友情のバトル〜冷たい魔女の決意/episode11
*interlude*
目の前にあるのは壁だった。ずっと乗り越えることができなかった大きな壁だ。
彼女と出会ったのはもう三〇年も前のことだ。
「実戦的な魔術を磨くなら、同年代の子と戦うのが一番だわ」
そう言って母が連れてきたのがフィーラだった。古くから九条家と関わりがあるオーデンバリ家の娘。両親から同年代の女の子がいることは聞いていた。
会う前はどんな子がくるのかずっと想像していた。なにせ初めて交流を持つ同世代の女の子だ。彼女となら気兼ねなく魔法のことや魔女のことを話すことができる。できれば優しくて話しやすい子がいいなと私は思っていた。
だが、予想は大きく外れることとなる。
「あなたがアリサ? 才能のある同い年の子って聞いてたけど、大したことなさそう」
フィーラは典型的なプライドの高い魔術師だった。歯に絹着せぬ言葉から自分の力を過信し、私を見下していることがよくわかった。
実際フィーラは強かった。以前彼女が言っていたように私が模擬戦で彼女に勝ったことは一度もない。全部負け越し。北欧最強の魔女の血筋、「ユグド」の名は伊達ではなかった。
どう頑張っても彼女を上回ることができない。天性の魔術センスに、絶えず努力していく忍耐力。私はそんなフィーラが羨ましかった。どうにか追いつきたいと懸命に頑張った。
「私が勝ったけど、だいぶ強くなったわね」
おかげでフィーラと過ごすうちに私も強くなった。何度もプライドをへし折られたけど、そのたびに反骨心が湧いた。私だって負けず嫌いなんだ。
不思議なことに彼女が私を見捨てることはなかった。私が格下だとわかっていても、一緒に訓練に励んでくれた。私に足りてないことを助言してくれた。
今思えばフィーラは姉御肌だったのだろう。『強者は弱者のために』。自身が強いからこそ、弱いものの世話を焼く。私の面倒を見てくれたのはそんなプライドがあったからだろう。
話しかけやすい性格の子ではなかったが、優しい女の子だったことは間違いない。
翻訳魔法を使えば会話できるのにわざわざ私と話すために日本語を覚えてくれた。「なのだわ」という変な口癖はその時に間違って日本語を覚えてしまった名残だ。
朝に弱い私を起こしてくれたのもフィーラだ。いつも私が寝ている上から覆いかぶさるように起こしてくれた。いつしかそれは私がやり返すようになっていた。
最後に会ったのは二五年前。私が魔術式を継承する前の話だ。三八年の中のたった五年間しか一緒にいなかったけど、私にとってはかけがえのない思い出だ。それはフィーラも同じだと思う。
「悪いことは言わない。棄権して。これは友達としての忠告でもあるのだわ」
私を気遣ったフィーラの言葉。フィーラの中の私は少女のままなのだろう。「弱いアリサ」のまま。
あれから私はどれだけ成長できただろうか。
優しくて気高い魔女——私の憧れ。そんな憧れに近づくために……乗り越えるために私はフィーラと対峙している。負けるわけにはいかない。
——ずっとあなたの背中を追ってきた。
——あなたがいてくれたからここまで強くなれた。
——もうあなたに守られるだけの私じゃない。
言葉で伝えるのは簡単だけれど……あいにく私は口下手でね。戦いの中でこの気持ちを伝える。ありったけの想いを魔法に乗せて届ける。
あなたの知っている九条愛梨彩はもういない。さあ、成長した私の力見せてあげるのだわ!
*
「さあいくわよ、アリサ!」
杖を構えた少女が声高らかに言う。
私たちの間にはただならぬ空気が流れている。フィーラは
私は展開された手札を確認する。速射魔法の『『
補充設定は同じものにしておく。手札にないカードはドローして足せばいい。
「望むところよ! 私の全力、思い知らせてあげるわ!」
意気揚々と言葉を返す。布陣は確認した。おそらくこれが戦闘開始の合図となるだろう。
「『電光石火』!」
張り詰めた空気を裂くように雷撃が飛んでくる。フィーラがドローしたのは雷魔法。以前と変わりない戦法だと私は確信する。
「『
雷の速射魔法に対して水の速射魔法をぶつける。お互いの魔法は衝突し、霧散する。
「『
「『
次は連弾魔法の撃ち合い。お互いにお互いの魔法の力量を見定めるような展開だ。威力は均衡している。ここまでは予想の範囲内だろう。
「これならどうかしら! 『
土の上を這うように電流が流れてくる。今まで見たことのない魔法だ。スピードはそこまで速くない。走って射線から離れようとするが……。
「やっぱり追尾してくるわね」
「まだまだなのだわぁ!」
フィーラはケースから一気に三枚のカードをドローした。加えたカードは同じ『雷電震撼』だ。彼女は地面を殴りつけるように三枚のカードをセットする。
私を追う電流が四本……避け続けるのは得策ではない。自分が不利な状況に追いこまれる可能性が高い。
——なら地面から離れればいいだけ。
「『
ギリギリのところまで電流を引きつけ、跳躍。
ここまで電流は届かない。一方的に攻めるチャンス!
「一気にいかせてもらうわ!『
「上に立てたからっていい気にならないで! 『
私の攻撃を読んでいたかのようにフィーラは四枚のカードを宙に放る。
私の放った豪雨は雷の球によって蒸発させられた。私の
「やっぱり……範囲攻撃魔法は読まれるわね」
「何回あなたと手を合わせたと思ってるの! あなたの水魔法はお見通しなのだわ! 『
「しまっ……きゃあ!!」
雲の合間を裂くように稲妻が落ちてくる! どんなに水のバリアが雷撃を防げても、このままでは地面に落とされてしまう。
「天は私の領域なのだわ。簡単に優位を取れると思わないことね!」
なすすべなく地面に墜落した私を見下すようにフィーラが言う。彼女の周りには雷の球体が未だに展開している。
「そうやって高を括ってられるのも……今のうちよ」
「その減らず口、塞いであげるわ。『
手に持っていた杖を投げ、構えを取る。
『雷神一体』は雷のオーラを纏って身体強化を図る魔法だ。接近してくると予想するが、それは大きく外れた。フィーラは自身を取り囲んでいる球体全てを蹴り飛ばしてきたのだ。
「これで終わり!」
「くっ!」
やむを得ず、私は再び『
雷球を防いだ。しかし……煙が晴れた時、すでに目の前にはフィーラの姿があった。
「相変わらず芸がないのだわ!」フィーラ会心の飛び蹴りがスフィアに食いこみ、水のバリアは崩れていく。「私の勝ちよ!」
「まだよ! 」
近づかれてしまったら相手の土俵で戦うしかない。私はカードを一枚ドローし、残りをケースに戻す。
「『
フィーラと同じように水のオーラを纏う。ここからは肉弾戦だ。
「昔から往生際が悪いのよ、あなた!」
「あなたが勝ちを確信するのが早いだけ!」
「でも実際に勝つのは私なのだわ!」
「なら、土壇場で足元をすくわれないように注意することね! 私はどこまでも足掻くわ!」
組手をするように降りかかる拳をいなし、殴ろうとしてはいなされの繰り返しが続く。
いやが応にもフィーラと戦った日々が思い出される。戦いの最後はいつもこんな殴り合いに発展してたっけ。だから『
「久しぶりに会った時はだいぶ悠然とした雰囲気出してたけど、今は見る影もないわね!」
「悠然? すぐに過信するあなたと違って、冷静沈着なのよ」
「いつもその涼しげな表情……ムカつくのだわ! 少しは悔しそうにしなさいよ!」
「同感! 私もあなたの悔しそうな顔が見たいもの!」
殴り合いは次第に型なんてない、がむしゃらな戦いへと変わっていく。守りなんてない、ノーガードの殴り合い。お互いの拳が顔面に直撃する。
「こんなへなちょこパンチでぇ!」
格闘戦に秀でてるのはやはりフィーラの方だった。小柄な体に凹凸の少ないボディ。的が小さい相手というのは捉えにくくて頭にくる!
「ぐっ……!」
私は蹴り飛ばされ、ぬかるんだ地面を転がっていく。口の中に土と血が綯い交ぜになった味が広がる。敗北の味。何度も味わったものだ。やはり格闘戦でも彼女に勝てない。
「いい加減、諦めたらどう? あなたじゃ争奪戦は勝ち残れない。どんなに強いスレイヴを得ても、あなたが弱いままじゃ意味がないのだわ」
フィーラが一歩一歩、私に迫ってくる。その余裕は勝ちを確信しているからだろう。
「勘違いしないで……」
力なく拳を握り、腹の底から唸るように声を響かせる。どうしてもその言葉だけは納得できない。私はカードを一枚ドローし、それを見えないように地面に置いた。
「なにが言いたいのかしら?」
「太刀川くんが強いから、私が勝てると思った? 冗談言わないで。私は……私が強くなったから自信満々なのよ」
残った力を振り絞り、敢然と立ち上がる。私はまだ負けてなんかいない。勝てる確率が少しでも残っているのなら、私は何度だって立ち上がる。私の夢は誰にも邪魔させない。
「二五年前となにも変わってない。一辺倒な水魔法。格闘センスなんてないに等しい。あなたが強くなったところなんて——」
「変わってない? 果たしてそうかしら?」
フィーラに勝つために努力した。憧れに追いつくために必死だった。それはあなたがいなくなった後も変わらなかった。どんなにあなたが遠く離れた場所にいても、私の脳裏には必ずあなたがいた。
朝起きた時も。一人でご飯を食べる時も。魔術の鍛錬をしている時も。ずっと……ずっと、私のそばにはフィーラがいた。倒さなければ、私の中からあなたの影は消えない。
実はあなたを越えるためにずっと隠していたことがある。
「私、言ったはずよ。『足元すくわれないように』って」
「え?」
忽然と、フィーラの足が止まった。いや止めざるを得なかったのだ。なぜなら彼女の足元は——
「私がいつ『水魔法』しか使えないって言ったかしら?」
——『
不敵に微笑んで見せる。そう、私はこの瞬間を待っていた。あなたが勝ちを確信して、油断するこの瞬間を。
「アリサ……! あなた、氷魔法を!?」
「氷魔法は水魔法の形態変化に過ぎない。使いこなすには鍛錬が必要だけど、私が使えないという道理はないのよ。驕り高ぶったあなたはそれが見抜けなかった」
「でもそんなの一時凌ぎに過ぎないのだわ!」
フィーラの言う通りだ。彼女はまだ帯電状態。いつ氷から抜け出してもおかしくはない。
「そうね。けど、私には充分な時間よ。なにせこの間にカードが創れる」
ドローするカードは
「格闘戦で決着がつけば、あなたなら油断すると思った。狙ってたのはこの一瞬。負けているふりをするのも痛かったわ」
「じゃあ……あなたは最初から!?」
本当は詭弁だ。私は本気で魔法を撃ち合って負けたし、格闘戦でも敵わなかった。唯一正しいのは最後まで足掻いて、油断するチャンスを狙っていたことくらい。
やがて
「私はあなたに勝つ! そして、勝ち残ってみせる!」
投げ放ったカードは白い靄となり、フィーラを包みこんでいく。靄はただ包むだけ。それ自体に力はない。
私は手で後ろ髪をなびかせ、彼女の横をただ通り過ぎていく。最後くらい余裕のある九条愛梨彩をフィーラに見せたかった。私はもう昔の私じゃないってことをあなたに認めて欲しかった。
けど、あなたもやっぱり諦めが悪いんでしょう?
「アリサァァァァァァァ!!」
鬼気迫る勢いを背後から感じる。今さら氷から抜け出しても遅い。あなたはすでに私の術の中。
私が指を鳴らす。静寂だけが訪れる。
フィーラは時が止まったように制止していた。瞬く間に起こる、完全なる凍結。それがこの魔法の力だった。
「そうね、あなたに倣って名づけるなら……『瞬間氷晶——ダイヤモンドダスト』なんてどうかしら?」
当然ながら返事はない。最後にもう一度振り向いて彼女を見る。どうしてもフィーラに言わなければいけないことがある。
——今までずっと恥ずかしくて言えなかったこと。
本当はずっと認めてた。こんなに存在を意識する相手を認めてないわけがなかった。
でも、私は魔女だから。いつか傷つけ合うその日が来るのが怖くて、見て見ぬふりをした。敵なんだと言い聞かせてきた。
私があなたの影を追っていたこと。どれくらい伝わっただろうか。どれくらいの気持ちを魔法に乗せられただろうか。聞くにも相手は凍って動かないからわからない。
最後に区切りをつけさせて欲しい。あなたと私の関係の区切りを。きっと聞こえていないだろうけど、私はどうしても口にしたい言葉がある。
「さようなら、フィーラ。私の友達」
口下手な私のたった一度の本心。
私はもう振り向かない。迷わず、私を守ってくれている彼のもとへと駆けていく。
*interlude out*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます