第70話 交渉は一瞬で

 アントニウス邸の一角で、皇女ルキナとマサユキが向かい合っていた。


 両者の間に和気藹々わきあいあいとした空気はない。……といっても、警戒心が露骨に出ているのはマサユキの方だけだ。ルキナは皇女らしく堂々と相手を見ている。


 二人の他、室内には俺とイダメア、そして護衛の王国魔術師が一人。


 アントニウスは所用があるそうで席を外している。――どうも王国に関係しているそうで、彼は最後にこう言い含めてきた。――相手の提案については、極力断るように、と。


「さて、どのようなお願い事かな?」


 あくまでも威圧的な姿勢のまま、ルキナは相手の王国人に訪ねていた。


 しかしマサユキは動こうとしない。まるで皇女のことを測るように、じっと疑念の目を向けている。

 無礼なんじゃないかと口を挟みたくなるが、肝心のルキナは微動だにしない。


 むしろその視線を楽しんでいるようでもあった。口端もつり上がっており、俺には分からない自信を見せつけている。


「……そういえば先ほど、反乱軍を率いていると口にしたな。王国は現在の王の元、内政は落ち着いていると聞いたが?」


「それは大きな間違いだ。現在の王は国に併合されたばかりの土地を中心に、弾圧を行っている。死者も多く、国内は混乱した状態だ」


「ほほう、わらわにそのようなことを話しても? 明日にでも帝国軍に総攻撃を行わせるぞ?」


「それは助かる。我々の目的は、王国を作り直すことだ。帝国と協力し、世界の勢力図を変えられるなら問題はない」


「おやおや、随分と野心の強い」


「帝国ほどではない」


 一向に本題へ進まないものの、二人は不敵な笑みを交わしあっている。

 お陰で俺達の方が緊張する始末だ。……特にマサユキの護衛となっている魔術師。全身からただならぬ気配を溢れさせている。


 魔力、なんだろうか? 勝手に全身が強張って、油断することを拒否している。


「……して、お願いとはどのような?」


「我々反乱軍を支援してもらいたい。王の治世を終わらせるため、我々には第三者からの支援が必要だ。加えてこのところ、劣勢が続いている。下手をすれば数日中にでも――」


「お断りする」


 あっさりと。

 仇敵を倒す機会へ繋がるにも関わらず、ルキナは提案を切り捨てた。


「……理由を聞いても?」


「内乱など、貴公らの問題だ。そこに帝国を巻き込まないでもらえるかな?」


「……理解できん。ここで我々と手を結べば、平和な時代が訪れるきっかけにもなる。それを捨てると?」


「無論。帝国は今のところ、内政的に平和だす……内乱を起こす国など、帝国の敵ではない。貴公らと手を結ばずとも、帝国の勝利は確実だ」


「永遠の平和が欲しくないと? 貴方は民にそう言うのか?」


「――黙れ、異国の使者」


 刹那の間で、部屋の空気が凍りつく。

 しかし敵もさる者。顔色一つ変えず、ルキナの拒絶を聞いている。


「帝国は強者、恒久平和など求めることはあり得ない。妾は気まぐれに争い、気まぐれに友好を結ぶ。それだけの話だ」


「……暴君の主張だな。野蛮な帝国人らしい」


「妾にとっては正義なのだが? ……まあ構いません。とにかく帝国は、何があっても王国と手を結ぶことはない。反乱なら自分達の力で成せ」


「……失礼する」


 勢いよく腰を上げて、マサユキはそのまま部屋を後にした。

 俺達が注視していた護衛も、彼の後に続いていく。――最後の最後で、軽く会釈を残しながら。


 ……敵なのか味方なのか、最終的にはよく分からない魔術師だった。強いて言うなら中立なのだろうか?

 俺は部屋に静寂が戻ったのを自覚しつつ、座ったままの皇女を一瞥する。


「まったく、時間の無駄であった。少しは面白い話が聞けると期待していたのにな。……イダメアもそそう思わぬか?」


「……良かったのですか? またとない機会に思えましたが」


「確かにそうかもしれん。……しかしイダメア、妾は同じことを二度も三度も言うつもりはないぞ。覚えておけ」


「は、はいっ」


 旧友が頷いたのを見て、ルキナはゆっくりと腰を上げる。どうやら部屋から出ていくつもりのようだ。

 イダメアは同行しようとするものの、当人から首を横に振られてしまった。


 そうなれば誰も追う者はなく、皇女は一人屋敷の廊下へと消えていく。――待機していたメイド達が今度は同行しようとするが、やはり断られているらしい。


「……失言でしたね。皇女殿下の決定に、私ごときが口を挟むべきではありませんから」


「じゃあイダメアの気持ちは、皇女様の逆なのか?」


「どうでしょう……私は一応、学者ですから。政治についてはあまり詳しくありません。――ただ、平和な時代が来れば遺跡はもう壊れずに済むかな、と」


「よ、欲望に忠実で何よりだな……」


 まあ綺麗ごとや建前を口にするのは、帝国人らしくないのだろう。


 ルキナもその辺りは同じかもしれない。気まぐれに争い、気まぐれに愛でる。自己を絶対的な基準にする、強者の思考。


「……皇女様以外の皇族って、どんな感じの人達なんだ?」


「そうですね……私見になりますが、皇帝陛下はお優しい方ですよ。后妃陛下も凄く穏やかな方で……これは内緒ですが、性格の面で皇女殿下と血が繋がっているとは、とても」


「そ、そんなに違うのか?」


「あくまでも私個人の感想ですよ? ……まあこれから数日中にお会いすることにはなるでしょうから、その時を待っていてください」


「……分かった」


 どんな理由で――かは、聞くだけ野暮ってやつだろうか。


 ルキナが去っていった廊下を覗き込むと、ちょうど二階へ上っていく後ろ姿が見えた。

 少し話をしてみたい気持ちはあるが、どうしよう。絡んだところでさっきの話を繰り返されるのが目に見えている。要するに、俺との婚約について。


「……」


「お、皇女殿下が気になるんですか?」


「え、いや、それは、まあ」


 彼女も列記とした美少女だ。婚約なんて単語を口にされて、まったく嬉しくないと言えば嘘になる。


 一方で容易に近付く気にはなれないのも事実だ。少なくとも、今現在で惚れているのはイダメアの方であって。ルキナについては、可愛い女の子が迫ってきている、ぐらいの捉え方でしかないんだろう。


「――まあ、そうですね。私が無断で話すのも変ですし。ミコトさんと、皇女殿下が直に話すのが一番でしょう」


「す、するなら、だろ? ……その前に、俺達はあっちの方を調べた方がいいんじゃないか? 反乱軍の」


「でしたら今すぐにでも追いかけるべきでは? 敵国の人物とはいえ、ミコトさんのお父上でしょう? これを逃したら、次がいつになるか……」


「――イダメアにしては、珍しく意見してくるんだな」


「緊急事態のようなものですから。――さあミコトさん、急ぎましょう」


「……分かった」


 マサユキは歩いて廊下に出ていった。そのまま同じペースで移動しているなら、屋敷から出る前に捕まえることが出来る筈。


 俺とイダメアは急ぎ足で部屋の外へ。


「止まるであります」


 しかし直後、マサユキの護衛だった魔術師に止められる。

 彼女は両手を広げて、完全に俺達の進行方向を遮っていた。……未だに顔は隠れているものの、抑揚には妙な力強さがある。


 ――というか、聞き覚えのある声だった。


「……カンナ?」


「はい。お久しぶりであります」


 フードを取ると、露わになるのは黒衣と同じような漆黒の短髪。目の色も同じで、黒い水晶を眺めている気分にさせる美しい瞳だった。


 髪が短いこともあり、その美貌は中性的な色合いが強く出ている。……もし男装でもすれば、その手の麗人としてはこれ以上ない素材だろう。


「……」


 俺にとっては、王国時代の自分を知る人物の一人。会いたかったような、過去を思い出すお陰で会いたくないような相手。


 ――それでも彼女は、らしくなく瞳を濡らしていた。


「!?」


「う、うう……えっぐ……」


 カンナの付近に、マサユキの姿はない。どこかで待たせているのか、それとも黙って戻ってきたのか。


「無事で何よりでありますー!」


「うおっ!?」


 泣きじゃくりながら、抱きついてきた。


 隣にいたイダメアの面貌が豹変する。鬼か悪魔でも宿しているかのような、攻撃的で冷徹な表情に。

 しかしカンナは、そんな変化などどこ吹く風。体裁を捨て去って、雄叫びに近い声で喜びをアピールしている。


 ――なんだか、騒がしくなりそうな予感がした。

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