第62話 対決、フェンリル Ⅱ

「……俺の助け、いります?」


「ん? ああもちろんだ! いくらオイラでも、魔獣や騎動殻の相手は出来ねえからな。地下の方に赤髪の嬢ちゃんとカールヴィがいるみてえだし……」


「じゃあ急ぎましょう! ……ところで、今朝渡した材料は?」


「そっちも地下の方だ。関わってる連中に危害が及ばなけりゃあいいんだが……」


「……カールヴィがいるのであれば、怪しいもんですね」


 善は急げ。――まだまだ王国魔術師は湧いてくるが、障害になるかどうかは怪しいところだ。


 彼らの悲鳴を、ただ背景の一つとして耳にする。

 抵抗自体が不憫に思えるほど、彼我の実力差は大きく開いていた、数の差なんて少しも影響していない。


 地下へ続く階段までは一直線。その階段でも、大勢の魔術師が倒れている。


「急ぐぞ兄ちゃん! ご注文の品はこの先だ!」


「はい!」


 数段飛ばして駆け降りる。


 妨害がないこともあって、目的地まではあっという間だった。――先に侵入していたテューイも、無事に地下へ到着していたらしい。

 だが。


「パパ! ママ!」


 テューイの悲鳴が、膠着した状況を物語っている。


 地下には一機の騎動殻がいた。その両手には一組の男女。――一体誰なのかは、初めから聞く必要などないだろう。


「う、動けばコイツらを殺すからな! さあ、早くそこを退け!」


「いやだ! 先に二人を離して!」


「は、放すわけないだろ! これは人質だ! 高い金を払って王国から買った人質なんだ!」


 高らかに叫ぶカールヴィに感化されて、テューイの両親を握っている力が強くなる。


 二人は苦悶の表情を浮かべるだけで、暴れ出そうとはしなかった。目蓋も降りたまま開かず、意識を失っているのが明らかである。


 肝心なカールヴィの手には、長い縄が握られていた。


「あれは……!」


「オイラ達が兄ちゃんに頼まれた魔導具さ。意外と簡単に出来てな、帰ってきたら渡そうと思ってたんだが――」


 そこに、カールヴィの襲撃を受けた。


 人質は完全に、娘のテューイやロキを意識したものだろう。……買ったとほざいていたし、王国はこちらの動きを掴んでいたようだ。


「さ、さあ退け! 出ないとこの二人を――」


「やってみろよ」


「は!?」


 驚愕はカールヴィどころか、テューイやキュロスからも聞こえてくる。


 それでも俺は意に介さない。

 開放なんて、簡単だから。


「うおっ!?」


 騎動殻の両腕が、一息の間に切断される。


 神器による一撃だ。……外の騎動殻と同じ作りながら、これを防げる道理はない。不相応をする馬鹿の自信と一緒に、切り落としてしまえば終了だ。


 更にもう一発、騎動殻の胸を穿つ。

 動きは簡単に停止した。カールヴィの下品な叫び声と一緒に、騎動殻は膝からくず折れる。


「パパ! ママ!」


 解放された両親の元へ、テューイは脇目も振らずに近付いていく。


 タイミング良く目を覚ました二人は、自分達の状況に驚いているようだった。……命に別状はなさそうだし、一件落着と見ても良いだろう。


「あとはクレイプニルを回収するだけ、っと」


「ひっ……く、来るな!」


 尻餅をついたまま、必死の形相でカールヴィはナイフを手にする。震えながらでは、小さな動物だって殺せないだろうけど。


 なので構いもせずに俺は近付く。向こうはそのまま後ろに下がっていくが、こちらの歩幅を補うほどではない。


「く、来るなっ! 来るなあああぁぁぁあああ!」


「!?」


 途端。

 動力を失った筈の騎動殻が、テューイ目がけて動き出した。


 両親との再会を喜んでいた彼女に、近付く鉄の巨体を躱す術はなく。


「っ――」


『ガアアアァァァ!』


 飛び込んだのは狼の咆哮。

 圧倒的な体格差を厭わず、狼――フェンリルは騎動殻に挑んでいた。


 それでも勝負は一撃のもとに終わる。突進の衝撃で騎動殻が仰け反り、そのまま仰向けに倒れたのだ。

 動けとカールヴィは檄を飛ばすが、今度こそ反応はない。


「……」


 フェンリルは以前よりも倍近くに大型化した状態で、俺達のことを睨んでいた。


 そこに。

 ロキというギガ―スの意思は、ない。


「ロキ、ありが――」


『っ!』


 テューイが感謝を告げようとした途端、状況が一変する。

 フェンリルが、彼女を吹き飛ばしたのだ。


「ぐっ!?」


 轟音と共に壁へ叩きつけられ、嗚咽を漏らすテュ―イ。対するフェンリルには何の後ろめたさもなく、敵意の籠った視線を彼女にぶつける。


 かつてパレーネ遺跡に現われたギガ―スと、同じ気配。

 盟約の枷が、ロキの自由を狩り取ったのだ。


『アアアァァァアアア!!』


 吠える。

 牙は次に、少女の頭蓋を砕こうと――


「させるか……!」


 カールヴィの近くに落ちているクレイプニル。それを、フェンリル目がけて投擲する。

 寸前で避けられるが、テューイの安全を確保する目標は果たせた。そのまま彼女と巨狼の間へ割り込みに行く。


「こ、これって……」


「ロキさんは初めから、自分が暴走する可能性があるって分かってたんだろ。だから俺達にクレイプニルを作らせたんじゃないか?」


「そんな……」


「とにかくテューイは、親御さんと一緒に外へ行け! キュロスさんも!」


 幸い、俺とフェンリルは地下空間の左右で睨みあっている。地上に通じるための階段へは、支援さえあれば移動できるだろう。


 神器による攻撃の用意を整えつつ、クレイプニルを構える。


『――』


 伝承通りと言うべきか、フェンリルはクレイプニルに警戒心を示していた。


 現状に限っては好都合な展開である。俺の後ろを通って親子とキュロスが避難する隙も、十分に稼ぐことが出来た。

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