第71話 戦神の噂
「改めて、自己紹介をするでありますね。自分はカンナ。王国魔術師の一員にして、近衛隊に努めている魔術師であります」
「私はイダメアです。帝国に来て以降、ミコトさんのお世話を、ずっと任されています」
「ほ、ほほう、そうでありますか。……しかし残念ながら、自分は二年近くミコトさんの傍にいたのであります! 信頼の格が違いますねー」
「あらあら、時間でしか物事を測れないんですか? 大切なのは質です、質。――そもそも彼へ酷い扱いをしていたのに、信頼なんて、あ・り・え・ま・せ・ん」
「ぐ、ぐぬぬ……調子の乗るのもそこまででありますよ! 自分、ミコトさんの好物は大体把握してますから! 新参の貴方とは違うであります!」
「ふふん、私もミコトさんの好みは把握していますよ? まずは――」
そんな風に、彼女達は自分の主張を並べていく。
俺はここでも、萱の外で鎮静化を待つことにした。……喧嘩はするなと叱ってやりたいところだが、首を突っ込めば火が大きくなるのは目に見えている。
しかし。
「私、この前ミコトさんと一緒にお風呂へ入ったんです。貴方は入りましたか? ああいや、王国に帝国と同じような浴室があるかどうかは怪しいですね」
「きょ、共同浴場ぐらいあるであります! 王国舐めんな!」
「で、混浴はしましたか?」
「う――」
カンナ、撃沈。イダメアは勝者の笑みを浮かべ、追撃の高笑いなんてやっている。まさに貴族のお嬢様。
一方で敗者は即座に立ち上がり、握り拳を作って語り始めた。
「あ、貴方が何を言おうと、自分とミコトさんの間にある絆は揺るがないのであります! 別に将来を誓ったわけでもありませんが!」
「ふふふ、なら私の二勝ですね。実は私、ミコトさんと婚約関係にあるんですよ」
「なん、だと……!?」
さすがに、こればっかりは反撃の手立てがないようだ。カンナは大きく目を見開いて、俺と
驚きは徐々に大きくなっているらしい。これ以上目を開いたら、目玉が零れるんじゃないか、ってぐらいである。
「さ、先を越されたでありますか……!? くっ、しかし自分、きちんと調べてきたでありますよ! 帝国では一夫多妻がOKだと!」
「え」
驚くのはイダメアではなく、俺の方。
――ルキナの発言から何となく想像してはいたが、まさか一夫多妻が国単位で認められているとは。いやまあ、カンナの早とちりかもしれないけど。
「って、ていうか、お前は一体何しにここへ来たんだよ!? 護衛しなきゃいけない人はどうした!?」
「ああ、あの人なら一人で勝手に帰ってるであります。自分の幻影をつけておいたので」
「げ、幻影ってな……」
魔術がある世界だからアリなのかもしれないが――正直、無責任じゃなかろうか?
なんて眉間に皺を作っていると、カンナは目の前にある机をたたく。
「反逆者についてはどうでもいいのであります! 自分がここに来た本命は、仕事のため、我が王に託された使命を果たすためであります!」
「し、使命?」
「はい!」
――当然、俺は良い表情になることが出来なかった。
王と直接会った機会はないものの、あの国を統べている人物である。弾圧を行っているとマサユキは行っていたし、明るいイメージはまったく抱けない。
もちろん、偏見で決めつけるのは控えるべきだろう。……それこそ、彼らと同じ考えを持っていることになる。
「ミコトさん、北神連盟、なる組織を聞いたことはありますか?」
「……いんや、まったく」
「では説明するでありますね。――北神連盟とは、王国や帝国の北を中心に活動している組織であります。厳密な正体は不明ですが、反乱軍の主力として名を連ねている連中で」
「……メンバーの名前とかは?」
「一人、積極的に活動している者がいるので判明しているであります。確か、戦神トールとか名乗ってるそうで」
「と、トール!?」
驚くしかない。北欧神話に登場する神様じゃないか。
最強に近い戦神であり、巨人殺しでもある雷の神。最高神であるオーディンと肩を並べることもあるという。
――だが果たして、本人を自称しているのだろうか?
以前出会った巨人――ギガ―ス族の男は、名前をあやかっていると話していた。カンナが口にした人物も、戦神の加護を期待して名乗っているのか、違うのか。
「……ミコトさん、もしや古文書に関係ある名前なのですか?」
俺の表情から考えを読んだんだろう。椅子に座っているイダメアは、覗き込むような視線で尋ねてきた。
「……ああ、古文書に記されてる神の名前だ。北神連盟、って名前もあるし、由来は間違いなく古文書だろう」
「本人、という可能性は?」
「――どうなんだ? カンナ」
俺達が聞いた情報は名前だけだ。もっと深い部分は、提供者に尋ねるしかない。
しかし期待は裏切られ、彼女は残念そうにかぶりを振っている。
「トールの正体に繋がる情報は、一つも掴めていないのが現状であります。ただ赤髪の男性であり、巨大な鎚を持っている、としか。あ、グルファクシって馬に乗って戦場を駆ける、とも聞いたであります」
「……最低限、本人と繋がりはありそうだな」
トールの武器は必中の槌『ミョルニル』であるとされている。グルファクシについても、彼がある巨人を倒した際、戦利品として得た名馬だ。最高神オーディンの馬、スレイプニルに匹敵する速さを持つと言われている。
「――でも反乱軍って、いま厳しい状況に立たされてるんじゃないのか?」
「その通りであります。何しろトールは気まぐれで、連絡手段も一部の幹部が知っているだけでして。恒常的な戦力として計算に入れるのは、難しいでありますね」
「にも関わらず、俺達に対処を求めたい……とか?」
「はい、それが我が王から授かった密命であります。――どうか、ご協力して頂けないでしょうか?」
言うが早いか、カンナは椅子から立ち上がって頭を下げた。
ついさっきまで彼女を敵視していたイダメアは、何も言わずじっとしている。俺の一存にすべてを託すとでも言うように。
……まあ、カンナには王国でかなり世話になっている。アントニウスに話を通すのが大前提だが、引き受けることに抵抗感はない。
「じゃあ少し待っててくれるか? 俺も勝手に動くわけにはいかないからさ」
「今日中に返答を聞かせて頂けるのであれば、問題ないでありますよ。さすがに明日まで、マサユキ氏を誤魔化すのは無理であります」
「……」
実父の名前を聞いて、これまで通りの表情をすることは出来なかった。
イダメアもカンナも相応の反応を示してくれる。――特に彼との関係を知らない後者は、訝しげに俺を見つめていた。
「マサユキ氏と何かあったのでありますか? 初対面だと思ってましたが……」
「――いや、大したことじゃない。忘れてくれ」
「?」
ここでも、二人の動きは重なっていた。
しかしこれといった追及は起こらず、俺とイダメアは客人を屋敷の外まで送ることに。協力の可否については、今夜改めて報告することとなった。
「……よろしかったんですか?」
フードをかぶり直すカンナを見送りつつ、イダメアが問いかけてくる。
彼女にしては、本当に珍しいタイプの質問だった。ルキナへ意見したことを反省したように、イダメアは基本として他人を尊重する人なのに。
それだけ杞憂を抱かせているのだろう。褒められたことではない。
「別にいいさ。……それに色々話したら、自分で自分を縛ることにもなりそうだし。父さんのことについては一旦、頭の片隅に置いておくよ」
「……分かりました。ミコトさんがそう仰るなら、私はそれを支持します」
「悪いな」
カンナの姿が見えなくなったところで、俺は屋敷の方へと踵を返した。
……イダメアにあんなことを言った手前、暗い顔はしていられない。王国で起こっている反乱にどう動くか、帝国の立場として考えなければならない。
例え、父親と敵対することになるとしても。
自分で決めた生き方なのだから、責任は自分で背負うべきだ。
「……ところで皇女様はどこ行ったんだ?」
「さあ? 勝手に帰ったかもしれませんし、まだ屋敷の中に――」
『ふおお! ミコトが使ってるベッド!!』
何枚もの壁をぶち抜いて、奇声に近い皇女の声が響く。
もう手遅れなんだろうと覚悟しながら、俺は貸し与えられた部屋に急行した。
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