私が選択した現在《いま》/episode81

 お兄ちゃんは百合音と一緒に遠くへ離れた。ほかの魔女たちも各々の役割を全うしている。残るは……私が睦月をなんとかするだけ。


「ねぇ、あなた教会のスレイヴでしょ? 私に協力してよ」


 触手の悪魔が私を誘惑する。教会から始末命令は出ていない。もしかしたら生き残らせてまだ利用するつもりなのかもしれない。

 一瞬判断が鈍る。自分は魔導教会の人間でその指示に従うために生きてきた。野良の魔女に協力するなんて言語道断だ。


 ——「君は一度でも選択したのかい?」。


 呼び起こされるのは仮面の魔女ブルームの言葉。私が教会に所属していたのはなんのためだったのか? 自分は言われるがままに魔術師ウィザードになったのか。


 ——いや……違う! そうじゃない!


 私は自身の選択を口にする決意をする。


「私が教会に所属したのは誰かを襲うためなんかじゃない……大切な誰かを守るためよ。ここには私の友達がたくさんいる。こんな虐殺に加担できるわけがない!」


 自分の意思を表すように真っ直ぐ、睦月に銃を向ける。

 魔術師ウィザードになればみんなを……大切な人たちを守れる。お兄ちゃんを守れると思った。表立った存在ではない、影の立役者。誰かが賞賛してくれることもない、縁の下の力持ち。そんな存在になりたかった。

 いつの間にか初心を忘れていた。憎悪で狂ってなにも見えなくなっていた。ただ闇雲に自分の正しさを貫こうとしていた。

 けど彼女——愛梨彩と対話してようやくわかった。私のやっていたことは独善で、誰も求めちゃいなかった。今までのは全部私のお節介。


「へぇ、教会の人間なのに野良と協力して魔女倒しちゃうんだ」

「野良とか教会とか関係ない! 一人の魔術師ウィザードとして、あなたの蛮行を許さない。私は大切なものを守るために……あなたを倒す!」


 思考はクリア。やるべきことがはっきりと見える。


 ——守ってみせる。お兄ちゃんと同じように!


 私は外道に落ちるために魔術師になったんじゃない! 教会の命令がどうとかは関係ない。今だけは……一人の魔術師ウィザードとして正しいと思う道を選ぶ! 初心の通り、誰かを守るために戦うんだ!


「なぁんだ。みんな敵か。だったら……あなたも死んじゃいなよ!! 『槍烏賊の砲手スクイッド・スピア・テンタクル』!」

「その程度の触手じゃ私には届かないよ! 魔札発射カード・ファイア!『焔星』!」


 銃から魔札スペルカードを撃ち放ち、断続的に襲いかかる触手を撃ち落とす。この距離、この弾速なら私に分がある。

 けれど決定打が足りない! 私は最大火力を与えるために接近を試みる。


「なんなのよ、あなた!! 私が太刀川くんを手に入れる邪魔しないでよ!!」

「私はずっとあなたが気に食わなかったんだよね! お兄ちゃんの意思を奪って、中身のないナイトにして! それ、お兄ちゃんである必要ないでしょ!!」

「そんなこと……ない!! 太刀川くんがいい……太刀川くんじゃなきゃ! 『水母の魔手ゼリーフィッシュ・テンタクル』!」


 近寄ろうとする私を払うように睦月の背中から数本の触手が伸びてくる。

 すかさず『アクセル』のカードを切る。私は回避しながら突撃し、自分が使える限りの属性魔法を叩きこみ続ける。


「都合のいい幻想をお兄ちゃんに押しつけないで! お兄ちゃんは真っ直ぐで……どこまでも一途で!」


 自分で言っていて悔しいと思った。ああ、そうだよ。気づいていたんだ。

 私がどんなに頑張ってもお兄ちゃんの心は愛梨彩に惹かれてしまう。それを曲げることなんてできないんだ。

 今までは受け入れることができなかった。愛梨彩が嘘をついているのが許せなかったから。


 ——けど今は……認める。


 お兄ちゃんが許したなら私も許す。それが本当の意味でお兄ちゃんのためになることなんだ。そうでしょ、ブルーム?


「お兄ちゃんは誰のものでもない!! お兄ちゃんにはお兄ちゃんの意思があるんだから!!」


 ついに睦月の正面を捉えた! 私は『トリック』の魔札スペルカードを使い、瞬時に姿をくらます。


「な……!? どこ!?」

「これで終わりよ……! 『交錯する魔弾群クロス・ファイア』!」


 分身した影は銃を構え、一斉に睦月を取り囲む。そして情け容赦なく炎の魔弾を撃ち続ける。業火でその身を焼き焦がすように。

 巻き上がる黒い爆煙。私は銃を下ろし、様子を見る。これだけの火力を与えれば睦月は——


「揃いも揃って……みんな詰めが甘いよねぇ! 『蛸の悪手デビルフィッシュ・テンタクル』!!」

「しまっ……た!」


 煙の中から飛び出してきた触手が体に絡みつく。私はたちまち宙吊りにさせれてしまう。

 煙が晴れ、睦月の姿が露わになる。


 ——『蝸牛の魔殻スネイル・プロテクト・シェル』。


 周囲にこぼれ落ちる殻の破片。

 桐生睦月の原点の魔札スペルカードであり、絶対の防御力を誇る技。『交錯する魔弾群クロス・ファイア』でもこれが突破できないなんて!


「意思……意思ね。くだらないよ、そんなの。そんなもの尊重したから報われなかったんだよ、私もあなたも」

「あなたの……言う通りかもしれないね。自分の気持ちを押し殺して、相手の意思を汲んで……それで幸せになれることなんて稀だよ」

「だったら私に協力してよ! 同じ負け組同士さぁ!!」

「勝手に同族扱いしないでよ! 恋って勝った負けたが全てじゃないんだから! うっ……!」


 言葉では強がってみるが、この状況はどうにもならない。腕は動かず、締め潰されるのを待つしかないなんて……日頃の行いが悪かったかな。


「そうだね。違うね。だって私は欲しいものは奪えばいいって知ってるもん!! さようなら。無様な負け犬!!」


 鋭い触手が矢のごとく襲いかかってくる。これまでか。私は現実から目を背けるように瞼を閉じた。

 ごめん、お兄ちゃん。私、もっと早く正しい決断するべきだったね。


「咲久来!!」


 だが……現実はまだ続いていた。不意に体が軽くなり、地面へと着地した。

 振り向くとそこには愛梨彩がいた。どうやらすんでのところで水の連弾魔法を畳みかけて、触手を撃退したらしい。


「生徒は!?」

「おかげさまで全員元に戻せたわ。あとは……睦月だけ」


 辺りを見ると生徒の姿をしたレイスは消えていた。スケルトンの数もだいぶ減っている。絶望的だった状況は一転した。残すは先導している桐生睦月を倒すのみ。


「いつもいつも……私の邪魔ばかりして!! 九条愛梨彩ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 怒り狂う睦月に呼応するように触手が暴れ回り、無作為な動きで私たちに襲いかかってくる。

 けれど——そんな冷静さを欠いた攻撃が一番弱いんだと私は知っている。あの魔女ブルームに一回も勝てなかったのはきっとそういうことだ。

 私は最小限の動きで触手の攻撃を阻止する。それに追い打ちをかけるように愛梨彩の魔弾が炸裂した。


「負け犬の分際で!! まだ!!」

「あなたは一つ勘違いしてる」


 トリガーを引きながら思いの丈を口にする。どうしても言いたかった。あなたと私の違い。なんで私が自分を負け組だと思っていないのかを。


「なにが!?」

「私の好きって気持ちは異性としてだけじゃないんだよ。幼馴染として、後輩として……そして家族として太刀川黎のことを想っているんだから! そんな私がお兄ちゃんの気持ちを蔑ろにして、物のように扱うあなたと組むわけないじゃん!!」


 異性の一人としてだけでなく、色々な関係性の中の一人として。複雑で自分でも理解するのが難しい感情だけど、根本は「太刀川黎を大切に想う」という純粋なものだったんだ。お兄ちゃんにとって私がどんな存在であろうと、その想いは絶対に変わらない!


「言いわけでしょ、そんなの!!」


 そのせいで道を違えてしまったこともあった。独善的な、想いの押しつけになってしまうこともあった。

 だからこそ改めて宣言しよう。私の今の心情を。


「けどこれが私の素直な気持ち! 私はお兄ちゃんが幸せならそれでいい!! それがどんな形でも! 私が誰よりも一番、あの人の幸せを願っているんだから!!」


 拮抗していた魔弾と触手との撃ち合いが終焉を迎える。勢い負けた触手はもうこちらには届いてこない。チャンスは——今しかない!


「愛梨彩! 魔札スペルカード貸して!!」


 睦月のガードを破る方法。それは障壁魔法を発生させないことだ。そのためには相手の動きを止める必要がある。

 私の魔導銃で強化した氷の速射弾ならそれができる。お願い! 私の意図、通じて!


「これを! 一発で止めてちょうだい!」


 受け渡れたのは一筋の氷の弾丸が描かれたカード。ほんの一瞬、彼女と目が合った。ずっと敵だったはずなのに、彼女は私のことを理解している。意固地になっていたのは……やっぱり私の方だったんだな。


「そんな攻撃——」

「その手は使わせない!」

「な!?」


 即座にカードを銃に装填し、上半身目がけて引き金を引く。速射された魔札スペルカードはたちまちのうちに睦月の上体を氷で覆った。これで……もう手札には触れられないでしょう!!


「今! とどめを!」

「ええ! 『瞬間氷晶ダイヤモンド・ダスト』!!」

「動け! 動け!! 私はまだ……! まだ幸せになってなんかないんだ!!」


 愛梨彩が魔札スペルカードを放つ。死を運ぶ白い霧からなんとか這い出ようとする睦月だったが、それは叶わない。すでに氷は足先まで侵食していた。


「そんな……! こんな最後なんて……嫌だ!! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして……藻掻く睦月に裁きを下すように、愛梨彩が無慈悲に指を鳴らす。刹那、蒸気は氷となって彼女を閉じこめる檻となった。

 後に残ったのは静寂のみ。睦月の断末魔は鳴りを潜め、死霊たちは緩やかに活動を停止させた。

 これで私の役目は終わった。ただの一人の魔術師として、魔女の凶行を阻止することができたのだ。

 振り返るとそこには優しく微笑む愛梨彩とブルームがいた。誰かのために戦うこと……私にもちゃんとできた気がする。そう思ったら自然と二人の魔女に笑い返す自分がいた。

 これが私の選択。自分で決め、自分が正しいと思ったこと。この選択は間違ってないよね、お兄ちゃん?

 

 *interlude out*

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