第44話 不釣り合いな臆病者 Ⅱ
と、直ぐにカールヴィが戻ってくる。手には一枚の紙を持っていた。
記されている文字は、古文書に使われているタイプではない。帝国で一般的に使用されている文字だ。……こうなると、イダメアにでも読んでもらうしかない。
不機嫌なのかビビっているのか分かりにくい表情で、持ち主は紙を渡してくれた。
「……ミコトさんが言っていたものと、同じ材料が記されていますね。集め方についても書いてあります。ですが――」
「ですが?」
「加工の方法が記されていません。どのような物を作るかについても同じで……これらを集めれば、災厄の狼を封じれる、としか」
「災厄の狼……」
フェンリルのことだろう。となると問題は、イダメアが言った通り加工の方法だ。
神話の中で、クレイプニルはドワーフが
まあこっちは鍛冶ついて素人だ。ドワーフ秘伝の技、なんてのがあるかもしれない。悩むのは彼らがギブアップしてからだろう。
『いくつか入手の目途は立っている。……ただ、すべてではない。それをミコト達に入手してきて欲しいのだが、どうだろうか?』
「具体的にはどれですか?」
『山の根と、鳥の唾だ。……エオスとヘリオスの間に鳥の魔獣が住んでいるから、後者はそれで入手できる。前者についても、その魔獣の住処にある筈だ』
「分かりまし――って、いいか? イダメア」
「もちろんです。私達の目的は打倒フェンリル、ヘリオスの町に急ぐ必要はありませんよ」
なら、心置きなく協力しよう。
大型ギガ―スはもちろん心残りだが、正体が分からない以上は対策しようがない。エオスの人々に任せるのが一番だろう。
部屋の片隅に避難しているカールヴィを一瞥して、俺はロキの方へと向き直る。
「ところで、鳥の魔獣ってどんなのですか?」
『人間の顔をしている巨大な鳥だ。人命に被害が出ているわけではないのだが……その、排泄物がだな。色々と迷惑している。我も一度、外で食事を取っていたら食卓をやられた』
「そ、それはお気の毒に……」
お陰で正体も掴めた。ハーピー、あるいはハルピュイアと呼ばれる魔獣だろう。ギリシャ神話に登場し、元は風の精霊だったとか。
……王国に住んでいた時代、ハルピュイアの退治は何度か引き受けたことがある。彼らは魔獣の中だとそこまで戦闘能力が高くない。仕事としてみれば比較的楽な部類に入る。
問題は、ロキが言ったように排泄物をまき散らすことだ。
単刀直入に言うと、ハルピュイアは上品な魔獣ではない。
まあ魔獣に品格なんて求める必要はないんだろうが――とにかく奴らは汚い。心の平和を保つため、出来れば二度と会いたくないぐらい。
「……本当に俺が行かないと駄目ですか?」
『腐っても魔獣だからな。万が一のことを考えると、専門家に向かってもらうのが最適だろう?』
「――」
覚悟を決めよう。
ああ、イダメアの同行は絶対に拒否しなければ。女性とハルピュイアを合わせるなんて、男として認めれられたもんじゃない。
しかし。
『まあミコト一人では大変だろうからな。我の方から一人、助っ人を送ろう』
「す、助っ人?」
『うむ。――聞いているのだろう? テューイ。隠れてないで出てきたらどうだ』
呼びかけは、建物の外へ。
気になって顔を出してみると、近くの路地から赤い瞳の少女が顔を出していた。開口一番に不満を言いそうな、不愛想な顔を浮かべて。
『こうして直接会うのは……五年ぶりか? 随分大きくなったものだ。最後に会ったお前はまだこーんなに――』
「話は後。……で、クレイプニルの材料を集めればいいの?」
『ああ、そこの魔獣殺しと一緒にな。ミコトも構わんだろう?』
「えっ」
『よし決まりだ。テューイも戦闘は馴れっ子なのでな、困った時は遠慮なく協力を求めてくれ』
「いやでも、ハルピュイアは――」
俺が反論するよりも先に、テューイが部屋へと上がってきた。二階へ、しかもたった一度の跳躍で、である。
彼女は無言で俺の顔を凝視したあと、手を取って飛び降りた。
「ちょ……」
「うるさい。早く行って戻る」
「いや、でもハルピュイアは――」
反論は受け入れられず、テューイは手を掴んだまま路地を進んでいった。
ロキとイダメアの見送りを聞きながら、俺達は近くに止めてある竜車へと乗り込む。ポケットから料金を出すのはテューイの役目だ。
「ピネウス山の近くまでお願い」
『!?』
名前を聞いたナーガ達は、ギョッとしてお互いの顔を見合わせている。
たぶんハルピュイアの巣があると分かっているんだろう。……テューイだってロキの被害は聞いていただろうに、眉根を少しも動かさない。
イダメアと同じように淡泊なのか、それとも実は聞こえてなかったのか。
「はあ……」
重い足取りで動き始めた竜車の中、俺は溜め息を零すしかなかった。
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