作戦会議/episode26

「というわけで今日からこの屋敷でお世話になるのだわ!」


 泉教会の戦闘の翌日。自分のスレイヴたちを連れたフィーラがなに食わぬ顔で屋敷にやってきた。緋色は両手でスーツケースを引きずっていて、荷物運びをさせられているようだった。


「居候……増えるんだね」


 居候の先輩として僕はホールまで出迎えにいく。


「同盟なんだから四六時中一緒にいないとでしょ? それにこの家には空き部屋いっぱいあるんだし、いいじゃない。それともレイは嫌なわけ?」

「嫌じゃないです! 全然!」


 両手を振って大仰に否定する。

 少し前まで愛梨彩一人で住んでた屋敷が賑やかになるのはいいことだ。それだけ彼女に繋がりが増えたという証なのだから。

 ただ僕個人としてはフィーラがきたことにより、彼女と過ごせる時間が減るのではないかという懸念があるわけだ。主人思いというわけでなく、悲しいことに一人の思春期男子なのである。


「ヒイロも住むんだし、いいじゃない」

「え、俺も!?」

「当たり前なのだわ。スレイヴのあなたが私のそばを離れてどうするのよ」

「そっか。学校のいけねーのはあれだけど、世界の危機だもんな。仕方ないか。親をなんて説き伏せるかなぁ」


 緋色はスーツケースをその場に放置し、とぼとぼと玄関へと向かっていく。手にはスマートフォン。親と連絡を取るようだ。

 久しく考えていなかった親の存在。今、僕の両親はどうしているだろうか。海外赴任中の父は無事だろうが、母は……

 死んだ自分の扱いが公にはどうなっているかわからない以上、自分から母に連絡するのは躊躇われる。けど、争奪戦が起きているこの街に住んでいるのだ。心配に決まっている。


「部屋の準備、終わったわよ。フィーラはいつもの部屋、その隣に勝代くんの部屋を用意したわ」


 愛梨彩が二階から降りてくる。表情はいつもと変わらないが、少し上機嫌に見える。そういえば幼い頃、友達が家に泊まりにくる時ってワクワクしたっけ。


「ああ、そうそう。二人に渡しておきたいものがあるのだわ」


 フィーラがおもむろにスーツケースのうちの一つを開き出す。中から取り出されたのは三つの白い箱だ。受け取った愛梨彩が箱を開ける。中に入っていたのは——


「なにこれ。おもちゃかしら?」


 絶句。おもちゃではなくスマートフォンである。僕だけでなくフィーラも言葉を失っていた。


「アリサ……あなたこの二五年の間どうやって生きてきたの? 機械に疎いのは相変わらずのようだけど」呆れてフィーラが肩を竦める。「それはスマートフォンなのだわ。さっきヒイロが持ってたでしょ? アリサがわかるように説明すると……通信機ね」


 フィーラの言葉を聞いて愛梨彩がなんとなくわかったような顔をする。実際は通信機能だけではないので完全に知ったかぶりである。


「いくら同盟を組んでいるとはいえ、分断されることがあるかもしれない。連絡手段はあるに越したことはないでしょう? アリサとレイと……あの仮面の魔女の分。宿泊代の代わりってことでいいかしら」

「ありがとう、フィーラ!」


 誰よりも喜んでいたのは僕だった。いや、正直この屋敷娯楽道具が一つもないのだ。アニメや推しVtuberの配信が観れるスマートフォンという文明の利器は神からの施しに違いなかった。


「ただの通信機で……そんなに喜ぶ?」

「君はスマートフォンの素晴らしさを知らないからそんなことが言えるんだ。この端末一つで本屋にいかなくても小説が読めたり、映画館にいかなくても映画が観れたりするんだぞ?」

「通信機なのに?」

「通信機なのに」

「それは……確かにすごいかも」


 僕の話が魅力的に感じたからか、彼女の顔が少し輝いて見えた。本とか映画とか楽しめる娯楽は魔女も一般人も大差ないんだな。


「スマートフォンにかまけてる暇はないのだわ。ヒイロが戻ってきたら早速特訓よ。サラサが弱ってる今が教会を倒すチャンスなんだから。情報共有して策を練りましょう。あの仮面の魔女にも伝えておいて」


 フィーラはそそくさと二階に上がっていく。


「なんというか……根は真面目なんだな、彼女」

「私が憧れた魔女ですもの。当たり前でしょ?」

「だね」


 同盟相手がやる気なんだから僕たちが遅れを取るわけにはいかない。教会をあっと驚かせる秘策……編み出してやろうじゃないか。



 特訓と作戦会議……となれば地下室の出番である。僕と緋色、愛梨彩とフィーラ、それにブルームがここに集まっている。


「早速作戦会議といきましょうか。私たちの次のターゲットは高石教会よ」


 愛梨彩が黒板にソーマ、アイン、咲久来、サラサ……と教会の人員の名前を書いていく。いつもは魔術に関するメモのために地下室に置いてあることが多かったからか、作戦会議で使われるのは新鮮に感じた。


「なんで、高石教会なんだ? 城戸教会も未調査だろ?」

「城戸教会も泉教会と同じで規模が小さいのよ。野良の魔女が同盟を組んだとなれば、分散していた戦力が集中するのは当然でしょう? 」

「となるとやつらが真っ先に守るのは高石教会ってわけね」


 割って入るようにフィーラが言う。確かに小規模のところよりかは大規模の教会の方が怪しい。前にいった時の様子から察するにあそこが敵陣の本丸だ。


「相手に地の利がある以上、一回で高石教会は陥せないでしょうね。だから人員を減らす必要がある。私たちが優先して倒すべきは——」

「あのサラサとか言う怪しい魔女だろ?」

「その通りよ、勝代くん。数で劣る私たちにとって、延々と死霊を操るサラサは目の上のたんこぶだから。なんとかサラサの術を封じて彼女を倒す必要がある」

「サラサが限りなく死霊を操れるのはあの砂地の結界のせいなのだわ。泉教会での戦いで死霊を全滅させられたのは多分、アリサの『封殺の永久凍土フリージング・ロック』の影響よ」

「土に還るというメカニズムだろうね」


 今まで黙っていたブルームがヒントを与えるかのように口を開いた。それを聞いた愛梨彩は顎に手を宛てがいながら「土に還る……そういうことね」と頷いている。


「あの……一人で納得してないでわかりやすく説明してください、愛梨彩先生」


 恐る恐る尋ねると、不意に愛梨彩が我に返る。


「いくら死体でこれ以上死なないとはいえ、活動を停止させれば死霊魔法の効果は切れるはずなのよ。スケルトンなんかは特にそう。一度体がバラバラになったら、魔法で元に戻さないといけない。けどサラサはそれをノータイムで、距離さえ関係なくやっていた。彼女が展開していた領域はそのためのものって考えるのが筋ね。死霊魔法を常に伝播させるための領域……だから『終わらない円舞曲エンドレス・ワルツ』か」

「つまり、展開された『終わらない円舞曲エンドレス・ワルツ』に対して『封殺の永久凍土フリージング・ロック』で上書きすれば、死霊の数を減らせる……サラサを倒せるってことか」


 僕の言葉に愛梨彩が深く頷いた。緋色は首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべてそうだが、ここは放置しておく。


「問題はほかの教会の連中をどう足止めするか……なのだわ」

「君のスレイヴは?」

「残念だけど、オロチもコロウも当分は戦線復帰できない」


 ブルームの問いに答えるフィーラの表情は苦しそうだった。今日屋敷にきた時コロウとオロチを見たが、かなり疲弊しているようだった。特にコロウはびっこを引いて歩いているように見えた。


「『昇華魔法:救国の騎士王エボリューション・キング・アーサー』を使うのは?」


 僕は思いついた案をすぐさま口に出した。昇華したスレイヴが二体いれば打破できるのではないか?——だが、答えは期待できるものではなかった。


「おそらく……無理なのだわ。いくら無尽蔵に魔力が流れる魔女でも、魔力生産量以上に消費することはできないの。前の戦いの時はフェンリル、ヨルムンガンドと同時に使えたけど、流石に人間二人分は私にも維持できない。できたとしても二人とも中途半端な昇華か……私が使い物にならなくなるかのどちらかね」

「役割分担をするしかないな。誰が誰の相手をするか決めようか」


 落胆する暇はない。できなければ試行錯誤するしかない。ブルームの提案は最もなものだった。


「サラサの技を封殺できるのは愛梨彩なわけだから……そこは確定だろ?」

「そうね。サラサ攻略は結界を張り替えれば済む話だけど、なるべく私が彼女を見ていた方がいいわね」


 黒板に書かれたサラサの名前の下に愛梨彩が自分の名前を書き、矢印を伸ばす。


「だとしたら必然的にヒイロが魔獣やレイスの相手をすることになるのだわ」

「えーまた雑魚相手かよ」

「雑魚相手に無双ができるのは突破力のあるあなただけなの。あなたにしかできない役目なの」

「そう言われちゃ断れねーな。よし! 俺に任せとけ!」


 フィーラにたしなめられた結果、緋色がレイスと魔獣の担当となった。短期間でヒイロの乗せ方を心得ているあたり、彼女はなかなか侮れない。黒板に緋色の名前と『雑魚担当』という但し書きがつけ足される。

 残るはソーマと百合音とアインに……咲久来。


「ユリネは私が相手をするのだわ。模倣魔法は厄介だけど『雷神一体』を使えば戦えるし。だからユリネ含めて私たちが雑魚担当って感じね」


 フィーラの進言に納得した愛梨彩が『雑魚担当』の下に百合音の名前を、緋色の横にフィーラの名前を加える。


「だとしたら残るはアインと咲久来……そしてソーマか」


 確認するように僕が名前を呟いた。こちらの陣営で残ってるのは僕とブルーム。同じ数で相手するには人数が足りない。


「アインと咲久来は私が担当しよう。あの二人は確実にペアでくる」

「でも咲久来は単独で私を狙ってくる可能性も……」

「心配ないよ。彼女にはきつくお灸を据えておいたからね。これでまだ単独行動をするようなら彼女の学習能力が心配になってくるよ」


 ブルームは肩を竦めて呆れてみせる。お灸を据えた……ってなにをしたのか気になるが、彼女が咲久来の相手なら大丈夫だろう。


「じゃあ……僕がソーマか」


 ソーマ・M・ホウィットフィールド。アザレアのスレイヴ。多分、僕は彼と戦う運命にあるんだと思う。

 あの時は否定してみせたが、主人の願いを叶えるという一点だけは同じだ。お互いに譲れないものだからこそ、対立する。


「現状一番不安なのは太刀川くんね。ソーマと戦って勝てるかどうか……」


 ソーマとその下に書かれた僕の名前が大きく丸で括られている。よく考えると僕だけ格上が相手だ。ほかのみんなは実力相応か下の相手。つまり僕はさらに強くなる必要がある。


「だったら戦闘訓練あるのみなのだわ。アーサソールの調整もしたいしちょうどいいんじゃない?」

「おっ! 黎と練習か? なんか部活みたいだな」

「泊まりこむわけだし、合宿みたいね。燃える展開なのだわ」


 早速名乗りを上げたのはフィーラと緋色だった。二人ともやる気に満ちていてなぜか楽しそうだ。やや緊張感に欠けるが、殺伐としているよりはマシか。


「なら決まりね。太刀川くんと勝代くんで模擬戦をしましょう。今回は高石教会攻略を視野に入れたいから……そうね、各々対策を練ってから始めましょうか」


 僕は静かに深く頷いた。

 今回の戦いは僕が鍵になる。ここで新たな力を身につけてみせるさ。


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