誓いのセイブ・ザ・ワン/episode97



 広間の扉を開け、俺たちは王の間へと突入する。

 途端、演奏していたソーマの手が止まった。あのパイプオルガンは学園のチャペルにあったものだ。どうやらここはその跡地らしい。


「ほう、絶望を退け再び私の前に立つか」


 アザレアが不遜な態度で玉座に座っていた。まるでこの世の全てを牛耳ったと言わんばかりだ。

 賢者の石の姿はない。すでに取りこみ済みということか。


「あなたの思い通りにさせるのは気に食わないのよ」

「そんな理由で立ち上がったのか、そなたは」

「そうね。つけ加えるなら私はこの普通な……平穏な世界が好きなのよ。魔女の世界なんてごめんこうむるわ」


 愛梨彩の決意は揺らがなかった。例え自分が普通の世界の住人になれなくても守ることはできる。自分が欲した世界を壊されたくないのだと、高らかに宣言する。

 だがしかし——


「図に乗るなよ、野良の魔女」


 瞬時に愛梨彩の動きが拘束される。見えない鎖……アザレアの空間魔法の一種か!


「君ともさようならだ、九条愛梨彩! 『光線大砲フォトン・ランチャー——アルデバラン』!!」

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 追い討ちをかけるように光の奔流が迫りくる。俺の体はまだ動ける。愛梨彩を守ることができる。

 ならば躊躇いはない。俺の役目は今も昔もこれから先も変わらない。手中には……とっておきの切り札。切るなら今だ!!

 俺はカードを胸に押しつける。そして……起動のためのスペルを口ずさむ。


「——『ただ一人を守るための剣翼セイブ・ザ・ワン』!!」


 刹那、背中の右側から大翼が現れる。羽の一つ一つが剣で作られた片翼。愛梨彩を守るための絶対的な盾。それが『ただ一人を守るための剣翼セイブ・ザ・ワン』だ。

 俺は庇うように愛梨彩を抱き寄せ、翼で自らを覆った。


「太刀川くん……! その魔札スペルカードは……!」


 問われてもなにも答えられない自分がいた。言えば俺は約束を反故にするのを認めることになるから。

 愛梨彩を突き刺すあの悪夢。それを正夢にしたくなかった。どうしても「愛梨彩を守りたい」という意思を消せなかった。だからこれは俺が想い重ねてきた意思の結晶であり、誓いの証。

 翼に光線が打ちつけられ、火花を散らしているのがわかる。そんな中、俺は彼女に目で訴えかける。


 ——それでも今だけは……今だけはこの誓いを貫かせて欲しい。


 愛梨彩はなにも答えない。いや、今はそれでいい。これが俺のエゴだとわかってくれればそれで。

 スパークする音が鳴り止んだ。片翼を広げ、守りを解く。視界内には苦々しげに俺を見るアザレアがいた。


「そうか……それがお前の折れない意思か。クハハハ……ハハハハハ!! こいつは傑作だ!」


 しかしソーマは違った。突然笑い出したかと思えば、俺を睨む。その顔は確かに喜色を湛えていた。


「お前は、お前だけは俺が……!!」


 翼を羽ばたかせ、猛スピードでアザレアへと吶喊する。


「そうはさせんよ、野良の騎士!『暴食の抑圧グラトニー・コンプレッション』!」

「無駄だ!!」


 俺は素早く翼を翻し、圧殺しようとしてくる魔力を避けつつへと向かう。手には羽から生み出した一本の剣。


「本当の狙いは……私か!」

「当たり前だろ! 俺と一緒に天に昇ってもらう! 捕らえろ! 『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』!!」


 手にした蛇腹剣をソーマの手首へと巻きつけ、勢いそのまま天井へ——その先の城外を目指す。

 さあ、空で一対一のタイマン勝負といこうぜ。ソーマ!!


 *interlude*


「私にはてんでわからぬ。なにが不満だ? 人はみな魔術式を持ち、魔女となる。永遠の存在だ。全ての者が等しく死を克服し、持つ者と持たざる者がいなくなる世界だぞ?」


 自らを守護する騎士が太刀川くんとともに空の彼方へ消えた。これで数的有利も不利もない。実力だけがものを言う状況だ。

 けど意外なことにアザレアはすぐに攻撃をしかけてくることはなかった。私たち野良の魔女が抵抗する理由が心底からわからないらしい。


「ある魔女が私に教えてくれたわ。『脆くて不完全で弱くて……それでもよくしようと懸命に努力する。それが人間として生きるってことだ』って」

「ほう」

「ないから……持ってないからこそ欲するのよ。不完全だったり、ゼロだったりするからこそなにかを掴もうと必死に足掻く。未来をよりよくしたいと願い、その願いを次の世代へ託すのが人間なのよ」


 私はみんなに教えてもらった。人間の生き方を、人間の一生を。限りある命だからこそ懸命に努力して、最善を行う。持たざる者だからこそ世界をよくできるんだ。

 そして人間は誰かに教え、託して未来を作る。連綿と続く努力の積み重ねがこの平穏な世界。絶えずよりよいものを生み出す世界なんだ。継承なき世界はなにも生み出さない。ゼロだ。


「あなたの言う世界は完成しているかもしれない。でも……そこに進もうという渇望——エゴはない。あるのは停滞よ! その世界の住人は生きてなんかいない!」


 本来、不死である私たちが子孫を残す必要性はない。それでも多くの魔女が継承し、魔術式を手放したのは独力では次に繋がらないとわかっていたからだ。自分一人の力では限界があるんだ。

 故に誰もが自己完結した世界に未来はない。あるのは永遠の今だけ。例え魔女が救われる世界だろうと、停滞した世界なんて私はいらない!


「よほど人間の世界に絆されたようだな。そなたに説法は無意味か」

「ええ、そうよ。私は人間の生き方に憧れた。そんな私が……一生懸命この瞬間を生きている人たちを蔑ろにできるわけないでしょう! あなたには取るに足らないことかもしれないけど、それでも誰もがそれぞれの生き方を持っているのよ! それを勝手に改変しようなんて私は許さない!」


 もしみんなに教えてもらわなかったら、アザレアの言葉に耳を貸していたかもしれない。絶望した私はアザレアの隣に立っていたかもしれない。

 けれど今は、私も限りある命の人間として向き合うと決めた。誰よりも普通の世界に憧れ、愛した者として。


「ならばここで消えてもらおう! そなたのような不完全な魔女は私の新世界に必要ない!」


 アザレアが目の前へ手をかざす。目に見えない魔法が容赦なく空間を湾曲させる。避けられない……けど!


「打ち消すことはできるのよ! 『逆転再誕リバース/リ・バース』!!」

「なに!?」


 私も同様に手をかざした。前方から迫る魔弾を迎撃するように。

 見えなくても発生の速度はもうわかっている。今ならアザレアの空間魔法を分解し、純粋な魔力に戻すことができる!

 風が凪ぐ。目にも見えず、音も聞こえない静かな応酬。だけど、確かに攻略の糸口を見つけた。


「発生の速度さえわかれば大したことないわね」

「最初の攻撃を受けて見切ったということか」

「あなたの天敵は私だった、ということよ」


 見えなくても魔法は魔法だ。魔力によって効果をもたらす攻撃なら、私の魔術式で元に戻すことができる。攻撃を——無力化できる。


「あなたの野望もここまでよ! アザレア・フィフスター!!」


 『乱れ狂う嵐の棘ソーン・テンペスト』の魔札スペルカードを放ち、私は一転攻勢に出る。


「私とてここで負けるわけにはいかんのだ! 『怠惰への抵抗スロウス・オポジション』!」


 しかし、水の矢は全て透明な障壁によって弾かれる。


「流石にこの間合いでは魔法を消すことはできないわね」

「そなたの攻撃は届かんよ! 『憤怒への戒めラース・グラビテイション』!!」

「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ! 『逆転再誕リバース/リ・バース』!!」


 お互いの攻撃を封殺しては反撃する、攻防の繰り返し。手を変え品を変え、何回も試行錯誤するが……決着はつかない。このままいけばどちらの魔力が先に尽きるかの根比べになる。


「実力伯仲……というわけか」


 天敵と息巻いてみたものの、実際は互角の勝負が精一杯。いや、それでも充分ね。


「この戦い……どちらの騎士が勝つが勝敗の分かれ目のようね」

「そのようだな」


 今まで太刀打ちできなかった相手に対してしっかり立ち回れている。ならばあとは勝機が訪れるのを待てばいい。


 ——私は信じているわ、太刀川くん。あなたが勝つと。


 この戦いは私一人の戦いじゃない。仲間とともに世界を守るんだ。信じた相棒は絶対戻ってくる。

 それまでいくらでもあなたの相手をするわ……アザレア!


 *interlude out*


「クッ……! 『浮遊』の補助魔法を混ぜたのか!」

「空ならアザレアの恩恵は得られない! ここならお前を仕留められる!」


 上空へ舞い上がった俺は『逆巻く波の尾剣テイル・ウェイブ・ブレード』を放り、ソーマを解き放つ。


「『解き放つ意思の羽剣フェザー・バスタード・ショット』!」


 無防備を晒したソーマに風を巻き起こすように翼を煽る。羽となっていた剣が鏃となってソーマを襲う!


「その程度の魔札スペルカードでつけあがるな! 私とてそれくらいのカードは創れるんだよ! 『光線大翼——アルスハイル・アルムリフ』!」


 しかし剣の弾丸はすんでのところで躱されてしまう。縦横無尽に空を舞うソーマの背中からは光の翼が噴き出していた。


「同じ力……そうだよな。お前はそういうやつだよな」

「君がここまで成長するとは想定外だった。その魔法、私を下ろす気はないようだな。背中を向けたらやられるのはこちら……ならば望み通りここで決着をつけてやる」

「お前との因縁も今日で終わりだ!!」


 その言葉が開戦の合図となった。俺とソーマは剣を携え、宙で激しくぶつかり合う。打ち合っては離れ、再びぶつかり合うを延々と繰り広げる。


「死ぬことでしか救われない魔女を守る魔法……その名前は皮肉でしかないな!」

「それでも! それでも俺は……!!」

「絶望した魔女に仕えるとはそういうことだ! 主の望むがままに尽くすしかないのさ! 君の行いは矛盾でしかない!」


 鍔迫り合いの最中、ソーマが嘲笑った。

 確かに俺の気持ちは矛盾しているのかもしれない。愛梨彩の願いを叶えたいと思いながら、自分の願いを捨てられない。

 生まれる葛藤。エゴとエゴのぶつかり合い。まるで俺自身が争奪戦を縮図化した存在になっている。


「けど、それでも乗り越えようとする意思を持つのが俺だ! 太刀川黎だ! 俺は最後までよりよい選択を探し続けるんだ!! 愛梨彩のために!!」


 そうだ、俺はこれでいいんだ。迷いながら悩みながら……愛梨彩との最高の結末を模索し続ける。どんなに矛盾を孕んでいても、彼女を幸せにしたいという意思だけは変わらないんだから!

 俺は剣を思いっきり振り抜き、ソーマを弾く。生まれる距離。このまま畳み掛ける!


「『解き放つ意思の羽剣フェザー・バスタード・ショット』!!」

「させるか!! 『光線羽弾——アルスハイル』!」


 無数の羽剣の鏃と羽状の光弾がぶつかり合い、爆煙を巻き起こす。そして俺たちは爆煙から離れるようにさらに上空へと舞い上がり、暗雲を抜ける。

 互いに自分の譲れぬ意思を示すかのように再び激しく衝突し、もつれ合う。剣と剣が火花を散らす一進一退のせめぎ合い。


「なぜだ! なぜそこまでしてこの世界のままを望む! この世界で魔女に救いはないんだぞ! 死ぬことでしか魔女が救われない世界など滅べばいい!!」

「そんなことはない! この世界が滅びなくたって魔女が幸せになれる方法はあるはずだ! 俺はそれを探し続ける! 彼女のためなら見つかるまで! いくらでもだ!!」


 お前の言う通り魔女は死ぬことでしか救われないのかもしれない。そんな悲しみがない世界にするべきなのかもしれない。

 脳裏にフラッシュバックするのは愛梨彩の笑顔。自分が愛した普通の世界を守ると誓ったあの時の面差し。

 だけど、俺は彼女が愛した世界も彼女の幸せも両方とも守りたいんだ! 見つけたいんだ! それが主人の決意に反するものだとしても!


「綺麗ごとをほざくなぁぁぁぁぁ!!」

「絶望に囚われるものかぁぁぁぁ!!」

「 『光線大砲フォトン・ランチャー——アルデバラン』!」

「『二つの破壊炎刃ツイン・バスター・ソニック』!!」


 互いに互いを食い合う光の奔流と炎の刃。その爆発の中をくぐり抜けて、再び剣戟へ。何度も何度もソーマと剣を交えるたびに強く思う。強く伝わる。


 ——自分たち魔女の騎士はどこへ向かい、なにを選択するのだろう。


 この戦いはそんな意味問答をするためのものだったのだろう。主人のために尽くすのが正しいのか、それとも異を唱えるのが正しいのか。俺たちはこの闘争の中で答えを探していたんだ。


 ——ソーマ。お前も迷っていたんだろう? アザレアの計画に加担することが本当に正しいのかって。


 口には出さず、心の内で語りかける。

 お前はわかっていても否定できなかったんだよな。だから俺を倒すことで自分の選択の正しさを証明しようとしたんだ。

 答えは出た。俺は主人を肯定したお前とは違う道を選ぶんだ。この戦いに決着をつけよう。

 迫合いを躱し、俺は空高く舞い上がる。


「終わりにしよう、ソーマ。俺はを……お前を超える!」


 白銀の片翼が魔力を纏い、刻々と青黒く染まっていく。


「まさか、その羽は!?」

「そうさ。この翼自体が意思の剣だ。そしてこの魔札スペルカードには今までの俺の技の全てが詰まってる……だから! 限界突破オーバードライブ!」


 翼は炎を吹き出すように猛り狂い、輝きを強める。

 これは俺の想いを込めた魔札スペルカード。翼という形を選んだのは諦めたくない、限界を決めたくないという気持ちの表れだった。どこまでもどこまでも高く際限なく飛びたいと願った。

 俺はどんな障壁や試練をも超えて、未来を掴み取るとここに誓うんだ。絶望で折れてしまったお前という限界の象徴を……折れずに打破してみせる。全力でソーマを超え、可能性という空を駆け抜けていく。

 未来へ羽ばたくための翼が魔剣へと変わる!


「私にも……私にも意地があるのだ!!」


 ソーマが光の翼の出力を上げ、昇り詰めてくる。攻撃を繰り出す前に止めようという魂胆か。


 ——だがもう遅い。ここは俺の間合いだ!


「これが俺の……諦めない意思の証だ!! 『折れない意思よ、際限なく舞い上がれスカイ・イズ・ザ・リミット』!!」


 暴風を巻き起こすように片翼を振るう。くろの翼剣は容赦なくソーマを薙ぎ払い……地の底へと叩き落とす。


「ふっ……そうか。君はどんな絶望の中でも『それでも』と言うのか……最善を選ぼうとするのか。やはり君と私は違うな。私にはできなかった生き方だよ」


 光子の翼をもがれ、堕ちゆく彼の口からそんな言葉が聞こえた気がした。自分の現し身としてではなく、一人の人間として俺を認めるような……そんな口ぶりだった。

「進むよ。アザレアを止められなかったお前の分まで」

 俺は城に向かって降りていく。全ての決着をつけるために。

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