第一章 帝都の景色

第6話 魔術学園 Ⅰ

 プラトニック帝国魔術学校。


 それが正式名称らしいのだが、長ったらしいため魔術学園の四文字で呼ばれているらしい。帝国では唯一、魔術を扱っている教育機関だそうだ。


「でか……」


 その外観は、およそ学校と呼べるものではない。


 どう見たって城だった。実際、昔は皇帝の居城として使われていたらしい。それをある皇帝が、有能な若者を育てるための施設として解放したそうだ。


「――」


 俺はイダメアと一緒に、その中庭を歩いていく。

 生徒の姿はまったく見当たらない。順当に授業中なのだろう。


 お陰で学校内には妙な静けさがあった。ここがどのような施設か知らなければ、無人だと勘違いしそうなほど閑静な空気が広がっている。


「ミコトさん、こちらです。この塔を最上階まで上れば、校長室となります」


「さ、最上階……」


 どれぐらいなのか視線で辿っていくと、首を限界まで動かす必要があるぐらいだった。真下にいるのも原因だとは思うけど。


 中庭を横断し、人気がない廊下を歩いていく。塔を上るための階段は直ぐそこだが、これからの道を考えると億劫だった。


「……よし」


 とにかく行こう。病み上りには良い運動になるかもしれない。


 気を遣ってくれるイダメアの視線を受けながら、俺は順調に階段を上っていく。……体力がまだ回復しきっていないのか、想像よりずっと早く息切れが来た。


 近くにいる美少女へ隠し通せる筈もなく、彼女は駆け足で近付いてくる。


「休憩しましょうか。……いえ、校長を呼んでくるべきですね。少々――」


「だ、大丈夫だって。それに何でもかんでも気を遣われたんじゃ、こっちも気分が悪くなる」


「……承知しました」


 場所はちょうど踊り場。俺は欄干に手を置いたまま、立ち止まって深呼吸する。


「――お?」


 落ち着いたところで顔を上げると、上の階にある肖像画が目に入った。


 モデルは大人びた雰囲気の女性。長い金髪が印象的で、穏やかな眼差しの持ち主である。……心なしか、イダメアに似ているような。


「――」


 試しに彼女の方を一瞥すると、恥ずかしそうに目を伏せていた。


 本人は無視して欲しいのだろうけど、こっちは既に興味を引かれている。まあ両者の関係は推測するまでもないが――それがどうして、学校なんて公共の施設にあるのか。


「よし」


「あっ!」


 校長室への道を再開すると、イダメアは可愛らしい声を漏らした。


 絵を目前にすると、その美しさが改めて分かる。

 背後にいるイダメアは急いで俺を追ってきた。が、先に示した方針故か、こちらを止めるようとはしてこない。


「えっと、イダメアのお母さん?」


「……はい、そうです。父――校長が何枚も作らせまして。学校中に飾ってあるんです。屋敷の方にも勿論……」


「な、なんか、大変そうだな」


「大変というか、恥ずかしいですね。もちろん、両親のことは尊敬していますよ? ですが仲が良すぎまして、娘の前で普通にキスを――っと、失礼しました」


 こっちは興味があるのに、彼女は話を切り上げた。


 よっぽど恥ずかしいらしく、イダメアは俺を置いて上の階へと向かっていく。一旦足を止めて待機するものの、早く来い、という意志表示は変わらなかった。


 逆らうのもかわいそうだし、俺は素直に追いかける。


「まったく、私が卒業してからというもの、あの人の暴走は目に余ります。一体何を考えて母様の肖像画を……」


「それだけ仲が良かった、ってことだろ?」


「確かにそうですが、限度というものがあります。――それで母も気分を良くするものですから、自分と同じ名前の孤児院まで作ったり……存在を聞いた時は、さすがに恥ずかしかったですね」


「へえ……」


 部外者の俺にとっては微笑ましい光景でしかない。夫婦円満、いい話じゃないか。偉い貴族と聞いて感じていた印象も、順調に崩れてくれる。


 肩の力は適度に抜こう。妻がモデルになった絵を校内中に張るなんて、頭の堅い人がやることじゃないだろうし。


 まあ妻への愛情に突き抜けている堅物という可能性もあるが――単に真面目なだけと比べて、接しやすいのは確かだ。


「さて、到着ですね。校長室は右手の方向になります」


「右……」


 これ以上は上れない場所で、俺は右側を覗き込んだ。


 少し長めの廊下が続いており、左右の壁には件の肖像画が。――うん、接しやすい、というのは訂正しよう。ここまで来ると気味が悪い。


 イダメアも同じ意見らしく、改めて謝罪を送ってくる。


「急ぎましょうか。校長も多忙ですので、あまりのんびりしていると話す時間が無くなります」


「……今さらだけど、悪いな。帰ってきたばっかりなのに」


「貴方が眠っていた一週間、きっちり再会を喜びましたからご安心を。ミコトさんが気にかけることではありません」


「そうか?」


「ええ。――ああですが、気にしたいのであれば、私は止めるつもりなどありませんよ?」


「はは、そこまでじゃない」


 了解です、と短く返されて、俺達は廊下を進んでいく。


 校長室の扉に触れるまでの間、気分はずっと落ち着かなかった。いくつもの目に見つめられている感覚があって、いっそ駆け抜けてしまいたいぐらい。


 イダメアも同じだろうに、彼女は頑なに歩いたままだった。廊下を走らない、なんて古典的なルールを守っているのかもしれない。


 そうして、耐え続けること数分。


「校長、私です」


『おお、イダメアか』


 定型的な挨拶のあと、底抜けに明るい胴間声が聞こえてきた。


「ただいまお時間宜しいでしょうか? ミコトさんが意識を取り戻しましたので、お連れしたのですが」


『おお、入れ入れ! 私も話がしたくてウズウズしていたところだ!』


「では」


 木製の扉は、軋みを上げながら開いていく。

 ……どんに衝撃的な光景が待っていようと、受け入れる覚悟はしておこう。廊下でアレなんだから。本人の城はもっと凄いに違いない。


 だが、


「――」


 部屋の中は、別の方向に突き抜けていた。


 個性についてはあまり感じない。愛する妻の肖像画は一枚もなく、代わりに歴代校長らしき人物の絵が飾られている。


 他には本棚があるぐらい。正直言って、仕事部屋なのかどうかも判別がつけられなかった。


 個性的な光景があるのは、一か所だけ。

 部屋の中心だ。そこに一つ、巨大な鍋が置いてある。風呂桶としても利用できそうな大きさで、ついでに湯気を立ち昇らせてもいた。


 しかし、水面の色は紫。……毒薬でも作ってるのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る