第61話 対決、フェンリル Ⅰ
ヘリオスの動きは、同様の事態がエオスで起こった時と異なっている。
ほとんどの住人が避難に徹しているのだ。武装したギガ―ス、帝国兵は強気の面持ちで動いているものの、全体としては逆の人々が多い。
王国から亡命してきた者達なのだろう。少なくとも、帝国の性質に感化されている者ではなさそうだ。
「ロキさんがいない!?」
グニヘリルに連れられ、向かった帝国軍の詰め所。
一人の兵が開口一番で語った、新情報だった。
「はい。いつの間にか姿を消しており……あの巨体でしたら、見逃す筈がないとは思うのですが……」
「――過信するのは良くない。私達が知らない方法を使ってる場合もある」
「知らない方法……?」
カールヴィが撒き散らした事実を知らないのか、帝国兵は首を傾げている。
なら説明する必要はないと、テューイは行動で示していた。踵を返し、ヘリオスの外に向かって走り出したのだ。
「お、おいテューイ!」
「心当たりがある! 来て!」
「あ、ああ!」
巨人状態のガルムを倒すにあたって、ロキの協力は必要不可欠。奴が町へ到着する前に、こちらから探し出さなければならない。
彼女に追いついて、走りながら前置きを聞く。
「兵が見てないってことは、フェンリルに変身して移動したんだと思う。――でも、あの人が今、フェンリルになる理由はない」
「じゃ、じゃあどうして変身したんだ? 理由はあるんだろ?」
「……私の予測だけど、呪縛結界だと思う」
「な、何でだ?」
「呪縛結界は生き方も強制するんでしょ? 該当する要素があるなら、本人の意思に関わらず変身する」
「……なるほど、有り得るな」
なにせ今、キュロス達がフェンリルを拘束する縄――クレイプニルを作っている。彼の行動を強制させる理由にはなるかもしれない。
――ならどうして、彼は制作に協力したんだろう?
クレイプニルを使用されれば、フェンリルであるロキは無力化されてしまう筈。今回だって想定外の行動を取らされたわけだし、彼にメリットなどあるんだろうか?
「……」
走りながら思う。自分達の知らない事実が、まだ隠されているんじゃないかと。
「なあテューイ、お前はフェンリルについてどこまで知ってるんだ?」
「貴方とさほど変わらないと思う。王国は昔から古文書の解読を進めてたし。……まあ、私は本当にフェンリルだけだけど」
「そうか……」
益体のない会話が終わった頃、俺の視界には煙を吐き出す建物が見えていた。
魔術工房だ。キュロスが出張し、クレイプニルの制作に取り掛かっている建物。今ごろ、騒がしそうに仕事を進めているんだろう。
しかし網膜には、異常な光景が焼き付けられていた。
「
帝国で運用されている人形兵器。
以前見た騎動殻よりも、やや小型の機体が魔術工房を取り囲んでいた。恐らく全長は三、四メートルほど。ギガ―スの体格と同程度の大きさだ。
「な、なんで工房の前に……?」
「このタイミングじゃ良い予感はしないな……とにかく近付いてみよう。フェンリルになったロキさんが来るかもしれないし、味方なら中高九しておかないと」
「うん、分か――」
瞬間。
テューイの頭上を、影が覆った。
「っ!」
「え――」
彼女を素早く抱き上げ、影の下から連れ出す。
直後に聞こえたのは歩道が粉砕される音だった。――テューイは唖然として、俺は眦を決して原因を見上げる。
やはり騎動殻。魔術工房を囲んでいる連中と大きさは同じで、完全武装された後。
それでも。
叩きのめすには、俺一人で十分だ。
「テューイは先に工房へ行け! 中にいる人達とクレイプニルを頼む!」
「そ、そんな、私一人じゃ――」
「無理だったら後で呼びに来い! ちょっとしたチャレンジだ!」
「っ――わ、分かった!」
不安を形にした抑揚から、テューイは全速力で工房へと向かう。
俺は視線を騎動殻の方へと戻した。……全員、赤い甲冑をまとった騎士の姿。肩には使いてであるドワーフが乗っており、こちらを殺意に満ちた目で睨んでいる。
犯人は分かったも同然。――蹴散らしてやるまでだ。
「いくぞヘカテ!」
『ええ、さっきのムカムカをぶち撒けてやるわ!』
機動力を担当するサモン・コレ。神器の力と共に展開し、戦闘の準備が一瞬で完了する。
振り下ろされる大剣。
当たりっこない、一撃だった。
「ふ――!」
一瞬で機体を駆け上がり、横っ面に神器の一撃を叩き込む。
発射された槍。まだ名前すらない得物は、騎動殻の頭蓋をいとも容易く貫通した。乗っていたドワーフは悲鳴を上げて退散する。
「はっ、類は友を呼ぶってやつだな。これなら向こうも――」
楽勝、というわけにはいかない。
撃破した戦力を埋める形で、三機の騎動殻が飛び出してきた。いずれも操縦者は若いドワーフ。カールヴィの手の者であることは疑うまでもない。
「蹴散らしてやる……!」
あとは鎧袖一触。
人間離れした速度と火力。射出された神器の威力は、騎動殻が操る大剣を超えていた。時には真っ向から砕き、戦う意思を文字通り奪い取る。
更に増援が現われようと、指先一つの動きで一掃した。
「急げ急げ……!」
積もった鉄屑には一瞥もくれず、そのまま工房へと直行する。
テューイも暴れたんだろう、周囲に立っていた騎動殻は一機残らず破壊されていた。動力源がある胸部が木っ端みじんに破壊されている。
「通すなー!」
「っ――」
とはいえ、まだまだ歓迎は続くらしい。
放っておくのも面倒、構うのも面倒だ。――しかし残りのリスクを考えるなら、ここで遊んでやった方がマシというもの……!
必死の強襲を、瞬き一つのうちに粉砕する。
本当に見応えのない光景だった。破砕の快音が心地よいぐらいで、手応えなんてものは微塵もない。もっと数が用意されていれば、蹂躙する快感もあったろうに。
今度こそ安全を確保して、俺は工房の中へと入る。
「――おおう」
中も、外と同じような有様だった。
王国所属であることを示す、黒いローブを羽織った魔術師が何人も倒れている。間違いなくテューイが蹴散らしたんだろう。……さすが、軍神の腕を持つ少女だ。
しかし気掛かりなドワーフの姿が見当たらない。直前まで作業に当たっていた痕跡もなく、王国魔術師がいなければ蛻の空だ。
「魔獣殺しだ! 捕えろっ!」
「――ああもう、しつこいな……」
魔術工房の中で暴れるのは控えたかったが、敵がいるなら仕方ない。
神器を展開し、一瞬のうちに――
「帰れ部外者!」
発射する前に、王国魔術師が発射された。
――厳密に言うと吹き飛ばされていた。彼らよりも遥かに小柄な、槍らしきものを持つドワーフによって。
「王国人が、オイラ達の仕事を邪魔すんじゃねえ! するなら酒とツマミ持ってきたからにしろ!」
「キュロスさん……!」
反撃に移る魔術師たち。が、キュロスを捉えるには至らなかった。
ドワーフは的確に放たれた魔術を回避する。精霊でも使ってるのかと、尋ねたくなるほどの緻密な回避。長い髭は尾のように靡いている。
ねじ伏せるまでは、数秒も掛らなかった。
奥の備品に向けて王国魔術師は吹っ飛ばされている。……キュロスがフルスイングで吹き飛ばしていく辺り、バッティングセンターの一幕を見ているような気分。
「がっ!」
「ぐおっ!?」
圧倒的としか評せない出来事が、最後の二人を無力化して終わる。
合計で十数名の魔術師が撃破された。――それでもキュロスは余裕を保っており、息を乱すことすらない。
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