限界なき意思の剣/episode27


 地下室に五人もいるのがおかしく思えた。愛梨彩チーム、フィーラチーム、模擬戦の審判のブルームと分かれているが、こうやって五人で一つのことに向き合うのは珍しい。フィーラが言った「合宿」という言葉は的を射た表現なのかもしれない。

 室内では緋色が昇華魔法を纏って体を動かしている。それに対して僕はというと……床であぐらをかき、空白ブランクのカードとにらめっこをしていた。


「そんなに難しい顔をしなくてもいいと思うのだけど? 私も一緒に考えるって言ってるんだから」


 屈んだ愛梨彩が僕の顔を覗きこむ。いきなりで少しドキっとした。


「そっか……そうだよな」


 いつも自分一人で魔札スペルカードを創っていたからか、人に頼るという発想がなかった。今回はみんなで一丸となって教会を倒しにいくのだから、助言を仰げばいい。特に愛梨彩はかけがえのない僕の相棒なのだから。


「初めての共同作業だね」

「そういう言い方……やめて欲しいのだけど」

「あ、はい。すいません、調子乗りました」


 なんの気なしにそんな言葉を口にすると彼女は訝しげな目をこちらに向けた。仲良くなって少しは軽口を叩けるようになったかな? と思ったのだが、相変わらず彼女はつっけんどんだ。つれないな、本当。


「太刀川くんの話だとソーマは魔導兵器を使うのよね?」

「ああ、補助魔法の力を付加する剣だった。特に厄介だったのが『フリーズ』。あれの対策は『見えない意思の剣インビジブル・バスタード』でしかできなかった」

「確かに『折れない意思の剣カレト・バスタード』はランクが低いから『フリーズ』や『アブソーブ』のいい餌食でしょうね」


 ソーマのカードを読みこむ剣は魔札スペルカードによって属性が変わる。『フリーズ』を『見えない意思の剣インビジブル・バスタード』で防ぐことはできたが、『アクセル』を用いた剣戟を防げたとは言い難い。結果として腕をオーバーワークさせてしまったのだから。

 理想は『フリーズ』も『アクセル』も対策できる万能剣だ。となると——


「要は高ランクの魔法を創ればいいってこと?」


 必然的に高ランクのカードになるだろう。補助魔法は強力だが、低ランクのものにしか働かない。


「それができたら苦労しないわ。今のあなたが創れるカードはよくてBランク相当よ。それに魔導兵器の類となると補助魔法の力を増幅させているかもしれないし」


 愛梨彩はかぶりを振り、嘆息を漏らす。


「ですよね……」


 ショックを受けた僕は目を逸らした。

 率直に言われると胸にくるものがあるが、どうやら僕はまだAランクに到達してもいないらしい。魔術の道はまだまだ先が険しい。


「発想を逆転させればいいのよ」そう言って愛梨彩が人差し指を立てる。「剣で直接打ち合わなければいいの」

「はい……? 僕に遠距離攻撃をしろと?」


 ちょっとなに言ってるかわからないです、愛梨彩さん。多分今、僕の目は点になっているだろう。

 僕には魔力がなく、レイスという特殊なスレイヴとして愛梨彩の魔力を借りていると記憶している。だから物持ちのいい武器魔法しか使えない。今さら属性魔法が使えるなんて裏技があるとは思えないが……


「最後まで聞いて、太刀川くん。私は『剣で打ち合わなければいい』って言ったの。遠距離魔法を使えなんて一言も言ってないわ」

「どういうこと?」


 ますます理解できず、小首を傾ける。


「剣に魔力を纏わせるのよ。いわゆる『オーラ』系の魔法を武器魔法に混ぜこむの」

「『オーラ』って……フィーラの『雷神一体』とか愛梨彩の『渦巻く水の衣ヴェール・オブ・アクア』とかの、あれ?」


 『オーラ』は身体強化のために使われるカードだ。原理は単純で、体に魔力を纏わせ基礎能力を上昇させる。


「そう。『オーラ』を纏った剣なら、『フリーズ』の侵食を抑えることができるし、基礎能力が向上した分『アクセル』のような魔法とも打ち合える。それに加えて『オーラ』を剣圧として飛ばすことだってできるはずよ」


 『フリーズ』を『オーラ』で受け止め、剣自体に効果が及ばないようにする。さらに纏った『オーラ』の副次効果で『アクセル』の反応速度と同等の力を得る。

 この上ない最適解じゃないか。


「なるほど、天才か。流石愛梨彩さんだ」


 自然と口からそんな言葉が漏れた。これには感嘆せざるを得なかった。


「褒めてもなにも出ないわよ」


 まんざらでもなさそうな笑みを浮かべる愛梨彩。彼女の中でも会心の回答だったのかもしれない。


「そうと決まれば創るのみだね」

「『オーラ』を帯びた剣ならイメージもしやすいでしょう。カレトに魔力を纏わせるイメージができれば、容易く創れると思うわ」

「了解。魔力を纏わせるイメージね」


 握った白紙ブランクのカードに魔力をこめる。イメージするのは魔力を纏った意思の剣バスタード・ソード

 手から熱量が消え、魔札スペルカードに刻印が施される。描かれた絵柄は青黒い炎に包まれた剣だ。

 立ち上がり、早速カードを使用する。現れたのはなんの変哲もないバスタード・ソードだが……

 両手で握ると剣を覆う青黒い魔力の刃が噴出する!


「これ、適宜オーラの調整ができるのか」

「魔刃剣とカレトの中間……と言ったところかしら。魔刃剣のように常時魔力の刃を形成するのではなく、必要な時に放出する感じね。予想通りの出来じゃない?」


 言われてみて初めて気づいた。これには魔刃剣の要素も含まれているのだ。

 徐々に、徐々にだけどあの時の自分よりも進化している実感が生まれた。完全な魔刃剣ではないが、それでも一部を使いこなせるようになってきたんだ。


「でも使い方には気をつけて。実体の剣を形成しているとはいえ、闇雲に『オーラ』を放出すれば魔力が一気に減る。あと魔刃剣ほど刀身は伸びないと思うから、留意しておいて」

「了解。じゃ、早速模擬戦——」

「待って。太刀川くん」


 緋色とフィーラのもとへといこうとした矢先、愛梨彩に声で引き止められた。高石教会戦用の対策はこれで済んだはずだが……


「ん? まだなにかある?」

「名前、決めてないでしょ」

「ああ、そうか」


 早く使いたくてうずうずしていたせいか、大事なことを忘れていた。『名は体を表す』わけだから、命名を忘れたままというわけにはいかない。


「そうね……久しぶりに私が決めましょうか」

「お願いします」


 そう言って僕が頭を下げると、愛梨彩はすぐに顎に手を宛てがって動かなくなる。数一〇秒、閉口している時間が続く。


「限界なき意思の剣——ストライク・バスタード」


 なんの前触れもなく、愛梨彩がその言葉だけを呟いた。

 ストライク・バスタード……どこまでも際限なく進み、突き通す意思。そんなニュアンスに聞こえた。


「相変わらず最高の名前だよ、愛梨彩。ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ早速模擬戦といきましょうか。あっちの肩慣らしはもう万全みたいだし」


 再び前を向くとそこには仁王立ちして構えるアーサソールと杖を携え、悠然と立っているフィーラの姿があった。


「早速、友人の胸を借りるとしますかね」


 そう独り言ちて黒のローブを羽織る。

 相手はあの緋色だ。彼は勝負ごとでは絶対に手を抜かない。そんな彼の性格だからこそ今は安心できる。


 ——彼との戦いはきっと有意義なものになる。


 ならば不安なことはなにもない。相手を信じて……ぶつかるだけだ!!



 静寂の中、僕らの視線がぶつかり合い、火花を散らす。


「へぇ、それが新しい武器か。カッコいいじゃん」

「でしょ? 悪いけど使うの初めてだから加減はできないよ?」

「お前とガチで戦うのは部活以来だな。こっちも手加減はしないぜ?」

「望むところだと言わせてもらうよ」


 これは模擬戦。されど戦いである以上、負けるつもりはない。テニスの試合では幾度となく負け越してきた相手だが、こと魔術戦においては僕の方に一日の長がある。

 主人ありさのためにも負けれない。意識が『俺』へと移り変わる。


「二人とも準備はいいみたいだね。ではルールを決めようか」ブルームが俺たちの間に立つ。「今回の模擬戦の目的はアーサソールと『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』の慣熟訓練だ。よって戦うのは愛梨彩、フィーラのスレイヴのみ。今回は魔女によるスレイヴへの指示は極力控えてもらおうか。戦闘時の判断力を養うためにね。あとは……そうだな、本気でやり過ぎないように」

「おいおい、漢同士の戦いだぜ? こういうのは本気じゃないと、なあ?」


 ブルームの忠告に早速茶々を入れたのは緋色だった。俺は否定も肯定もせず、苦笑いを浮かべる。

 本気でやり過ぎるな……か。開始前からお互い火花をバチバチと飛ばしあっていた分、難しい忠告だ。


「君がそういう性格だと思ったから釘を刺したんだよ。我々の目下の相手は魔導教会だ。全力で戦って疲弊してもらっては困るってわけさ」

「ヒイロ。彼女の言う通りなのだわ。今は私とアリサの因縁とか関係ないから。あなたはヒーローになるんでしょ?」

「うーん。それもそうか。世界を救うための特訓だもんな」


 二人の魔女に諭された緋色はすんなり納得した。考えが柔軟というか意外と流されやすいというか……そこが彼の魅力でもあるのだが。


「まあ最悪の場合、審判の私が止めに入るよ。それでは——」ブルームがゆっくりと後方へ下がる。「模擬戦、開始!」

「はあ!」

「オラぁ!!」


 開戦の合図とともに俺と緋色の武器が交差し、ぶつかり合う! 力は互角。『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』は重量のあるミョルニルに引けを取ってはいない!

 剣と戦鎚は衝突し合い、鍔迫り合い、離れ合う。


「今よ、太刀川くん。剣圧による攻撃を試して」

「この距離なら!」剣が俺の意思と共鳴し、魔力の刃を形成する。「『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!!」


 剣を両手で横一文字に振り抜き、魔力の刃を飛ばす。刃はアーサソールと衝突し、爆風が巻き起こる。


「どうだ!?」

「へへ、これくらい全然効かないぜ」


 緋色はまるでなにごともなかったかのように敢然と立っていた。流石に魔力を飛ばしただけでは傷一つつけられないか。


「試す必要あんだろ、黎。もっとその技ぶつけてこい!」

「お言葉に甘えさせてもらう!!」


 俺はその場で剣を滅多斬りするように振るう。幾重にも魔力の刃が重なり、アーサソールへと向かっていく!

 だが、そのどれもが戦鎚によって砕かれてしまう。


「どうよ、俺のスーパーモード!!」

「スーパーモードじゃなくて『昇華魔法:緋閃の雷神エボリューション・アーサソール』なのだわ!!」

「難しくて覚えられねーわ」


 緋色たちは戦闘中なのに和やかなやりとりをしている。この程度余裕綽々といったところか。


「痴話喧嘩……かしら?」

「仲が良好なようでなによりだよ、全く」


 愛梨彩のつぶやきに呆れて返す。

 とは言っても今は喜んでられる状況じゃない。まさかここまでフィーラの昇華魔法をものにしているとは思わなかった。


 ——今の失敗でわかったことは二つ。


 一つはミョルニルのような大きい得物を持つ相手には『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』を砕かれてしまうこと。

 もう一つは『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』は五回使っただけで魔力をかなり消耗することだ。

 つまり『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』を使う時の選択肢は相手の意表を突くか、相手の魔法と撃ち合うかの二択だ。この前打ち勝てなかったサラサの砂嵐には有効な一打になるだろう。


「じゃ、今度はこっちが攻撃の番だな。サンダーハンマーで捻り潰してやるぜ!」

「サンダーハンマーじゃなくてそれはミョルニル!!」

「ミョル……なんだって?」

「あー! もう!! サンダーハンマーでいいわよ!!」


 本気でやり過ぎるなとは言われたが、ここまで緊張感がないのは……正直やりにくい。なんか相手のペースに流されている気がする。

 だが、戦鎚を構えた緋色の目は本気だ。俺にはわかる。

 緋色はいつもあんなふうにおどけてみせるが、やる時はやる男なのだ。試合直前までおちゃらけた振る舞いをしていたにもかかわらず、いざ試合となると本気の目に変わる。そんな彼の姿を俺は何度も見てきた。


 ——先ほどの比にならないくらいの打ち合いになる。


 そう覚悟を決めた俺は剣に魔力を帯びさせる。もう一つの新技を見せる時だ。


「『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』——注力開始アクティブ・スタート


 再び刀身が青黒く輝き出す。『オーラ』を纏った剣なら神話の戦鎚にだって太刀打ちできる。


「よっしゃいくぜ!!」

「こい!!」


 飛び出してきた緋色が勢いそのまま戦鎚を振りかぶる! 俺は両手で持った『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』を振り抜く!

 ハンマーのヘッドと剣の刀身がぶつかり、お互いに弾かれる。だが、打ち合いは終わらない。そのまま何度も何度もお互いの武器が反発し合う。


「これならどうだ!!」


 迫り合いの最中、戦鎚を持っていない左手から雷が発する! だが、その攻撃パターンはソーマとの戦いで経験済みだ。


「その手は食らわない!」


 咄嗟に右肩を突き出し、雷の射線にローブを持ってくる。そして、そのまま体を捻り、流すように戦鎚を振り払う。

 雷は至近距離でローブに直撃し、肩の部位だけボロボロになっている。腕に若干のダメージを受けたが前のめりになって耐えた分、体勢は崩れていない。


 ——体勢が崩れているのはアーサソールの方だ!


 振りかぶり、とどめの一撃を加える!


「まだまだ!!」


 だが緋色も諦めていない。崩した体を踏ん張らせるように足に力を入れ、戦鎚でアッパーを繰り出してくる。

 振り上げる力と振り下ろす力——相反する二つの力が衝突する。一進一退、逼迫した競り合い。この勝負どちらが押し勝つかで勝敗が決まる!


「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「ここで勝負を決める!! 注力最大フル・アクティブ!!」


 反対の手で支えているのも虚しく、じりじりとハンマーが押し下がっていく。緋色の膝が床へと近づいていく。あと一歩、あと一歩で肩まで届く!

 だが、ちょうどその時だった。


「それまで! 模擬戦終了だ」


 審判であるブルームが俺たちの間に割って入っていたのは。

 『僕』はブルームの言葉を受けて剣を収めた。対する緋色も昇華を解き、床に膝をつけて跪いていた。


「どうだい二人とも。少しは自分たちの魔法の使い方、わかったかな?」

「ああ……黎と同じ土俵で戦うのはあまり得策じゃなかったのかもな」


 肩で息をしながら緋色が言う。辛そうではあるが、表情は清々しい。まるで部活の練習後みたいだ。


「僕もコツは掴んだかな。魔力の注力具合とか遠距離攻撃を使うタイミングとか訓練しないとわからなかったと思うし」

「そうか。それならよかった」我がことのように喜んだブルームが笑顔を見せる。「おっと、どうやら今度は彼女たちの番みたいだね。私としてはあまりはりきり過ぎないで欲しいんだけどな」


 そう言ったブルームの視線の先には歩み寄る愛梨彩がいた。反対を見ると同じようにフィーラも部屋の真ん中へときている。


「スレイヴ同士は引き分けたけど……魔女同士の戦いなら負けないのだわ」

「あなたたちは休みながら反省会でもしてて。スレイヴが特訓した以上、魔女も強くならなきゃでしょう?」

「あ、はい。そうですね」


 二人の魔女は有無を言わせない雰囲気を漂わせていた。緋色と僕は目を見合わせ、無言で頷き合った。——「こいつらガチだ」「そうだね、下がろう」と。


「決闘の合図をお願い、ブルーム。この前の勝利がまぐれじゃないって……ここで証明してみせる」

「今日こそ……雪辱を晴らしてみせるのだわ!」

「それじゃ模擬戦——開始!」


 かくして模擬戦第二ラウンドが開始した。

 みんなが同じ方向に向かって切磋琢磨しているこの状況はやはり部活のように思えた。疲れて辛いけど、みんなと研鑽するのは楽しく、やりがいのあるものだった。

 僕らの特訓合宿はまだまだ始まったばかりだ。

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