第43話 不釣り合いな臆病者 Ⅰ

 エオスの町は、以前と違った喧噪で満たされている。


 巨大なギガ―スが出現した影響のようだ。プレグラ遺跡の惨状も既に伝わっているらしく、学者らしき人々は嘆きの声を漏らしている。


 そんな彼らの間を、堂々と進むギガ―ス達。

 手に握っているのは特大の盾や槍だ。遺跡に出現した敵を迎撃するべく、準備を整えているらしい。


『急げ急げ! 相手は五百年は生きてそうなギガ―スだ! 滅多に戦えるもんじゃねえぞ!』


『オマケに心臓を抉られても死なねえんだろ? すげえなあ、オレもそんな風になりてえなあ』


『てめえはその前に嫁さんをどうにかしろ! この新婚!』


 などと。ギガ―ス達は好き勝手な会話を繰り広げつつ、遺跡方面へと向かっていく。


 ……エオスの雰囲気は明るい。それは巨体を持つ彼らだけではなく、人間やドワーフ、ニュンフと思わしき女性達まで一緒だった。


「すげえ根性だな……」


『この町では珍しくない光景だ。加えてギガ―スは、戦いが好きな種族でな。帝国人とは相性が良いのだろう』


「そういえば、帝国の創設期にもギガ―スのお話が出ますね。王国と袂を別った一撃を放った、と……」


『ほう、あの話を知っているのか。我もあのギガ―スには尊敬の念を抱いていてな――』


 いつの間にか意気投合していたイダメアとロキは、門外漢の俺を放置して専門的な会話を繰り広げる。


 途端に暇を得て、することと言えばエオスの町並みを見下ろすことぐらいだ。


 ロキが遺跡から救出したメンバーは、俺とイダメアを覗いて既に別行動となっている。ギガ―ス達の支援に向かうのだそうだ。


 残された俺達は、町の部外者ということもあり高みの見物である。

 ――いや、その表現は少し訂正しよう。これからロキの紹介で、魔獣対策の組織へと赴くことになっているからだ。


 もちろん、安全地帯なのは疑いようがない。前線で働いている人達とは別に、町の中から指示を出すだけの組織らしいし。


『ここだ。責任者を呼ぶのでな、少々待っていてくれ』


「あ、はい」


 とはいえ、正面にある建物は人間に限定された規格。ロキが普通に入ろうとしたんじゃ、内側から素材をぶち撒ける羽目になる。


 なので彼は、人差し指で窓の一つを叩いた。


『おいカールヴィ、我だ。客を連れてきた』


「ひっ」


 外からも分かる悲鳴を零し、小柄な男性が恐る恐る窓を開ける。

 随分と背の低い男性だった。立派な髭を蓄えており、何か地位のある人物なんだろう。……怯えているお陰で、品格なんてのは無いも同然だが。


「……ドワーフ?」


『その通り。カールヴィという男でな、隣町のヘリオスで魔獣対策の組織に務めている。エオスへは出張で来たようなものだが――』


「や、止めてくれ! わ、私の個人的な情報を話して、あとで大変なことになったらどうするんだ!? せ、責任を取れるのか!?」


『……このように臆病者だ。加減をしてやってくれ』


「は、はあ」


 頷くと、ロキは空いた窓に向かって手を伸ばした。一階からではなく、直接入れと言いたいらしい。……件のドワーフ族はさっそく怯えているんだが、大丈夫だろうか?


 イダメアは気にせず中へ。俺も流れに沿って、ロキの手を渡っていく。


「い、いいか? 外には衛兵が待機してる。お前たちが妙な真似をしたら、す、直ぐに彼らがやってくるからな!?」


「……帝国男子とは思えない他力本願っぷりですね」


「ひっ」


 貴族令嬢の眼光に、カールヴィは硬直して動かない。

 ……なんだかこっちが不安になってくるんだが、今は我慢するとしよう。あのギガ―スに関する対策は、フェンリルと別口で考えなければならないのだ。助っ人は多い方がいい。


 俺は突っ立ったまま、イダメアは高そうなソファーへ勝手に腰を下ろす。


「……」


 無断で座っているため礼儀が良いとは言えないが、凛とした姿勢の彼女には確かな迫力が存在していた。


 時間を止めて魅入りたくなる美しさ。画家の創作意欲を刺激する、完成した一つの女性像。

 気高さの塊みたいな少女が、一瞬で部屋の主へと変わっていた。


「ではカールヴィさん、ロキさん、魔獣についてのお話を。……あのギガ―ス、一体何者なんでしょうか?」


「ふ、ふん! 誰がお前達を信用――」


『あの大型ギガ―スはな、フェンリルの被害が大きくなり始めた頃に出現したギガ―スだ。両者の関連性は不明だが、フェンリルの鳴き声が響いたあと、出現する傾向にある』


「……フェンリルとそのギガ―スが、同一の個体という可能性は?」


『それはありえん。鳴き声の後に、というのはあくまでも傾向だ。大型ギガ―スがまったく関係のないタイミングで現われたことは少なからずある』


「そうですか……ミコトさんは? 正体について心当たりとか、ありませんか?」


「お、俺か?」


 記憶にある知識を総動員してみるが、これといって目ぼしい情報は出てこない。

 ――期待されているのが良く分かる空気なだけに、俺は後ろめたさを感じながら首を振る。ロキやイダメアは残念そうに目を伏せた。


『まあ大型ギガ―スについては後にしよう。――我がお前達をここに呼んだのはな、フェンリルを拘束するための道具についてだ』


「な、なにぃ!?」


 一番驚いているのは、俺やイダメアではなくカールヴィだった。

 彼は怒りのあまりに顔を赤くして、ロキの巨大な双眸を睨みつけている。


「は、話が違うぞ! 僕は亜人族だと聞いてきょ、許可したんだ! 人間相手に見せるなんて――」


『いい加減その偏見は捨てろ。人間――魔獣殺しとして名高いミコトに見せなければ意味がない。早く出せ』


「い、嫌だっ! 今は僕がここのトップだ! お、おおお前の指示なんて――」


『ほう』


 無理のある笑みを浮かべながら、ロキは建物自体を掴んで揺さぶり始める。


 さすがに本気で壊す意図はないだろうが……小心者には大ダメージだったらしい。涙声で謝罪を口にしながら、一目散に廊下へと飛び出していった。


『すまんな。我が奴の地位にあれば、もっと順調に事を進めることが出来たのだが……』


「こちらにお勤めだったのですか?」


『十年近く前のことになるがな。仕事で君の父親とも会ったこともあるぞ。――相変わらず元気にしているか?』


「はい。ついこの前も、皆さんに迷惑をかけたばっかりです」


『はは、そうか。それは何より』


 巻き込まれた側としては、首を傾げるしかなかった。

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