レイス対レイス/episode10


「石の場所が判明しました」


 再びハワードがやってきたのはそれから数日後のことだった。客間にいるのは僕、愛梨彩、ハワードの三人。以前と同じメンバーだ。

 ハワードを警戒してかブルームは姿を見せない。フィーラの時もそうだったが、愛梨彩の関係者であっても自身の存在はなるべく秘匿したいようだった。


「で、その場所はどこかしら?」

「石田神社です」

「石田神社!?」

「魔導教会だったのがそんなに驚き?」


 石田神社といえばこの地域の中でも特に大きい神社だ。その立地の良さからか、成石学園の生徒が友達同士で初詣しにいく時はだいたい石田神社を訪れる。出店なんかもあり、僕も咲久来と毎年訪れていた場所だ。八神教会もそうだが、こんなに近くに魔導教会があるなんて。


「いや……よく知っている場所だったから。ごめん、話を続けてくれ」

「魔導教会側から聞き出せた情報は?」

「現在石田神社には教会から派遣された新たな魔女がいるようです。名前はサラサ ・シャジャル。彼女が石の護衛担当です。アイン・アルペンハイムの存在は確認されていません」


 アインがいない——ということはスレイヴである咲久来もいないことになるだろう。一刻も早く彼女を説得して止めたいという気持ちもあるが、今は戦わなくて済むことに感謝したい。


「魔女一人だけ? スレイヴは?」


 顎に手を宛てがいながら愛梨彩が尋ねる。


「今のところ特定のスレイヴは確認されていないようです。ですが、あくまで『特定の』スレイヴがいないだけです。アインのようにその場でスレイヴを作り出す可能性も視野に入れておいてください」

「了解したわ。不確定要素は多いけれど、襲撃してみる価値はありそうね」


 愛梨彩はあっさりと襲撃を決断した。アインがいないとはいえ、初めて戦う魔女が相手だ。そう簡単に襲撃できるとは思えないが……


「私のところまで流れてきた情報は以上です。偽情報を摑まされている……ということもありますので、細心の注意を払ってください」

「わかったわ」

「健闘を祈っております。では私はこの辺で」


 要件が済むとすぐにハワードは立ち去った。錬金術師のはずなのに、やっていることは使者のようだった。


「ハワードの情報、信用するのか? また八神教会の時みたいに待ち伏せられてるかもしれないよ」


 いなくなったハワードを尻目に自分の本音を打ち明ける。前回のことも考えると、教会から流れてきた情報を鵜呑みにするのは危険だ。いくらハワードが知己の仲とはいえ、情報まで信頼できるとは限らない。


「待ち伏せされているでしょうね。教会側は防衛戦が基本ですもの。ただアインという主戦力がいないのは引っかかるわね」

「じゃあやっぱり罠?」

「そうね。でも私たちには情報がない。どのみち秋葉にある魔導教会はしらみ潰しにした方がいいのよ。そういう意味では襲撃しないという手は考えられないわね。可能性があるならなおさらよ」

「わかった。僕は君の考えに従う」


「今日の夜にしかけるわ。ブルームにもそう伝えておく」

 かくして僕らの石田神社攻略戦が始まろうとしていた。不可確定な要素は多いが、それでもやるしかない。それが賢者の石に至る最短ルートなのだ。

 どんな相手がこようとも、戦ってやる。彼女を勝たせるのだと大口を叩いたのだから。




 石段を上がると、そこには境内が広がっていた。丘の上ではあるがかなり広い。流石は魔導教会が隠れ蓑にしているだけはある。


「どうやら彼女が出迎えのようだ」


 ブルームが本殿の前に佇む女性を睨む。そこにいたのは白いローブ姿の魔女だった。


「ようこそおいでくださいました。私はサラサ・シャジャル。教会の魔女です」


 サラサと名乗った魔女はさながら古代エジプトの神官のように見えた。短い黒髪と浅黒い肌は白いローブを引き立たせる。蛇のように鋭い瞳、口を隠すように覆ったフェイスベールはミステリアスな雰囲気を醸し出している。


「単刀直入に聞くわ。ここに賢者の石があるのかしら?」

「それに対する返答はこんなのでいかがでしょうか。死霊魔法『死霊たちの夜想曲ノクターン・オブ・ザ・レイス』」


 魔法ウィッチクラフトの詠唱が境内に響き渡ると、おびただしい量の骸骨たちが現れる。目視できる数だけでも俺たちの一〇倍近くはいる。


「これが……死霊魔法」


 見るもおぞましい魔法だ。自分とは似て非なる意思すら持たない亡霊たち。文字通り魔女の奴隷スレイヴというわけか。


「なるほど。これだけの量の死体を神社内に隠していたとなると……この神社は相当きな臭そうね」

「それでは始めましょう。『終わらない円舞曲エンドレス・ワルツ』を!」

 サラサが魔札スペルカードを宙に放ると境内が姿を変える。

「砂……いや土?」


 自分の足元に目を落とす。まるで砂場にいるかのような感触だ。地面は神社に似つかわしくないさらさらとした土に覆われている。

 『結界フィールド』の効果を混ぜこまれた擬似魔法。どうやらこれが彼女の狩場らしい。


「数が多いな。一体一体は脅威ではないが、長期戦は不利だ。馬鹿正直に相手をするのは得策じゃないね」

「同感ね。彼女を倒すのは諦めた方がよさそう」

「けどどうするんだよ? このまま撤退か?」


 こうしている間にも骸骨は迫ってきている。動きは緩慢だが、大群で押し寄せられると威圧感がある。長い時間話しこんでいるわけにもいかなそうだ。


「私たちの目的は賢者の石の確認よ。私がレイスを一掃するから、ブルームはそのまま本殿へ向かって賢者の石の確認を願い。あなた一人なら突破できるでしょう?」

「言ってくれるね」

「太刀川くんは私と一緒にサラサたちの相手をお願い」

「了解!」

「それじゃあ始めるわよ。『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』!!」


 サラサの前面を守っていた死霊たちが一気に粉砕されていく!

 俺とブルームは残った死霊群の中をかきわけていく。俺は『折れない意思の剣カレト・バスタード』を手にしてサラサへと、ブルームは真っ直ぐ本殿へと向かっていく。


「おらっ!」


 愛梨彩が数を減らしたとはいえ、ゆく手を阻む死霊はまだまだいる。一体、二体、三体……次々と骨を蹴散らしていく。武器を持っていても一体一体は大したことはない。ブルームも確実に進んでいっているようだ。


「この!」


 四、五! これならいくらでも倒せる——と思ったが……


「って全然減らないじゃんか!」


 前へと歩みを進めているはずなのに進む気配がない。徐々に手応えを感じなくなっている。周囲を見やると包囲されている。愛梨彩がフォローに回っているのに、なぜ?


「あら、よそ見は禁物ですよ? 『土塊の子守唄クロッド・ララバイ』!」

「永眠してたまるかよ! 『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!」


 飛んでくる弾丸と目の前の死霊を盾壁で弾く! 前方はしばらく安全だ。今のうちに周りを薙ぎ払う!


「『破壊の戦鎚剣ウォーハンマー・ソード』!!」


 鈍重な剣を振り回し、なんとか包囲から脱出する。一回振り回しただけで疲労感が半端ない。力加減がうまくできない。土の影響か?


「無限に湧いてくる死霊に……フリー状態の魔女かよ」

「太刀川くん! 態勢を立て直すわ! 戻って!」


 このまま突っこみ続ければいつか疲弊する。対策がないままやたらめったら進むのは愚策だ。そう思った時に愛梨彩が叫んだ。考えは同じだったようだ。


「あら? 攻めるのはもうおしまいですか?」


 「手持ち無沙汰だ」と煽るように白い服の魔女が悠々と立っている。実際彼女が攻撃してきたのはわずか一回。本気を出していないのだろう。

 挑発に乗るわけにはいかない。俺は愛梨彩のもとへと跳んで戻ろうとする。だが、この大群をくぐり抜けるのは至難の技だ。ぬかるんだ地面は足場が悪く、駆けるだけでも労力を使う。

 きた時と同じように『折れない意思の剣カレト・バスタード』で一体一体蹴散らしていくが、数が減らない。というより倒された瞬間に復活しているようだった。中には片腕のみや頭のない骸骨がいる。


「クソ! キリが——」

「太刀川くん!」


 ついに体が捕縛されてしまった! 羽交い締めにされ、身動きが取れない。なんとか蹴り飛ばして対処しようとするも全く効いてない。力が抜ける……!


「随分と呆気ないですね。でも、これでさようならです。『土塊の子守唄クロッド・ララバイ』」


 土塊が俺目掛けて飛んでくる。『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』はすでに消滅している。絶対絶命のピンチ。どう足掻いても——避けられない。


「こんなやつに負けたなんて信じられないのだわ」


 その時、境内に雷電が走った。土塊は撃ち落とされ、周りの骸骨も雷に打たれたかのように黒く焦げている。今のうちに退くしかない!


「全部蹴散らしなさい! オロチ!」


 俺と入れ違うように黒い線のようななにかが死霊たちの大群へと突き進んでいく。オロチと呼ばれたそれは名前に違わぬ大蛇だった。「昇華魔法『ヨルムンガンド』」——稲妻が落ちた直後に、そんな詠唱を聞いた気がする。

 愛梨彩のもとまで駆け戻るとそこには白銀の髪の少女がいた。——フィーラ・オーデンバリだ。


「フィーラ!? なんでフィーラがここに?」


 驚きのあまり、言葉がこぼれてしまった。彼女も賢者の石を求めているわけだから、ここにいても不思議はないのだが……なぜ俺を助けたのか。


「言っておくけど、あなたたちを助けにきたわけじゃないから。勘違いしないでよ」

「じゃあ……なんで?」

「言ったでしょう。次会う時は戦場だって。私はアリサを倒しにきたのよ。オロチがレイスを相手にしている間はこちらに邪魔は入らない。アリサ、あなたと対等な戦いができるのだわ」


 それはまるで挑発だった。「スレイヴが邪魔をしなければ一対一の勝負ができる」と言っているようなものだった。


「それを聞いて俺が黙っていると思うのかよ」


 スレイヴをサラサの方に向かわせている今ならこちらに分がある。卑怯と罵られようとも、愛梨彩を守るためなら手段を選んではいられない。


「太刀川くん」呼ばれて振り向くと、愛梨彩は凛とした顔をしていた。覚悟を決めた顔だ。「あなたはブルームが戻ってくるまでサラサの方をお願い。私はフィーラと決着をつける」

「でも、そんなこと言っている場合じゃ——」

「魔女ってね、プライドが高いのよ。この前はあなたのおかげで勝てたけど、私自身はフィーラに負けたままなの。ここで倒せなければ私は私を許せない」


 有無を言わさないその言葉を聞いた瞬間、妙な納得を得てしまった。


 ——「魔女って意外と気位が高いんだ」。


 そうか、君にも譲れないものがあるんだな。だとしたら意地と意地のぶつかり合いに介入するのは無粋というもの。


「知ってるよ、プライド高いことぐらい。死霊は引き受けた。でも、負けたら許さないから」

「相変わらず減らず口ね。私を誰だと思っているのかしら?」


 そう言い合うと自然とお互いの口角が上がっていた。死地の中でも笑える余裕がある。それだけお互いのことを信頼し合っている。なら俺はその信頼に答えなきゃだよなぁ!


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 再び死霊の群れへと駆けていく。目的はさっきと違う。攻めるためじゃない。何人たりとも彼女たちには近づけさせない!

 

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