な気持ちをフィーラにぶつける。私はやっぱりあなたと殺し合いをしたくない。できるならあなたと一緒に肩を並べて戦いたい。
フィーラは重く閉口したままだ。風が吹き荒び、近くの木々を揺らした。森林公園のベンチに並んで座っている私たちは止まった時間の中に取り残されているようだった。
なんとなくあたりを見渡す。だいぶ遅い時間帯になってきたせいか、遊んでいる子どもたちはさほど多くはない。少し離れた場所にいる太刀川くんと勝代くんは談笑している。やはりここだけ空気が重くなっている気がした。
「同盟は……組まない。前にもそう言ったはずよ」
ようやく出てきたフィーラの言葉はたどたどしかった。まるで迷いがあるように聞こえた。
「教会の力はあの時わかったでしょ? 野良側は協力しないと勝てないわ。なにもずっと同盟を結んでくれとは言わない。せめて教会を倒すまで……あなたとの決着は教会を倒した後でも——」
「そんなのはわかってる! でも、私は——!!」
なんの前触れもなく彼女が声を荒げ、立ち上がる。背中は震え、怒気が滲んでいた。
諭すように語りかけた私が押しつけがましかったからだろうか。そう思ってしまうと言葉を続けられなかった。
「アリサの言いたいことはわかるのだわ。教会のやろうとしていることは許されることじゃない。強者が弱者を虐げる世界。私だってそんなことを許すつもりはない。でもね——」
フィーラが息を飲む。ほんの一瞬のできごとのはずなのに何分も時が流れたように感じる。
「私が倒したいのはあいつらじゃない。あんなやつらなんてどうでもいい。私が今倒したいのは……アリサ、あなたよ」
振り向いたフィーラは仇を憎むように私を睨んでいた。
こんな顔、初めて見た。どんな時も常に悠然としていた彼女が悔しさを滲ませている。私はそんな相手に独りよがりの願望をぶつけていたのか。
「私……?」
「前言撤回するのだわ。今のあなたなら争奪戦で生き残るだけの力がある。私を負かした以上、それは認めざるを得ない。でもだからこそよ」フィーラの目は真っ直ぐ私を見据えている。「私を追い抜いたあなたは倒さなくちゃいけない。土をつけた相手と馴れ合って、私のプライドが保たれるわけがない。やられたらすぐやり返す。私はオーデンバリ家の魔女として、負けたままというわけにはいかないのだわ」
ようやく認めてもらえたと思った。でもそれと同時に彼女のプライドを傷つけていた。私はこれ以上なにが言えるだろうか?
——それでもあなたと戦いたくない。
素直な言葉は胸の内に沈み、泡となって消えていく。口下手な自分を無性に呪いたくなった。もっと傷つけない言い方ができたはずだと悔いることしかできない。私はもうあなたに素直な言葉を伝えられない。
「あなたに会って気が変わったわ。今日会ったのはきっと必然ね。ここであなたを倒せと言われている気がするもの」
どうしてこうなってしまうの。なにが悪かったの。
「勝負よ、アリサ。あなたが勝ったら私はあなたの言うことを聞く。同盟でもなんでも好きにすればいいのだわ」
断る——という選択肢はなかった。私がフィーラの立場だったらきっと同じくらい納得できないと思ったからだ。彼女の気持ちを無下にはできない。彼女の気が済むまで戦うしかないんだと自分に言い聞かせる。
私は口を閉ざしてフィーラを見上げる。フィーラは黙認と判断したのだろう。ベンチから離れ、太刀川くんたちの方へと向かう。
これがきっとフィーラとの最後の戦いになる。そう信じて私は覚悟を決める。
*interlude out*
公園に着いてからはずっと世間話をしていた。
「でさ、佐藤のやつが学園祭の実行委員になったんだわ。 でも佐藤って実行委員やるキャラじゃないじゃん? 女子で相田ってやついただろ? 結構バイブスアゲアゲな見た目のやつ。どうも相田が実行委員やるから立候補したっぽいんだわ、これが」
週刊マンガのこと、学校のこと、部活のこと。そのどれもが僕には懐かしく、ずっと忘れていたものだった。本当はもっと別のことを尋ねるべきなのに緋色のトークは心地よく、話の流れに身を任せてしまった。
「おい、黎? 聞いてるか?」
「あ、うん」
彼は今も平穏無事に暮らしている。そんな彼がどうしてフィーラと知り合いなのか。
「なんか気になってることあるんだろ。言えよ。俺とお前の仲じゃん」
流石は友人。鋭い洞察力だ。
魔法とは関係ない、久しぶりの世間話でつい和んでしまったが、そろそろ尋ねなければならない。
「フィーラと知り合いだって言ってたけど……本当?」
フィーラとはどういう意味で知り合いなのか。聞くのには勇気が必要だった。返答次第では敵対することになるかもしれない。心の中で「どうか魔女とは無関係でいてくれ」と願う。
「ああ、まあな。あいつ俺に借金してるし」
「借金!? 緋色の家って借金取りだったの!?」
「いやちげーよ。部活終わりに常勝軒いったら、現金なくて困ってる子がいてさ。それがそのフィーラってやつ。仕方ないから俺が立て替えたってわけ。だから借金」
「ほぼ初対面じゃん」
「それな」
緋色があっけらかんと言い放つ。
真相があまりに拍子抜けで、わざとらしく思えるくらいにズッコケてしまった。
随分紛らわしい言い方をしてくれたもんだ。彼の中では金を貸しただけで知り合いになるらしい。僕が心配した時間を返してくれと言いたい。
「そうやって誰彼構わず助けるから……緋色は。心配するこっちの身にもなってくれよ」
ともあれ、魔女とは無関係そうだ。僕はほっと胸を撫で下ろす。
「いやいやこんなん普通だろ。正義のヒーローとかマンガの主人公にはまだまだ遠いぜ?」
「向上心がすごくてなによりです」
そう言って二人で目笑した。
名前とは不思議なもので、彼はその名の通りヒーローのようだった。本人はご覧の通り謙遜するが、見ず知らずの外国人を助けられるお人好しなんてそうそういない。
真っ当な生き方ができる彼だからこそ魔女の戦いには巻きこみたくはなかった。もし彼が全てを知ったら、きっと自分から首を突っこんでくる。我が身を顧みず人助けができる。そんな男なのだ、彼は。
「ヒイロ」
不意にフィーラの声が舞いこんでくる。なにやら思いつめた表情でこちらへと向かってきていた。さっき会った時と雰囲気が違う。まるで噛み締めていた幸福を一瞬で台なしにされたかのようだった。
「ん? どうかしたか?」
「あなたに言ったこと覚えている?」
「ああ、ヒーローになってくれって話か?」
「そう。その返答を聞かせて」
僕のことなんてお構いなしに話が進んでいく。ヒーロー? そういえばラーメン屋の前でもそんな話を二人がしていたっけ。
フィーラにとってのヒーロー……それって——
「その顔……困ってるんだろ? いいぜ。俺が力を貸すよ。それにヒーローになれるんならなりたいしな」
「待って、緋色!」
「その言葉が聞けただけで充分——これで契約成立なのだわ」
フィーラは緋色の背中を手のひらで押していた。当の彼本人は僕が声を荒げたことに困惑していて気づいてない。
俯き加減で彼女が呪文を紡ぐ。
「フィーラ!! お前!!」
魔法陣が緋色の体をくぐり抜け、昇華が始まる。僕は咄嗟の判断でバックステップを踏み、距離を取る。
なんと罵ればいいのかわからなかった。怒りをぶつけたい気分なのに言葉が見つからない。「馬鹿野郎」、「気が狂ったか」、「なにしてくれた」。どんな言葉でも言い表せない。
——親友がフィーラのスレイヴになった。
事実だけがナイフとなって突きつけられる。緋色が魔女と無関係だったことに安心した矢先のできごとだった。彼だけは争奪戦に参加して欲しくなかった。また知り合いと敵対しなくちゃいけないのか、僕は。
諦めるのはまだ早いと自分に言い聞かせる。出てくるのはアーサー王を模したスレイヴ。ならばまだ会話することができるはずだ……と思っていた。
——だが、その予想は大きく外れる。
突如魔法陣は歪みだし、緋色が呻き声を上げ始める。明らかに様子がおかしい。僕が昇華された時と全く異なり、黒いオーラが加わっている。まるでフィーラの負の感情が集積しているかのようだった。
「え……どうして……どうして術式が失敗するのよ……」
「フィーラ! あなたまさかアーサーを一般人に使ったの!?」
愛梨彩が駆け寄り、フィーラを問い詰める。だがフィーラは「どうして……」と言葉を漏らし、膝をついて放心している。会話が成立していない。
やがてスレイヴはその全身を露わにする。
それは爽やかな青年の面影一つない赤褐色の巨人だった。膨れ上がった筋肉が全身を覆い、暴れ狂う姿はまさしく狂戦士。理性なんてどこにもない、激情の嵐。
「どうして……どうしてこうなるんだよ!!」
どんなに変わり果てても、それは紛れもなく緋色だった。僕の親友なのだ。
それは——誰も望まぬ戦い。どうして僕たちは戦わなければならなかったのだろうか?
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