第八章 素材探索、夜の町
第45話 ハルピュイア Ⅰ
目的地に到着すると、ナーガ達は急ぎ足が帰っていく。
ハルピュイアの被害に巻き込まれたくないんだろう。俺だって同じ気持ちなので、一緒に連れてってもらいたい気分だ。
無論、テューイを一人で残すのは
「……よろしく」
「あ、ああ、よろしく。――その、テューイはここに来たことあるのか?」
「ない。ハルピュイアとも直接会ったことはない。貴方は?」
「去年、ちょっと仕事で相手をしたぐらいだな。……アイツら下品で汚いけど、大丈夫か? 何なら俺一人で――」
「気にしなくていい。私にとっても関係のある仕事だから、ちゃんと付き合う」
「そ、そうか」
会話はそこで途切れて、テューイはじっと俺のことを見つめていた。
彼女が視線を逸らしたのは数秒後。一体どういう理由で取った態度なのか、よく分からないまま交流が終了する。
山に入って、お互いの間にあるのは無言だけ。
正直言って重苦しい。ピネウス山は緑豊かな山のようだが、唯一の同行者とこんな空気になるなんて耐え難いところがある。
なので雑談の種でも放り込もうかと思うが――何を話したらいいのやら。
俺はそこまで他人との会話が得意なわけじゃない。受け答えこそ常識の範囲でこなせるが、自分から話を振るのはまた別の技術じゃなかろうか。
もう一つ言い訳をすると、テューイの雰囲気が堅過ぎる。
こうしている今も向けてくる背中は、他人の関わりを一切拒絶するほど孤独だ。……対等な会話をしようものなら、振り向かれた瞬間に口を閉ざす自信がある。
その観点でいくと、イダメアとテューイは相性が良かったんだろう。片方が喋り続けるだけで、一応会話は成立していたんだし。
「……」
「……」
無言が続く時間に応じて、雰囲気はどんどん堅くなる。
仕方ない、こっちから話を振ろう。――でも何を? フェンリルについてのこととか、神器のこととか色々聞きたくはあるが……簡単に踏み込む勇気はない。
もう少し日常的な、平和な話題が一番の筈だ。
まあそれが思いつくのなら、こうして悩む羽目にはならないんだけど。
「……な、なあ、テューイってこれまで、魔獣と戦ったことはあるのか? 戦闘は得意だってロキさんが言ってたけど」
「――」
軽く睨まれた。言わんこっちゃない。
しかし内心の不満を、テューイは溜め息一つで押し殺した。――相変わらず背中を向けたまま、うん、と小さく肯定する。
「倒す程じゃなかったけど、昔に何度か。……貴方みたいな合意もない」
「ご、合意?」
「王国では、きちんとした環境の中で魔獣殺しをしてたんでしょ? その時点で私と貴方は違う」
「……どうだろうな。合意、ねえ……」
あると言えばあったし、無いと言えばなかった。
単に、他の選択肢が存在しなかったのだ。
それは合意ではなく、ただの脅し。……王国の関係者と、俺が生来培ってきた意思が、脅しにかかったのだ。
「? 変なこと聞いた?」
「え? ……ああいや、俺が王国で魔獣を殺したのは、自分で決めたことなのかなー、ってさ。ちょっと迷ってた」
「まさか、違うの?」
「んー、半々、かね。俺が決めたのは間違いないけど、周りを色々な条件で包囲されてたのも事実だ。一概に俺の意思で決めた、とは言えないよ」
「……」
テューイは唐突に足を止める。
眉根を寄せて、申し訳なさそうな表情だった。……これは困る。俺個人としては、暗い話題を提供したつもりなんて無いんだから。
「ま、まあ経験だけは沢山させてもらったよ。お陰でこうして、帝国のために仕事が出来る」
「……前向きね」
「知り合いの受け売りだけどな。……その子、王国から逃げてきたドワーフでさ。王国のことは嫌いだけど、過去を拒みはしない、って言ってたよ」
「じゃあ亜人族? ――だとしたら凄い。王国の迫害は本当に酷いから、思い出すだけでも体調を崩す人は一杯いる。肯定するなんて例外中の例外」
「そんなに……」
「隣町のヘリオスにも、数日前に何百人って亜人族が来たって。今ごろ役所の人達は大忙しだと思う」
気付いたら成立している会話。……知り合いこと、ドワーフのリナには、帰ったら何か奢るとしよう。
「……なんか、申し訳ない」
「どうして?」
「だってさ、俺は一時期王国にいたんだぞ? そんな問題知りもしなかったし、何もしようとしなかった。……誰かを救うために与えられた力なら、そういう風に使いたいのにさ」
「……だから今、クレイプニルの材料集めを手伝ってくれるの?」
「まあ否定はしないな。成り行きってのもあるけど」
一人だけの笑い声を響かせて、俺達は山の奥へと進んでいく。
ハルピュイアが出てくる気配はない。皺枯れた彼女達の声も、耳を澄ましたところで聞こえなかった。
……何だか嫌な予感がする。魔獣の住処にしては静かすぎると言うか。
気付いたら後ろにいるテューイへ気を配りながら、俺は異変を探して首を動かす。せめて痕跡だけでも見つかれば、安心できる材料にはなるのだが。
「でも例の臭いもなし、本当にハルピュイアがいるのかね……」
「? 臭いって何?」
「あ、いや――」
相手がなまじ美少女なだけあって、声を出して答えるのには躊躇いがあった。
しかしテューイは、そんな気遣いを知ることもない。ムッとした表情で、可憐な眉を寄せている。
「隠し事なんて感心しない。話して」
「……ハルピュイアの排泄物だよ。あいつら、そこら中にまき散らすからな。巣があるところなんか、物凄い悪臭を放つんだよ」
「――私、ついさっき食事を取ったばっかりなんだけど? あと女の子」
「か、隠し事は感心しないって、言ったのはテューイだろ!? 俺を責めるな!」
「もう少し誤魔化して喋ればいい。……本当、気分が悪くなった」
「ご、御免なさいっ」
俺に責任があるのは事実――いやどうなんだ? 不必要に疑ってきたテューイも悪いんじゃないか?
もちろん、その意見を口にするのはご法度だ。テューイから怒りを買う自信がある。
名誉を回復するには、仕事を達成してしまうのが一番だろう。
「――っと、いたな」
「ハルピュイア? どこ?」
「あそこ」
緑の中に溶け込んでいる一本の木。そこに、求めていた魔獣がぶら下がっている。
動き出す気配はない。もう、死んだ後だ。
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