あの日の約束/episode58

 小高い丘の上にある一軒の屋敷。横に長い木造校舎のような見た目をした洋館だった。

 大きな玄関扉を開ける。


「人の気配がないね。城戸の魔術師はもう退避済みか」


 ブルームが周囲を見回しながらそう言った。


「二手に分かれて探しましょう。私たちは二階を、ブルームは一階をお願い」

「了解した」


 僕は先に階段を上っていく愛梨彩の後を追った。賢者の石について把握していない僕ができるのは周囲を見渡して、彼女の背中を守ることくらいだ。

 一歩ずつ慎重に足を進める。愛梨彩の屋敷と同じ洋館ゆえに内装も酷似していた。住み慣れた空間に似ているからか、物音一つしないのが妙に不気味だった。


「罠じゃないか、これ? 誘き寄せられただけな気がする」


 二階の部屋を捜索している愛梨彩に廊下から語りかける。棚や扉など、なにか隠してありそうなところを一通り開けると、彼女はすぐに部屋から出てきた。


「だけど私たちは探すしかない。調べていない施設はここだけ……ここになければ自ずと在り処は判明するでしょう?」

「それは……そうだけど」

「だから遅かれ早かれ教会の連中もここにくるでしょうね。彼らだって場所を特定されるのは不本意でしょうから」


 それだけ言うと愛梨彩はすぐに対面の部屋の捜索を開始する。僕は廊下を守るようにその場から動かず、視線だけで彼女を追う。

 賢者の石があるかもしれない場所の候補は全部で五つ。これまで捜索した教会は八神、泉教会と石田神社。どの施設にも賢者の石はなかった。善空寺も魔導教会だったが、あそこはすでに廃寺となっていた。


 残るはここ——城戸の屋敷と何度も攻めにいっているが、未だに調査できていない敵の本拠地である高石教会だ。

 ここになければ自ずと高石教会に賢者の石があるということになる。どんなにもぬけの殻でも今は探すしかない。

 そうして二階の部屋を全て捜索した。しかし隠し場所らしいところはなく、全て客間だったようだ。当然隠し通路も見当たらない。


「ブルームと合流しましょ——」


 その時、突如屋敷に爆音が鳴り響く!!


「襲撃!? どこから!?」


 慌てて周囲を見渡すが、敵の気配はない。だとしたら一階のブルームが襲撃されたのか? それにしては音が近かった気がするが……


「二人とも退き時だ!」ブルームがどこからともなく飛んでくる。「アインの魔獣が屋敷ごと攻撃し始めたんだ!」

「魔獣……私たちが学園で潜入調査していた間にストックを増やしたってわけね」

「ともかく脱出だ!」


 俺たちは急いで階段を駆け下りる。だがしかし——正面玄関はすでに三つ首の魔獣の侵入口となっていた。

 俺たちの気配を察知したケルベロスもどきが階段を仰ぎ見る。


「まずい、気づかれた! 二人とも下がって! 正面突破は無理だ!」


 先頭に立った俺は階段上に即座に『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』を展開し、バリケードを作り出す。これでしばらくは侵攻を食い止められる。


「部屋の窓から飛んで脱出するにしても正面は魔獣の大群……か」

「どこかほかに脱出口はないのか!?」


 もときた道を駆けながらブルームに尋ねる。その間にもできるだけ『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』を張りながら殿を務めた。


「反対側の部屋の窓からなら出られるかもしれないわ。確かこの屋敷には裏庭があるから」

「それしかない! こっちの部屋だ!」


 すぐ近くにあった部屋へと入り、窓を目指す。しかし、障壁を破った魔獣が一匹!


「先にいって! 」二人は無言で頷き、窓から飛び降りる。

「『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』! 注力最大フル・アクティブ! うぉりゃぁぁぁ!!」


 なんとか袈裟斬りにして魔獣を沈黙させるが、次々と押し寄せてくる!


「キリがない! クソっ! 『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!」


 足止めを作り、俺は即座にその場から逃げ出して窓から飛び降りる。

 とりあえず二階の魔獣は撒けた。あとはこのまま裏庭を突っ切って——


「どうやら誘導されたようね」


 着地して顔を上げた刹那、愛梨彩の苦悶の表情が目に入った。視線の先にいたのは……アインと咲久来。


「貴様たちをここから逃すわけにはいかない」

「やっぱり賢者の石の在り処は高石教会……ということね」


 周囲にはワーウルフにケルベロスにキメラ……と魔獣が蔓延っている。屋敷に侵入したのは陽動部隊だったわけか。

 周囲の配置を把握した俺はあることに気づく。


「ソーマがいない」


 アインと咲久来には聞こえないようにぼそりと呟いた。


「まずいな……狙いは桐生睦月か」

「戦闘開始と同時に私が彼らの足を止めるわ。太刀川くんは動きの止まった後方の魔獣を限界突破オーバードライブで薙ぎ払って退路を作って」


 魔女二人は会話をしつつも決してアインと咲久来から視線を逸らさなかった。幸いまだ仕掛けてくる気配はない。


「任せてくれ」

「その隙にブルームは先に脱出して桐生さんをお願い。これ以上ここを探しても無意味でしょうから……私たちも後から逃げるわ」

「わかった。それが賢明だろう」

「なにをコソコソと!」


 ブルームが頷いたのを見て咲久来が気づいた。彼女の銃から炎の魔弾が放たれ、戦いの火蓋が切って落とされた!


「太刀川くん、斬り落として!」

「了解!!」


 支持されるがままに俺は魔弾を叩き伏せる。それと同時に愛梨彩が地面へと魔札スペルカードを叩きつけた。


「今……! 『封殺の永久凍土フリージング・ロック』!!」


 裏庭全域を氷の膜が覆う。これでアインは土の『合成』を行えない! 魔獣の足も止まった!


「いっけぇ『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』・限界突破オーバードライブ!!」


 俺は身を翻し走り、勢いそのまま長大な刃を後方へとぶん回す。刃は見事に魔獣群を真っ二つに斬り裂き、敵の無力化に成功した。


「今よ、ブルーム!!」

「桐生睦月は任せてくれ! 健闘を祈る!」


 ブルームは濃紺のマントをたなびかせて跳び去っていく。彼女に任せれば心強い。問題は——


「さて……ここからどうするかな?」


 俺は限界突破オーバードライブで砕けた『限界なき意思の剣ストライク・バスタード』の代わりを呼び出し、構える。

 前方の魔獣は未だに健在。ジリジリと再び包囲を形成しつつある。俺たちは背中合わせながら包囲を見渡した。


「二回も同じ攻撃を食らってくれる相手じゃないでしょうしね……限界突破オーバードライブだって何回も使えないし」

「アインさん、仕掛けます!」

「了解した」


 考える隙を与えてくれるほど、アインと咲久来は優しくない。魔獣が吐く炎と二人の遠距離魔法が同時に見舞われる。


「ひとまず防御を固めるわ! 『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』!!」

「正面の魔弾は俺が払う! 『進みゆく意思の炎刃ソニック・ストライク』!!」


 愛梨彩が展開したスフィアの中から飛ばした剣圧が魔札スペルカードの魔法を貫いていく。

 愛梨彩も同様に『乱れ狂う嵐の棘ソーン・テンペスト』で魔法を迎撃するが、全て撃ち落とすことは不可能だった。


「クソっ! キリがない! 『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』!!」


 障壁に障壁を重ね、なんとか即席の要塞を作り出す。

 断続的に行わる魔獣の炎攻撃と魔札スペルカードの集中放火。迎撃できてはいるが……魔力が尽きるのは時間の問題だ。殿に退路の確保……張り切り過ぎだ、俺。


「なにか策は!?」

「一つだけ……ある。今なら条件はクリア……切り札が切れるはず」

「君の判断に任せる!」


 愛梨彩が頷き、カードを手に取った。盾の壁が崩れ始めている……チャンスは今しかない!


「『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』!!」


 形勢逆転を狙った渾身の一撃。裏庭全域に水の弾雨が叩きこまれていく。


「やったか?」


 爆煙のように水滴が霧散し、アインや魔獣たちは見る影もなくなる。『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』のおかげでこちらは無傷。一方的に殲滅できたはずだ。


「いえ……まだよ」


 すぐに愛梨彩が否定する。霧の中から現れたのは……泥の障壁。


「同じ手を何度も食らうと思うな、九条愛梨彩」


 泥の障壁を割り、アインと咲久来が現れる。二人は全くの無傷だった。

 見ると彼らは氷土ではなく地面を踏みしめている。『封殺の永久凍土フリージング・ロック』が部分的に破られていた。


「氷土を溶かした上に、咲久来の土の魔弾……それを合成したってわけ」

「そういうことだ。『焼却式——ディガンマ』」


 アインはなにごともなかったかのように攻撃を再開する。


「まだ凌ぐしかないのかよ!!」


 一発逆転の策は失敗に終わった。再び『そびえ立つ盾壁タワー・ウォール』のカードを四方に放り、防御を固める。

 まるで彼女と教会で遭遇したあの日の再現を見せられているかのようだった。俺も彼女もあの時よりも強くなったはずなのに……どうしてこんなにも差が埋まらないんだ。


「確かにお前は強くなったよ、太刀川黎。だが、お前の持つ欠陥は依然残ったままだ。キャパシティ不足——それを解消しなければお前は高みへと到達しない。私と同じ土俵に……お前は立っていないのだよ!」


 ソーマの言葉がフラッシュバックする。


 ——やはり俺の力不足なのか? これがレイスの限界なのか?


 心までもがあの頃とシンクロしそうだった。無力な自分が憎かったことが嫌でも思い出される。

 ただ状況だけはあの日と違う。倍以上の数の魔獣……窮地を救ってくれたブルームはこない。自分の力でなんとかするしかない。

 障壁に打ちつけられ続ける魔弾の音。『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』で少しは数を減らしたとはいえ、まだ正面の魔獣は健在だ。

 初心を思い出す。自分がなんのために剣を手に取ったのかを。なぜ戦うのかを。


 ——愛梨彩が生きてくれればそれでいい。


 アインの合成の影響を受けないのは武器魔法だけ。なら一枚だけ逆転のカードがまだある。俺はケースからそのカードを呼び寄せ、そっと手に収めた。


 ——『その刃は燎原の如くワイルド・ブレード・ファイア』。


 使えば最後、俺の体は動かなくなる。魔刃剣を使った時と同じように。裏庭全域……は無理でも前方を覆えば隙を作れる。


 ——これしかないんだ。愛梨彩だけでもなんとか逃がさなきゃ。


 俺は意を決してカードに魔力をこめる。しかし——


「ダメ、太刀川くん!! またそうやって自分を犠牲にして私だけ助けるつもり!?」


 愛梨彩ががっちりと俺の手首を掴んだ。握り締めた手は離れる気配がない……いや、絶対離してくれない。


「けど、これしか!」

「あなたは言ったわ! 『ずっと私のそばにいる』って! 自分で言った言葉を忘れないで! 私との約束を……反故にしないで」

「愛梨彩……」


 初めての戦闘の時もアインと咲久来の合成魔法を防いだ時も……いつも自分の命なんて勘定に入れてなかった。きっと一回死んだことで吹っ切れて、自分の肉体を顧みなくなってしまったのだろう。


「二人で生きなきゃ……二人じゃなきゃ意味ないのよ……」


 俺は愛梨彩が好きで助けて、彼女が幸せならそれでいいって思ってた。けど……彼女はそれじゃ意味がないと言う。

 「あなた、めちゃくちゃアリサに好かれてるわよ?」というフィーラの言葉を今になって、身をもって実感した。

 俺にとって彼女が大事なのと同じで、彼女にとっても俺はかけがえのない存在なんだ。


「大丈夫。あなた一人に背負わせたりなんてしない。どんなことも二人でやれば……二人で乗り越えればいいのよ。私たちはパートナーなんだから」


 手首を掴んでいた彼女の手がスッと魔札スペルカードへと移る。二人で……一枚のカードを掴む。


「そうか……そうだよな」


 一人ではダメでも……二人なら不可能なんてないさ。最初から俺一人で強くなる必要なんてなかったんだ。俺にない強さを相棒きみが持っているんだから。

 力は求めるものじゃなくて合わせるものだ。こうやって二人で手を取り合えば、俺たちはどこまでも高みへといけるんだ。限界なんてない。


 障壁が崩れる音がする。けど、心はとても落ち着いていた。


 ありったけの魔力をこめる必要はない。足りない分は彼女が支えてくれる。「無茶なんてしなくていいわ」と語りかけるように穏やかな魔力が魔札スペルカードを包む。


「いくぞ……愛梨彩! 『その刃はワイルド・ブレード——」

「——全てを焼く燎原の如くオール・ファイア』!!」


 二人の力を合わせた魔札スペルカードは裏庭全土に広がり渡る刃の草原となって姿を現す。どこまでもどこまでも、絶え間なく……無限に生み出される反逆の牙はこの場にいる全てを屠る。


「これが俺たちの……想いの結晶だ!!」


 刃は魔獣群を次々と串刺しにする。残るはあの二人のみ。刃の燎原は際限なく増え続け、アインと咲久来へと伸びていく。


「まずい……! 咲久来!」

「はい! 『フロート』!」


 すんでのところでアインと咲久来は宙空へと逃げ出した。足場を失った二人は浮遊せざるを得なくなった。


「今よ! 撤退するわ!」


 どんなに避けることができても、もう地に足つけて戦うことはできない。魔獣による集中攻撃がなくなった以上、遠距離魔法なら逃げながらでも避けられる。

 俺と愛梨彩は剣の草原を跳び越え、屋敷を目指す。桐生さん……どうか無事でいてくれ。

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